桜のシロップ
2話目。ほのぼの
千夜は、ウェーブスインガーの習熟から、休憩所にる道を歩いていた。
その道に、桜の花びらが、ひらひらと降り注いだ。
普通の桜と違い、微かに花が光っている。
『ここの桜は、普通の桜と違って、ぼんやり光っているの。
名前は、月光桜っていうんだよ』
と、初めて見た月光桜に驚いていた千夜に、ニコが教えてくれた。
風が吹くたびに、地面に落ちている花びらも一緒に舞い上がるので
千夜は、月光桜に、別世界に閉ざされた心地になった。
青い空を背景に花びらが散る様は、まるで、薄紅色の雪が舞っているようだった。
まだ、花びらがしっかりとついている月光桜の花が、いくつも落ちていた。
千夜は、ニコに、きれいな花をいくつか拾って来てほしいと
頼まれていたので、かぶっていた帽子を入れ物に、花びらや、花を入れていった。
帽子は、微かに光る薄紅色で一杯になった。
(一体、何に使うのだろう?)
不思議に思いつつ、休憩所に向かって歩く。
向かい側から歩いてきた、別のエリアの担当従業員に挨拶をすると、
その従業員は、千夜に挨拶を返した後、帽子の中を見ると、パッと目を輝かせる。
「おつかれ! もうその時期なんだなぁ」
そういいおいて、からからと笑いながら去っていった。
何のことなんだろう? と、考えながら歩いた。
月光桜の花びらを浴びながら、休憩所にたどり着いた。
中に入ると、ニコが、コンロに大きめな鍋に火にかけて、何かをかき混ぜている。
かすかに甘い香りが漂っていた。
「ああ!千ちゃん。おつかれ!」
千夜が戻ってきたことを知ると、ニコは、笑顔で迎える。
千夜は、彼女は、何を作っていたのだろうと思い、ニコの側まで行き、小さな鍋を覗き込む。
キラキラとした粒と、薄いピンク色の、とろりとした液体を混ぜていた。
近くには、わずかな月光桜の花びらが載せられた小皿と、角砂糖の入った袋がおいてある。
「何を混ぜているのですか?」
千夜は不思議になって問かける。
「これ? これはねぇ、月光桜と、冬のイルミネーションのときの光の粒を煮ているの」
その話を聞いて首を傾げた。
光の粒? ピンとこない。
まあいいやと、手に持っていた帽子をニコに差し出す。
「ニコさん。これ、月光桜の花です」
「あ~! ありがとう! 千ちゃん。私、助かっちゃったよ」
ニコは、嬉しそうに受け取ると、小皿に分けて、花びらを5枚ほど鍋の中に入れる。
そして、混ぜながら話しだした。
「月光桜と、光の粒を混ぜたシロップは、おいしいのよ」
千夜は、ニコの話よりも、彼女が作っているシロップに入れられている光の粒
がとても気になる。
『光の粒』という単語に首をかしげる千夜をみて、ニコはいたずらっぽく話す。
「え? 知らないって? そうかぁ。そうよねぇ」
ニコは、少し考えてから花林に語る。
「月光桜はね。私達魔女と、深い関わりがあるの。
人間が、落としていった、桜の木の種を、最初にここに来た魔女が
月の光の中で育てたの。だから、月みたいにぼんやり輝いているでしょう?」
そしてね、と、続ける。
「魔女は、何も食べなくても死なない。
けど、甘いものは好きなのね。
だから、ひとかけらの、角砂糖と、月光桜の花びらを煮たものを
私達の祖先は食べていたの。嗜好品てやつ?」
ニコは、鍋に水を少し足して、月光桜の花びらを3枚、鍋の中にいれて、光の粒が入れられている
瓶のふたを開けて、小さなスプーンで、ひとすくいすると
鍋の中に入れて混ぜる。
ぷくぷくっと、シロップが小さな泡を立てていた。
鍋から火を下ろして、冷ましている。
「この時期になるとね。大体のエリアの人が、自分たちの作り方でこのシロップを作るんだよ
乗り物の電飾からとった光を入れるエリアもあるし、お客さんの笑い声を入れるエリアもある」
だから、とニコは続ける。
「たくさんシロップを作って、出来上がったら、各エリアで交換会をするの」
面白いよ、いろんな味がして。と、ニコは話を終わらせると、きれいに洗って、煮沸して
乾燥させた瓶に、冷めたシロップを流し込む。
キラキラとした光の粒、薄いピンクの色がかわいらしい。
「よかったら、舐めてみる?」
ニコは、シロップをひとさじすくって、千夜に渡した。
舐めてみると、優しい甘さと、微かにパチパチッと舌の上で何かが跳ねる。
そして、甘い香りがする。
「おいしい!」
千夜は、目を丸くしてニコに告げる。
「ああ! よかったぁ! ほかのエリアのシロップの味が楽しみだねぇ」
笑顔で千夜に、ニコは告げる。
「このシロップはたくさん作って、もらった分もふくめて、冷蔵庫に入れておくんだよ。
炭酸水で割って飲んでもいいし、お湯で薄めて飲む人もいるから、いろんな使い方があるんだ」
瓶のふたを閉めて、冷蔵庫に入れる。
残ったシロップも、瓶に流し込んでいると、ナミが帰ってきた。
「お疲れ様です! わぁ、いい匂い! あ、月光桜のシロップですね」
ナミは、うれし気に声を上げる。
椅子にかばんを下ろして、ニコの元に駆け寄る。
そうだよ、とニコは答えた後に、何かを思いついたように、手をぽん、とたたく。
「ナミちゃん、おつかれ。せっかくだし、3人でこっそり炭酸水で割って飲んじゃおうか?」
「いいですねぇ」
「ほかの人は、あとで飲めばいいんだよ。私たちが一番乗り!
マモちゃんは、桜が散る寸前に、飲めばいい!」
ニコは、棘の含んだ、いたずら心を言葉に混ぜ込んだ。
その言葉は、赤とピンクが混じった靄になって、霧散した。
まるで、月光桜のようだ。
ナミと、ニコ、千夜の分のガラスのコップを用意して、シロップを中くらい程の
スプーンですくって分けた後に、炭酸水を注いだ。
シュワシュワッと、小さな泡がはじけた。
テーブルについて、飲むと、桜の甘い香り、光の粒のパチパチとした舌ざわりと、炭酸水の
シュワシュワとした喉越しが、体に染み渡った。
外では、ほかのエリアの従業員が1人、いそいそと、綺麗な月光桜の花びらを拾い集めながら
自分のエリアの休憩所へと向かっていた。
そして、巡回をしていたマモは、くしゃみを1つ、した。
次の話はちょっと重いけどコミカル