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星が降る遊園地  作者: ミー子
冬~追憶の時~
16/17

クリスマス・イブの箱庭に

悲しくて優しい話を目指しました。

12月24日が訪れた。サンタクロースが来るという、特別な日。

空気がキーン、と冷えて、皆白い息を吐き、頬や鼻を赤く染めて、笑顔を浮かべていた。

寒くて、けれど楽しい。そんな空気が遊園地を満たす。

良く晴れた昼間だった。太陽が輝いて、空は青く、どこまでも青く澄んでいる。

従業員は、今日ばかりはと、頭にサンタクロースの帽子をかぶり

道行くお客さんに、メリークリスマス!

と、声をかけ、小さな子供には、小さな飴を渡していた。

家族連れ、友達同士、恋人同士……たくさんの人たちが、思い思いの、楽しい時間を過ごしている。

千夜は、それらの人たちの声を聴きながら、ゲームセンターの倉庫に、

小さな机と、休憩所の椅子を持ち込んで、作業をしていた。

作業用に使ってねと、ゲームセンターが管轄のエリア長が貸してくれたのだ。

クッキーやマフィンなどの、甘いお菓子の入っていた、きれいな箱の中に、雫の形をしたビーズを

1つずつテグス糸に通して、箱の蓋に透明なテープで飾ってゆくということを繰り返している。

中身は、レースと、木目模様の布を貼られていて、小さな女の子と2人と、それを見守る家族の

小さな人形が飾られていた。


『出来上がり次第、私のところにもってきてね』


カヤが、にっこりと笑って、きれいな箱を千夜に渡してきたのは、10日前。

事の発端はニコだ。


「従業員の考えた、空想の世界を作って、飾ったら面白くないですか」


ニコのその一声で、カヤは、自分が長を務めるのエリアの、従業員の空想世界を

どこかに飾りたい! と言い出し、クリスマス・イブと、クリスマスの2日間に分けて

星まつりの町にある、空いた一角を展示ブースに作り変えて、飾ることを思いついた。

彼女は、いつも突然何かをやりだすので、エリア長補佐を務めるイクヤは

たまに胃を痛めている。と、うわさを聞いていた。

今日は、ニコ、ナグモ、ナミ、イロの4人が作った箱庭を飾っている。

自分が好きなものをモチーフにしていい。ということだったので、千夜は

最初に、ニコたちは、どんな箱庭を作っているのだろう? と気になり、覗きに行った。

今日まで、カヤはニコたちの作品を誰にも見せなかったので、もうすぐで完成するであろう

箱庭を、そのままに、星まつりの町へと見に行った。

昼時だったので、比較的すいていた。

ナグモが、今の時間帯のリーダーだったので、一声かける


「お疲れ様です。ナグモさん。ニコさんたちの箱庭を見せてくださいな」


「ああ、いいよ。見ていってね!」


ナグモはニッと笑って返事をした。

さっそく、見ることにして、1つ1つ眺める。

ニコの箱庭は、メリーゴーランドがメインだった。

透明なビーズで作られた池の真ん中に、ぽっかりと浮かんだ

布とプラスチックで作られたメリーゴーランドは、かわいらしかった。

今はもうない、もう1つのメリーゴーランドを思い出させる。

全体的に、レースで飾り付けられた、幼い女の子が夢に見る、お姫様のような雰囲気だったが

ところどころに飾られた、摩訶不思議な、エキゾチックな色遣いや飾り付けが

完ぺきなのに、茶目っ気たっぷりな彼女らしくて、思わず顔がほころんだ。


「ニコさんらしいや。このメリーゴーランド、懐かしいなぁ」


ふふっと笑って、ナグモの作品も見る。

ナグモは、今はもうない、チェーンタワーをメインにしたデザインで

鎖がモチーフになっている、中世ヨーロッパのようなデザインで、剣や魔法が活躍する

ファンタジー映画の世界を描いたのだろうか。

ファンタジーの舞台にたたずむ、鎖の神殿のようなチェーンタワー。

荘厳だった。

いかにも規律を守るナグモらしく、規則的な鎖の模様が彼らしい。


「ナグモさんは、こんな世界に憧れるのね。にしても、チェーンタワー懐かしいな」


昔、お父さんと乗ったことを思い出す。

最初は、お父さんに連れられて乗ることになり、恐くて泣きながら乗ったが

クセになり、結局5回も乗った。

お父さんが目を回すほどに乗り、お母さんに笑われた。

妹が生まれてからは、妹がお母さんと待ち、千夜がお父さんと並んで乗るところを

眺めるようになった。

千夜は、記憶の蓋が少しずつ開いていくことを感じた。

ナミの箱庭は、コーヒーカップだ。

『不思議の国のアリス』のようでかわいらしい。ピンク色が基調となっていて

水色がさし色だった。

お母さんと一緒に乗ったことを思い出す。

楽しくて楽しくて、くるくると回した。

妹が生まれてからは、妹と、お母さんと乗った。

まだ赤ちゃんだった妹も、そんなに回さなければ、乗ることのできる乗り物だった。


「ナミさんらしくて、かわいい」


ところどころに、かわいいものが大好きなナミらしく、動物の小さな人形が、点在している。

イロの箱庭は、今は無いビックリハウスが作られていた。


「親戚のお姉ちゃんと乗ったなぁ」


初めて親戚ときたとき、中学生だった親戚の美奈子と乗った。

2人してびっくりして、美奈子は中学生にも関わらず大泣きして、両親ともども

笑われたのだ。

ただ、調子が良くなかったのか、よく運休していた。

飾りつけは、破天荒な彼女らしく、極彩色で、いろいろなものが詰め込まれている。

サーカスのようであり、とにかくにぎやかだ。

ナミとは対照的な雰囲気が、また面白い。

どれもこれも、千夜にとっては、懐かしい感覚になる。


「みんな、好きなものを詰め込んでいるのね」


ふうっと息をつき、こっそりと星まつりの町を後にした。

そして、自分の好きなものを詰め込んでいいということがわかり

昔、美術館で見た『光のかけら』がきれいで気に入ったことを思い出し、つたないながらも

再現することにしたのだ。

天井から、雫型のガラスがいくつも吊り下げられ、太陽の光を反射して

まるで、ガラス細工の雨が降り注いでいるようだった。

北海道に引っ越してしまった友達と、最後に一緒に見た『光のかけら』が

1番きれいだったことを思い出す。

まだ、10歳にも満たない、おぼろげな記憶の中でも、いっとうきれいだった。

まだ、世の中の万分の1も分かっていなかった自分を、感動させた作品。

悲しいことは悲しいと、素直に表現し、隠すことなど、無かった。


「あれ……?」


不意に、1つの記憶がよみがえる。

お気に入りのお菓子が入っていた薄黄色の箱。

青色と、水色の折り紙。

それを雫型に切って、細く裂いた刺繍糸に、セロハンテープで貼り付けた。


『ねぇ、何で雫を作っているの?』


隣にいた級友が、不思議そうに話しかける。


『ゆみちゃんと見た、美術館の、光のかけらっていうのが、きれいだったの』


北海道に旅立ってしまった、友達との記憶を、とどめておきたいと考えた

千夜の、感動した気持ちと、思い出を詰め込んだ作品。

折り紙で作った雫。不格好な、自称“光のかけら”そんなに器用ではない千夜が

頑張って作った友達との思い出だ。

出来上がったら、友達に送ろうと、考えていたのだ。

完成して、仲良しの級友と提出しに行って、その作品を

担任に見せたら、返ってきた1言は、千夜を凍り付かせるには、十分だった。


「私、昔、これと同じやつを作って、たしか……」


『30点』


冷たく突き放されたのだ。


「そうだ。先生にそう言われて……」


出来上がった作品をどうしたんだっけ。

気になり、頼りない記憶の糸を、必死に手繰り寄せる。

今、自分の目の前に、ある箱庭は、恐らく当時、千夜が作ったものよりも格段にきれいに

作り上げられている。

昔の、もう1つの作品は確か……

家に持って帰って、どうしたのだっけ?


『なんで! 30点なの?!』


「思い出した……」


持って帰った作品を、めちゃくちゃに壊したのだ。


『花林、おちつきなさい!』


『ゆみちゃんと見た、思い出だったのに!』


うわああああん! と泣き叫び、お母さんが止めるのも聞かず

泣きながら壊して、寝室に引きこもった。

結局、ばらばらになった作品は、どうしたのだろう。

まだ3歳になったばかりの妹が、拾っていたのを思い出したが、それから先は思い出せない。


「どうだったかなぁ」


考えながら、テグス糸を切っては、ビーズを通して、貼り付けていくということを、繰り返していく。

ぱちん。と、テグス糸を切った時、記憶の糸が1本の長い糸につながる。


「思い出した……。お父さんたちが直してくれて」


お母さん、妹、お父さんの3人が、直してくれたのだ。

そして、元気づけようと、この遊園地に連れてきてくれた。

当時の、悲しみと、喜びがないまぜになり、よみがえる。

今日は、思い出してばかりだ。

そんな日もあると思い、箱庭を完成させた。

昔に作ったものよりも、当たり前だが、ずっときれいだ。

本物の足元にも、及ばない、遠く及ばないが、綺麗にできた。


「できた!」


倉庫の中で、1人声を上げた。

出来た箱を手に、カヤに渡しに行くために、倉庫を出ようとする。

そこに、扉が開いて、1人の従業員が、景品を取りに倉庫に入ってきた。


「あれ? 千ちゃん!」


振り返ると、同期のスズが、千夜に声をかけた。

スズは、ゲームセンターの管轄のエリアに配属された。


「スズちゃん!」


「その手に持っているのは、なぁに?」


スズが近寄ってきて覗き込む。スズのポケットに入っているカギが

じゃらりと音を立てた。


「箱庭! 星まつりの町に飾るの」


「へぇ、綺麗ねぇ」


スズが感心したといわんばかりに、声を上げた。


「じゃあ、カヤさんに渡しに行くから、倉庫、ありがとうね」


お礼を言い、倉庫を後にした。


「いえいえ」


彼女は背伸びをして、棚に置いてある、ぬいぐるみの入った箱に手を伸ばしていた。

千夜はちょっと振り返ってから、カヤのいる場所を目指して、すたすたと歩いた。

裏道を使っているので、人とぶつかることはない。

出来上がったことがうれしくて、足が急ぐ。

事務所について、扉を開ける。


「カヤさん!」


カヤは、パソコン仕事をしていた。

顔を上げ、千夜を見止めると、ほほ笑んだ。


「千ちゃん」


「カヤさん! できました!」


カヤは、千夜から箱を受け取り、蓋を開けて覗き込む。

トッと、ビーズが厚紙にぶつかる音がした。


「きれいだね。千ちゃんは、透明なキラキラしたものが好きなんだね」


そういって、優しく微笑んだ。


「きれい。楽しい。好き。ちょっと悲しい……そんな思いがね。伝わってくるね」


思わず、その言葉に、熱い思いがこみ上げてきて、涙が頬を伝う。

初めてだ。“大人”から、そんなことを言われることが。


「か、カヤさ……っひっくっ……ぅ」


今日はおかしい。やたらと、昔のことが浮かんでくる。

なんでなのかわからず、涙が浮かんできて、流れて、止まらない。

カヤは、何も言わずに、千夜を隣に座らせ、星まつりの町に、内線をかけていた。


「ああ、イロちゃん? 千ちゃん、事務所でやることあるから、次の子に交代は来ないって

伝えてくれる? その間どうするって? イロちゃんが2人分働いてね。

新人の学生ちゃんの指導もできればやってね」


受話器から、ええ~? と、イロの焦る声が聞こえてくるが、お構いなしだ。


「落ち着くまで、ここにいな。大丈夫。誰も笑わないから」


カヤが、そういうと、棚に千夜の箱庭を置いた。

そんな声と言葉が、またしみて、さらに涙を流した。

過去のことを思い出す千夜を描きました。

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