ゴールデンウィークと思い出と
ゴールデンウィークに、ちょっとした思い出を語る話。
ゴールデンウィークは、息をつく間もなく忙しい。
ニコは、いつもは30分ほどで終わるはずの園内巡回が、お客様の対応に追われ
1時間もかかり、持ち場に戻るころには、初夏の太陽に照らされて
その白い頬を赤くして戻ってくるということが度々あった。
マモは、常に自分のエリアの巡回を怠らず、何が起きてもすぐに対応できるように、と、備えている。
ユリコは、シューティング・スターと、ウェーブスィンガーの往復で1日が終わることがあった。
ナミは、気が付けば、休憩を除けば、メリーゴーランドで1日を過ごしていることがあり
イロは、自分が休憩以外は、星まつりの町から1歩も出ていないことに気づき、目を白黒させていた。
それは、千夜も例外ではなく、星まつりの町から、イロと同じく1歩も出ていない。
そして、エリア長のカヤが、直々に、担当にエリアに姿を現し、自らが指揮を執る時期。
それが、この遊園地での、ゴールデンウィークのしきたりなのだ。
遅咲きである八重桜が、満開にその花を咲かせている5月。
園内は、お客さんの笑い声であふれかえり、それはもう忙しくなる。
星まつりの町は、半ば無法地帯であり、管理を任されたイロも、目を回していた。
メリーゴーランドに乗るだけで、20分以上がかかり、自分がたまに何をしているのか
分からなくなる! と、ナミは、頭を抱えていた。
ニコは、巡回をするだけで、お客さんにもみくちゃにされ、流され、別のエリアに流れ着き
自分のエリアに戻るために、30分ほどの時間を必要とすることになる。
そして、マモはそのエリアにいるニコを迎えに行くのだった。
八重桜の花びらが、ひらひらと舞い踊る中、2人は八重桜の花びらに紛れて消えた。
休憩所では、ユリコと千夜が一緒に椅子にひっくり返っていた。
千夜に関しては熱気に圧倒されて、保冷剤を首と額に当てて机に伸びている。
「いや~! 参ったよ」
ユリコは、額に保冷剤を当てて、背もたれにのけぞる。
「どうしたの? ユリコ」
ニコは、ジュースを飲みながら、ユリコに話しかけた。
「ああ、ニコさん。実は、シューティング(シューティング・スターの従業員同士の通称)を
動かしてるときにですね。
久しぶりにここに遊びに来てくれたっていうお客様から言われたんですよ。
木製のジェットコースターは、無くなっちゃったんですかって」
木製のジェットコースターという単語を聞いて、ああ、と声を上げた。
「ずいぶん前になくなっちゃったね。20年くらい前だったかな」
あっけらかんとニコは答える。
あんときゃあ、私も若かったねぇ! とニコはため息をつく。
「それで、なんて答えたの?」
ユリコに続きを話すように促す。
「なんとか『申し訳ございません。木製のジェットコースターは
ずいぶん前に老朽化が原因で、営業を終了してしまいました』って答えた気はするんですが
暑さで頭がぼんやりしてたから、うまく言葉繋げられたか覚えてないんですよ」
あ~あ、と、唸って机に突っ伏す。
まだまだ修行が足りませんねぇ、と言って黙りこくる。
ニコは、なるほどねぇ。と相槌を打ってマモを見る。
「懐かしいねぇ、マモちゃん」
マモも、ああ、と答える。
「ああ、そうそう。老朽化して解体されたよね」
マモは、懐かしむように語った。
「いやぁ、手のかかるやつだったよ。
手動ブレーキだったから、車両を停める位置で苦労したし
木製だからね。冬なんか、寒いと振動して、乗ると痛いうえに、スピードが上がらず
重りを乗せて動かしていたし。」
ニコも同意する。
「そうそう。まるでわがまま娘を相手にしてる気分だった。
まるで、寒いから動きたくない! お客さんが満員じゃないから、走りたくない!
って言ってるみたいでね。
手のかかるやつだったけど、それがまた、かわいかったよね」
その話に、ユリコは目を丸くする。
千夜も、興味をそそられたように、机から身を起こすと、身を乗り出してその話を聞いていた。
自分がいないときは、そんなジェットコースターが、かつてあったのだ。
何となく不思議な気分だ。
「なんて名前の、ジェットコースターだったんですか?」
千夜が聞く。
「ラビリンス・スター。ちょっと端折ってるけど、星の迷宮って意味だよ。
本当に、迷宮みたいで、きれいな奴だったよ」
マモは懐かしむように目を細めて答える。
「ゴールデンウィークの時は、すごい人気でね。
2両編成で動かしてのよ」
大変だったよ。
ニコは、そういいながら立ち上がり、休憩所の本棚から
アルバムを1冊取り出した。
椅子に座り、アルバムをペラペラとめくる。
「ああ、これこれ。これが、ラビリンス・スター」
少し古ぼけた写真を指さしながら、ニコがユリコと、千夜に教える。
写真には、白色に塗られた木造のレールと、目が覚めるような赤色の車両が映っていた。
おそらく駅舎だろう。
エリア長になる前であろう、まだ若いカヤと、おそらくまだ入りたてであろう
ニコ、マモが笑顔をこちらに向けている。
ニコは、その写真を見て、ふと違和感を感じた。
「これはねぇ。2012年の、ゴールデンウィークの最終日に撮った写真。
ラビリンス・スターが、営業を終了する前日だよ」
その違和感を払拭するように、写真を指でなぞる。
「今、シューティングのところに行ったなら、きっと
ラビリンス(ラビリンス・スターの従業員同士の通称)の思い出がたくさん落ちているね」
その言葉に、ユリコは、手を、パン! とたたく。
「今度の休園日には、その思い出を掘り返してみます?
私もまだよく知らないし」
「それいいねぇ!」
マモは大賛成だ。
「ちょっと! マモちゃん! 休園日は掃除したり草むしりが大事でしょう!」
はしゃぐマモに、ニコは、ぴしゃりと言った。
「いつか……」
それまで黙っていた千夜が、言葉をこぼす。
「シューティングがなくなった時、シューティングのことが
懐かしいと思う日が、来るのでしょうか?」
写真に目を向けたまま、素直な疑問を投げかける。
「そうかもね」
ユリコが、返事をする。
「千ちゃんはまだ若いけど、いつかそう思う日が来るってことだよ」
ニコは、アルバムを片付けながら、花林に言った。
千夜は、ゴールデンウィークの賑わいを背に、いつか来るであろう
遠い未来のことを、想った。
いつか、シューティング・スターが古くなって、取り壊すことが
決まるとき、自分は、ニコや、マモのように、シューティング・スターの
思い出話を、誰かに語って聞かせる日が、来るのだろう。
そう思うと、何となく、不思議な気分になる。
そして、ラビリンス・スターは、千夜がたまに見る、白いコースターの
幻覚に、そっくりだった。
休憩所の外を、ミルクティー色の髪の少女が、シューティング・スターを
目指して、駆けて行った。
少しずつ核心に近づけたらなと