星が降る遊園地と人間と
久しぶりの連載。遊園地が舞台。
「皆さん! お待たせしました! ブザーが鳴ると、スタートします……」
少し力んだ、よく通った女性のアナウンスが4月の、柔らかな青な空に昇っていく。
にぎやかな音楽に、華やかなメリーゴーランド。大型ジェットコースターの轟音……
そして、お客さんと従業員の会話に、子供の笑い声。
すべての音が、重なり合って反響し、遊園地という、1つの音楽へと姿を変える。
ここは、地方の少し大きな遊園地。
名前は『星降りが丘遊園地』
この遊園地で働く、千夜花林は20歳の新人従業員。
高らかなアナウンスの後に、少し古ぼけたようなブザーの音が鳴り、
今、彼女が習熟をしている乗り物であるメリーゴーランドが
華やかな音楽を響かせ、馬が上下に動き出す。
その様子を千夜が注意深く見守る。
隣では、彼女にメリーゴーランドの操作などを教えている
先輩の女性が横目で千夜を見る。名前はニコという。
千夜は、珍しい名前だったため、ニコの名前はすぐ覚えた。千夜の手つきは、
入ってきた頃と比べたら、大分スムーズになったが、まだ危なっかしい。
だが、磨けば光る、ダイヤの原石だ。と、ニコは思う。
動き出して少したった頃、出口を開けて、ニコの同僚が入ってきた。
「ニコ! 千夜! 交代だよ」
操作室の開いている窓から、声をかけられる。男性の声だった。
メリーゴーランドに集中をしていたため、少し驚く。
「マモさん。お疲れ様です」
交代が来たことを知ったニコは、据わった目でマモを見る。
「マモちゃん! 驚かさないの!」
ニコがマモに言った。
マモは、ニコの同僚だった。
喧嘩ばかりをする、仲の良い2人を、千夜は、駆動音越しに見つめる。
「千夜、相変わらず、目の前の乗り物に集中してるって感じだね」
カラカラと朗らかに笑う。
誰もを惹きつける笑顔だ。
「そりゃそうだよ! まだ新人なんだから」
ニコは、呆れたようにマモに言う。
「この回が終わったら、マモさんに引き継ぎますね」
「はいよ。律儀だね。いいことだよ」
マモは感心したように、操作室の外に立つ。
メリーゴーランドから聞こえる駆動音が変わった。
もうすぐ止まる合図だ。
上下に動いていた馬が止まり、彼女はマイクを手に取りアナウンスをした。
「間もなく止まります。間もなく止まります。こちらからのご案内があるまでは馬からは降りないでください。完全に止まり、こちらからのご案内があるまでは、降りないでお待ちください」
マモは、千夜のアナウンスを聞きながら、さっき自分が入ってきた出口を開ける。
馬も、回転も完全に止まり、花林は再び声を上げる。
「ありがとうございました。お足元にお気をつけてお降りください。
お出口は変わりまして右側になります」
お客さんのご案内をしてから、外に出て完全に出ていったことを確認してから
マモの隣に行き、引き継ぎの内容を伝えた。
「特に異常も何もないです。小さい子が多いので、運転中は気をつけてあげてください」
千夜は、マモにそう引き継ぎ、荷物をまとめて、最後のお客さんのあとに続いて出ていった。
その後ろ姿を、マモは満足げに見送る。
ニコはマモにお疲れっ! と軽く挨拶をすると、園内巡回へと向かう。
マモのハスキーな声が、風に乗ってかすかに聞こえた。
休憩に向かう途中に、千夜は、後ろを振り返ると
メリーゴーランドの周りに、キラキラとした水の粒が無数に舞っていた。
千夜たちのエリアが担当する乗り物は、メリーゴーランド
ウェーブスインガー(空中ブランコ)、ちょっとしたゲームコーナーの『星まつりの町』
そして、遊園地の目玉でもある
ジェットコースター“シューティング・スター”だった。
強化ガラスで作られた、大型コースターであるシューティング・スターは
とてつもなく速いスピードと、体が浮く乗り心地が評判の、人気のアトラクションの1つだった。
銀色の車両が今日もお客さんの悲鳴と笑顔を乗せて駆け抜ける。
千夜は、シューティング・スターが走る姿を見るのが好きだった。
青い空を背に天に向かってゆっくりと登っていく姿は、龍に見えた。
急降下、急上昇を繰り返す姿は、風を追う龍のようで、惹き付けられて目が離せなくなる。
休憩所に向かいつつ、遠くで轟音を立てる流星に目を向ける。
今日も、その姿はまぶしい。
どこかの乗り物から聞こえてくるアナウンスも、その後に、かすかに聞こえてくる駆動音も
千夜が好きなものだ。
「おつかれさまで~す!」
挨拶を1つして、休憩所に入る。
千夜の担当するエリアの仲間が数人、椅子に座って談笑をしたり、居眠りをしている。
「千夜! おつかれ!」
千夜の先輩のナグモが声をかけてくる。ナグモの片手には食べかけのチョコレート菓子が握られていた。
「ああ、ナグモさん。お疲れ様です」
椅子に座りながら、カバンを置いて返事をする。
ナグモを見ると、上機嫌だった。
何やらうれしいことがあったようだ。
「今日は過ごしやすい天気で、よかったなぁ」
彼は、カラカラと笑いながら残りのチョコレートを口の中に放り込んだ。
「あれぇ? またチョコレートですか? 食べ過ぎると、体が溶けちゃいますよ
ああそうか、先輩の体の半分はチョコレートですもんねぇ」
千夜は軽口をたたく。
その軽口は、その場にいたスタッフ全員を笑わせる。
「気にしちゃだめですよ! 千ちゃんの言葉の3パーセントは、悪意なんですから」
女性スタッフのナミの、ナグモを励ます高い声が聞こえた。
ここに来てからは、下の名前で呼ばれることよりも
名字である『千夜』や、『千ちゃん』と呼ばれることのほうが多かった。
その声は黄色に変わり、白い照明の明かりに霧散した。
その後に、カラっと掠れた学生スタッフの、訛りの含まれた言葉が飛ぶ。
「千夜! 言ったれや、言ったれや! リーダーの俺が許可をする!」
「自称でしょう? タカは、まったく、もうねぇ」
「なんやとぉ?!」
タカと呼ばれた学生スタッフは、声を上げる。
からかいを含んだ励ましの言葉や、何やら丸い棘のある言葉が飛び交い
にぎやかだった休憩所が、もっとにぎやかになる。
ついでに、カラフルな丸いもやが、ぽわん、ぽわんと弾んでいた。
弾んでは霧散を繰り返すので、目の前は華やかな霧でおおわれる。
「なぁんだってぇ? 千夜! こちとら体動かしてんだ。チョコの1つでも
食わなきゃ、やってられんよ。なあ、ナミ!」
ナグモの反論を聞いた瞬間、その場にいたスタッフがさらに爆笑する。
キラキラとした光が舞い散った。
ナミは、ナグモの言葉を無視して、翔越に話しかける
「千ちゃんは、次はどこなの?」
「シューティング・スターです。ナグモさんは、今日の天気でチョコみたいにとけちゃうので、お別れかなぁ?」
千夜は無意識にナミの言葉に返事をする。ついでに棘のついた言葉を会話に放り込む。
まるで、ニコの物言いに似ていたので、ナグモは少々ふざけて言葉を返す。
「お前、ニコに似てきたなぁ! ストーカーか!」
ピンク色の丸いもやが、千夜をめがけてふわりと飛んできた。
「いえ、ニコさんは、尊敬するただの先輩です」
千夜の返事に、タカが野次を飛ばした。
今度は赤色のもやが野球ボールのように飛んでくる。
「お前さん本当か! 本当はストーカーなんだろう?」
千夜はその言葉をさらりと受け流し、赤色のもやをよけずに、ナグモに話しかける。
「今日は本当にお客さんが多いですね」
「休みだし天気がいいからなぁ」
ナグモは、先ほどまでの反論とは打って変わり、ニコニコと返す。
自分が無視されたことに気づいたタカが、抗議の声を上げる。
「無視するなや! むかつくわぁ!」
銀色のもやが稲妻のようにはじけて消える。
またまた休憩所が爆笑の渦に包まれた。
カラフルな帯が飛び交い、パーティー会場のようだ。
「そりゃ、悲惨ですねぇ」
なんとも棒読みなナミの、励ましているであろう言葉が、深い藍色になって
タカの元へと飛んで行った。
「なんなんや、この妙な言葉の色は」
「私の励ましですよ?」
ふふん。と、ナミは鼻で笑う。
シャボン玉が、ふわふわ、と飛んで、タカの前で霧散した。
霧散した霧を払いながら、彼は、目の前に置いてあった飴玉を、口の中に放り込んだ。
星降りが丘遊園地では、魔法使いが働いている。
皆、ちょっとした魔法を使いながら、遊びに来ている人たちを楽しませている。
千夜は、その中の、唯一の人間だった。
人間だから、水の粒でメリーゴーランドを飾ることも、夜間営業中は、シューティング・スターを
星の色に彩ることもできない。
銀色の車両が、光纏い駆け抜けるから、シューティング・スターという名前なのに
自分が担当するときは、照明の光を反射するだけだった。
(わたし、何で採用されたんだろう?)
自分は、普通の遊園地の試験を受けたはずだ。
それがなぜか、配属先が、魔法使いが働く遊園地だったなんて。
採用の話を聞いたときは、目玉が飛び出るほど驚いた。
目の前に火花が散り、夢なのか現実なのか、分からないまま今に至る。
休憩中のにぎやかな空気に、思考はかき乱され、目の前はカラフルな靄に染まり
自分の考えはほろほろと解けていった。
次の習熟先は、千夜の大好きなコースターの『シューティング・スター』だった。
場所が離れているから。少し早めに行こう。
そう思い、にぎやかな休憩室を後にした。
席から立ちあがり、かばんを持ち出入口へと向かう。
「シューティング・スターに行ってきます! お疲れ様です!」
皆、おつかれ~っと、気の抜けたような、返事をした。
新緑が太陽の光を受けて、輝いている。
桜の花びらがひらひらと、雪のように舞い散っていた。
その光景が、幻想的で美しい。
思わず息をのんだ。
楽し気なお客さんたち。桜の花びら。
春の季節の、にぎやかな遊園地の光景。
どことなく、懐かしい気分になる。
「おかーさん! おとーさん! 次はぼく、あれにのりたい!」
幼い男の子が、お父さんらしき男性の手を引いて、自分の脇をかけて行く。
それを見て、千夜は思わず、ふふっと笑う。
昔も自分はこうだった。
幼いころの自分と、自分の脇をかけていった男の子を重ねた。
歩きながら思い出にふけっていると、流星の走る音がする。
その音のするほうに行くと、誇らしげに建っている、銀色のレールが姿を現す。
太陽の光を弾き、まるで流れ星の光を集めたような、そのように見える。
シューティング・スターの走る音がする。強い風の音のような、猛々しい音。
(やっぱり、この音は、かっこいい)
出入口を目指して歩いていくと、シューティング・スターの、風の音のような轟音が、不意に途切れた。
代わりに、ガラガラガラッという、乾いたような轟音が、聞こえた。
シューティング・スターの流れるような、滑らかな音とは違う、力強く、荒い音。
ガラスのレールの代わりに、白い、木製のような質感の、迷宮のようなコースター。
その迷宮のようなコースターの前に立つ、ミルクティー色の髪の少女。
これは、千夜が、たまに見る幻覚だった。
この遊園地で働き始めてから、見るようになった。
(またこの幻覚か……)
立ち止まった瞬間、その音も、木製のコースターも、少女も姿を消した。
代わりにいつもの音が、銀色のレールが見えてくる。
幻覚とは言え、気のせいだったのだろうか。
それとも、考えすぎた末に見た、見間違いだったのだろうか。
この遊園地に、木製コースターは、無い。
何年か前にあったということを、先輩たちから聞いていたが、古くなり
取り壊してしまったということしか知らない。
不思議なこともあるものだ、なんて思いながら、ガラスで作られた
階段を上って出口から入った。
車両はちょうど、リフト(車両が最初に上る坂道の事)を下りきったところだった。
唸り声のような轟音が聞こえる。
「おつかれさまです! 習熟をお願いします」
はいよー! と、出口にいた先輩であるユリコは、明るく返事すると
千夜から、習熟用の冊子を受け取る。
「千ちゃんは、荷物の案内、出口の案内は、もうできるね。だったら
せっかくだし、お客さんもたくさん来てるから、今日は入り口をやろう」
とユリコは千夜の肩をぽんっとたたく。
千夜は、入り口に立ち、後ろに先輩についていてもらいながら入り口の案内をする。
カウンターを片手にお客さんに、何人で乗るかどうかを聞きながら
駅舎の中に招き入れる。
『中入れ』は2回目だ。
車両が走っている間に、駅舎の中に入って待っててもらうのだ。
今日は混んでいるから、前から順番に座ってもらう事になっている。
「前から順番ですので、扉に書いてある番号の順番に並んでください」
お客さんの数に圧倒されつつ、何とか出てくる言葉をつなげる。
回数をこなすうちに、落ち着き、要領がつかめてくるので、笑顔で接する余裕が出てくる。
車両は、6両編成だ。1両に4人、お客さんを乗せることができるので
24人の人を乗せることができる。
何とか駅舎の中に、お客さんを案内し終えて、扉を閉める。
「次回、ご案内いたします」
と、並んでいる人たちに付け加えた。
ちょうど走っていた車両が帰ってきたところだった。
銀色の車両が、滑るように駅舎に入ってくる。
「おかえりなさい、まもなく、止まります!」
ユリコの高らかな声が、駅舎いっぱいに響いた。
アナウンスをしているユリコは、左手をひらひら、と振ると、キラキラとした
星屑が、高らかな声とともに降り注いだ。
お客さんたちの間から、歓声が上がる。
「安全バーが間もなく上がります。手を放してお待ちください!」
千夜も、その光景に思わず見入った。
ふと、出口に視線を移す。先ほどのミルクティー色の髪の少女が見えた。
レールを渡り、出口に行こうとしたが、出口に行くことができず
そのまま少女は出口の階段を下りて行った。
(わたし、疲れてるのかなぁ)
安全バーが上がる音を聞きながら、そのようなことを考えた。
お客さんたちが全員車両から降りて、がやがやと、自分の荷物をもって、出口から出ていく。
忘れ物がないか、と車両の中を覗き込み、何も異常がないことを
ユリコたちに合図で伝えて、お客さんたちに、荷物を置き、車両に乗り込むように促す。
「眼鏡や、帽子などの身に着けているものは、外してからのご乗車をお願いします。
荷物は、荷物置き場においてください」
「ベルトだけをしてお待ちください。安全バーは下げないでください。安全バーは
係員がおろします」
駅舎にいた従業員は、案内をしながら注意事項を伝えていく。
ガラスでできた駅舎、ガラスでできたレールに、車と同じ素材の車両。
操作室の操作盤と、車両を除く、ガラス尽くしのジェットコースター『シューティング・スター』は
春の日差しを受けて、柔らかく輝いている。
向かい側にいる人と、2人で安全バーを下ろし、最後尾まで行ったところで合図をする。
そして、車両を動かす準備をし、お互いに準備が終わったことを
軽く手を挙げて合図で伝えると操作室にいるユリコに合図をして
アナウンスをするように促す。
「お待たせいたしました! ブザーが鳴ると、スタートいたします。
走行中は危険なので、車両の外に手や、足は出さないようにお願いいたします』
発射許可ボタンを押し、車両を発車させる。
「それでは、流れ星になった気分で、ガラスのコースター『シューティング・スター』の旅
いってらっしゃ~い!」
ユリコの楽し気なアナウンスとともに、車両が走りだす。
シュルシュルッと、車両がキャッチ・カー(リフトで車両を引き上げる機械)に
引っ張り上げられ、お客さんの歓声と、悲鳴が重なって響く。
やがて、流れるような轟音とともに、坂道を下っていく音が聞こえた。
風が唸るような、流れるような轟音が、春の陽気に誘われて、今日は特に
銀色の車両が楽し気に走っているように見えた。
桜の花びらが、ひらりひらり、とガラスのレールの光を受けて
ちらちらと光る。
お客さんの「綺麗だね」と会話している声が聞こえた。
その会話に千夜は、誇らしくなった。
ガラスのレールも、誇らし気に輝いていた。
まとまりないけど書き上げます。