15はじまりの街アジーン
今日から1話投稿します。
意識が朦朧としつつもアキラはウルフ・リーダーから出たウルフと違った黒いアイテムボックスを回収し、人心地ついた。
(そ……そういえばレベル……まじか…上がってないのか)
死闘から解放されたせいか、息を荒げながら肩で呼吸するかのように吐き出し、なんとか息を整えるよう努めるアキラだった。
興奮した頭は茹だったままで、意識は朦朧としている。思い当たることが多すぎて分からないが、片膝立ちのまま力を入れても立つことが出来ない程消耗していた。
アキラは未だに油断せず辺りを警戒しているのか、ボロボロの身体を動かし続けている。それ程までに今の状況に余裕が見られないのだ。
「…ぁ…っ」
(だ、駄目だ…呼吸が、つ、辛い。し、喋ることもできない…)
それも当然だろう。まるで見えない誰かに自身のピンチとチャンスを操られてきたのでは無いか?
そう疑ってしまう程に厳しい道のりだったのだ。警戒するのは当然だろう。
その繰り返しが心身共にダメージで酷いことになっているが、生に必死でしがみつく執着心が無ければ生きてはいない筈なのだ。
もし今、油断したせいで似たようなことが起こったら?
それだけで今のアキラの心的ダメージは計り知れず、もう二度と着いた膝を上げることすら出来ない可能性があった。だからアキラは油断することが出来ない。それを本人はよく理解していた。
(足がプルプル震えてるな、今コケたら立ち上がる自信が無いぞ。もういっそこのまま倒れられたらどんなに楽か…後、微妙にゲーム要素混ぜるなよ)
一先ずの危機が迫っていないことを確認できたアキラは、シヴァを右手に構え直してから左手に緑色の銃を召還する。
それから両銃共に片手でリロードするため、マガジンを手首のスナップのみで内側に放り出す。それと同時に新たなマガジンを装填するため両銃の銃床部分をぶつけるように動かし、それと同時にマガジンが綺麗に収まるように召喚する。
『シャカッ!』
銃床同士は子気味いい音と共にリロードを終えた。アキラは荒い息を整えながらメニュー画面から自身のHPとMPの項目を見る。
そう、優先すべきことがある。
(H…P……0? …あ、危なかった…ってことだよな?)
アキラは自身の状態に唖然としていた。事前に調べていたステータス関連の項目が正しければ、アキラはいつ死んでもおかしく無い状態だからだ。
【ステータス】
HP: 0/368[Dying]
MP: 13/358
(俺、よく生きてたな…)
HPの横にあるDyingの表示はプレイヤーが既に瀕死であり[Dying]状態で致命ダメージを受けると死ぬことを表している。
その他にも、時間経過と共にパラメータが1/10に近づいていき、Dyingを脱しない限りHPやMPが自然に回復しないペナルティが存在する。復帰するにはHPの合計10%を回復する必要があり、現在の全体HPが10%を超えればDying状態を脱することができる。
(HPはいいとしてMPがこんなに減ってるのはあれか? 回復した影響ってことなのか…ふむ、リロードできれば無制限に回復できるって思い込みはしない方がいいな)
一瞬だけ反省したアキラはDying状態から脱するためにバッグからHPポーションを取り出した。ウルフ・リーダーに噛まれてボロ雑巾のようになった腕にポーションを軽く掛けてから残りを飲み込む。
身体がこの液体を欲しているかのように身体中に染み渡る感覚がとても心地よく、それと共に腕と身体に残っていた噛み跡が消えていく。
荒い呼吸が穏やかになり、アキラの身体は落ち着きを取り戻し始めていた。[Dying]状態を脱したのが感覚で理解できるほどに、体の状態が快方に向かっている。
(そう言えばまだポーションの説明読んで無いな)
アキラが思い出したかのように説明を見ようと、バッグに入っている残り1つとなったHPポーションのアイコンを触って選択すると詳細が別の半透明のウィンドウで表示された。
【HPポーション】
損傷した魄を修復し、HPを100回復する
(アニマ? 俺が発売前に調べた時はこんな情報無かったんだけどどういうことだ? 説明的にHPとは別枠っぽいけど。修復って言うんだから何か直す…っとと)
アキラは思考を中断し、まだ安全確保が出来ていないことを思い出し、ゆっくりと警戒しながら鉄柵が降りた門に近寄る。いつでも中へ入れるように準備をする。
ウルフ・リーダーのアイテムボックスは、つい確保してしまったアキラだが、他のウルフのアイテムボックスは心情的に回収している余裕が今のアキラには無かった。
惜しみつつも命大事にをモットーに鉄柵の降りた門へ向かう。
「もう何も無いよな、何も無い。そうさこれ以上有るなら今日の飯を狼にしてやる。その位今の俺は怒ってるんだ。だから何も来るなよ…」
気持ち的には今回の原因に制裁を与えたい所だが、生憎と今は誰が何をしたかがわからないため、頭の隅に追いやってただひたすら門が開くのを祈る。
祈りながらも落ちているアイテムボックスを今なら拾えるんじゃないか?と言う誘惑をなんとか堪える。
(雑魚のアイテムボックスっぽいからな、我慢だ! そして早く開け! 俺が誘惑に負けないためにも!)
そのアキラの思いが届いたのか、鉄同士擦れる軋み音を上げながら鉄柵が持ち上がっていく。アキラはその様子をソワソワと落ち着きなく見上げている。
上がり切ると、鉄柵が一斉に『ガシャン』と音を立てて収納が確認された。
そして、門が街側にゆっくりと静かに開いていく。人一人分開くや否や、アキラはそそくさと一瞬で体を門の間に滑り込ませる。
それと同時に無機質な電子音が『ピッ♪』っと暢気に鳴るが今はそれどころではないアキラは、その存在を無視した。
助かりたい一心だったのだろう。安堵して油断していたのだろう。ボロボロの体を休めたかったのだろう。
しかし、街中へ入ることに対してもっと憂慮すべきだったのだ。
現状アキラの姿を見た物は、間違いなく事件の臭いを感じるだろう。最早返り血と出血で血塗れになり衣服はボロボロで、その手に二丁の銃を持ってそそくさと街中に入ることをもう少し考えるべきだった。
(街の中位はゆっくりしたいな)
「今回の件は、本当に済まなかった」
今、アキラは目の前のテーブル越しに重々しい声で謝罪を受けていた。その相手は見た目中年の男性であり、金属製らしきヘルメットを脱いだ状態で謝罪をしている。
鎧は鉄と銅の混じった所謂ブロンズメイルと思しき焦げ茶色の鎧を全身に纏っており、椅子に座りながら頭を下げていた。
その男の後ろには他にも2人の男が槍を片手に立っている。2人共革の鎧を急所や関節にのみ付けており、1人は緊張しつつことの成り行きを見守っている。
もう1人は新人らしく落ち着きなくアキラを見たり周囲を見回していた。
アキラと目が合うととても気まずそうに、どうすればいいかわからないような態度をして首をしなだれさせる。
そんなよくわからない相手は無視して少し考える。
(柵の件について謝罪は当然だよな。あの時はほんとやばかったしな。後このキョロキョロしてる奴も関係してそうだな)
心の中で呟くアキラは、死にかける原因の1つを思い出している。街へ到着直前の鉄柵による通行止めのことは一生忘れないだろう。
しかし、命懸けの場面で梯子を外される経験はこの先生きていく上で自分の糧になる。そう思うことで前向きになるアキラだが、当然怒りは別だ。忘れてはいけないこともあるのだ。
(多少はやり返さないと気が済まん!)
アキラはされたことに対しては良い悪いに関わらず必ず仕返しをする性格なのだ。
アキラがあれから素早くアジーンへ駆け込むも、両手には銃を握ったままだった。当然突然門から中へ侵入したアキラに対して警戒心が一気に膨れ上がる。
見た目が最早犯罪者のそれなので当然だろう。アキラを取り囲むように兵士らしき人達が行動している。
その格好は革の鎧で胴と、急所を隠すように配置された格好をした物で、あまり装備の質は良く見えない。
(…よくわからないが、俺は何かやっちまったのか?)
しかし、それがアジーンへ入り損ねた人物であるアキラとわかると兵士が「この人がそうだ!」と一言大きめの声で告げる。
途端に警戒を緩め、その瞬間に1人だけ焦げ茶色の金属鎧を身に纏った人物が声を張る。
「よし!周囲を確認し次第門を閉じるぞ!」
その声を聞いた兵達は、緩んだ気が一気に引き締まったのか、身体を一瞬跳ねさせて急いで門を担当していた側と安全を確認していた側に別れて駆けつける。
「グランさん!ウルフの群れが見当たりません!」
安全確認をしていた隊のまとめ役と思しき人物がそう発言すると、間を置かずにグランと呼ばれた人物は次の指示を出した。
「もう一度周囲を確認し、安全を確認したら警備を増やして警戒態勢を取れ!…どういうことだ?ウルフ達は逃げたのか?」
グランが呟きながらアキラを見るが、アキラはその様子を固まって見ていただけだった。流れるようにことが動いていたので、見ていることしか出来なかったのだ。
それからすぐにグランと呼ばれた人物がアキラを詰所に招くことになる。こうしてアキラは本当の意味で助かった。
もしここが銃社会であったなら銃を持ったアキラの命はとうに失せていることだろう。
しかし、ここはソウルオルターの世界である。武器を所持しているのは当たり前で、それを咎めるものは誰もいないような世界だ。
血塗れの原因も命からがら逃げてこれたと思われたためだろう。
安堵からか、アキラは膝を折り、崩れるように両手を地へと着ける。まだ信じられず、この状況から引っくり返されるほどのピンチがやってくるのではないか? と、アキラの短くも濃い経験がその不安を拭い去れない。
「ほ、本当に、終わったのか? 終わったんだな? あ、今気を抜いたら落ちそう…まずいまずい」
頭を振って、助かった高揚感で頭の中の浮ついた気持ちと不安な思いを振り払う。取り敢えず震えながらも持っている二丁の銃の銃口を地面に突き立て、杖代わりにして立ち上がった。
その時にアキラは自分が両手に武装をしたまま街の中に入ったことに気づく。
(……………俺、銃仕舞ってないな、だからあんなに警戒されたのか? つ、次から気をつけよう)
即反省を終わらせ、一人の兵士がアキラの前にやってくる。この街の兵士のようで、詰所に足を運んで欲しいというお願いだった。断りたいアキラだが、この世界のことはまだ何も知らないのだ。
「ああ、わかったよ」
「こちらへどうぞ」
肯定すると、兵士が案内してれる。場所は門のすぐ傍にある詰所で、見た目木造で出来た簡素な小屋だ。近くには小さな馬が繋ぎ止められる馬小屋もあった。
そして入り口らしき場所には槍片手に二人の兵士が両サイドに威圧するかのように立っていて、なぜかそれを見たアキラは、悪いことをしていないのにも関わらず妙に緊張してしまう。
つい、高校生になって初めて警察に自転車の盗難調査で呼び止められた時のことを思い出していた。悪いことをしていないのに、捕まるのではないか?。
そんな有り得ない焦燥感と似た感覚がアキラを襲う。
(どっしり構えろよ。話し合いは基本弱気になったら不利だからな)
そんな思いを抱きつつも、表面上は冷静に振る舞うアキラは、緊張感漂う空間の時に心の中の反応を表に出さないTPOを弁えた自身の性格に感謝した。
居心地の悪さを感じてから少しして、アキラは今の席まで案内され、現在も緊張した状態で謝罪をされたアキラだが、そんな感情はおくびにも出さずに返答をする。
「すまないけど、今すっごく疲れてて…申し訳ないけど一休みさせてくれないかな?」
謝罪されたアキラは今の疲れた状態で話をすることは出来ないと考え、謝罪の件は一旦保留にしてほしいことをグランに申し出る。
初対面の相手に敬語は使わず、対等で話すこともわすれない。そしてその要求は随分あっさりしていた。
「おぉ、これは済まない。疲れていて当然だったな。ここには仮眠室があるからそこで少し休むといい」
「…牢屋じゃないだけありがたいよ」
今回のウルフの群れの件について話をすぐにでも聞きたいグランだが、問題になるべくウルフの群れは既にいないため、急ぎ事情を聞かなくても問題ないと判断したためアキラの提案を飲んだ。
しかし、それでもアキラの所在が掴めなくなるのは困ると判断したグランは、なるべく距離を置かないよう詰所で休ませる選択をした。
それを察したアキラは皮肉っぽくも本心で返事を返し、その答えにグランは朗らかに笑った。
「ハハハ、本当に少し話を聞きたいだけだ。差し迫る危機も無いのだ仮眠用だがゆっくり休むといい」
「それじゃお言葉に甘えて」
「あぁ、そうだこれだけ聞かせてくれ。群れを率いていたウルフ・リーダーだが、君が倒したのか?」
「……」
「いや、また後で聞こう、呼び止めてすまない。おい、この人を仮眠室に案内してやってくれ」
立ち上がろうとしていたアキラは、中腰の姿勢で固まって一瞬だけ考える。これに答えたら「次も続けて質問が来るに決まっている」と一瞬で決めつけ、グランに疲れ切った半開きの目で少しだけ非難を含めた目線を送る。
アキラは既に限界で、頭の中にはこれが最後の試練なのかと信憑性無しの取り留めのないことを考え始めようとしたが、その前段階で面倒になり今度こそ席を立つ。
グランの後ろに立っていた案内をしてくれた兵士が「こっちへ」と言って案内してくれる。アキラは促されて「取調室」と日本語で書かれたネームプレートの着いた部屋から出ていき、それを働かない頭で眺めながら兵士に付いていった。
取調室のドアが閉まるのを確認したグランはため息を吐きながら未だに思い詰めている兵士に声をかける。
「大丈夫…じゃないか。顔色悪いぞポルタ」
「す、すみません」
「おいおい、俺に謝ってどうする」
「あ、す、すみません」
「はぁ…謝罪は拒否もされてないんだ。見た感じ憤ってるわけでもないし、大丈夫だろう。後はお前が言い出したことだからな、しっかりやれよ」
グランは鉄柵の操作を間違えた新人に対して軽く肩を叩いてから部屋から出ていった。
「…」
残された新人の兵士は一人だと言うのに、重い沈黙がその場に漂う。この新人のポルタと呼ばれた新米兵士がアキラに対して絶望を与えた張本人なのだが、当然意図してやったわけではない。
ウルフ・リーダーのせいで誤操作し、鉄柵を降ろしてしまった結果なのだが、だからと言って誤りだから許して等とは本人の口からもグランの口からも発せられる予定は無いし、被害を被った相手にはそんな事情は関係ないのだ。
その兵士は許されなかった時のことを考えてしまう。あの状況から門を開けるまでは短くない時間が流れているのに門を開けた瞬間無傷で即入ってきたのだ。
血塗れの服と、疲労困憊の様子に見慣れぬ怪しい武具、そして年若そうなのにグランに対しての口の利き方が粗野ではないのに、偉そうな感じもせずかと言って謙るわけでもない。
まるでどんな相手にでも同じ言動を取りそうな印象に、怒っているせいであんな風な喋り方をしているイメージを持ってしまう。
「この街の【ルール】も破って、人一人殺しかけたんだ…。何されても文句なんて言えないよ…」
深く項垂れた新米兵士のポルタは、弱気になりながらアキラに対して恐怖を抱くも、自身が犯したミスを理由に何があろうとも受け入れる覚悟をしていた。