コンビニ武侠 スーパーかんじょれ店長の誓い
コンビニ武俠
──スーパーかんじょれ店長の誓い──
『アウ・アンガンゴレ・ガンジョレ・ディエンジョ・ボッタラカ』…
まあ、何処にでもあるようなコンビニエンス・ストアのレジカウンターというものも、ああ見えて大変な場所で、時折このように滅びの呪詛が吐かれてしまう事もある。
「アム郎くん、ちょっと来て呉れるかな」
「ア。」
アム郎(19)は応答すると、レヂに出納簿を持って立つ、店長のアキラ・ゴドウ(40)のほうにぶらぶら歩いていった。
「アム郎くん、きみ、先刻レジ合わせやったよね」
レジ合わせとは、定時に行われるレヂ内の残金確認のことである。
「ア。」
アム郎は頷いた。
ちなみにアキラは、このふた世代近く違う若者の、この応答がきらいであった。
「…じゃあねえ。どうして総計が五千円足りないの、報告してくれないの」
アキラは、客がいない時を選んでいたが、それでもなるべく抑えた声で、出納簿を爪先で弾きながら言った。
その出納簿はアム郎の筆跡とおぼしい下手くそな書きなぐりの数列であった。
「…」
アム郎は黙っている。ちなみにこの態度もアキラはきらいであった。
アキラは頭をかきながら、
「きみねえ。2回目だよ、このあいだは一万円。お金のことなんだから、きちんとしてくれないと困るんだよ」
「……ァ。」消え入りそうな声で、カウンターにうつむくアム郎。しかしその態度に謝意は見うけられず、『早くこの時間が去ってくれれば良い』と思っているだけであるだろうことは明白であった。
アキラもこんな事をくどくど言いつづけるのは性に合わない。しかし問題は金銭に関わることである。
他の事柄ならいざ知らず、この路線を譲っていてはいずれ『商売』そのものの根本的意義に及ぶ、とアキラは判断していた。
すなわち、ここは怒るべきなのだ、と。
「アム郎くん。…」店長・アキラは口火を切った。
「ア。」
「真紅の薔薇は、何色をしている? 」
「…ア。」
まだ、彼は、タイミングに合わせて声を発しているだけだ。
「燃える炎の色は、何色だ? 」
「……ア。」
希薄な反応に、アキラはここで声を大にして続けた。
「それは、赤! 正義と熱血の赤、なのだ! 」
「ア。」
「俺はコンビニ業務に全生命力を懸けている! 俺の熱血は、燃える炎の、正義の真紅に染め上げられている! コンビニ業務とは、そういうものなのだ! 」
「ア。」
「きみには覇気はないのか⁉︎ コンビニ業務一般に対する熱血の志は⁉︎ 」
「……ァ。」
無いらしい。というよりコミュニケーションは成立しているのかこれは。
ともかく、二十世紀最後の年を青春真っ盛りで過ごしたアキラにとって、このような雑多な情報の海にプカプカと漂い流れる青春らしくない青春の若人とは、心の温度差が少なからず存在した。というより、店長のほうも 歪成長ではないのか。
そう、二人の間に横たわる壁とはすなわち世代間格差であり、それがふたりの間に実際以上の距離──とてつもなく遠い──を作り出していた。
近いが渡れぬ『嵐の海峡』…。
その距離感に気付いたアキラは、絶望感に、がくりと脱力した。
やや背後に身をひく『後ろ溜め』を脱きつつ、アキラはちから無くいった。
「……もういいよ、アム郎くん。きみ、もう帰っていいや」
「ア。」
アム郎はちから無く(これはいつものことだが)頷くと、更衣室のほうに向かってぶらぶらと歩き始める。
その背に、アキラは冷たく声を掛けた。
「…もう、明日から来なくていいから」
「ア。」
その答え(? )も予想できていた。アム郎を見送ったアキラはレヂを開けると、札の枚数を改めはじめていた。
やはり五千円ちょっきり足りない。
──あと味が悪い。熱血がさめてゆく。
アキラが自己嫌悪にため息をついて両肩をほぐしていると。
やおら後ろから烈しい足音が近づいてきた。怒りに踏み鳴る床はキュッキュと音を立てている。
アキラがハッと振り返るとそこには、まだ制服姿のアム郎が、息を荒げてやって来ていた。
その手には照明をてり返すバタフライナイフが震えていた。
「あ、アム郎! なんの真似だ⁉︎ 」
「ア」アム郎は怒りにもつれる舌で叫んだ「アウ・アンガンゴレ・ガンジョレ・ディエンジョ・ボッタラカ…! 」
紀元前二千五百年。古代シュメール人たちは『言語』に『力』を封じるすべ──いわゆる真言──を会得したといわれる。
進みすぎた超過文化は、その封印を解き放つ滅びの呪詛の生成をさいごに衰退の一途をたどった。それを誰が知るだろう、
『オラァ何だって勘定が(合わないことを俺のせいにするのだ)店長、ぶっ刺してやろうか』
を、
異常興奮にもつれた舌で叫んだ言葉が、この「滅びの言葉」に一致していたとは!
そして、その言葉は、即座に効力を及ぼした!
『いま、溜めなおしている余裕は無い! コマンド技だ! 」
アキラは心に叫ぶや、もはやゼロ距離に迫った兇刃の主に対し
前(→)下(↓)前下(↘︎)+拳(P)
「天跳拳! 」
記憶より先に体が反応した。
瞬間的に体を屈伸させたアキラの右の拳が、アム郎の水月を、そして顎を、抉りこむように捉えた!
衝撃に、ふたりの体がもつれ合うように虚空を舞う。
跳ね飛ばされたアム郎の体がカウンターの上を滑り『タブレットに着メロ』と書かれた販促ビラを撒き散らしながら計算途中だったレヂに激突した! レヂはひっくり返りながら金銭引き出しを吐きだし、その奥からくちゃくちゃに折り畳まれた万札と五千円札が各一枚、大量の小銭とともにキラキラと吹き飛んだ。
その金銭が床に音を立てるより速く、アキラの大拳が宙のアム郎のボディーを捉え、さらにキャンセルで再びの天跳拳が肉まんケースの向こうのアム郎を撃ち抜いた──
──否!
その刹那、スペシャルポイントをひとつ消費したアム郎の体を天跳拳がすり抜けた!
空を打たされた拳は、箱ガムやサプリの並ぶショーケースを天井にまで打ち上げ、それらは微塵とくだけた。
──逃した⁉︎
アキラの痛恨のうめきとほぼ同時に、アム郎のナイフが連打され、無数の刃の軌跡がアキラの店長服をささらに散らす!
アキラは正面に腕を交差させてナイフを防御する──
上半身を露出させたアキラの、引き締まった上腕筋に血の筋が網の目のように引いたが、それを彼は軽い痛痒としてしか感じなかった。
思い出したのだ。
ボーグ星人との死闘を。
20年前、それは1999年7月──
超戦闘民族であった地球人のもとに現れた、銀河の制覇を民族の宿願とするボーグ星人の、サイ特別戦闘隊の精鋭が、地上最強の戦士であったアキラゴドウを、烈しい死闘の末瀕死に追い込んだ。
勝利を得たボーグ星人は、取り決めどおり地球をボーグ一族の植民地としたのだった。
その際ボーグ星人は、その優れた科学技術を結集して製造した精神コントロール装置『ウタマロ』のはなつ電磁波によって、地球人の脳裏から戦闘民族であった記憶を抹消した。
そして地球人は無力化され、自覚さえなく、ボーグ星人の奴隷となったのであった。
しかし、封印された記憶は、ときおり閃光のように潜在意識野からよみがえる。ボーグ星人はそれを防ぐため、地球人たちの記憶を操作し、格闘ゲームやアクション映画の記述表現のそれと、真なる記憶を、巧みにすり替えたのであった!
すなわちコンビニは虚構の産物だった!
21世紀以降はつくられた歴史であった!
ゆきち万札も樋口五千円札も液晶タブレットも箱ガムも、インターネットさえも、そして現代人の心に巣食う原因不明の空虚もすべて、
ボーグ星人が超戦闘民族である地球人を恐れるがゆえに植え付けた、巧みな虚構であったのだ!
そしてその虚構は、今やぶれた!
思えば遥かなる昔、古代シュメール民たちは、人類の窮地を予見し、今、この場で、精神の希薄化した未来人が、怒りにまかせて口ばしるフレーズそのものに、幻覚を打破し記憶を取り戻す魔力を込めたのでは無いだろうか?
400Wの照明を白く照り返す床にアキラは降り立つと、彼はその場で軽く跳躍し足を踏みしめた。
──ふむ。
アキラは不敵な微笑みを頬に彫った。
──ここで思い切り闘うとすると、この建物は跡形も無くなってしまうな。
『この建物』呼ばわりである。
アキラの貌に、店長の憂鬱はすでに無く、闘いを愉しむ者のみの持つ、ボーグ星人を畏怖させたあの表情、
──睨みつけながら微笑む
その顔に戻っていた!
地球人が永遠に失ったかに思えた、あの笑顔が、青白いオーラの炎とともに、アキラに蘇ってゆく!
「ア。」アム郎は能面の無表情に唇だけを動かした「キ、ラ。」
アキラ。店長を呼び捨てだ。
「アム郎。貴様はあのとき生まれたんだな」
アキラはアム郎の生まれた年代を思い起こした。
それは、ボーグ星人との闘いが形勢不利となってから、人類が最後の望みとして創り上げたミュータント、「キルマシーン」の胎児だったのだ。
キルマシーン──最終世代の闘士──感情を胎児の段階から欠落させ、相手を滅し去るためだけに生存を許された新人類。
アム郎は闘いの定めをもって生まれたが、それが戦闘可能な年齢に達する前に、地球人は敗北したのだ。
屹とアキラはアム郎を睨みすえた。悦んでいる。
「キレる十代。学級崩壊。いじめ非常事態宣言。──そうか。それは、戦闘民族の血だったんだな」
「ア。」アム郎はバタフライナイフをゆらめかせた。悦んでいる。
「生き苦しかったろうな、新戦闘民族。だが、もう我慢しなくていいんだぜ」
アキラは、正中線に両の拳を構えた。
「俺が、たたかってやる! 」
アキラの叫びに、アム郎のまなじりがゆるんだ。血の涙が、あたたかく頬を伝っていた。
ああ、此奴らには、ちゃんと、血も、涙も、ある!
闘いの理念【バトルロジック】を喪失し、存在理由を探して迷い子となりはてた戦闘民族の末裔が、そのやるせ無い闘争本能の行き場を、はけ口を求めて暴走しながらさまよっていただけだったのだ。
それに気付いたアキラの双眸から、熱い涙が滂沱と下った。
──俺たちは、同じだ。このさん然と下る、歓喜の涙。
──俺たちは、たたかうために、生まれてきたんだ!
アキラは、こみ上げる涙をぐっと拳でぬぐい、再びその拳をひたり正面にかまえた。
たたかいをする存在同士に、これ以上の言葉のやり取りは無用だ。
──さあ、来い。
──ア。
コンビニ店内の空気が凍結したような、緊張の一瞬、二人のオーラが青い火柱となった。
その炎を裂いて、アム郎が、かすんで見える敏捷さでアキラに突進した!
数体の残像がそのあとを追うほどの凄まじい速度、加えて旧世代の闘士アキラをしのぐ動体視力、バタフライナイフの切っ先の彗星は、アキラの鳩尾をまっすぐに狙っていた!
この間、まばたきひとつ、閉じた瞼が開くまでの間に、アム郎はアキラの眼前に躍っていた!アキラの体から血けむりが上がった!
転瞬、アキラの放った電光のストレートがアム郎を殴り飛ばした!
「アァ」
菓子の陳列棚を吹き飛ばしながらアム郎は倒れた。米菓子の米っ子が小隕石のように降り注ぐ!
信じられないといった風情で、ようよう身を起こすアム郎に、アキラは二の腕を見せた。ナイフの浅い刺し傷。アキラは二の腕でナイフのつらぬくに任せ、さらにクロスカウンターを取りアム郎に渾身の一打を叩き込んだのだ。
アキラは血にまみれた腕を、ぐっと上げてアム郎に見せつけた。
アム郎はそれをみると、ナイフを投げ落とした。リノリウムの床を割り、それは柄元まで突き立った。
無言の応酬、
『拳の方が、強ぇぜ』
『ア。』
アム郎がナイフを捨てたとみるや、アキラは猛然と飛び込んだ。剛拳が三度アム郎の胸板を捉える!
『大拳→天跳拳で仕留める! 』
だが三度目の天跳拳は虚空を打たされた!
『残像か! 』
からくも天跳拳を止めてその隙を押さえ込み、身を翻しざま狙いもつけずに後ろに回し蹴りを放つ!
危うく仰け反って蹴りをかわしたアム郎だが、その蹴圧だけで体勢が泳ぎ、おでんと中華まんのショーケースをひっくり返した。米菓子米っ子の包装紙が弾け、内容物が小隕石のように以下略。
この時、軽快な例のチャイムとともに自動ドアが開き二人のストッキングをかぶった男(おそらく未覚醒)が入ってきて『マネー! マネー』と2回叫んだが3回目を云う前にアキラの剛拳とアム郎のひじ打ちに一瞬にして店外に消えた。アム郎がただちに防犯カラーボールを投擲すると、自動ドアのガラスが粉々に弾け飛び、命中した男の体は数メートル先のコンクリートブロックに大の字の穴を開けて倒れた。
アム郎はあとも見ずに踵を返し、無事なほうのレヂをひっ掴んでそれをアキラに投げつけた。だがアキラは即座にカップ麺の棚を振りかざして叩きつけそれを防御した。
乱れ飛ぶ生麺タイプのラーメン、平たいカップの即席焼きそば、1.5倍のカップ麺、袋麺、新居浜市内に工場のある万長棒ラーメンの嵐が視界を遮断するや、アム郎の音速の跳び蹴りがアキラをパンの棚へとふきとばした。
この不意打ちにさしものアキラもパンの花畑の中に倒れこみ時ならぬパン祭りを呈した。目の上にロールケーキがふたつポンポンと乗った。そして追撃に駆け寄るアム郎の足を、だがアキラはとっさに蹴り払う。床に散ったラーメンの上に倒れたアム郎の目の上にナルトがふたつポンポンと乗り、頭にはもちろん生麺の黄色いちぢれ麺が茶髪にかぶさり、眉には焼き海苔、鼻にシナチク、唇にメロディー。
しかしそれも一瞬のこと、おにぎりなどの惣菜棚に手をかけてアム郎が身を起こした。そこにアキラの全身のタックルが来た。ずん、という烈しい衝撃音、二人の体はたちまちツナマヨと卵サンド、鳥マヨ丼にシーザーサラダとマヨまみれの惨状を呈した。
アム郎はアキラに全身を浴びせられ、グイグイと壁も抜けよと抑え込まれ、たちまち劣勢に陥った。アム郎は隣のデザートコーナーから丸ごとバナナケーキをとりパイ投げの要領で叩きつけ窮地を逸した。
すかさずクリームを舐めとったアキラに、
「烈光拳! 」カッとアム郎の全身が一瞬強烈な閃光を放った! 紫色の残像が網膜に焼きつき、慌てたアキラは文字どおりの盲滅法に剛拳を繰り出したがこれは難なくかわされ、逆にその手首を取られた。
うむ、と呻いて蹴り上げる膝を、その関節をアム郎が薄笑いしながらこれも巧みに取る。
『烈光拳からの計算尽くのコンボか! 』とアキラがほぞを噛んだ刹那、なんとかバスターの体勢でアム郎はアキラを抱えて真上に跳躍した。
真上の天井をぶち破ったところは音楽教室だったため、関節を固められたままアキラはグランドピアノの底板に後頭部を叩きつけられた。アキラの両耳をすさまじい不協和音が襲った。
アキラをピアノに打ち込んだアム郎は一気呵成に連続攻撃を開始した。惣菜棚の前に舞い戻り、グランドピアノからだらりとぶら下がるアキラに、強力な連続エネルギー弾を無表情のまま撃ち放つ。
だが、──
──その無表情の陰に焦りの汗が流れた。
──アキラはそのたぐいまれな戦闘センスで、ピアノに頭を突っ込んでたれ下がりながらも、全身から同等のエネルギー波を放出しアム郎の撃ち放つエネルギー弾のダメージを最小限に抑えているのだ。アム郎は焦って攻手を中断し、超強力な一発もののエネルギー弾を溜めはじめた。
その一瞬にアキラはグランドピアノを投げ落とした。ハッと溜めを中断して飛び退くアム郎の目の前にピアノが落下し、山下洋輔の演奏のような音を立ててぶっ壊れた。
そして、そのピアノの大蓋の影からアキラは渾身の回し蹴りを放った。完璧な奇襲であったが、アム郎はこれもとっさに飛びのいて威力を殺した。
上半身に浴びるようにアキラの蹴りを喰らったアム郎は、打たれた風船のように勢いを殺しつつ雑貨コーナーの棚をなぎ倒し、窓に面した書籍週刊誌の棚に背中をつけて止まった。雑貨の棚からはじけた遊具のトレーディングカードのパックが裂けて中から火炎爆発が覗いた。ここでアム郎は思わず
「レア。」とカードに手を伸ばしたが次の瞬間にはアキラの放った火炎爆発状のエネルギー波に弾き飛ばされた。殺虫剤やヘアスプレーが巻き添えをくって爆発していく。
このときアキラは三角跳びの要領でカウンターの奥のタバコの棚を蹴り、エネルギー弾を放ちつつ飛びかかっていたが、アム郎は書籍棚の横のコピー機の遮光板を上げてそれを防いだ。
『奇襲失敗か』アキラは突進をやめてコピー機の手前に降り立ったが、なぜかこんなところにまで飛んできていたおでんハンペンに足を取られて前のめりに転倒し、コピー機に顔を押し付けてしまう。
遮光板をすかさず下ろし、アキラの頭を挟み込んで動きを封じようとするアム郎。すると律儀にコピー機が動作し、ゴリラのように鼻のつぶれたアキラ(店長)の顔がネガコピーされていくらでも出てくる。
アキラがもがいた拍子に今度はファクシミリに手が当たったらしくリダイアル機能が働いてアキラ(店長)の実家や恋人や大切な人たちの家に、ゴリラフェイスが用紙切れまで延々と配信されていく。
怒りと恥辱に燃え上がったアキラは、罵声を上げてコピー機から脱すると、それを正面からアム郎に蹴り飛ばした。
よく滑るリノリウムの床の上を、コピー機はアム郎とともに滑り成人雑誌コーナーを抜け、『ご使用の際は店員にお声をかけてください』と張り紙されたトイレの扉を破ってその中に滑り込んで行った。ほぼ入れ違いに女の子用品を手に持ったままのアム郎の彼女(同僚)が涙ぐんで飛び出して来て、アキラにもう辞めますと告げ風とともに去った。アム郎の短い恋は終わった。
アキラが死ぬほど笑っているとトイレから掃除機がすっ飛んできて額にゴインと音を立てて命中し仰け反りかえった。
みるとアム郎の髪は怒髪天を突き残らず逆立っていた。しかも脱色が一気に進み、ぜんぶ金髪だった。
くっ、先にやられたか! このままでは勝てない! アキラは全身に凶暴な殺気のオーラをみなぎらせた。ぼん、とヅラが吹き飛び後頭部まで進行したMッ禿の両鬢と真ん中の赤ちゃんのように愛らしい縮れっ毛がたちまち金に染まり三角形に反り返った。
色々な意味で意外な衝撃を受け一瞬動きを止めたアム郎めがけ、アキラは成人用書籍の棚を床から引き剥がし、それをかざしたままひらと宙に舞い上がり、瞬間的に虚空で静止して溜め、叩きつけた!
販売用マガジンラックに展示されている猥褻低劣低俗なビニ本性風俗誌万古花ざかりの本の群れを叩きつけるように浴びて弾き飛ばされたアム郎は、ジュース酒類の冷蔵庫のガラスを突き破ってビールかけの洗礼を浴びた。そこにアキラのドロップキックが追い打ちに放たれ、アム郎の身体は冷蔵庫の裏、補充ルームに転がり込んだ。
ギリシャ神話アポロン像を思わせる端正な美貌をもつもうひとりのバイト生、上井悠が、猥褻雑誌とともに飛び込んできたアム郎を、口を半開きにして呆然と眺めた。
「……アム郎 ⁉︎」
「カミーユー! 」
アム郎が叫ぶや、上井も髪を金髪に逆立てアム郎とともに戦線に参入した。
すかさずアキラがそこに突進し二人の頭を鷲掴みにすると、冷蔵庫の脇の氷菓箱に交互に激しく叩きつけた。
某棒氷菓がバラバラ君になって吹っ飛び、ダウンした二人の目の上にそれぞれ白いアイス大福がポンポンと乗る。上井はさっそく洗礼を受けた形だ。
しかしアキラは攻守を緩めない。二人の頭部をはっしと掴み、両手に例の一発もののエネルギー波を溜めはじめる。
「クククこのまま、この惑星ごと吹き飛ばしてくれる」
邪悪な笑みを頬に張り付かせつぶやくアキラに、アム郎と上井は思念だけで会話を交わした。
『あれしかない』
『ア。』
そして二人は足元に散らばるエロ雑誌に目を落とした。
次の瞬間、
ドン!
ふたり同時に男性自身が怒張し、その鉄のごとく堅く屹立した切っ先がアキラの左右の足の親指を凄まじい勢いで撲りつけた!
「痛っ⁉︎ 」
意表をついた攻撃とそのダメージにアキラはたたらを踏んだ。アム郎と上井はアキラの凶爪を脱して振り返り、一気に攻勢に転じた!
この時ふたりの攻撃は全く同期した! スピードとパワーの乗った両腕が空に閃光の弧を描き、アキラのボディを正中線対称に連続的に叩き込まれる。
さらには二人の三本目の足が波状的に横殴りに打ち込まれてゆく。
店内を流れる有線の曲が懐かしのアニソンに切り替わり、それに乗せてアム郎と上井悠は舞踊舞踊革命を完璧なリズムで舞うような同期攻撃で着実にアキラの体力を奪っていった。
ふたりの乱舞攻撃はいつしかアキラを、最初の激戦地、グランドピアノの眠る、おにぎりコーナーの手前、紙パックジュースのコーナーの辺りまで追い詰めていた。
──フィニッシュ!
アム郎と上井の体躯が宙をとび、二重両足蹴──第三の足を加えて六本足だ──が、アキラに襲いかかった!
だが!
『⁉︎ 』
ぎしっ、と、ふたりの体が虚空に静止した。
──ふたりはアキラの『元・地球代表』の格闘家としての膂力を見誤っていた。フィニッシュにはまだ早かったと言わずばならない。
アキラの両の凶爪は、ふたりの真ん中の足の切っ先に食い込み、その体を虚空に縫い止めていた──!
「とう! 」
アキラは一声上げると、手にしたふたりの分身の先端を紙パックジュースコーナーの蒟蒻ゼリーに突き刺した!
『あアァッ♨︎』
抵抗する暇もなかった。声がふたりの最後の同期となった。
アキラはふたりを封じ込んだまま両手に微妙な律動を加え始める。異様な快美が、ふたりの背筋を軟体動物のように這い上った。
「…う、うううっ…」
アム郎の脳裏に、女の子用品を持った彼女の姿や猥褻雑誌、その他もろもろの、この戦いの思い出が走馬灯のようによぎった。
「ふはははは、諦めろ! 貴様らの履歴書から、貴様らが童貞であることはお見通しだ! 存分に快楽に溺れるがよい! 」
勝ちほこったアキラの哄笑に、ふたりは早くも敗北をさとって観念し、今はこの快楽に身を委ねることを決意せざるをえなかった。
アム郎の横で、上井がついに身をくねらせて気をやるのが見えた。
「んほおおおおお‼︎ 」
そして、アム郎も──
「ア。ア。ア。アアア。アム郎、逝っきまーあああす‼︎ 」
断末魔の絶叫に似た絶頂の声を上げ、アム郎は、
──果てた。
──戦いは終わった。アキラが両の手を放すと、ふたりの新戦闘民族は、がっくりと腰を抜かして崩折れた。ある意味で全精力を使い果たしたのだ。
反動で数日は動けないだろう、とアキラは踏んだ。
だがアキラも同時に、少なくないダメージを(そして精神的ダメージも)受けていた。
それほどまでにふたりの新戦闘民族、キルマシーンはおそるべき大敵であった。アキラはおにぎりコーナーから、売りものの鳥の砂肝の調理品『仙ズリ』を取り出し、口に含んだ。
ぐん、と精力が全身に満ちあふれてくる。
「いい──闘いだった。アム郎、上井悠。お前たちのことは忘れない。
そうだ。これから永い、ながい闘いが始まる。
俺たちが死んでも終わることのない、永い闘いだ。
──しかしそれは、俺たちの、地球の栄光を取り戻すための、輝かしい闘いなのだ。
──眠れ、戦士たちよ、今はただ。その果てなき闘いに備えて──」
アキラは感にたえて、ナレーション気味に言った。
そのとき。
例の入店チャイムがひびき、破砕された自動ドアのモーターが回転した。
反射的にアキラは
「(いらっしゃいま)っせー」
つくり声で云って振り返り、そして絶句した。
新たな客は、全身が毒々しい緑色の皮膚に覆われていた。頭からは水平に二本の角が突き出している。鋭い金色の両の眼。太く開いた鼻梁。唇には牙を覗かせ、邪悪な笑み。引き締まったしなやかな巨躯。そのボディーにおそるべき格闘能力が秘められていることを、アキラは知っていた。
「貴様は⁉︎ 」
「忘れましたか地球代表、アキラさん? 」
異星からの客はアキラを嘲笑的な態度で見据えながら入店してきた。
「忘れるものか! 」
アキラは、ずい、と足を踏み出した。
──その身体的特徴は、ボーグ星人のものであった! しかもこの相手は、そのなかでも最強に位置する格闘能力を備えていたサイ特別戦闘隊、副隊長、
「ケデリック…! 」
アキラはその名を呼んだ。
それは20年まえ、アキラをマットに沈め、地球の運命を別つた死闘の、その勝者の名であった。
「貴様とまた会おうとは、な…! 俺が覚醒したといつ判った」
じりり、と間合いを図りながらアキラは問う。
「歯ごたえのある相手はマークするのがわたしの主義です」ケデリックは冷たく笑った「正直うれしかったですよ、あなたの覚醒は。また、楽しませてもらいましょうか」
ホホホ、という中性的なうすら笑いが癪にさわった。
『く。…』アキラは内心にほぞを噛んだ。
──今の俺は、こいつに勝てるだろうか? 自分には20年というブランクがあり、しかもこれは連戦となる。覚醒が完全であったとしても今やって勝てるとは思えない、駄目だ!
「ケデリック、今やる気なのか…? 」
アキラの声に、怯えが混じった。
「あなたはどうやら覚醒が不完全なようですね。わたしの53万パワーの前にはひとたまりもないでしょう」ケデリックはゆらりと炎が変じるように戦闘の体勢をとった「…しかし、芽は早いうちにつめ、とコロジック隊長から命令が出ています。ここであなたを引き裂いてしまえば、世界はすぐに元どおりになるとのおおせです」
ここで、ケデリックの全身から清冽な刃物のようなするどい殺気がほとばしった。
アキラは怖じ気づいておもわず一歩引いた。
その背が、どん、と厚い胸板にぶつかった。
「おもしろい、やってやろう」
ぽん、と、アキラの右肩に頼もしい手のひらが置かれた。
「おれもいるぜ」どん
アキラの左肩にも、手が置かれた。
アキラは振り返った。
そこには、かつて激しい闘いを繰り広げた戦友の、姿があった!
「アム郎! 上井悠! 」
「すみません店長」
「売りものいただきました」
ふたりの手に握られた赤まむしキングマックスゴールドドリンク(各2千円税別)を見て、アキラは複雑な笑みを浮かべた。
「お前らぁ……! 」
拳の応酬を経た三人の間に、渡れぬ嵐の海峡のような世代間格差はすでになかった。
『こいつらと一緒なら…』アキラは心中に快哉の叫びをあげていた『今度こそ──! 』
「『ゆくぞ──』」
三人の声が同期し、三つの影がケデリックに吸い込まれるように走った──!
コンビニ武侠 (ファイター)
──スーパーかんじょれ店長の誓い──
完
次回予告
上井悠という尊い犠牲と引き替えにケデリックを葬った店長たち。しかしその二人の前に、店長の恥ずかしいゴリラフェイスコピーを持ったコロジック隊長が現れる! さらに彼は女の子用品を持った例の女の子を人質に取っていた! またも飛び交うエロ雑誌の数々! そして今回出番のなかった百円雑貨やスナック菓子!激戦続くコンビニの売り上げは赤字続きで店長の脱毛症は進行する一方! このままではスーパーなんとか人になれなくなってしまう! どうする、店長!
次回かんじょれ店長第二話『暁のグランドピアノ弁償料一千万円』
……来週も、燃えるぜ‼︎
(了)
※続きません