16-2一方その頃現実では
プロローグ2の続きです。
番外編は予告無く投下しますが、1日投稿とは別枠にしてます。
【Soul Alter臨時開発室】
Soul Alterがリリースされてからその直後のこと、開発費を出していたスポンサー縁のSP風の男達に連行されたディレクターの加賀とプログラマーの吉本はとある場所に居る。
「加賀さん会議終わったんで俺行きますよ」
「よしもっちゃん」
「はい?」
「世の中……便利になったね」
「俺らクリエイターがそれ言っちゃいます?」
丁度skyqeで会議通話を終えて自分のデスクに戻ろうとした吉本を、暇な加賀が引き止める。
「って言うけど実際そう思わない?」
「たしかに、どれだけ離れててもいつもと同じように会議できるようになりましたよ。でも慣れたでしょ?」
「そうなんだけどさぁ、こんなとこに軟禁されて、やること無いと暇で暇で」
「本来ならアプデやら仕様の打ち合わせで大忙しなんですけどね。俺もやってることがあれですし」
吉本が言う離れた場所とは、とあるビルに作られた地下を指している。当然彼らは現在地下に居るだろう程度の認識しかない。
そんな所にいつもの二人は軟禁中である。しかし、加賀はともかく吉本はそれがどうでもよくなる程度には忙しくなっている。
当然デバッグ作業や未実装コンテンツなんかの開発関連の仕事ではない。
「ここだって臨時開発室って銘打ってますけど、実質俺と加賀さんの軟禁所ですからね」
「そうだよね、って言っても好きな物経費で食えて、運動できる施設はあって、アマソンからの宅配も可能で、スポンサーから特別手当貰えると言う」
「そうですね最早ここで暮らしたいです。でもいつでも外に出れるって安心感も欲しいですけど」
「ハハハ、よしもっちゃん面白いこと言うね!開発期間中に通勤以外で外出したことあった?」
「そんな暇あったらAバグ取ってますよ」
「でしょ?」
ここは外に出れないだけで、人並み以上の生活は送れている。外に出れないのが人並みであるかは人それぞれ意見はあるが、そんな生活を1週間近く送っている。
「この生活には慣れてきましたけど、加賀さんわかってます? マスターアップしましたがメインの開発者二人も消えてそのままSoul Alterが発売されてることに俺は寒気を感じましたよ」
吉本は思い出したくないのか、ゲームをプレイした人間が一人消えていて、尚且つその開発者の中核を担う人物が二人消えているゲームを世に送り出していることだ。
「ヘッドマウントディスプレイを被らずに起動するなら問題ないって言っても、その問題のゲームで仕事する俺の身にもなってくださいよ!」
話していて恐怖心が出てきたのか、食ってかかるように吉本は加賀に言い募る。こんな環境でも人は心理面が安定していないと多大なストレスを感じてしまう。
おまけに今割り振られている仕事も問題無いとはいえ、崖の上でデスクワークをやり続けるような気分で落ち着けるはずも無い。
それなのに加賀がいつもの態度を崩さないのを見た吉本は怒りで言葉を荒げてしまい、その矛先がとある人物に向かう。
「君だってずっと突っ立ってるだけで何もしてないじゃないか! 俺だけが命に関わる仕事をしていると思うと……なんでゲームプログラマーになったんだろう」
吉本はなるべく関わらないようにしていたもう一人のスーツを着た女性に対して言った。
「吉本さん? 貴方は抑止力って言葉をご存じですか?」
20代後半程度の社会経験を経ているであろう失礼にならない程度の言葉遣いで、吉本の怒りを疑問で逸らす。
その女性は黒のレディーススーツで膝がギリギリ見えない程度のセミフレアスカートを履き、社員証らしき物をストラップで首からぶら下げている。
髪は日本人らしく黒く、サイドポニーテールで大人な雰囲気を纏、強気な瞳には凜々しさを感じさせる顔立ちが栄えている。
「は? よ、抑止力? それは……当然」
「結構、私が常に貴方達の傍で“護衛”しているから今の贅沢とは言えないまでも、不自由の無い生活を送れてるのですが、それはわかっていますか?」
「わ、わかってるって言われても、現に何も起こらないし本当にこんな軟禁が必要なのか、どうして俺がこの仕事をやらされているのかわからないんですよ」
吉本が護衛をする必要があるのか? あるならなぜその状況は起こらず、傍に居るだけなのか? 極めつきはなぜ【護衛している】と言う言葉が女性から出てくるのか?
吉本は頭でわかっていても小さな男のプライドが心に釈然としない物を感じさせる。
「あちゃ~よしもっちゃん真面目だからなぁ、まだ現状に付いてけてないのかな? 無理ないと思うけど、俺だって信じてないし」
「俺は加賀さんの順応性が信じられません」
絶妙なタイミングで会話に割って入る加賀は、吉本をほぼ落ち着けることが出来た。それを吉本本人は気づいていない。その様子を見たスーツの女性が口を開く。
「全てを把握しろとは言いませんが、最低限のことは理解して欲しいのでもう一度説明します。加賀さんは理解されているようなので、貴方の口からお願いしたいのですが?」
「信じてない人の口から言われても説得力が無いのでナシの方向で!」
暗に面倒くさいのでお任せしますと加賀は告げる。
「ハァ、順を追ってお話ししますが、確認を含めて質問しますので答えてください。今回貴方たちがここに連れてこられた理由はわかっていますか?」
「それはわかってますよ、あんな光景見たんですから」
吉本は、会社で雇っているとある一人のデバッガーを思い出す。
「そうです。派遣で雇っていたプレイ担当のデバッガーが貴方たちの目の前で消えたのを目にしたのが始まりです」
「あれ、未だに幻だと思ってるんですけどどうなんですか?」
「幻なら貴方達はここには居ません」
「そ、そうですよね」
スーツの女性はその見た目と雰囲気通りバッサリと吉本の妄言を切り捨てる。
「詳しいことは私にもわからないので省略しますが、そのデバッガーは魂を“とある場所”に送られたのです」
「加賀さん! やっぱわかんないっすよ! いきなり話がぶっ飛びすぎですよ!」
「まぁまぁよしもっちゃん。安心してよ、わからないのは一人じゃないからさ」
「続けます。開発されたSoul Alterと言うゲームですが、本来市場に出すゲームとして開発される予定では無かったのです」
この言葉にやはり加賀と吉本は首を傾げる。自分達はディベロッパーとしてSoul Alterを作っていたのではないのか? と疑問に思ってしまう。
普段なら開発の資金や広告等を提供するパブリッシャーがディベロッパーにゲームを作らせるのが今のゲーム業界だ。
最近では技術の進歩と言うより、発想の応用でその限りでは無くなっているが、それは今は割愛する。
「このSoul Alterと言うゲームはとある訓練プログラムとして作られる予定だったのです。その開発を委託されたのが、貴方達の会社だったわけです」
「僕はそんな話プロデューサーからされてないんだけどねぇ」
「そして、その訓練プログラムの内容は魂の質を上げることです」
「また魂ですか」
加賀の言葉を無視して話を続ける女性は先程から魂と言う言葉を続けている。
「そうです。貴方達には馴染みは無いかも知れませんが、言葉だけは知っていますよね?」
「それぐらいは知ってますけど……」
「解説するには時間が足りないので簡単に説明しますが、本来生命には自分をコントロールする意思があります。その意思はどこからきているのか?」
「それが魂ってことですか?」
「簡単に言うとそうです。そして魂と表裏一体である生命の肉体部分、それを魄と私達の間では定義しています」
「魂魄……ですか?」
「色々と俗説はありますが、その認識で問題ありません」
加賀は既に理解しているのか、話は聞いているが何も疑問を感じていない雰囲気が出ている。
「生命はその二つがあって成り立っているのですが、私達修練者の新たな魂の質を上げる方法として生み出される予定だった訓練プログラムが、魂強化計画【オルター・エゴ】でした」
「オルター・エゴ?」
修練者と言う言葉はこの女性が護衛であることと関係あって知っているため、二人は疑問に出さない。吉本の言葉に女性は話を続ける。
「ここで詳細を言っても混乱してしまうと思いますので、それは次の機会として、その訓練プログラムを元にして生まれたのがSoul Alterです」
「Soul Alterの企画経緯はわかりましたけど、それが?」
「魂を強化するための訓練プログラムを元に制作していたのですが、事の発端は最初の開発担当のメインプログラマーが行方を眩ませたことでした。方法は察しが付きますね?」
「まぁ、見ましたからね、それっぽい方法」
話が段々と自分の担当時期近づいたせいか、吉本の言葉にキレがない。
「何者かの手によってSoul Alter内で魂強化計画【オルター・エゴ】が起動する仕組みになっていたのでしょう。それが原因で結果、姿を消してしまったと我々は考えています」
「そのメインプログラマーの人が自分でやったって線はないんですか?」
「それはありません。知らなかったと思いますが、彼女もこちら側の人間ですからね」
「え」
吉本、ではなく、初めて加賀がリアクションの声を上げた。
「どうかしましたか?」
「たっちゃんって君たち側の人だったの?」
「加賀さん、なんでも頭文字の一文字取ってニックネーム付けるの止めてください。伝わらないしあなただけですよその呼び方」
「橘は私達の中で特にやる気溢れる人でしたからね。話を戻します」
「あ、はい」
加賀の疑問は大したこと無いとでも言いたげな女性の言葉に、加賀も反射的に回答を余儀なくされる。
「Soul Alterの開発はそこで終わる筈だった。生死不明の被害が出ましたからね」
「でもゲームは現に……」
「はい。どうやったかは知りませんが開発は継続されていました。そして私達スポンサーを偽って資金を出させた結果、あのゲームを完成させてしまった。ゲームの存在を知った私達は急ぎ、貴方達の元へと駆けつけました」
「あれって偶然あのタイミングだったの?」
「勿論狙ったわけでは無いのですが急いで到着しても時既に遅く、一人の魂が消えるのを感知した後、貴方達が喫煙ブースで現実逃避してたわけです」
魂を感知と言う生体センサーに似たような何かか? と吉本が未だに魂の存在を疑うも、軟禁されている理由が朧気ながら想像できる。
「これは我々の手で起こされた事件ではありませんが、これ以上の被害を出さないためにも現場を目撃した関係者である貴方達を放置しておく訳にはいきませんでした」
「それで……君が護衛を?」
「そうです。かなりの確率で今回の事件を起こした首謀者は目撃者である貴方達に何らかの危害を加えるでしょう」
「ん~話を最初に戻しますけど、現に今まで何も起こっていませんよ?」
結局吉本の疑問の答えはまだ出ていない。本人が理解していないだけなのだが、戦いとは無縁の生活でそれを理解しろというのは酷なのかもしれない。
「違います。何も起こせないのです」
「へ?」
吉本が間抜けな相槌で女性に問い返す。まるで、女性が居なければとっくに何かが起こっていたかのような言いようだった。
「私は最初に抑止力と言いましたよね?」
「は、はい」
「私は女ですが、こう見えて人類の枠に当てはめた強者、例えばボクサーや柔道等のスポーツの世界王者程度なら、目を瞑っていても捻り殺すことが出来ます」
「え゛」
護衛とは言っていたが、そのことについては初耳だった。
「国が作った軍で言う中隊程度までなら、難なく貴方達を守り切れるでしょう」
「何言ってんですか?」
「そんな戦力が居るところに攻めてくる相手が居ると思いますか? 抑止力と言うのはそう言った意味です」
話は終わりだったのか、吉本の当然の疑問はあっさり流されて言い切られてしまう。
「だから私は突っ立ってるだけではないと言うことです」
「……仕事に戻ります」
「いってらっさ~い」
最後の女性の言わなくてもいい一言で、急に空気が軽くなってしまった。