鎖されていた事
やっと核心に近づきました。
『ここで待っててねって、言ったじゃん』
ミルクティー色の髪の少女が、こちらを向いて、何かを訴えている。
瞳はラズベリーの色。誰かを待っているようだ。
良く見知った景色だった。
場面が変わり、誰かが、こちらに背を向けている。
自ら命を絶とうとしていることが分かり、手を伸ばす。
声が出ない。
『ごめんなさい。もう、耐えられない』
彼女は、そういって、身を投げた。
―――やめて! お願い!―――
その声は届くことはなく、空虚に溶けていった。
息が苦しい。
「千ちゃん! 千ちゃん!」
聞き覚えのある声で、千夜は目を覚ました。
長い髪の毛が、首に張り付いて気持ち悪い。
冷や汗を、びっしょりとかいていたことに気が付いた。
寝かせられていたのは、シューティングの詰め所にある、古い長椅子だった。
傍には、ナミと、ナグモがしゃがみこんでいた。
「あれ? ナミさん……私は一体……?」
千夜の言葉に、ナミは目を丸くする。
「覚えていないの? シューティングで倒れたんだよ」
「えぇ?」
自分でも驚くほど、間抜けな声が出た。
「そうそう。マモさんが驚いて、応援で俺たちを呼んだんだ」
ナグモは、タオルを水で濡らしながら答える。
保冷剤で額を冷やしてくれていたようだ。
「ナミさん! ナグモさん! あの子は? 迷子の子はどうなったんです?」
千夜の言う『迷子の子』の話は、各エリアに伝わり、手の空いている従業員全員で
探していると、ナミは答えた。
園内での放送も何度もかけているという。
「うちのエリアからは、ユリコさんと、イロちゃんが探してくれているけど
そんな特徴の子は、どこにもいないって」
ナグモも、顔を曇らせた。
「多分、そんな子いたら、一発でわかる。と、思う」
少し言いづらそうに言うナグモを見て、千夜は、ふっと頭をよぎった
自分と背格好が似た影のことを思い出した。
「あの……」
言いかけて、バターン! と、詰め所の戸が開いた。
カヤが息を切らして入ってきたのだ。
「千ちゃん! 倒れたんだって?! 大丈夫?!」
駆けてきて、千夜をぎゅうっと、抱きしめた。
千夜は驚いて目を白黒させていた。
「大丈夫です。カヤさん。ありがとうございます」
その言葉を聞いたカヤは、ほっとした表情を見せものの、どこか暗い表情で
千夜に問いかける。
「千ちゃん、さっき、ミルクティー色の髪の子がって言ってたよね?」
千夜ははっと目を開き、頷いた。
「私、その子の事を知っているの」
カヤは千夜の目を、しっかりと見た。
「カヤさん、知っているんですね。きっと、教えてください」
「ええ。約束」
どこか重い詰め所の空気を、シューティングの轟音が振るわせた。
ナミも、ナグモも、黙ってその空気の振動を聞いていた。
次の日、カヤは、千夜を詰め所に呼び出した。
長い机と、長椅子が置いてあるだけのシンプルな詰め所。
「千ちゃん。習熟中にごめんね」
千夜は首を振る。
「いいえ。大丈夫です。昨日の話ですよね」
カヤは頷いて、それから、語りだした。
「ミルクティー色の髪の子はね。この、シューティング・スターができる前にあった
ラビリンス・スターの精霊。と言ったら驚くかな」
千夜は、目を丸くした。
パチパチ。と、音が聞こえそうなほどに見開く。
「精霊?」
千夜は聞き返す。
なんて、空想のような物語なのだろう。
「うん。私の姉の、インカが……インカ姉さんが、生み出したの」
頭の中がチカチカする。
嘘みたいな、本当の話を聞いている気がした。
「もうないジェットコースターの精霊が、ここにいるんですか?」
千夜は、恐る恐る聞いた。
カヤは何も言わずに頷く。
「いるの。いるのよ……」
血を吐く勢いで、カヤは口にした。
「もう、迎えに来ない人を、あの子はずっと待ち続けているの!
来ない人を、ずっと……!」
ダンッ! と、机をたたいた。
「インカ姉さんは、魔法を使った、の。
ラビリンス・スターが大好きな子がいた。
その子は、あまねちゃんという名前。
いつかここで働きたいから、誰か、自分を待っててくれる人がいたら、頑張れるから。
その話を聞いた姉さんは、精霊を生み出した」
一気にしゃべり、カヤは、ふう。と息を吐く。
そして、ぽつりと言った。
「精霊になった乗り物は、自我を持つ。
永遠に動き続けることができて、老朽化も来ない。
ラビリンスは、東武動物公園のレジーナに次ぐ、6番目の木製コースターと言われていたの。
水上という点では、記録されている限りで、群馬県伊勢崎市の
華蔵寺公園遊園地の、恐らく3番目にできたコースターだった。
周りの同じ時期にできた乗り物は、どんどん老朽化していくのに
ラビリンスだけは、老朽化しなかった。
一向に老朽化しない乗り物を、周りの人はそれはそれは気味悪がった。
塗装とかは、剥げていくのに、ラビリンスは塗装がはがれることもなく
メンテナンスも必要としなくなった。
ある日、管理者は決断を下した。ラビリンスを、12年の稼働年数で、終わらせた。
それなのに、ラビリンスは、自分がまだ生き続けていると、勘違いしている」
まるで。と、カヤは続ける。
「自分が死んだことに気づかない、亡霊のようなものだね」
その声は、シューティングの轟音に包まれて、消えた。
彼女は、立ち上がり、詰め所の端にの小さな棚から、小さなアルバムを取り出した。
ピンク色の、表紙が透明で、思い出。と、マジックペンで書かれている。
「あまねちゃんは、千ちゃんとよく似た子だった
ラビリンスの精霊は、たぶん、あまねちゃんと、千ちゃんを間違えたんだね」
そう言いながら、アルバムを開く。
古ぼけた写真に、少女が写っている。
その少女があまねなのだろう。
確かに、千夜に似ていた。
「似ている……私に」
写真を見ながら、ぽつりとこぼす。
そんな千夜を見て、カヤは、ふっと笑った。
「千ちゃん」
カヤは、まっすぐに千夜を見る。
千夜は顔を上げた。
カヤの、凛とした瞳には、強い光が宿っていた。
「知ってほしいことがあるの。あまねちゃんと似ている千ちゃんに。
生きていたら、千ちゃんと年が近かったであろう、あまねちゃんの事」
アルバムのページをめくる。
カヤの姉の、インカと一緒に写っていた。
ニコと写っている写真もあり、ニコは、普段冷静な彼女からは考えられない笑顔で
あまねに抱き着いていた。
楽しそうな様子に、思わず笑みがこぼれる
彼女に、いったい何があったのだろう。
だが、カヤの、生きていたら。と言う言葉に、恐らくではあるが
あまねはもう、いないのだろうということが、想像できてしまった。
あの精霊のことを思い出す。
なんで迎えに来なかったの。と、千夜に言った。
きっと、ずっと待っていた。
そして、何となくではあるが、あまねも、お盆なので、こちら側に来ている。
そう、思った。
次から、インカ登場。