雨の季節の終わり。僕は眠りに落ちる。
叔父が横へやってきて、冷えた烏龍茶のグラスを差し出しながら僕に言った。
「すめあけだね」
「え? 何て言ったの?」
「秋雨が明けると書いて、『秋雨開け』。この辺りの古い言葉だよ。秋雨の雲の最後の通り道だからさ、この辺は。こんな空なら、もう雨は降らないよ。これから涼しい風が吹いて、秋晴れが続くよ」
「⋯⋯そうなんだ」
グラスを傾けると、冷たい感触が喉を通り過ぎた。急に眠気がやってきて、僕は横になりたくてたまらなくなった。
「オジちゃん、少し横になっていっていいかな」
「構わないよ。疲れてるのかい?」
「いや、それほどでもないけどさ」
叔父は奥へ引っ込み、僕はまた景色を眺めた。僕は叔父に向かって言った。
「⋯⋯あ そうそう、ここにもう1人⋯⋯」
「え? なに?」
奥の叔父には声がよく聞こえなかったらしい。僕は少し大きな声を出した。
「いいや、なんでもないよ」
大丈夫だ。スミエが姿を見せたら紹介すればいい。一体なんて? 僕は1人で困った笑いを浮かべると、玄関の奥のソファーの端に座布団を畳んで頭を沈ませた。眠りは妙にゆっくりと、まるで天井から水蒸気が降りてきて部屋を満たすようにして僕の意識に覆いかぶさってきた。スミエが僕の頬を触った。いつの間にやってきたのだろう。
「オジちゃんとは会った?」
「⋯⋯会ったわ」
柔らかいけれど、熱も重さもないような声で彼女は言った。それはどうも嘘だか本当だか分からない感じがした。
僕はほとんど眠りに沈みながら言った。
「ちょっと目を閉じさせてよ」
彼女はまた、僕の頬を撫でて言った。
「いいわよ、ここにいるから」
ヒヤリとした気持ちの良い感触だ。僕は眠りに落ちた。
僕は原っぱに立っていた。妙に明るいのに陽射しがない。足元の影は、多くの照明を浴びたときのように拡散してしまっている。けれども無くなってはいない。
僕は夢を見ているのだろうか。強い風になぶられる夏草の輪郭は妙にハッキリとしているのに、その色は調合を間違えたみたいに暗い茶色と濃い緑とにぼやけてしまっていて、目眩のような錯覚がする。
頭の上では、何か巨大な力に捻じ曲げられたような形になったたくさんの雲が、いやに早い速度で陸の方からやってくる。それは突き出した海岸線を超えて、海の上へと次々に飛び立っていった。その下に、スミエの姿があった。強い風に髪とシャツの裾を躍らせながら彼女は海の方を見ていた。
「スミエ!」
僕は彼女を呼んだ。そんなにハッキリと名前で呼んだのは初めてだということに思い当たった。彼女は振り返った。その表情は、風と髪に引っ掻かれてしまって、僕の目にはよく確かめられなかった。