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帰宅途中の異世界遊戯  作者: おいも
異世界編
33/175

28最後の日常

日常はこれで一旦終わります。


 時間帯は既に14時を過ぎている。まだ食事を出来る所を探すアキラは、昼が過ぎているのもあって手早く片付けたいと考えていた。


 そして運動したせいか、非常にガッツリ行きたいのだ。そのためにも選ぶ食事は考えなければならない。


(……丼物、かな)


 あるかもわからない食べ物を探し、未開の土地で食いたいものを徒歩で探している時の気持ちは不安と期待に満ちている。しかし、そのせいで時間だけが刻一刻と過ぎていく。


(焦るな、この世界は常識で考えてはいけないんだ。寿司だって有るかもしれない、焦るなよ……俺!)


 ナイフとフォークが並んだアイコンのエリア外付近まで歩いて行くと、マップの食楽街と書かれた看板がエリアの終わりを示している。アキラは焦燥感に駆られて、辺りを見回す。


(やべ、終わりか? 無いか? 他に何か!)


 真剣に探すアキラは、少し戻りながら違った視点でまた店を探す。そうしていると他の看板に隠れるように設置された看板が目に入った。


 店の名前は【トルネード】と書いてあり、とても前衛的な店名で見た目は洋式のドアとネームプレートに【オープン】と、カタカナで書かれている物がぶら下がっているだけだ。

 入り口を確認し終えると、店のドアが開かれて爪楊枝を咥えた客が出て来る所だった。アキラはそれを見て、ここが飯屋なのを確信する。


 目的の丼物は無いかもしれないが、最早胃袋を誤魔化すことは出来ない。


「断腸の思いで俺はこの店に賭けることにする。行くぞ!」


 やたら気合を入れる飢えたヒューマンが一人、目的の食べ物があるかわからない不安を抱えて店のドアを開ける。


 中の空気は薄暗い雰囲気がマッチする、所謂BARだった。ドアを開けると同時に漂う清涼な香りは一時の癒やしを与えてくれる。


 そしてアキラは思った。


(ここに丼物はない)


 すぐに引き返したくなるが、1つの疑問がアキラの心境に待ったをかける。


 それはBARの営業時間が明らかに早すぎるのと、ドアの開店を知らせるネームプレートと店内の明るさと雰囲気だ。


 昼時は過ぎたからか、客は一人しかいないが何かを食べている。もしかしたらここは昼間は飯を提供し、夜は酒とつまみを提供するスタイルを取っているのかもしれない。


 そこまで予想したアキラは、一番近い向かい合うタイプの小さいテーブルへと向かう。そこに設置されているのは椅子と、壁際のソファだけだ。


 その2つの椅子で1つの長方形のテーブルを囲んでいるが、二人席を実質一席にしているタイプの広さだった。


 アキラはソファ側に腰を落ち着け、メニューらしき物を見る。出迎えの挨拶は無いが、追い返される気配も無い。


 暫くするとバーテンダースタイルの蝶ネクタイをした店員が、アキラの元に静かにやってきて歓迎の口上を述べた。


「バー【トルネード】へようこそ、お食事でよろしいですか?」


 どうやらゆったりした店なのか、席についてから歓迎の声がかかる。アキラは食事をしに来たので当然頷く。


「はい、食事で」

「それではお決まりになったら手をお上げください。すぐに伺います」

「わかりました」


 一枚だけの簡単なメニューを見ると、シンプルな物だった。麺類につまみと丼物もあればカレーもあり、基本的に定食は無いようで1つのお皿かお椀で済むものばかりだ。


 内容も名前がバーらしからぬラインナップで、品名の下には簡単な説明書きがある。字もまるで女の子が書いたかのように丸文字だ。あのバーテンダーが書いたとは思いたくはない。


 何やらこのバーにはバックストーリーがありそうだが、空腹のアキラはそのことに今は食指が伸びない。


 諦めていた丼物がすぐ目の前のメニューに参列されている。アキラは謎の達成感に満たされているせいか、すぐに注文せず余裕故に二品目まで決めてから慌てずにスッと静かに手を上げる。


 透かさず静かにバーテンダーがやってくる。


「お伺いします」

激辛げきからんど1つと、軟骨唐なんこつからんど1つ」

「激辛んど、軟骨唐んど1つづつですね。少々お待ちください」


 バーらしからぬメニューの名前をバーテンダーが繰り返し、アキラの前から去っていった。アキラは待っている間に再びメニューの説明に目を通す。



☆激辛んど 350G☆

辛いのはその一瞬!? ピリッと来る辛味は、後に残らずアナタの食欲を刺激する! すごくハラペコな人はハシが止まらないかも!?


☆軟骨唐んど 200G☆

当然小さく切ってます! おつまみだけじゃなくおかずとしてもチョウ有能! 丼のお供にガツンといっちゃえ!



「雑なのにポイントを抑えたいい説明だな、それにしてもこの世界って……水出てこないよな」


 アキラはこの世界で食事をしていて、一切お手拭きと水を貰ったことがない。そう言ったサービスを当然のように受けてきた世界とは、やはり食べ物が似ていても細部が違うと思わずにはいられなかった。


 ただ、アキラはそのまま食べることに抵抗らしい物は無いので気にしていない。そもそも来る前に触った黒い粉で手は綺麗になったことを考えると、それ程大袈裟に考えなくても問題無さそうだ。


 しかし、どうしても手を洗う必要が出て来る場面は存在する。アキラはそれに備えてあの手洗いようの黒い粉を常備することを考え、後でソナエ道具店に行くことを決めた。




「お待たせ致しました。こちら、激辛げきからんどと軟骨唐なんこつからんどです。お熱いのでお気をつけて召し上がりください。激辛んどの入った器は大変熱くなっていますので、お触れにならないようお願い致します」


 これからのことを考えているとバーテンダーが料理を持って来た。激辛んどは驚くことに、石で出来た器を熱した特製石焼きのお椀だった。


 軟骨唐んどは居酒屋等でよく見られる一口ザイズに切り分けられた物である。


 激辛んどは木で出来た下敷きで持ち運び出来るので、そこを支えにして食べることが出来る。


 器の中はまるでフライパンで今も炒めていると思う程、美味しそうな音が鳴り響いている。


 見た目は唐辛子程ではないが、辛そうな赤みだ。湯気からわかる辛味のある香りは、煮詰めたであろう特製の辛味ペーストを使っているのだろう。刺激的な香りがアキラの鼻を通り抜ける。


 様々な香辛料と野菜から出来たであろう独特の香ばしくも辛味のある匂いは、見た目の赤さに申し分なく食欲は沸き立たせ、胃袋は早く飯を入れろと暴れだす。


 そんな胃袋を宥めてアキラはまだ食欲を高めるために観察を続ける。狙い通りの丼なのだ、すぐに食べては楽しみが減ってしまう。


 全体は赤いが、中心には目玉焼きが置いてある。石焼の遠赤外線効果と焼き飯の蒸気は、フライパンで作る目玉焼きでは絶対得られない色合いをしているのがわかる。


 綺麗な黄身と透明感のある卵白は今すぐにでも、ぐしゃっと潰して混ぜてしまう衝動に身を任せたい程だ。


 だが、アキラはいきなり混ぜたりはしない。そんな勿体無いことは決してしない。何が悲しくて2つの味が楽しめるのに、選択肢を1つにしなければならないのか。


 まずは混ぜないで焼き飯だけを掬って食べる。


 最初に辛さが来ると思って身構えていたが、最初に来たのは旨味だ。中に感じる具は全て細かく刻まれているのか、食感と味で具材を理解できた。玉ねぎとピーマン、そしてベーコンを小さく切ったシンプルな構成であった。


 しかし、辛味があまり無いと若干落胆しかけたその時だ。


「っ!」


 アキラが具材を堪能していると、突然襲ってくる辛さの刺激に堪らず驚きが漏れる。だが嫌な辛味じゃなく、辛さに旨味が混じっている。


 やはり匂いだけで感じた感想は正しかったとアキラは確信する。辛いだけの刺激では絶対に出せない、噛み締めたくなる手間暇かけた辛味だ。


 だがそれも一瞬、説明に偽り無しとでも言うつもりなのか、もう何度噛んでいてもあの辛味はやってこず、あるのはただの旨味だけだった。


(足りない……)


 既に旨味だけでは足りなくなっている。アキラはあの辛旨を求めて再度掬って頬張る。旨辛ではない、辛旨なのだ。


 今度はベーコンを味わう余裕があった。このベーコンは、燻製しつつも脂身がしっかり閉じ込められている。


 日本の市販品には無い、手作りでしか出ないその肉の脂を堪能していると、また辛味が襲ってくる。今度は肉汁と絡んだ飲み込みたくなるような辛さがやって来た。それを飲み込むのは勿体ないと、辛みが無くなるまで噛みしめる。


 三口目と止まらないが、美味しさを求めるアキラの心が手にブレーキをかける。なんとか次は抑えられた。


(卵を混ぜる楽しみが無くなるところだったな)


 落ち着いて次に移るために、辛さを堪能した口の中を軟骨唐んどの熱と脂で仕切り直しにする。塩こしょう用と、付属のレモンに似た皮の赤い酸味のある果汁用と二種類楽しめるように味わう。


 酒屋の定番だけあるのか、やはりこのコリコリした感触と、薄い水風船のような弾力を突き破ってから得られる肉と脂、それからいつまでも噛んでいたくなる軟骨の感触が堪らない。


 好物を堪能していると視線をメインに戻す。そろそろ石焼に戻らないとおこげが出来すぎてしまう懸念が生まれたからだ。


 素の状態を十分に堪能したアキラは、焼き飯が焦げ付かない内に中心の黄身にスプーンを突き立てる。温泉卵のような半熟が、固まりきらない黄身を崩して赤く塗られた丘を汚していく。


 当然この行動に懸念はあった。卵のまろやかさは辛味を殺してしまうのではないか?


 そのまま食べ続ける選択を取らなかったアキラは思う。これ程の焼き飯を用意する人物がそんな愚を犯してしまうのか?


 そんな訳がない。もはや顔も見たことの無い料理人に、アキラは期待して撹拌かくはんする。


 卵がある程度行き渡ると、当然石の熱で少し出来上がってしまうがこれも予定調和だ。むしろ本来の完成形であろうことは疑いようもない。若干赤みが増した気がするが、黄身があるから勘違いだろうと納得する。


 信頼していても実感するまでは多少なりとも不安だ。夢中になれる辛味は既に別の形になってしまっているのだ。この行動に後悔は無いと信じて、一口食べる。


「やられた……」


 飲み下して二口と続けて口へ運ぶ。食べてから気づいたのは、味が濃くなっていたことだった。


 無論辛さもより苛烈さを増している。そのせいでアキラの目の下には汗が浮かんでいた。

 この目玉焼きの下には、この赤さの原因の辛旨ペーストが仕込んであり、混ぜることでより辛さが増すのだ。


 そして卵で濃さを調節し、まろやかな口当たりを拒んだ結果に待つのは止まらないスプーンだった。


 この激辛んどはそのまま食べればただの辛んどで、混ぜて漸く完成する一品、だから激辛んどと言う名前だったのだ。


 只の石焼き飯に、このようなギミックを施す者がこの世界に居ることをアキラは嬉しく思った。食べる楽しみを残してくれることに救いを感じた。


(あぁ……まだオコゲを食べてなかったな)


 釜系の醍醐味であるオコゲを掬って食べる。


(驚かされっぱなしだったけど、このおやつ感覚は変わらない。いや、これは変えてはいけない安心さがある。軟骨もうまいし辛味も最高で、本当に丼物を求めてよかった。諦めないで店を探し続けてよかった。妥協せず、この店に賭けてよかった)


 そうしてアキラの昼食は終わる。その表情は汗をかきつつも穏やかだった。




 食べ終えたアキラは、バーテンダーに支払いを済ませて頭を下げて見送られる。満足した腹を撫でながら、バッグから森のミルクを取り出して水代わりに飲もうと言うのだ。


 普通なら飲むのを躊躇するが、今のアキラの油断レベルはその程度の戸惑いなど感じさせなかった。


「おー! これうまいなぁ牛の乳とは違うクリーミーさがあるな。これ生クリーム作れるんじゃないか?」


 アキラが一人で嬉しそうに森のミルクを飲みながら、食休みがてらゆっくり回り道をしながらギルドへ向かっていると服屋らしき物があった。


 マップを見ると、どうやら服飾を専門に扱う通りらしい。眺めていると、少しお金に余裕が出来たアキラは、麻の服を卒業しようと考えて服屋に入る。


 予算的には幾らが適正かが分からないので、値段を確認がてら余裕があれば買おうと考えた。当然ながら、防具を買うと言う選択肢は今現在頭には無い。


『リーン♪』


「いらっしゃいませ~」


 服屋に入ったアキラはのんびりした店員を一瞥してから、店内を見て回るが布しか無かった。外には男性用の服が展示されていたのだが、あれは見本なのだろう。


「ここって服は売ってないんですか?」

「ありますよー、お客さんのサイズ測らせて貰えればすぐお作りしますよー」

「オーダーメイドなのか……それじゃ結構高いんじゃない?」

「上下合わせて800Gですねー、後は生地に合わせて値段が上下しますねー」

「そっか、どの位で出来る?」

「今あるのを手直しするだけですからねー、10分位ですねー」

「早いな、それじゃそれお願いしようかな。色合いとかはデザインは任せるんで予算内でお願い」

「はーい、それではサイズを測るのでこちらへー」




 店を出たアキラは少しだけ時間を潰そうと考えて、往復するには丁度いい距離にあるソナエ道具店へ黒い粉を求めてやって来ていた。


「ってわけで手を洗う黒い粉が欲しいんだけど、ある?」

「ウチを何だと思ってる? 無いわきゃないだろ」


 アキラが手を洗うのに便利な道具が欲しいとゲンゴロウに頼むと、道具店に恥じない力強い返答を貰った。


「おお、いくら?」

「一袋で大体30回位使える量が入って10Gだ」

「安いな5袋貰うよ」

「毎度!」

「それじゃまたなんか必要な物があったら来るよ」

「おう! なにがあってもいいように備えとくんだぜ!」


 アキラが目的の物を買えたおかげで背を向けた状態で、機嫌よくサムズアップで答えてからソナエ道具店を後にする。


「そういえばあいつ、金ねぇって言ってたのにまだ仕事に行ってねぇのか? でも洗い粉は買ってったな……。もしかしてもう仕事終わらせやがったのか? ん~わからん」


 ゲンゴロウの疑問に答える声は無い。




 黒い粉をバッグに入れてすぐ近くにあるギルドの建物を見る。場所的にギルドはすぐそこだが、どうにも時間がかかりそうな気配を感じていたアキラは、雑用を全て済まそうとまた服を作ってもらってる服飾店に戻るのだった。




 アキラは試着を済ませて丁度良く調整された服に満足して購入する。そのまま着た状態で外に出る。服はリネンとは違って汚れが目立ちにくくなった濃い茶色をベースにした綿コットンだ。


 肌触りは麻とは段違いでとても着心地がいい。下着も売っていたので合わせて購入したが、物には完全にゴムが使われていた。


 ズボンの裾にはヒモが付いているので、長さをこれで合わせることも出来るだろう。ポケットもサイドだけだが付いている。しかし、あまり丈夫そうでは無いので多様は出来無さそうだ。それ以外には特に装飾等も無い。


「着替えてみるとやっぱり着心地全然違うよな、もう初期の服には戻れないな」


 実質2日も経っていないが、着替えというのは心地いい。なんとなくステータス画面を見ると装備が切り替わっているが、ただ服が変わっただけだ。


 アキラはそれを確認すると、今度こそギルドに戻る。仮メンを卒業出来ると思うと、少し浮ついた気持ちになってしまう。


 ここまで調子良く進めてこれたのだ、これからも当然そうだと思っていたアキラの意識に喝を入れるかの如く、これから降り注ぐ受難に、アキラは気づくことが出来ない。


 この先へ進む決断をした時点で手遅れなのだが、それでもアキラは帰るために結果を知っていても、何度でも同じ選択をしたはずだ。


 所詮は頭の中の決断、身をもって後悔しなければ人というのは中々学習しない。

予告

アキラはメンバー条件を全て達成し、意気揚々と正式にメンバーになる予定だった。

だが、世界はアキラに優しくない。顔も知らない存在、テラからメンバーになる条件を突きつけられた。

アキラは出会ったばかりのナシロとメラニーのため、ひいては自分のために再び命を懸ける。


次回【仮メン最後の試練】

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