【2話】 頭の整理
ウェシルは唖然としながら自分の店の前から動けずにいた。
「ここ………どこだ?」
賑やかな街の様子とは裏腹にウェシルは唖然とする
(一体、どうなってるんだ、これ。もしかして、位置バグか?
おいおい、勘弁してくれよ……ん?でも建物まで位置情報がずれるなんてことがあるのか?)
バグなんてどのゲームにもあるため、訳のわからないことがあったらまずバグだと疑うだろう。しかしこのゲームでは、サービスが始まって一年となるが未だにバグ、不具合が報告されていない。
バグらしきものは何回か聞いたことがあるが、それらはこのゲームの問題ではなくVRの処理能力による問題であることがほとんどで、本当にゲーム自体にバグがあったことは報告されていない。
それ故にこのゲームは本当に『Ω-オメガ-』の名の通り、完成されたゲームであることで評判だ。
そのため、ウェシルは今目の前に起きていることに自分の中での結論をつけるのに時間がかかったのだ。
とりあえず、一旦自分の店の中に入り、また外に出てこのバグが治らないか試してみるが、やはり治らない。
(確か、誰かが前に言ってた事だが
「建物とプレイヤーは別ディメンションだからバグが起こる時はプレイヤーの視覚側に問題があるか建物、つまりオブジェクト自体に問題があるかのどちらかなんだ、だからバグを報告する時はオブジェクト側に問題があるかプレイヤーの視認に問題があるかってのも一緒に報告すると運営側の対処が早くなるんだよ。まぁこれはゲーム開発会社に働いてる僕の実体験だけどね」
……だっけか)
ウェシルは我ながら変なところでの記憶力が良いことに苦笑する。
そして、再度ドアを開け閉めして治らないか試す。
しかし、治る気配はない。
(こういう時はリログをするべきか、運営に連絡を取るべきだな……)
どちらにするかを考えたが、一回リログをして直した方が手っ取り早いと考え、すぐさまメニュー画面を出す。
「は?…………はぁ!?」
メニュー画面の一番下、そこは本来ならログアウトボタンがそこにあるはずの欄、しかしそこには取り出したメニュー画面には、ログアウトボタンがなかった。
他のボタンをゆっくり、丁寧に確認するが、やはりログアウトボタンはない
「な、なんで!なんでないんだ!!?」
思わず声を荒げる。
そして、何度も何度もメニュー画面を開き、閉じ、開き、閉じを繰り返す。だが、それでもログアウトのボタンは表示されない。
ログアウトボタンが表示されない。
それはこのVRゲームにおいて一番起こってはいけないバグの一種だ。
理由など考えるまでもないだろう。
プレイヤーはVR装置をつけることで、脳から体にかけての伝達を一時的に遮断してVR装置へと通しているのだ。
つまりそれは、VR装置を起動した状態では生身の身体は動かせないということになる。
すなわち、VR装置のシャットダウンが出来ないということは、誰かに見つけてもらえない限り、餓死へと直結することとなる。
だから、現在発売されているVRゲームの全てにおいてシャットダウン機能は一度、政府の作った専門のデバッグ装置で入念に検査をする必要があり、その検査に合格した上でのみの発売を許されている。
もちろん、ウェシルが今遊んでいる『Ω-オメガ-』も検査を受けている。
「そ、そうだ!こういう時は運営に___」
ウェシルは、そこで喉を詰まらせる。
本来ならばあるはずの運営へのコールボタン、それが無いのだから。
「・・・」
シャットダウンもできない、運営へのコールすらできないともなれば個人で取れる手段は尽きた。
ウェシルはメニューを開きボイスコメントの送り先をギルドへと変更すると、基本的に商売を始める朝方にしか会話が起こらないギルドチャットへと喋りかける。
「ギルドの人、居ますか?こんばんわー……」
「・・・」
この時間帯であればギルドに在籍しているほとんどのメンバーはログインしているはずだ。
なにせ、社会人が8割であるにもかかわらずノルマやルールが厳しいことから[現実もゲームも社畜のギルド]と呼ばれるうちのギルドは深夜になるほど仕事帰りのギルドメンバーがインしてくることで有名(?)なのだ。
「すいませーん、バグってログアウトボタンがないんですけど……」
「・・・」
そのはずなのだが、一向に誰も返信してくれないことに悪い予感がして冷や汗が溢れ出る。
そして、自分がハブられているような寂しい感覚も相まって泣きそうになってくる。
「おい!誰かいないのか!?ログアウトできないんだ!誰か運営に連絡とってくれよ!」
「・・・」
「あぁ!っくそ!」
そう叫びながらメニューを閉じ、インベントリの中から『永遠なる聖水《
エターナルスクルドウォーター》』を取り出す
それをぐいっと飲み干し、一息つく。
仮にそれがプログラムとわかってはいても水を飲む行為をすることで気持ちを切り替えるのだ。
ただ、今飲んだ水は今までこのゲーム内で飲んだドリンクやポーションよりもリアルだった気がした。
(ふぅ、うん、一旦落ち着こう、そうしよう)
深呼吸をして息を整える。
ヒッヒッフー、ヒッヒッフー
(あっこれ違う、あれ?深呼吸ってどうやんだっけ?)
数年間ラジオ体操をやっていないため、忘れてしまったようだ。
だがそれでも落ち着けたようで状況の整理を始める。
(まず、一体、今、どうなっているかだな)
そう思いながら再度メニューを出し入れしてみるが、ログアウトとコールボタンは表示されない。
(やっぱりダメか……これに関しては俺にはどうしようもないから早く治ってくれることを祈るしかないか)
プログラムのことなどさっぱりなウェシルには、プログラムをいじっての解決などできるはずもない、そのため、今この状況になった原因を考えるくらいしかない。
(原因か……俺はログインしてから特にまだないもしてなかった、まだ防具も作ってる最中だったし、それならいつもやってることだしな……)
基本的に鍛治とアルケミストをやっているため、このようなことはこのゲームが始まって以来、すでに何百万回もやっている作業だ。
そのため、今更こんなことでバグが起こるとは思えない。
(となると、めかぶさんのワープが原因か?)
めかぶさんが私の家からワープすることは、初めてのことだ。
めかぶさんはああ見えても基本的にお金の管理に関してはキッチリしているため、ほとんどの場合こちらが希望するぴったりの価格を持ってくる。
ただ、今回は防具への色付けができるなど思ってもいなかったというイレギュラーが発生したためにワープを使って家まで戻った。
店の中からのワープなんかは、誰かにものを頼んだ時なんかには結構行われている行為ではある。
そのため、それもないかと他に原因を探す。
(んー、やっぱりそれ以外には思い浮かばないな……外に出たら変な場所に自分の家の前がなってたくらいか?だがそれはシャットダウンが出来なくなったのと同時に起こったから連鎖して起こったバグってこともあるか?)
あくまで仮説でしかないが今の状況ではそれが一番しっくりくる。
今まで一度もなかったバグが2つ同時にとは考えにくいだろうということだ。
(あ、そうだ!マップの位置情報はどうなってんだ?)
インベントリの貴重品と名付けられた所から地図を取り出す。
丸められたそれを開ろげると、地図の表面に炎が一瞬現れる。
数秒して炎が消えるとそこには中心を自分の家とした半径10kmの地形情報と建物の情報が現れる。
だが、ウェシルの地図には本来自分の店がある【ウカル街裏通り】の文字はないどころか、現在いる国の名前すら違っている。
(これは……位置情報のバグじゃなくて本当に場所が変わってるのか!?)
そして、地図を広げた状態で改めて情報を整理しようとする。
すると、今この状況がラノベとかでよくあるパターンのアレかもしれないということに気づく。
(ゲームをやっていて異世界転移、よくあるやつだな、そういうのは結構好きだから読み漁ってたが………まさかな………)
そう思うと、今までの出来事は全て当てはまる気がする。
異世界転移をしたかもしれないと思うと興奮する。
「検索、リスピア首都ウカル街裏通り」
地図へ向かってそう呟くと、地図の上にまた炎が走り地図の上に広がる、もちろん熱など発生していないのだが炎が目の前にある体が熱くなったように感じる。
先ほどは一瞬だったのにも関わらず今度は30秒たっても終わる気配がない。
そして、およそ2分が立つころ、炎が消える。
だが、そこには先みたいに地図が描かれていない。
「該当なしってことか」
地図というのは、本来であればどんなとこからでも、存在する場所であれば検索が可能なのだ。
たとえ国が違っていても、だ。
そして、検索で出ないということはつまり……
「異世界転移キターーーーー!!!」
さっきまでの不安な感情とは真逆で、子供のようにはしゃぐ。
ウェシルは異世界に来たのだ。
ケモフレ最終話いい話でした( ´∀`)
そのせいで朝方までに書けませんでしたがw
誤字脱字、わかりにくい表現あったら指摘ください