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我らの独白

自由な不自由

作者: さわい
掲載日:2017/10/06

とある不自由な少年の特別な日。

不自由と自由が彼を巻き込み交差する。


彼の自由とは不自由とは?

 青空だ。晴天というわけではない。とっちらかった雲がゆらゆらと漂っている。青空だ。何の気なしに漂っている。自由に漂っている。晴れ晴れとも、どんよりともせず、僕は家の屋上から空を眺めていた。

「大学に行く時間を二分も遅れているじゃない!」

一階から母上の怒声が届く。行かなくてはならない。こんなのんきに空を見ている場合じゃなかった。なぜこんなのんきに空なんか眺めていたのだろう。僕はあの雲とは違う。

「申し訳ありません、母上。すぐに出かけます」

そう素早く、通った声でささやく。早足で、しかし音をたてないように玄関へ向かった。よかった、今日も殴られずに済んだ。そんな風に思いながら靴を履く最中、

「今回は許してあげますけど、もう以前みたいに私を失望させないでくださいね」

と、平坦な稲妻が背中から駆け抜けた。僕が承知したという旨を答え終わる前に、背中の気配はリビングのドアが閉まる音ともに消えた。父上は今日は書斎に朝からこもりっっぱなし。母上と少しの使用人しかいない空間など振り返らず立ち上がり、ドアを開ける。眼前に広がるいつもの風景。手入れの行き届いた広大な芝生。見事な水が踊るアーチを描く噴水。高く長く続く白くまぶしい囲い。通りの見える頑丈な門扉。そして視線をすこし左に向けると車が一台。大学に向かうための車。いつもの運転手が丁寧な挨拶をし、扉を開けてくれる。僕がそれに乗ると、静かに扉を閉め彼も車に乗る。僕がシートベルトを締めたことを確認すると静かに車が走り出す。彼はいつものように今日の一日の天候や空が高く季節の変わり目を教えてくれていると語りかけてくる。今日は珍しく眠たい。それに気づいたのか、彼は到着まで寝てはどうかと提案してきた。お言葉に甘えさせてもらおう。ハンモックに揺られるならこんな風だろうか。そんなことを思い浮かべながら瞼をおろした。


 夢を見ている。見覚えのある我が家のリビングだ。しかし、何か違和感がある。いつも通りのテーブルやいす、大きな木製の置き時計に輝く明かり。そして座る四人の人物。見渡していてわかった。母上が今よりも少し若い。普段あまり見かけることのない父上も若々しい。僕もまだ幼い。小学校の低学年の頃だろうか。そしてもう一人、誰かいる。のぞき込むように見ると、本当に懐かしい顔があった。幼い頃にこの世から旅だった兄上だ。昔の我が家は一体何をやっているのだろう。よく見ると小さい頃の僕は泣いている。父上と母上はなにか怒っているようだ。そして兄上は僕をかばうようにして父上と母上に何か話している。思い出した。これは僕が家を抜け出し、勝手に外で遊んだときのことだ。家庭教師の授業をすっぽかしてしまったものだから怒られたんだ。今まで外で遊んだことなんてなくて、何もかもが新鮮で楽しかった。案の定見つかって連れられ、この状況にいたる。あのときの口論を僕は懐かしむように見ている。

「なんで勝手に外に出たのよ! 危ないじゃない!」

母上の怒声が響く。今日の朝よりもパワーがある。

「大丈夫だよ。怪我だってしてないし、服だって」

見つかり、腕を捕まれ、無言で引きずられるような帰り道。あの母上の目を思い出すも、僕ことを心配してくれている言葉にうれしさを押さえきれなかった。涙で溢れている目をそのままに答えた。いや、答える切る前に母上の声が響いた。

「そんなことじゃありません! あなたは立派にならなきゃいけないの。私の子として立派にならなきゃいけないのよ。せっかくのこの家をどうするつもりなの!? 危ないっていうのはそういうことよ!」

ここで父も口を開いた。母上の当て方を間違えて引く鋸の声とは違い、鉛のように重く和太鼓のように響く声。

「いいか? 世の中には成功者とそうでないものがいる。私はその成功者だ。その息子が成功者でなくてどうする? 勝手な行動を起こす。授業を受けない。私はお前のためを思って金をかけてやっているというのだ。それだというのに、私の顔に泥を塗るつもりなのか?」

今まで怒られたときも、父上も母上も、僕ではなく家と自分しか見ていなかった。僕はモノでしかなかった。あの二人の所有物でしかなかった。今度こそはいつもと違う言葉が聞けると思っていた。そんなことはなかった。ただ違ったのは、激しい怒りと静かな落胆だった。僕は何も言えなかった。

「なんとか言ったらどうなの! お父さんがあなたのことを思って、わざわざ時間までつくってあなたを説教してくださっているというのに」

僕には言いたいことがあった。僕は何のために生きているのか。僕は父上と母上の所有するただのモノなのか。マリオネットなのか。だけど僕は、

「…………ごめんなさい」

としか呟けなかった。

「謝ればすむってもんじゃないのよ! だいたいあな」

「母上。そこまでにしてやってくださいよ」

母上の言葉を遮って、兄上が割って入ってきた。静かに話を聞いていた兄上は落ち着いた声で話し始める。

「年頃の子が外で遊べないなんて不衛生ですよ。それに座学だけが全てではないんじゃないですか?」

兄上はいつも僕のことをかばってくれる。もし今回も兄上が居なかったら、実りのない説教が続くだけだった。しかし、母上も引き下がらない。

「あなたには今話していません。関係ないのだから話の腰を折るんじゃありません!」

「関係ないことはないなぁ。だって俺の弟だろう? それに今の母上は話しているというより、怒鳴り散らしているって方がしっくりくるんじゃないんでしょうか?」

「そ、それは………………もう、しりません」

母上は兄上との口論で勝てないことを知っている。そして、自分が勢いだけで怒鳴り散らしていることも、ある程度理解しているのだろう。母は机を両の手でたたき、乱暴にいすを退かし去る。父上も母上が退散すると、あとを追うように引く。丁寧だが的確に切り返す兄上の言葉には母上もかなわない。いくらでも言い返せる母上だが、その口論でまたイライラすることは避けたいのだろう。父上は基本的に我関せずを通す。母上が居なければ父上は基本的には口を開かない。母上と父上が見えなくなったあと、いつも兄上は僕のことを部屋に呼んでくれる。そして何があったかを聞いてくれる。僕は母上や父上に言えないことをいつも兄上にぶちまけていた。兄上は真剣に、でも優しく僕の話を聞いてくれた。話終わるといつも頭を撫でてくれる。そして笑いながら、「いつでも俺がついているぞ」と言い、様々な面白い話をしてくれた。今回もいろんな話をしてくれた。そして今回は最後に、兄上は真剣な顔をして、僕に今まで話したことのない話をしてくれた。

「今日お前が外の話をしていたとき、お前の目は輝いていた。外に出てみて面白かっただろ。俺は外が好きだ。まだまだ知らないことがたくさんある。外って言うのはそうだな。自由ってことだ。今は何を言っているかわからないと思うが、俺が大人になったらお前を外に連れ出してやる。この家から出られるんだ。お前は自由になりたいか?」

僕は一瞬迷った。そんなことをしていいものかと。でも外の世界へのあこがれがあった。兄上と一緒なら大丈夫だという安心もあった。今日見かけた空を舞う虹色の蝶、流れゆく雲、それらをすべて上書きする橙の空。僕はあこがれていた。兄上に連れて行って欲しいと言った。そのときの僕は不安ではなく、兄の言う輝いた目をしていたのだろう。兄上は僕の言葉を聞くとニカッと笑って、もう一度頭を撫でてくれた。そのときから僕の生活に希望がうまれた。

 だがその数ヵ月後、母上に怒られた際に口が滑ってしまった。いつか兄上に付いて行ってこんな家を出てやるんだ、と。

 その次の日、兄上が死んだ。事故死。明らかに不自然すぎる。小学生の僕でもわかった。父上のご友人は警察の偉い方だ。泣いている僕に母上は

「あの子は私の言う事を聞かなかったから天罰が下ったんだわ。あぁかわいそうに。あなたもあの子みたいにならないようにね。でも、いい子にしていれば天罰なんて下らないわ」

と薄ら笑いを浮かべて話していた。うなずくしかなかった。よろよろと兄上の部屋に入る。昨日まで兄上の居た部屋で泣きながら思った。僕はあの二人の前ではピエロにならなければならない。そしてロボットにならなければならない。そうしなければ生きていくことができない。あの二人という檻からは逃れられない。兄上は檻からでようとしたがために消えた。兄上という希望は簡単に消えた。外の世界を、自由を諦めた。


 僕は夢から目が覚めた。そうだ、そんなことがあったなと思い出した。嫌な夢だった。思い出しても辛いため、今までなるべく兄上のことを忘れようとしていた。僕は今ではもう、あの頃の兄上よりも年上になってしまった。だが兄上のように逃げ出そうとは思わない。思えない。これ以上このことを考えても辛いだけなので、考えることをやめた。車を降りて校舎に向かう。気持ちを切り換えて教場に向かう。いつものメンバーと席に着く。すかした態度のおそらく超天才。なんとなく輪の中にいる影の薄いなじめてない男。そして僕。あんまりまともな人がいない。それでも淡々と授業を受け、昼食をとって帰宅する。今日の授業はAIについて少しふれていた。時代は進歩するもんだなと思ったが、青いロボットが助けに来てくれるわけがないのだからあまり関係がない。帰りは電車と徒歩で体の調子を整える。家に向かう最後の角を曲がる。見上げていた空は相変わらずちぎれ雲と青空、そして赤灯。視線をおろすとパトカーが数台停まっていた。人集り。立ち入り禁止のテープ。姿勢の良い警察官。近くまで行くと警察官は僕に気がつき話しかけてきた。

「この家のご子息ですね? 今から言うことを冷静に受け止めてください。あなたの家に強盗が押し入りました。ご両親のお二人は犯人にナイフで刺されました。病院に運ばれ、医師も必死に手を施したようですが……ご冥福をお祈りいたします」

驚いた。悲しみではない。あのタフな二人が死んだ。驚きしか頭に浮かばない。いつまでも僕のことを縛り続けていくだろうと思っていた。僕が死ぬまで死ぬことなどないのではないかとさえ思っていた。警察官は動きのない僕は驚きと悲しみのショック苛まれていると思ったらしい。その後は優しく対応してくれた。その日は警察で色々な話をし、これからのことも話した。署に泊まっていくように勧められたが、僕は家に帰ることにした。明日からは弁護士の人たちとも話し合いがある。今日もいろいろなことがあった。それでも家で寝ることが当たり前で、そうしなければならない気がした。家に帰ってもいつもように暮らす。そうしなければいけない気がした。もはやそうすること以外は不安に感じた。あの二人はもういないのに。何もする気になれなかった。いつも通りのことしかできなかった。僕はその日の夜、ベッドで色々なことを考えた。一つの疑問を持った。幼き頃に持った夢を思い出した。しかし疑問は解決されないまま、眠りについてしまった。次の日の朝、いつも通り目が覚めた。夢で兄上を見た気がした。笑顔だった気がする。しかし何も変わらない。いつものように大学に行く支度を始める。やはりそうだ。僕は昨晩の疑問に答えを出していた。出すまでもなかったのかもしれない。あの日から決まっていたのかもしれない。そう思いはじめてから、僕は支度の手をとめ、昨日のように屋上に昇った。今まで自由を求めて生きていた。生きるために従ってきた。でも従う必要が無くなった。何をすればいいのだろう? 自由を掴んだはずが、その自由に価値がない。一段一段思いを巡らせながら屋上へと進む。

 屋上の扉を開けると、今日の空も青空だ。歩き見渡すが、やはり晴天というわけではなく、散々な雲がゆらゆらと漂っている。のんきに漂っている。少し背伸びをして空に近づいてみる。自由な空に、雲に数センチ近づく。体の力を抜きまっすぐ立つ。空を仰ぎ、そして一歩。僕は不自由に、理に従って空を行く。ゆったりと眺めている空は美しく見えた。ゆっくりと流れゆく雲。ゆっくりと流れゆく空。ゆっくりと流れゆく景色。自由だ。

最後まで目を通してくださり、ありがとうございます。

少し不思議な終わり方ですね。

”人工知能は隠れぼっちの夢を見るか?”よりはわかりやすかな? と思ってます。

また別の作品でお会いしましょう。

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