そして
休憩みたいな話
星ノ音遊園地から帰った後は、皆忙しく、イルミネーションを設置する作業をこなしていた。
11月は夕方になると冷える日が増えてきたが、寒くても、皆でやれば楽しい作業になった。
千夜にとっては初めてのイルミネーションの設置作業で、脚立に上り
木にイルミネーションを巻き付ける。という初めての作業におっかなびっくりだった。
昼間にイルミネーションを選別し、暗くなると危ないところに前もって巻き付ける。
そんな作業を繰り返していくのだ。
桜の木には桜色のイルミネーションを巻き付ける。
「ああ、寒い」
ひゅうっと、風が吹き、ユリコが身震いする。
長い黒髪が、北風に巻き上げられ、靡いた。
靡く黒髪は、桜色のイルミネーションを浴びて、淡く光っている。
11月の夕方は寒い日があったが、今日は、一段と寒く、上着を着ていても寒かった。
ユリコが脚立に乗り、木くずを浴びながら巻き付ける。
下で脚立を抑えているイロも、身震いをしていた。
「寒いねぇ、ユリコ」
ニコが、笑いながら、桜色のイルミネーションを木に付けている。
長身のニコは、少し高い位置ならば、脚立に乗る必要はない。
どうせなら、イルミネーションの花にしましょう! と、桜の花をイメージした色の
イルミネーションを、カヤが選んだのだ。
桜色のイルミネーションに照らされて、ニコの白い頬が、うっすらと桜色に染まっている。
葉を落とした木が、桜色の光の粒で飾り付けられていく。
まるで、光の花が咲いているようで、千夜は思わず目を奪われた。
彼女は、ニコのサポートとして、次に使うイルミネーションを用意して、つないでいく。
ガサガサッと、音がしたと思うと、ユリコが声を上げた。
「痛い痛い! 目にゴミが入った!」
ユリコが脚立から飛び降りると、目を洗いに水道場まで行ってしまった。
驚いたイロは、呆然とその姿を見送る。
また、強い風が吹いた。
ニコのセミロングをはらはらと揺らしていく。
その風は、ウェーブスインガーのブランコを揺らし、千夜のポニーテールを靡かせてゆく。
カチャン。カチャン。と、チェーンがぶつかる音が響いては消えていく。
暗闇にたたずむ、ウェーブスインガーはまるで、巨木に見えた。
鮮烈な光を放つ三日月が、ウェーブスインガーを幻想的に映し出す。
(月明りに照らされる神殿のようだ)
千夜は、ぼんやりとイルミネーションの光を見ながら考えた。
夜の遊園地は、どこか別の世界に見える。
いつも賑やかな乗り物たちは静まり返り、ぼんやりと浮かび上がる影になっていた。
イルミネーションを設置している従業員を見守っているようにも見えるし
日が暮れて一仕事を終えて、眠っているようにも見える。
(ここの乗り物って、もしかしたら生きている?)
Fケーブルを、ブレーカーボックスにつなぎ終えたニコに、イルミネーションを渡しながら
ぼんやりと考える。
本当に、人間の言葉がわかっているような動きを見せることが、何度かあった。
最初に見た場所は、ニコが動かしているメリーゴーランドだった。
薄暗くなってきたので、そろそろ電飾を点けたほうがいいと、伝えようかと考えた時
操作室から顔を出したニコが、一声上げたのだ。
『電飾、つけてくれる?』
まるで、その声に応えるかのように、メリーゴーランドは、華やかであたたかな
光を灯したのだ。
また、別の時は、マモが、ウェーブスインガーにおはようと声をかけた時
電源が入った。
『おはよう! 今日もいい天気だよ』
低い音が響いた。
まるで、おはようと声を上げているよう思えた。
ユリコたちも、声を掛けたら乗り物を動かすことはできるのだろうか。
ふと、そんな疑問が浮かび上がった。
ニコに渡すために準備した、桜色のイルミネーションが目にまぶしい。
「あのねぇ、千ちゃん」
ニコが、千夜から受け取ったイルミネーションを木に巻き付けながら話しかける。
「この遊園地でね。雪が降っている時に、とある場所でイルミネーションを見ると
過去に戻れるって話があるんだよ」
「ええ? 過去に戻れる?」
過去に戻ることができる。とは、どういうことなのだろう?
やり直したい過去を、やり直せるということだろうか。
気になり、千夜はニコに訊いてみた。
「過去に戻れるって、どういうことですか?」
ニコは、巻き付ける手をとめて、千夜を見た。
少し考えるように、目をしばたかせると、口をそっと開いた。
手は、桜色に染まっている。
「それは、見てのお楽しみだね」
ニコは、それだけを言うと目を細めて、桜の木にイルミネーションを巻き付ける作業に戻った。
桜色の光の粒が、木を彩っていく様子を、千夜はぼんやりと眺めながらニコを手伝っていた。
冬の足音が、北風にのって聞こえてくる。
雪を踏む音のような、少し鈍くて、澄んだ音。
そんな音だ。
「イロ! イルミ玉投げるぞ!」
「来てください! マモさん!」
飽きて遊び始めた2人の声が、風に紛れて聞こえてくる。
見ると、2人はイルミネーションでキャッチボールをしていた。
思いのほか楽しそうで、ニコは、呆れたように見る。
怒ったら怖いのは、ユリコだ。
ナミと、ナグモは見ないふりをしていた。
(平和だ)
千夜は、そう思った。
澄み切った空には星が輝いて、星のささやきが聞こえてくるようで、つい耳を澄ましてしまう。
星降りが丘遊園地で、初めて迎える冬。
(どのような季節になるのだろう?)
ユリコが走って帰ってくる音が聞こえた。
「マモさーん! イロ!」
ユリコが目を洗いに行っている間、イロは飽きたマモと遊び始めていたので
ユリコが雷を落とした。
「2人して遊ばない!」
彼女が放った言葉は、赤色の靄を纏った稲妻となり、遊んでいた2人にぶつかった。
ナミとナグモは苦笑いして、そんな光景を眺めていた。
懐かしい光景が、ふと脳裏をよぎった。
月の光を浴びたシューティング・スターは、星と同じ煌めきを
放っていた。
次、ようやく本編に