賭けの賞品が決まる。夜通しの拮抗したゲーム。
ビリヤード場へ来たのはスミエの提案だった。ハンドレページを出た後で、彼女はビールを飲みながら玉が突きたいと言ったのだ。僕はそれほど得意というわけでもなかったけれど、一応のプレイはできたし断る理由もなかった。
店を出るときに、ミヤザワとマスターには「これから2人で銀行強盗をしてくる」と言ってきた。彼らはつまらなそうに片手を上げただけだった。
僕らはビールを1本ずつ買って、窓のそばの台を取った。ビリヤード場はビルの2階にあり、そこからは通行する人々と自動車が見えた。僕はスミエに聞いた。
「ねえ、ところで賭けの勝ちの分はどうするの」
彼女はラックからキューを選んでいるところだった。スナイパーかガラス職人のようにして、目元からまっすぐに据えた棒をくるくると回し、その具合を確かめていた。集中していた彼女は僕に意識を向け、そして聞き返した。
「何か言った?」
それを聞いて、逆に僕がハッとしてしまった。彼女の仕草に見とれていたことに気がついたからだ。僕は咳払いをして、さっきの質問を繰り返した。
「賭けに勝った分は、何をどうするのかって聞いたんだ」
「そぉね──⋯⋯」
彼女は持ち替えて2本目のキューを回していたが、やがてそれに決めると握りの後ろにあるバンパーを床について言った。
「のんびり考えていい?」
僕は小さく息をついて言った。
「お互い老人になる前に頼むよ」
まず、勘を戻すために隠し球を2回プレイした。「3」を落として僕が勝ち、「11」を落とされてスミエが勝った。彼女はフォームがキレイで狙いも正確だったが、弾かれた球の動きを読み切れないことが時々あり、まず勝てないという相手でもなさそうだった。「11」を落とされた後で僕は言った。
「まあ、こんなところかね」
「ええ。ここからが本番。負けないわよ」
ビリヤードの強い女の子は嫌いじゃない。
ところで大型モニターは音楽ビデオを映し続けていたが、コマーシャルは僕たちが入ってきたときの一度しか流れてないみたいだった。スミエは何か大掛かりなインチキで、僕を賭けに負けさせたのだろうか。──いや、まさかそんなことはあるまい。
ゲームをしながら2人でビールを飲んでいたが、僕はモニターの端に映るデジタル時計表示を確かめてコーラに替えた。僕の手にしてる瓶を見てスミエは聞いた。
「どうしたの? 頭でも痛くなったの?」
「いや、そうじゃないんだ。明日は車を運転する予定があるからさ。大した用事じゃないけど」
スミエは人差し指で方角のあちこちを指差して聞いた。
「どっちの方へ?」
僕はビリヤード場と街の東西を思い出して、できる限り正確に岬の方角を指した。そこにはあまりパッとしない壁があるだけだったけど。
「岬に叔父のやってる民宿がある。そこへちょっと届け物がね」
それは僕が何かのついでに頼まれて役所で手続きした書類だった。僕は次のショットの狙いを定めた。割合難しいクッションショットだ。
「決めた。賭けの賞品。明日そこへわたしも連れて行って」
スミエが唐突に言った。僕はそれをちゃんと最後まで聞いてからショットしたが、手玉は次の的球にちょっと触っただけで、それは勢いが足りなくてポケットの前で止まった。彼女を岬へ連れて行く? 一体何のために? 疑問は手元に出てしまったようだ。6番の緑色の玉が、そのミスに焦らされて難しい顔をしているように見えた。
「あ──⋯⋯。別にいいけど、そこで陸地が終わってるってだけで他には何もないよ。途中に雑貨屋とカフェがあるくらいで」
「いいのよそれで。連れて行って」
スミエは台の上にかがみ込んだ。そして6番を簡単に落とした。
「オーケー。分かった」
僕はよく冷えたコーラを一口飲んだ。いくつもの夏の記憶のような味がした。