5ソウルオルターの世界
(オンラインゲームなんだからいつでもリアルには帰れるだろに…って地球から来ている設定でその総称を来訪者ってことにしてるんだから、そこまで気にすることでもないか)
アキラは自分が頭ごなしに否定するように、やれやれと自然な動作で腰に左手を当て、額に右手の甲を当て、大袈裟に「参った」のポーズを取る。
なぜか、ポーズが取れてしまった。
(…え?)
ポーズが取れてしまったことの何が問題なのか?キャラクタークリエイトで作ったアバターの額にアキラの手が直接触れているのだ。額に右手の甲を持っていくことで触れるはずの、ヘッドマウントディスプレイに触れない。
広げている手には握っていたはずの、VR専用コントローラーがどこにも見当たらない。そう、何かを持っている感触がないのだ。まるで、このアバターと思わしき身体が現実になってしまっているかのような、有りもしない不安に駆られる。
そして、すぐにアキラの疑念が更に増大する現象が発覚する。VR特有の端っこの画面揺れが全く無いのだ。
画面揺れるという程大袈裟なものではないが、ヘッドマウントディスプレイは簡単に言ってしまえば眼前に右目用の画面と左目用の画面を別々で用意し、その画面を立体視の原理で現実と同じに近い視界にすることで、本当の世界があるかのように見せかける物だ。
しかし、ヘッドマウントディスプレイの動きに合わせてゲーム内でもその動きが共有されるのだが、その共有するためのセンサーが優秀すぎるためなのか、ヘッドマウントディスプレイにはVR特有の視界揺れが起こることが多々ある。自分自身で身体を動かしているつもりがなくても、ほんの僅かな人間が感知できないレベルの動きすらもセンサーは読み取ってしまうので、視界の端が微妙に揺れ動いているのだ。
アキラはその現象を事前に知っていたので、それが無いことが自分の知っているVRでは無いと結論づける理由となったのだ。
アキラは現実と大差のない今の現状を自分なりに考える。揺れが無くなる技術が出来たのかは無視して、自分の情報は古く、実はフルダイブシステムは実現されていた。と、ある意味では1番あり得そうな想像をするが、そもそもそんな勘違いはするわけがないし、目の前の現実がそれを許さない。
ゲームであるはずのグラフィックが、現実と何の差もなく描写され、森林が風で揺らされながら葉の擦れる音が聞こえる。足踏みをすると、地面から若干沈む感触がした。地面の土を掬い上げ、手からこぼれ落ちる若干暖かい土、その下から覗く肌が土で汚れている。
VR技術以前に、現実に起こった現象が意識だけ移動するフルダイブシステムを否定している。現実だと納得出来てしまう程、五感に訴えてくるリアルの感触。
これで、仮想現実の線が限りなく薄くなる。例え、これが仮想現実だとしても、それを認識するには、今からゲームをログアウトしてフルダイブに必要な装置から体を起こさない限りは、自分自身が納得出来ない。
そして、ヘッドマウントディスプレイを被る前に握っていたはずのVR対応コントローラーの感触が無い時点で、操作するものが自意識以外無くリアル同然に動けているのが嫌でも現実だと思わされてしまう。
「なんだこれ…一瞬のうちに拉致られでもしたのか?」
気を失ったつもりはないが、万が一にもVRゲームを遊ぶ前に気を失い、拉致されて見知らぬ場所で拘束もされずに、生身のまま放置されている状況なのでは?と考えたが、その考えは即座に否定される。
目的が不明だし、金持ちの息子というわけでもない。両親は既に他界し、その保険金で妹と二人暮らしをしている毎日だ。
やはり現状を整理してみても、拉致の線は限りなく低いだろう。それに何より、電子音が鳴って半透明のウィンドウが既に現実世界を否定している。
と、周りばかりではなく、自身の服装をチェックする。
「なんだよこの服…」
それは、麻の布でできた簡易な服装だった。半袖のシャツに、現代では考えられないほど簡素な出来栄えのズボン、紐でベルトのように縛っており、靴に至っては皮でできたサンダルに近いものだった。
プレイ開始時は自身の格好に何の違和感も感じていなかった筈なのに、現状を把握すればこの対応するアキラはいい性格をいていた。
「ってかこの格好あれか!キャラクター作成の時のデフォルトの衣装か!」
漸く、なぜこんな簡素な格好をしていたか納得…
「出来るか!」
せずに、未だに握っていた土を地面に叩きつけた。地面に叩きつけられた土は周囲に軽く散るだけだった。
「なんでこんなコスプレさせられてんだよ!これからVRで遊べると思ったのに!」
普段の自分のふざけるリアクションを取ることで、押し潰されそうな現実から目を背ける。現状を認識すればするほどに、自分の絶望的状況を考えさせられるからだ。
それほど長くは逃避せずに唸り、ゆっくりと現実を受け入れようとアキラは抵抗を止めて現状の把握に努めようとする。
「はぁ…そろそろ現実を受け入れるしか…無いのか」
諦念混じりに呟くと、意識を現状改善に向けて切り替える。
「何でもいいから何か出来ることをしてみよう」
そう溜息交じりに呟き、取り敢えずログアウトだと言わんばかりにVRのメニューを開くつもりで、本来ならホームボタンがある位置に向かってイメージしながらボタンを押し込み手を動かす。
あまり期待はしていなかったのだが、ホーム画面ではなく、ソウルオルターのメニュー画面らしきものが出現した。
何度か閉じたり開いたりすると、何が鍵となってメニューを開けるのかがわかる。
(なるほど、大事なのはイメージなのか。ただ【メニュー】と思うだけで表示されるのか)
[キャラクター]
[オルター]
[バック]
[スキル]
[パーティ]
[その他]
アキラは心の中でげんなりしつつ、観念したかのようにぼやく。
「半透明なウィンドウが出現して、ゲームのメニューが出てくる。この時点でもう決まりだな…異世界に転移したのか、はたまたソウルオルターが現実になったのか?まぁ後者だろう。取り敢えず最近流行ってるラノベみたいな転移物のような展開になってる。そう考えて良さそうだな…にしてもなぜこんなことが?」
今後のことに考えを巡らせる。メニューの確認をしたいところだが、そうもいかない。
「安全確認できないし取り敢えずここから離れるか。どう考えてもこんなとこに居ても良いことなさそうだし、それに丸腰なのも不安だ」
今いる場所から離れる決意をした瞬間。
『ピッ♪』
「ん!?また鳴った?」
聞き覚えがあるSEがまた聞こえる。アキラの目の前に、半透明のウィンドウが現れた。表示には【旅のお供にオルターを獲得しよう!】と書かれていた。その下に【開始】と【閉じる】の表示とデフォルメされた指アイコンが、お手本のように【開始】に向けてタッチするように操作方法を指示していた。【閉じる】を選択できないのか、表示はあっても灰色になっている。
「えぇ~…この状態でなんでゲーム進行してんの?てっきり離れようとしたのがフラグになってモンスターとか出てくるもんだと思ってたぞ…」
しかし、これでほぼ確定した。この世界はソウルオルターの世界だ。じゃなければ【旅のお供にオルターを獲得しよう!】なんて文字は出てこない。
アキラが、目の前のウィンドウに従ってオルターを手に入れるため、指示に従った。
なぜ、アキラが安全を考慮せず丸腰なのに、移動もしないでイベントらしきクエストを進行させようとしているのかというと、オルターを獲得することで丸腰状態から解放されるためだ。
なぜなら、ソウルオルターと言うゲームは、プレイヤーのオルター以外に“メイン武器”は存在しないと言う情報をアキラが知っていたからだ。丸腰状態から脱するため、アキラは開始ボタンに手を触れる。