クリスマスの贈り物
最終回です。
12月25日になった。サンタクロースからのプレゼントに
はしゃぐ子供たちが、沢山遊びに来ている。
午前中、お昼時は忙しく、目が回りそうになった。
また、13時~14時にかけては、恐ろしいペースで、お客さんが来たので、自分が何をしたかは
よくわからず、気が付いたら時間が過ぎているという状態だった。
今は、15時で、お客さんも少なかったので、千夜は、昨日完成した
箱庭を飾ってあるスペースに足を向けた。
マモ、ユリコ、千夜の作品が3つ、ちょこんと並んでいる。
マモは、ジェットコースターをメインに、箱庭を作っていた。
ジェットコースターと言っても、子供向けの、小型のコースターだ。
月がモチーフなのだが、オレンジや紫色、赤色の、アラビアンな風合いに、ふんわりとした
イメージの真珠の飾りと、レースを組み合わせた、イロに負けず劣らずに、破天荒な言動を
繰り返す彼らしい作品に仕上がっていて、まるで彼自身のようだった。
「小さいジェットコースター。確か、名前もなかった気がする」
名前もないジェットコースターに、お母さんと乗った記憶がよみがえった。
隣には、バイキングが飾られている。ユリコらしく、しっかりとした作りで、計算しつくされた
幾何学的な模様がきれいで、小さな鈴が飾り付けられている。
どちらかというと、バイキングのほうが、アラビアン風の飾り付けが似合うのではと思った。
自分の作品は、雫のビーズをメインに作ったので、並べてみると、何となく地味に見えた。
「私のって、やっぱり、模倣に見えるなぁ」
千夜は、思わずそうこぼして、がっくりと肩を落とした。
改めて見てみると、『光のかけら』の輪郭が、くっきりと浮かび上がっている。
はぁっと、溜息をついて、天井を仰いだ。
天井には、クリスマスの装飾が輝いている。
その装飾を眺めながら、千夜は、ぼんやりと、雪が降らないかなぁと思い
それから、気を取り直し、よしっ! と、気合を入れた。
両方の頬をパン! とたたいて、仕事に戻る。
お客さんも増えてきて、だんだんと忙しくなっていった。
『みなさん! メリークリスマス! 星まつりの町から、ご挨拶しております』
学生バイトのタカが、前に出て、マイクで呼び込みをする。
『プレゼントをもらった人ー!』
タカの、少し掠れた声が、薄曇りの空に昇ってゆく。
メリーゴーランドの方から、ナミの、高く澄んだ声が聞こえてきた。
とても楽しそうな、アナウンスで、自然と千夜も笑顔になる。
イロは珍しく、ウェーブスインガーのサポートに行っているので、ここにはいない。
ニコは、今風邪気味で声がうまく出ないので、ウェーブスインガーについていて
イロにすべてのアナウンスをやらせると、今朝、急遽決めた。
イロは、お客さんの少ない平日は、機種につくことはあるが、多い日だと混乱してしまうので
休日は星まつりの町限定で仕事をし、機種からのサポート要請があれば
そちらに向かうという役目を、カヤが与えたのだ。
今は、ウェーブスインガーの操作もろもろはニコがやり、アナウンスはイロがやっている。
千夜は、ざわめきの中に、同じエリアの仲間の声を探す。
遠くからは、何となくではあるが、シューティング・スターのアナウンスを
やるユリコの声が聞こえてくる。
「ユリコさん、やってるなぁ」
千夜は、自分は耳がいい。ということを最近知った。
雑踏の中から、仲間の声が聞こえるのだ。
ユリコと一緒に、シューティングスターに就いている、マモの声も混じって聞こえてくる。
生憎、クリスマスなのに雪も降らず、薄曇りだが、明るく行こうと、千夜は声を思い切り張り上げる。
タカに負けないように、笑顔で、思い切り声を上げた。
『みなさーん! メリークリスマス!どうぞ、お立ち寄りくださいね!』
タカからマイクを奪い、宣伝をする。
タカは、ああっ! と、声を上げて、千夜からマイクを奪い返そうと躍起になる。
「あっ! かえせ!」
「いやですよ~! タカさんばっかりマイクやって!」
傍から見ると、従業員同士がじゃれあっているように見えるので
お客さんが、なんだなんだと集まってくる。
これは、売り上げを伸ばすチャンスと言わんばかりに、2人してゲームを勧める。
「よかったら、どうですか?」
お客さんは、ちょっと遊んで行こうか! とわらわらと集まってきた。
その様子を、園内を巡回しているカヤは、遠巻きに見つめている。
「千ちゃん、いいねぇ。いい調子だよー!」
称賛の声を上げ、空を見上げた。
空は、いつの間にやら薄曇りから、分厚い雲に代わり、灰色の空を覆っていた。
雪が降りそうだった。
「さて、今夜は、雪が、お迎えに来るかな」
彼女は、そっとつぶやいてから、その場から姿を消した。
カヤがいたところには、細かな雪の結晶がちらちらと舞っていた。
そこを何事もなかったように、カップルが通り過ぎ、結晶がかき回される。
千夜は、視界の端にカヤがいた気がして、あたりを見回すが、カヤはいなかった。
首を傾げつつ、マイクを別の人に交代して、自分がいるゲームの景品である、チワワのぬいぐるみが
残り少ないと気づいたので、倉庫に行き、同じものがあるかどうか探した。
ホワイトボードには、どのゲームの景品が、残りいくつかあるのか、が書き記されていて
持ち出す分だけ、数を引くことになっている。
自分が探しているものを見つけたので、千夜は10個持ち出し、書かれている在庫から
10引いた数字を書き込んだ。
ぬいぐるみを持っていこうとして、ふと気づいた。
「10個もいっぺんに持っていけないか……」
少し困ったので、外にいる比較的手が空いている学生バイトに声をかけて、一緒に運んだ。
棚の下にぬいぐるみを補充していると、交代の時間になったらしく、イロが来た。
時計を見ると、16時だった。
「千ちゃん! 交代ですよ~!」
「あれ? ニコさんは平気なんですか?」
「うん。ニコさんの交代が来たから、そのままこっちに回されたの」
そうか。と、思いながら、簡単な引継ぎをしながら、ぬいぐるみを渡した。
「タカさんから、マイクを奪いました。今ぬいぐるみを補充だったので、引き続きお願いします!」
千夜のその言葉が面白くて、イロは思わず笑った。
「そうなのね~! 了解しました。んじゃあ、千ちゃん、お疲れね!」
イロは、千夜からぬいぐるみを受け取り、休憩に行くように促した。
そして、そのままぬいぐるみを棚の中に補充をした。
「10個補充とは、千ちゃん、なかなかやるねぇ」
ぎゅむぎゅむと、ぬいぐるみを詰めていった。
サイズが大きいので、入れるのに苦労する。
「わぷっ」
イロの顔に、ぬいぐるみが跳ね返ってぶつかり、思わず変な声を上げた。
隣にいた学生バイトが、アハハと笑い声をあげた。
いつしか、ちらちらと、雪が舞っていた。
「ああ! 雪が降ってきたよ!」
小さな子の声が、休憩所に向かっていた、千夜の耳に入り思わず顔を上げる。
本当に雪が降ってきていた。
粉雪だ。
「ホワイトクリスマスだね」
家族連れの会話が聞こえて、千夜もうきうきしてきた。
休憩所の戸を開けて、中に入る。
「お疲れ様です」
休憩所に入り、その温かさに思わず息をのんだ。
相当寒かったのだ。
「おー、千ちゃん。お疲れ」
椅子に座っていたマモが、コーヒーを飲みながら、千夜に話しかける。
隣ではユリコが、サイダーを飲んでいた。
「おつかれ。千ちゃん」
「ユリコさん。寒いのに、サイダーですか?」
椅子にかばんを置きながら、ユリコに話しかけた。
「休憩所があっつくて!」
そういいながら、一気に残りのサイダーを飲み干し、顔をしかめる。
飲み込んだ炭酸がのどに詰まったのか、痛かったようだ。
「い、いたい……喉詰まった」
ようやく、炭酸を飲み込む事ができたユリコは、かすれた声で言った。
マモと千夜は爆笑した。
マモは、炭酸を喉に詰まらせたことはなかったので、苦笑いしながらユリコに訊いた。
「そんなことあるの?」
ユリコはマモをにらみつけ、あります! と凄んだ。
千夜も、炭酸がのどに詰まったような感覚を味わったことがあり、共感した。
「痛いですよね! わかります。喉がシュワシュワしますよね」
そういう千夜に、ユリコは得意げにマモを見た。
「そうだよね千ちゃん。シュワシュワするよ」
マモの方を見ながらそう言ったので、マモは、ええ~! と声を上げる。
そこに、休憩しようと、イクヤが入ってきた。
「おお。盛り上がってるね」
元気だね。と、感心したようにイクヤは言った。
「ああ! イクヤさん。お疲れ様です」
千夜は、イクヤを見て、挨拶をした。
「ああ~! お疲れ様です」
ユリコもマモも、続いてあいさつをした。
イクヤはそれを聞いて、笑顔で、返事をした。
「お疲れ。外は雪だよ」
マモは驚いたように、目を見開いた。
「そうなんですか? 結構降ってます?」
ユリコは、雪という単語に、うれし気に顔をほころばせた。
「ああ。降ってるねぇ。今、シューティングが止まったところ。
星まつりの町は、雨宿りならぬ雪宿りの場所になってるよ」
まあ、イロがいるから平気だろうがね。
そう、イクヤが続けた。
「そうですね。あの子がいれば、あそこは大丈夫ですよ」
「星まつりの町、困ったらイロを入れておけって?」
うふふふ。と、ユリコが笑う。
千夜は、気になり、外を見に行った。
「外を見てきます!」
「外は寒いよ~」
マモが、一応忠告と言わんばかりに言ってから、チョコレートを口に放り込む。
灰色の空から、ひらりひらりと、粉雪が舞い散っていた。
遠くには、運休中のシューティング・スターが、ライトアップされた状態で、佇んでいる。
ガラス製なので、幻想的に、千夜の目に映った。
もっと眺めていたかったが、寒い。
「うわ~、寒い」
慌てて、休憩所に戻る。
頬を赤くした千夜を見て、イクヤは笑った。
「寒かった?」
ユリコが、困ったように笑いながら訊いた。
「寒いですよ」
ひゅうっと、暖房で暖かくなった空気を吸い込み、体を温めようとして
思い切り咽て、目に少し涙が浮かんだ。
まだ、肺の中に冷たい空気が残っているようで、少しも体が温まらない。
外にいる人たちは、もっと寒いだろうなと思う。
自分もそこに行くと考えたとたん、ぶるぶるっと、体が震えた。
「さて、私はそろそろ、タカちゃんの交代に行こうかねぇ」
ユリコが、よいしょっと立ち上がり、荷物を手に持ち、扉の方に向かった。
千夜も、ナミの交代に行くために荷物を持った。
ナミは、メリーゴーランドにいる。
きっと寒さで、頬を赤くしているころであろう。
休憩所から出て、すたすたと、人の合間を縫って歩いて行くと、メリーゴーランドの
きらびやかな、オレンジ色の光が見えてくる。
16時30分の少し前。あたりが薄暗くなり、隣にいる人の顔がぼんやりとしか見えなくなったころ
街灯が突然消えて、ざわめき出す。
「どうしたのかしら?」
「停電?」
「でも、乗り物は動いているよ」
ざわざわと、疑問を口にするお客さんを横目に、千夜は、メリーゴーランドに向かおうとした。
その時、木や、建物、乗り物が、何色もの光の粒に彩られた。
途端に、歓声が上がる。
「わぁ! 綺麗!」
隣を歩いていたカップルが、驚きと感動を口にした。
「イルミネーションがついた!」
高校生くらいの、友達同士で来ているらしい女の子たちが、驚きの声を上げる。
お客さんたちが喜ぶ声を聴いて、千夜は足取りも軽く、メリーゴーランドに向かった。
10日前は、17時に点灯したが、日没が早まり、16時30分に点灯させてはどうかと
カヤが提案したのだ。
その代わり、8時閉園から、7時30分閉園になったのだが。
鮮やかなイルミネーションが、真っ白な雪を、何色もの光に染め上げて、幻想的に映る。
その光景に、息をのんで立ち止まる人々を横目にナミの元に行った。
雪の中、回るメリーゴーランドに、1度乗ろうと並ぶお客さんたちの波をかき分けて
メリーゴーランドに到着し、操作室から出てきたナミに声をかける。
ちょうど、お客さんに降りてもらっていたところだった。
「ナミさん! 交代です。お疲れ様でーす」
白い息を吐いて、ナミに声をかけた。
ナミは、頬と鼻を赤くして、白い息を吐いて、千夜を見る。
「おつかれ。今降りてもらってるから、扉開けてくれる?」
「はいっ!」
出口扉は、ステンレスで冷たく、触るだけで、手が凍りそうだった。
「つめたっ!」
思わず声を上げて、手を引っ込めそうになった。
我慢して、扉を開けてお客さんに出て行ってもらう。
「足元すべりやすいです! お気を付けください」
滑らないように、注意を促す言葉を混ぜ込み、ありがとうございます。とお礼を言って見送る。
お客さんも、白い息を吐いて、千夜にお礼を言っていく。
ナミは、お客さんが中に残っていないか、忘れ物がないかを確認して
何も異常なしだということが分かると、千夜と交代する。
「千ちゃん。異常なしだから、次のお客さんを案内して。
あと、雪で滑りやすいから、いつも以上に注意してね。お客さんにも注意を呼びかけてね」
ナミは、引き継ぎ事項を言い、交代すると、荷物を持ち、出口から出て行った。
千夜が案内する声を背に、空を見上げて、そっと、ふうっと息を吐くと、雪がキラキラと光を放ち
小さな星のように、彼女の周りを舞う。
指で、光の軌跡をなぞってゆくと、五線譜と、その上に踊る音符が現れて
幾筋もの金色の光となり、やがて、小さな、翅の生えた人の形となり
道行く人々の波の間を縫うように駆けてゆく。
その光景は、あまりにも美しく、誰もが目を見開き、見惚れた。
「すごい……!」
ナミの側にいた小さな子が、感嘆の声を上げた。
その声を聞いたナミは、得意げな顔をした。
「メリークリスマース!」
千夜の特別なアナウンスが、空に昇って行く。
その声に、イロは、星祭の町から、こっそりと色を付けた。
透明感のある、星の色。
そして、負けじと、イロも声を張り上げる。
「どうぞ! お立ち寄りください!」
星祭の町に、内線がかかってきた。
イロ宛てで、ニコからだった。
「ニコさん? どうしたんですか?」
『イロ? 今日、営業が終わったら、『星の子の遊び場』跡地に来てくれる?』
「ああ、あのメリーゴーランドとかあったところですか?」
『そう。頼んだよ』
イロは頷いて、了解です。と言ってから、内線を切った。
ふっと、遠くを見ると、微かにシューティング・スターの光が見えた。
お客さんは、楽しげに歩いてゆく。
その笑顔を、イルミネーションが照らす。
それは、皆の笑顔が優しく輝いた、あまりにも幸せな、満たされた時間だった。
自らの終わりの時間が近づいている事を、ニコも、マモも、ユリコも、ナミも、イロも感じていた。
「千ちゃん。来てほしい所があるの。私と一緒に来てくれる?」
閉園して、締め作業も終えた千夜に、カヤが話しかけた。
「ええ? 分かりました」
突然呼び出され、少し驚いた千夜だったが、カヤについて行く。
イクヤも一緒だった。
カヤに連れて行かれた場所は、千夜にとって、懐かしい場所だった。
「ここって……」
思わず、息を呑む。
「そう。千ちゃんにとっては、もしかしたら、懐かしい場所かもね」
お父さんと乗った、チェーンタワー。バイキング。
お母さんと乗ったコーヒーカップ。ジェットコースター。メリーゴーランド。
家族みんなで乗ったビックリハウス。
それらが全て、元の場所にある。
「どうしてここに?」
なくなった乗り物があるのですか。と、カヤに訊こうとした途端。
辺り一面、折り紙で作られた雫で飾られていた。
驚いてよく見ると、千夜が小学生の時に作り上げた箱庭と、同じだった。
あたりを見回しても、カヤも、イクヤも、どこにもいない。代わりに、今はない乗り物が、暗く沈んでいる。
雪はやんでいて、灰色の空が銀に光り、折り紙の雫が、きらめいている。
「千ちゃん。きれいだね」
右隣から、ニコの声がした。
振り向くと、いつの間にかニコがいる。優しい笑顔で、優しい声で、千夜に語りかけている。メリーゴーランドは、忽然と姿を消している。
「ほんとうに。きれいですね」
今度はユリコの声がした。
ニコの隣にユリコが立っている。バイキングは、ない。
ユリコは、知的な笑みを浮かべて、雫を眺めていた。
「すげーなぁ。なあナグモ」
「マモさんの、作るやつよりきれいですよ」
左隣から、マモと、ナグモの、声がした。
ジェットコースターと、チェーンタワーは、姿を消していた。
「ナミちゃん! すごいよねえ。きれいだよねえ」
後ろから、イロの声がした。
ビックリハウスは、無くなっていた。
「本当にね。美しいとかじゃなくて、本当にきれい」
ナミが、感心したように言った。
コーヒーカップは、消えていた。
「みなさん? いつの間に……ここは、どこなんですか?」
ニコは、変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「ここはね。千ちゃんの世界」
ニコが、口を開いた。
「私の?」
思わず、ニコに訊き返す。
意味がいまいち分からなかった。
どういう事なのだろうか?
「うん。千ちゃんの記憶の中で、一番きれいだと思ったものが、映るんだよ」
光のかけらだ。昔、美術館で見たもの。
それを、箱庭に閉じ込めたら、どんなにかきれいだろう。
好きなものを、共に見た、友達に送れたら、どれだけ嬉しいだろう。
「私が、きれいだと思ったもの……」
千夜は俯いた。
この世界は、自分では確かに、きれいだと思っていた。
けれど、30点の世界だ。
「きれいじゃ、ありません」
少し、震えた声で、ニコたちに言う。
「どーして?」
マモが不思議そうに千夜に訊いた。
「30点、なんです」
「30点?」
ユリコが首を傾げた。
「先生に、言われました。なんでか、分からないけど」
ふーん。と、ニコは息をついて、空を見回した。
「はぁ? こんなきれいなのが30点ならば、私のはマイナス120点よぉ!」
イロが、目をまんまるにして、素っ頓狂な声を上げた。
隣りに居たナミが、声を上げて笑った。
ユリコの隣で、様子を見ていたナグモが、ねえ、と俯いている千夜に声をかけた。
「覚えてる? 実は、俺達、ここで会ったことが、あるんだよ」
千夜は、思わず顔を上げた。
記憶になかった。
不意に、景色が変わった。
夜の遊園地になる。
まるで、映画のように、人混みが自分たちの横をすり抜けてゆく。
その奥に、泣いている小さな女の子が見えた。
『おとーさん! おかーさん! どこ?』
千夜には、その女の子に、見覚えがあった。両親と、はぐれた記憶だった。
「私だ……」
泣いている女の子に、一人の女性が近寄る。
今よりも少しだけ若い姿の、ニコだった。
『ねえ。どうしたの?』
優しい声音で、安心したことを思い出した。
『離れちゃったの』
『そうか。じゃあ、お母さんたちは、あのお姉さんとお兄さんが、探してくれるから、見つかるまで、お姉ちゃんたちと遊ぼう』
ニコは、カヤとイクヤに目配せをする。
2人は、頷くと、放送を掛けてもらうように、無線で呼びかけていた。
ニコは、千夜を、メリーゴーランドへと導いた。
彼女は、最初に幼い千夜を華やかな白馬に跨らせて、自分は、隣の黒い馬に跨った。
『動いて!』
ニコが、声を上げると、メリーゴーランドは、可愛らしい音楽を奏でて、回り始める。
『すごいすごい!』
幼い千夜は、大喜びだった。
『ねえねえ、次は、私と遊んでよ』
ナミが、千夜に駆け寄ってゆく。
『俺も!』
『私も!』
少しだけ若い、マモ、ナグモ、ユリコ、ナミ、イロが次々と千夜に話しかけた。
『えーっとね、わたし、みんなと遊びたいな!』
『よし、皆で影踏みをしよう』
ユリコが、号令をかけた。
そして、みんなで、夜の遊園地を駆けめぐって遊んだ。
大好きな遊園地を、独り占めしてる気分になって、楽しかった。
カヤたちが、千夜の母親と父親を連れて来るまで、遊びほうけた。
「ニコさんたちと、もう、出会っていたんですね」
ずっと昔から、自分のことを見守っていてくれた、優しい人たち。
「見守っていてくれたんですね。みなさん」
千夜の言葉に、ニコたちは頷いた。
「そうだよ」
カヤが、雪の結晶を纏って、姿を現した。
「こいつらは、ずっと千ちゃんの事を見守っていたよ」
イクヤも、カヤとともに姿を現す。
「お別れだ。千ちゃん」
マモが、口を開いた。
どういうことが分からずに、彼らを見ると、千夜は息を呑んだ。
ニコたちの姿が、少しずつ薄れていく。
「私は、千ちゃんの箱庭が、好きだよ。もちろん、千ちゃん自身も大好き」
ナミが、千夜の頭をくしゃくしゃと、かき混ぜる。
彼女に重なって、コーヒーカップの影が見える。
更にその向こうに、母と乗っている自分の影が見えた。
「止まってばっかりの、私のことを覚えててくれて、ありがとう」
イロは、千夜の頬をむにっとつまんだ。
つままれているのに感覚がなかった。
ナミと同じく、ビックリハウスの影が重なった。
ちょうど、家族で乗り込もうとしている自分の姿が見えて、涙が浮かんだ。
「千ちゃんと一緒にいれて、楽しかったよ」
ユリコが、元気づけるように、肩をたたいた。
彼女には、バイキングが重なって見える。
父にしがみつき、怖がりながら乗っていた。
「俺のことも、忘れないでくれよ」
マモが胸を張って、威張るように言う。
マモに、ジェットコースターが重なって見えた。
母と共に、風を感じた思い出だ。
涙がポロポロとこぼれた。
「千ちゃん。一緒にいれて、良かった」
ナグモが、千夜の手を取る。
触られている感覚がないのに、温かい。
チェーンタワーに乗り、手を振る自分の姿が見えた。
「みなさん、あのときの、乗り物なのね。私を見守ってくれていたんですね」
涙を流しながら、しゃくりを上げて言った。
どの乗り物にも、乗っていた自分は、楽しそうだった。
「千ちゃん。どうか、元気でいて。私はいつも、見守っているよ」
ニコが、千夜を思い切り抱きしめる。
メリーゴーランドの面影が重なって見えた。
涙腺が壊れたように、涙が止まらず、溢れていく。
ニコも、泣いていた。
「この6人で、千ちゃんのそばに、いつもいるから、ね」
ニコたちの姿は、何色もの色に変えながら、光に変わってゆく。
いつの間にか、もとの場所に戻っていた。
景色が透けて見える。
イルミネーションが、ニコたちの向こう側で、輝いていた。
『だから、泣かないでね。あとの子と、新しい私達と、仲良くしてね』
6人の声が、辺りに響いて、彼女たちの姿は、6色の光の軌跡となり、空に昇っていく。
まるで、じゃれ合っているように、楽しげだった。
「ニコさん、マモさん、ナグモさん、ユリコさん、ナミさん、イロさん……
私も楽しかったです。ありがとう」
けれど、と、泣きながら続けた。
「ニコさんたちは、ニコさんたちだけですよ。新しい人なんて、知りませんよ」
隣で、カヤが、空を見上げながら、千夜に言う。
「あの子達ね。千ちゃんが来るの待ってたの」
「自分たちを、覚えててくれたからって」
イクヤが、次いで言う。
「あいつら、楽しそうだったよ。千ちゃんのおかげで、嬉しかっただろうよ」
千夜は、雪が舞う空を見上げて、言った。
「ニコさんたちがみってきたもの、私が引き継ぎます。
だから、見守っていてください」
涙は、もう止まっていた。
星祭りの町では、千夜の作った箱庭のなかに、メリーゴーランド、ジェットコースター
チェーンタワー、バイキング、コーヒーカップ、ビックリハウスが増えて
隙間から差し込んでいる、雪あかりを受けて、優しく、ぼんやりと光っていた。
千夜たちの物語を見守ってくださって、ありがとうございました。
なんとか、完結することができてホッとしています。
私は、この物語の元になった遊園地を去りました。
なので、絶対に完結させたかった。
途中。かなりダラダラとしてしまい、申し訳ありませんでした。
千夜の物語は、これからも、続くことでしょう。けれど、これで一度、一区切り。
ニコたちの物語は、これでおしまい。
けれど、ニコたちは、私の中でまだ生きています。
もしかしたら、ある日突然、どこかに姿を現すかもしれません。
この物語を読んで下さった、お優しいあなたの隣に、ひょっこりと現れるかもしれません。
そのときは、どんな旅をしてきたの?
と、きいてみてください。
この物語は、悲しい物語なのか、それとも幸せな物語なのか……
それは、読んだ方の感想にゆだねたいと思います。
追記:精神面の関係で、この遊園地のもとになった遊園地に帰ってきました。
それと同時に、ガラスのジェットコースターのもとになったコースターが老朽化の関係で
営業を終えました。謎の運命を感じました。まるで呼ばれたような、奇妙な感覚でした。