7チュートリアル戦闘
「銃にはあまり詳しく無いけど、間違いなくこの銃で山は吹き飛ばせないな」
当然である。
「最低でも、マグナムみたいなごついのかと思ったのになぁ、それに一丁しかないし」
文句を言いつつ、落ちているベレッタを拾う。拾うと同時に、なぜか負の感情とでも言うのか?そういった不快感をほんの一瞬感じた。
「おぉこの重量感はいいな…」
文句を言っていたものの、本物と思われる銃に逸る気持ちを抑えられない。と、呟くと同時に今度は正の感情である喜びのようなものを一瞬感じた。本当に一瞬だったので、先程のことが気のせいでは無いと感じ、それについて思考を進めようとしたその時だ。
「ウォン!」
アキラが銃に興奮していると、前方に居たフォレスト・ウルフが吠えてきた。吠えるだけで何もしてこない。まるで急かすような対応だ。
フォレスト・ウルフは戦意剥き出しでこちらを睨んでいる。
「そういえば居たな。取り敢えずこれでオルターを手に入れたことになるのかな?」
アキラがそう呟くと、半透明のウィンドウに説明が表示される。
【オルターの覚醒おめでとうございます!今お手持ちの武器はオルター、貴方の分身です。これからの冒険には、無くてはならない相棒となり、貴方を支えてくれます。オルターはただの武器ではありません。貴方からもオルターを支え共に成長し、冒険の世界を楽しんでください!】
(「楽しんでください!」じゃねぇよ!え?これは想定している事態なのか?仕様なのか?じゃないとこんな文言………今考えても仕方ないか。そういえば、さっきの感情はオルターからだったのか?なんとなくだがそう感じる。不快感の原因だって俺かな…確かに思ったのと違うのが出たくらいで、自分を貶されていい気分はしないよな…)
アキラのオルターが不快感を示したのはそんな複雑な感情ではなく、ただ単にアキラが受け取れずに地面に落としたからなのだが、喜ぶ感情と不満を表す感情しか感じられなかった今の状態ではそれを察することは出来ない。
アキラは順応が早いのか、ただそう言った世界単位のことには関心を示さないためかは分からないが、目の前の現象を完全に受け入れ、オルターと言う存在が当然かのように行動をしている。
「えーっと銃…か?ごめんな?ちょっと浮かれててさ」
アキラは握っているオルターから脈動を一瞬感じ「いいよ!」と言っているように感じた。本当の所は喜びの感情が流れただけなのだが、それには当然気づかない。
(本当に生きてるみたいだな、これからパートナーになる相手に思ったのと違うからって、そのイメージを押し付けちゃダメだよな…)
勘違いが進む中、アキラは更に見当違いの反省をしつつ、またフォレスト・ウルフの存在を忘れてオルターに向かって提案した。
「そうだ!折角相棒になるのに、名前が無いのは寂しいよな…よし、お前は今日からシヴァだ!イメージした神話から取ったんだ。強そうだろ?」
名前を付けられた銃から、間違いなく喜びの感情を感じた。アキラは銃が気に入ってくれたように感じている。アキラはオルターが行う感情表現は単純だと察した。
「ウォン!!」
催促のおかわりか。とアキラは呑気に考えた。
「と、そうだった。お前はなんなんだ?飯なら持ってないぞ?」
ピッ♪【オルターを使った戦闘】
聞き覚えのある電子音が、再び鳴る。
どうやらこの狼は、オルターを使った戦闘のチュートリアル用の相手らしい。その証拠に半透明のウィンドウに【オルターを使った戦闘】と書かれていた。今戦闘が出来る相手は目の前のフォレスト・ウルフ位だろう。
「チュートリアル的な感じか?だから狼が出てきたのか。いや、フォレスト・ウルフだったな」
ウィンドウにタッチし、チュートリアルをスタートさせる。タッチしたウィンドウが消えるだけで、何も起こらない。
「…え?もう攻撃していいの?」
少し驚きながらも、不親切設計に悪態をつきながらアキラはオルターであるシヴァを右手に片手だけで構え、フォレスト・ウルフに照準を合わせる。アキラはまだこの異常事態に認識が追いついていないせいか、野生の狼らしき動物が目の前に存在しているのに未だ危機感を抱いていない。動いていないのも多分に影響しているだろう。
この心構えは後悔する暇も与えずにゲームとは思えないリアルすぎる現実がアキラを襲うことになる。
「たしか、銃を撃つ時はこの凹凸の中心が合わさるようにするんだったな。おし!」
アキラが狙いをつけ、右手の人差し指に、気合を入れてトリガーを勢いよく引く。
『ダァンッ!』
「おわっ!」
思った以上にでかい射撃音と、肩に来る衝撃、スライドから弾き出される薬莢に思わず声を上げ、尻もちをついてしまう。
「銃を甘く見ていた…ってかなんでここまで忠実?に再現してんだよ…」
話し相手は居ないので自己完結をしながら「本物の銃ってこんな感じなのか」と呟きながらフォレスト・ウルフを見ると、ダメージを受けた後も指標となる物も存在していない。まるでダメージを受けていないかのようなその出で立ちに、アキラは動揺する。
「狼無傷じゃん」
(え?こんな反動でかい攻撃なのに、ノーダメ?あ…)
よく見るとフォレスト・ウルフの近くの木から少しだけ窪みが出来ていて、煙が出ている。そう、弾丸はフォレスト・ウルフに命中しなかっただけで、しっかり当たっていたのだ…木に。フォレスト・ウルフが無傷なのは、単純に弾丸が当たっていないだけだった。
「当たってないだけだったのか。でもなんで当たってないんだ?ちゃんと狙ったのに?…あっ!」
そこでアキラは武器を選択した時の注意文を思い出す。
「そりゃここまで現実的なら注意文は出るよな…」
アキラは外した原因に思い至ったが、これではまだ当たらなかった理由としては足りないのだ。要は素人のアキラには、狙って引き金を引くと言う動作で命中が完結してしまっているのが原因の大元だ。実際、引き金は気合を入れて引くものではないのだが、アキラがそれに気づくことはない。
これはガク引きと呼ばれる現象で、狙いを付けても握る握力が強すぎたりトリガーに掛ける指の圧が強いせいで銃身がブレてしまい、狙いを定めた場所からズレてしまったのだ。
実際には狙った所に当たっていないので、狙いを外したのではなく正確には「狙えてすらいない」ことをアキラは理解出来ていなかった。距離も10m以上は離れているので、素人が単純に狙って当てるのは相当に難易度が高かった。
突然怒るような感情が腕を伝ってオルターのシヴァから感じた。シヴァから流れ込んでくる単純な感情をアキラは必死に理解しようとする。シヴァが間違いを訂正しようと何か自分に伝えようとしているとアキラは直感した。
早く動けば、シヴァから脈打つように抗議のような物を感じる。そういった流れを繰り返していき、ほぼオリジナルだが概ね正しい姿勢を伝授された。
単純な感情がダイレクトに来るだけなので、どの部分が良いか違うかしか判断出来ないため、それなりの時間を要した。
そして、アキラはシヴァからの指導の元肩幅に足を開き、今度は吹き飛ばされないように銃を握っている方の足を半歩後ろへ下げる。銃を握っていない手で、銃床を支える。
銃を握っている側の肘を伸ばして、片目で狙いをつけるのではなく、両目で狙いを付ける。銃を握っている肩を首に少し引き寄せ、準備が出来たら慌てずゆっくり引き金を引く。
今度はトリガーを絞るように静かに指を動かしていく。
このゆっくり引き金を絞るのが、狙い通りに弾丸を命中させるコツであるかのように、ゆっくりゆっくり引き金を絞る。まだ弾丸は発射されない。それでも慌てずブレる狙いを修正しながら、少しづつ引き金を絞る。
いつの間にか弾丸が発射され、その反動を感じつつ今度は尻もちをつかないで射撃体勢のままでいると「ぎゃん!」と言うフォレスト・ウルフの悲痛な叫び声が聞こえた。フォレスト・ウルフに付けていた狙いが、寸分違わずに狙った所、フォレスト・ウルフの額の中心に命中した。