星まつりの町
少しだけ重い。
千夜が担当するエリアには、ゲームコーナー『星まつりの町』がある。
小さなゲームコーナーで、輪投げや、射的といったお祭りでもおなじみのゲームのほかに
子供会でも見るであろう、的あてゲームの3つが並ぶ、小さな子からお年寄りまで
楽しめるゲームが並んでいた。
1ゲーム200円で遊べる、高いのだか安いのだかわからない、なんとも微妙な
値段ながらも、小さな子を中心に人気のあるゲームコーナーだった。
その名の通り、星をモチーフにした外装と内装で、手作りのかわいらしい見た目をしている。
千夜はまだ、習熟中の身であるため、休日は乗り物の習熟をしつつも、星まつりの町の
スタッフもこなしていた。
だいぶ慣れてきたものの、入って1か月もたっていない千夜には、お客さんとかかわる
いい練習になるということで、エリア長が、集中的に千夜にを、星まつりの町に入れることもあった。
「いらっしゃいませ! どのゲームも200円で遊べますよ!」
スタッフがお客さんを迎え入れる言葉が聞こえる。
「惜しい! もう少しだったのにぃ!」
本当に悔しそうなスタッフの言葉に
「おにーさん、おまけしてくれ!」
子供よりも、本気になるお父さんの声が響く。
「おめでとう!」
景品を取ったお客さんに話しかける声。
休日の星まつりの町は、その名の通り、お祭り騒ぎだ。
ゲームは3つと、傍から見れば少ないが、スタッフが5人はいないと、回らないほどの忙しさになる。
てんやわんやのお祭り騒ぎ。
その中では、ただ1人、どんなに忙しくても、笑顔で落ち着いた対応をするスタッフがいた。
名前は、イロ。ナミと同期で、様々な不思議と、うわさを持つスタッフだった。
ナミと同期ながらも、習熟が1つも取れておらず、未だに習熟中の身であるということ。
練習では、どの機種でも完ぺきな対応をこなすというのに
見極めになると、何1つできなくなってしまう事。
できていたことが、突然できなくなってしまったこともあるという。
極度のあがり症持ちが原因らしい。と、うわさで聞いていたが
星まつりの町では、そんな雰囲気は、欠片も見せず、むしろ
この人がいれば、大丈夫だろうという空気さえあった。
初めて会ったときは、独特な、何を考えているかわからない雰囲気に
なんて話しかけていいかわからず、あいさつ程度しかしていなかった。
千夜は今、輪投げの対応をしていた。
少ないお客さんが断続的に来ていたので、切れ目がなく、それなりに忙しい。
千夜は、接客をしながらも、様々なうわさを持つシュリの様子をうかがっていた。
イロは、射的の対応をしていた。
輪投げとは比べ物にならないほどに忙しそうなのだが、イロは嫌な顔など
1つも見せずに、むしろ楽し気に接客をしていた。
千夜は、気疲れして、こっそり溜息を吐いた瞬間、拍手がわいた。
「おめでとうございます! 特賞をゲット~!」
イロの良く通る声が、星まつりの町に響き渡った。
周りのスタッフも拍手をしたり、おめでとう! と言ったりしている。
中にはお客さんも一緒になって、シュリとともにおめでとうと拍手をしている人もいた。
忙しさで殺伐とした空気が漂っていた、星まつりの町が、イロの声で一掃され
和やかな雰囲気に変わってゆく。
輪投げのお客さんがいったん途絶えたので、別のゲームの様子を見に行く。
射的で特賞を取ったお客さんが、イロと一緒に、特賞を楽しそうに選んでいた。
順番待ちをしていた親子は、どの景品が欲しい? と会話をしている。
千夜は、ゲームのサポートをしながら、イロの接客を見ていた。
その接客をしている姿はまるで、一緒に遊んでいるかのようにすら見える。
「千ちゃん、おつかれ」
落ちていた輪を拾おうと、しゃがんでいたら、頭の上から声が降ってくる。
声の主は、ナミだった。
「お疲れ様です。ナミさん」
「星まつりの町は、相変わらず忙しそうだねぇ」
「ええ。ですが、イロさんがいるので、大丈夫そうです」
千夜の言葉に、ナミは、ふふッと笑う。
「そりゃあそうよ。イロちゃんは、星まつりの町の天才だからね。
エリア長のカヤさんからは、『星まつりの町の管理者』に任命されたくらいだから」
イロを見ながら、彼女は言った。
その言葉に、千夜は驚き、ナミに訊いた。
「ええ? そうなんですか?じゃあ、なんで……」
その言葉を遮るように、ナミは言う。
「ほかの機種が取れないってことかな?」
当たり前のように、ナミは告げた。
「そうです。なぜ、あんなにも対応が上手なのに……」
千夜は、不思議そうにナミにきく。
「イロちゃんに聞いてごらん。休憩一緒でしょ?
イロちゃんは、はぐらかさずに、ちゃんと答えてくれるから」
ナミは、それだけ告げると、荷物置き場に荷物を置く。
「んで、千ちゃん。交代です」
千夜は、アッと思い出したように、引継ぎをした。
「特に何もないです! それじゃあ、お疲れ様ですっ!」
自分の荷物をひったくるように持つと、休憩所へと駆けて行った。
千夜の後に、イロがナミのもとに来た。
「ナミちゃん、お疲れ~」
イロは、のんきにナミに声をかける。
「まったくイロ、ちゃん、休憩でしょ! 早く行きな」
ナミは、呆れたようにシュリに言う。
「ええ~? そうだったの?」
イロは、まるで危機感がなく答えるので、ナミは思わず笑いそうになる。
それを堪えて、ピシッと言う。
「この時間はイロちゃんの交代が来ないってスケジュールにあったでしょ」
ナミの言葉にイロは目を丸くして、素っ頓狂な声を上げる。
「ああ、そうだった! ありがとうナミちゃん! おつかれぇ!」
イロは、慌てて荷物をもって休憩所に消えていった。
そのやり取りは、お客さんを巻き込み、星まつりの町を笑い声で包んだ。
「お疲れ様です」
千夜が休憩所でお茶を飲んでいると、イロが扉を開けて入ってきた。
星まつりの町にいる時と変わらず、明るく生き生きとしている。
彼女は、自動販売機にそのまま向かい、何を買うか考えていた。
すると、誰かが近づいてくる音がした。
「お疲れ様です! イロ先輩」
イロは、突然飛んできた声に目を白黒させて、振り向いた。
あまり話したことのない、新入社員……確か、千夜花林という名前だったような……
と、思考を巡らしている。
「えっと……? 確か、千夜さんだった、よね?」
目を丸くして、千夜と初めて顔を合わせて話した気がした。
「そうです! 千夜 花林です。好きなように呼んでください」
「ああ、最近入ってきた新人さんね。あたしはイロ。よろしくね」
星まつりの町にいたときと、同じ笑顔で、口をきいてくれたことがうれしくなる。
人のいい笑顔と、話し方で、思っていた以上に話しやすい人だった。
「自動販売機で、何を買おうとしてたんですか?」
千夜は気になり、訊いてみた。
「ああねぇ。どれが一番安いかなぁって、思いまして」
イロは、自動販売機のボタンをなぞりながら答える。
なぜか敬語で。
「なるほど!」
千夜も、その気持ちがわかる! と、言わんばかりに相槌を打つ。
「自動販売機って、迷いますよねぇ」
どこか間延びした話し方で、イロが答える。
「ここは、私のおすすめの紅茶で行きましょう!」
千夜が、意気込んでふざけてみる。
果たしてイロは乗ってくれるだろうか。
「よし! 千夜さんが紅茶なら、私は緑茶を選ぶ!」
イロはお金を入れて、緑茶のボタンを押した。
「なんで緑茶~!」
イロは、見事なまでに、千夜のおふざけに乗ってくれた。
2人して笑いながらテーブルに着き、他愛のない話をする。
千夜はイロにいろんな話をした。
ガラスのジェットコースターは、初めて見たこと。
ガラスのコースターのシューティングスターと、桜の組み合わせが信じられないほど綺麗だったこと。
月光桜を初めて見たこと。
そのシロップがおいしかったこと。
ニコは、面白くて優しい先輩だということ。
マモと、ニコの会話が面白いこと。
「マモさんと、ニコさんの会話でしょ? 面白いですよね~!」
イロも、相槌を打ちながら話してくれる。
そして、続けざまに言った。
どうやら彼女の話すときの癖は、敬語が混じるということのようだ。
「知ってました? 実は、ニコさんのほうが、立場は上なんだそうな!」
千夜は驚いた。
そうだったのか。幼馴染か、姉と弟に見えた。
「ニコさんは、人をいじるのが上手なもんで」
そう言ってイロは、緑茶を喉に流し込む。
「あれ、苦い……」
飲んだ緑茶が苦かったらしく、顔をゆがめた。
そんなイロがおかしくて、千夜は思わず吹き出す。
「イロさんは、面白いですね」
「よく言われますよ」
あはははっと、イロが笑うと、キラキラした霧が、ふわふわっと舞った。
「えっと……イロさん」
ナミに言われた、イロに聞いてごらんという、あのうわさの数々。
訊いたら失礼だろうか?
悩みながらも切り出した。
「失礼なことを聞きますが……」
「うん?」
イロは、千夜の言葉に首をかしげる。
「いいよん。何?」
話していいよ。というように促す。
「イロさんは、ナミさんと同じ時期に入ってきたのに、機種が1つも取れないと
聞きました。あんなに、接客が上手なのに」
失礼なことを聞いてしまった……と千夜、がうつむいていると
イロの素っ頓狂な声が帰ってくる。
「へぇ? 接客が上手? あたしが?」
その答えに、千夜はえっ? と顔を上げる。
「うれしいなぁ! ほめてくれるなんて! あたしが機種1つも取れてない理由ですよね」
えっと~、とイロは斜め上を見上げて、頬に手を当てて少し考えた。
「あたしね、発達障害なんよ。軽度の。物を覚えるのが私は上手じゃないんね。
教えてもらったこと、抜け落ちたりして、上手に覚えられなくて」
まるで、今日は天気がいいね。とでもいうように、軽く話した。
「練習だと全部答えられたりすることもあるんだけど、臨機応変に動けないんだよね。
あいまいな表現とか、あれとって、とか言われてもなんだかわからなくて。
突発的なこととかにうまく対応できなくて、パニック状態になっちゃって。
先に言われたことと違う事指示されると、混乱して動けなくなって
インターン先のほうでは結構、邪険に扱われたりとかして。
察してとか言われても、こっちはわからないし~って感じで」
あははっと、イロは笑って話す。
対照的に、イロの話は、千夜の気持ちを重くさせる。
何故だか、イロが、苦しみもがいてる過去が見えた気がして、涙があふれた。
重たい内容とは裏腹に、明るく話すイロは、涙を流す千夜に慌てて付け足した。
「事の顛末まで話してくれたりすれば、ちゃんと動けるから、気にしないでね。
重たい話してごめんなさいね。
ここだと、みんながちゃんと顛末まで、話してくれるから、やっていけてるんよ。
千夜さん、泣かせちゃって、ごめんなさいね」
慌てて、ハンカチを取り出して、千夜に渡す。
「ごめんなさい……。失礼なことを聞いて」
謝る千夜に、イロは首を振る。
「いいんです、いいんです。知ろうとしてくれてありがとう」
なんて失礼なことを聞いてしまったんだろう。
それなのに、辛いことを話させてしまったのに、怒らないイロの優しさに
千夜はさらに涙があふれた。
「覚えるのとかが苦手ってだけで、それが人よりも少し重いだけで他は変わらないから。
さっきみたいに、接してくれたらうれしいなって私は思います」
あっけらかんとするイロに、花林は思った。
(なんでこんなにこの人は、優しいんだろう。
優しいのに、苦労ばかりしているんだ)
イロは、ああっ、と話した。
「遊園地ではねぇ、いろんな人が遊びに来ますよねぇ。
きっと、私みたいな人も遊びに来てたりして、少しでも励まされたい人が
知らないだけで、いると思うんね。
だから、少しでも楽しんでほしいって思いながら、星まつりの町で、私は働いていんの。
私の働く意味って、たぶんそれなんだなぁって。思うんだ」
千夜は、自分が働く意味を考えたことがなかった。
イロみたいな人が、きっと、知らないだけで、たくさんいるんだ。
イロのハンカチを握りしめて、話を黙って聞いた。
「さて、重たい話の次は、明るい話!」
彼女の笑顔が、パッと咲いた。
イロが今まで接してきた、お客さんとのやり取り、ナミとのおちゃらけた会話
同期で変な奴がいて、その同期と同じエリアで前は働いていたこと。
そのエリアの乗り物の、『ミュージック・エキスプレス』が大好きで、かわいがっていたこと。
小さなジェットコースター『ミルキィ・ウェイ』も同じくらいにかわいがっていたこと。
シュリの話は千夜、の心の重みを、吹き飛ばした。
「あたしが前にいたエリアに、テツっていう、変な奴がいたんね。
おしゃべりで、からかい上手な。
テツは、あたしのライバルかって思うくらい、キャラが濃ゆい奴で。
テツとあたし、どっちがミルキィ・ウェイを操れるかって
勝手に対決して、エリア長に怒られたりね。
だから、こっちのエリア長のカヤさんから、問題児扱いされてたの」
いつの間にやら休憩に来ていた人たちが、アハハッとその話を聞いて笑い出した。
遊園地では、いろんな人が生きている。
そう思った、日だった。
発達障害のグレーゾーンの人物が出てきました。
差別するつもりはありません。それは、私自身が発達障害のグレーゾーンだからです。
覚えるのが苦手、突然失敗する。
緊張しい。同じ失敗を繰り返す。
言われたことがうまく覚えられず、なぜか、一部だけ抜け落ちる。
私自身が経験していることです。
イロは、そんな私の分身です。
グレーゾーンでも、いろんな方がいらっしゃると思います。
その人にしかわからない苦労があります。
理解を得るって、難しいことで、理解してもらえないこともたくさんある。
日本人特有の察しろ文化とか、空気読めとか「普通でしょ!」とか、生きづらかったです。
本当に。