156牢獄探索
ガンダはやり遂げた思いを胸に、誇った気持ちで罪都の酒場に向かって歩いている。ここの娯楽街は外にも関わらずゴミ一つ落ちていていない。歩いていて自分の心と同じくスッキリした気分になる。
地面の整地具合も土を固めたにしては滑らかすぎるし、埃でもあろう物なら巡回している清掃員がその手に持つ箒とちりとりで回収する。一見何も無いように見える所も箒を走らせていた。そんな娯楽街をやり遂げた男はお天道様の照らす道を歩く。
「~♪」
自然に鼻歌まで出るほどガンダの機嫌はいい。その理由の一つは、アキラへ借りを返せたからだ。なんだかんだ言っても自身の手を汚してしまったと思っていたガンダは、罪都でも気をもんでいた。
しかし、何の因果かその本人は生きていて、しかも許しさえも得ることが出来たガンダの憂いは今回のギルドマスターとの件が終わった瞬間完全に払拭した。そして何より収穫があったのはアキラの態度である。
(ふざけた奴だと思ったが、中々どうして強かな奴だかんな)
罪都でしたやり取りの一部をガンダは思い出す。
「言わなくてもいいことまで言っちゃうけど、後から頼み事引き受けるのやっぱ止めるって言うなよ?」
「わかってるさ」
「よし、あのな――本当のことを言うなら信用なんてしてない。そもそも成功する確率なんて一割あれば良い方だとさえ思ってる」
「ふむ」
アキラは義理堅く信用出来るとガンダのことを認識しているが、アキラ自身の思いとリアルを一緒くたには出来ない。これまでの短い人生で自身の期待だけで現実は回らないことは身をもって知っている。
そしてこの世界に来た後も嫌という程辛酸を嘗めてきた。
「それでもこのアイテムボックスをあんたに託すのは、今それが俺に出来る最大限の“足掻き”だからだ」
「足掻き? んまそんな物出すぐらいだかんな、足掻きは足掻きか?」
「ああ、この世界に限らないけど“何もしない”って行動は、現実でもそうだけど本当に何も起きないし起こらない」
「まぁな?」
それはそうだろうとガンダは思うが、アキラの言葉を待つ。
「俺は、現実でたった一人の家族のためにさえ本当に何もしてこなかった。このゲームの世界に来て漸く何かをしようって本当に思えるようになった。遅いくらいだけどな」
「……」
「現実に居た時は、ちょっと自分のやり方が上手くいかなかったからってふて腐れて、いつも妹の傍に居るだけで……挙げ句の果てに自分の自己満足で妹の心を蔑ろにしていたことにも気づかなかった」
「そうなんか」
「妹のことを考えない癖にその妹は俺のためにあれこれしてくれて、俺だけは上辺だけ気持ちを向ける関係に甘んじて、表に出さず心でふてくされてた俺はずっとその関係でいる居心地のよさに現実で何もしてこなかった。そのツケが回ってきたのかな……」
アキラはこの世界で起こった今日までの日々を走馬燈のように思い返す。
「この世界では全てが命がけだったんだ。自分で考えて、利用して、実行して、常に何かをした行動は俺に返ってきた。いいことも悪いことも……ちょっと悪いことの方が…………いやちょっとじゃないな、かなり多いか?」
変な所でいつものアキラらしさが出るが、ガンダは真剣に次の言葉を待つ。
「俺はあいつの兄貴であるため……いや違うか、あいつの兄貴である俺が俺であるために、自分が思う最善な行動を取り続けてきた。でもそのせいで理不尽な目に何度も何度もあってきたっけなぁ。自業自得と言えばそれまでなんだけど」
自分の行動があまりいい結果をもたらしてくれないせいか、若干照れくさくなったアキラは仮面の縁をなぞりながら続ける。
「色々理不尽な目にあってきて、後悔だらけだし反省も少しはしてる俺だけど。でも、その理不尽に対して足掻き、足掻いて、足掻ききって……俺は今も生きてここに居る」
仮面が取れないアキラの表情は伝わりづらいがその双眸に宿る真っ直ぐで気持ちの良い光は、仮面越しに見えなくてもやりきった男の顔をしているのをガンダは理解した。
「だから俺は諦めないし、どんな泥臭いことだってやる。出来る限りの考えは尽くすし、ダメ元でも出来ることなら実行する。俺が足掻くってのは行動に移した結果なんだ。だからあんたが例えそのアイテムボックスを持ち逃げしようが、俺の行動がとんでもないリスクを負う結果になろうが、俺は同じチャンスがあれば何度だって挑むし実行する」
「……」
「だって動かなきゃピンチをチャンスにだって出来ない訳だしさ」
ガンダは無言で目を瞑り、顎髭を撫でる。
「ちょっと長くなったけど、これで答えにはなったか?」
「あぁ……十分だかんな」
ガンダは元から持ち逃げしようなんて毛ほどにも考えてはいない。軽いおつかいを済ます程度にしか考えられなかった。それこそ自分に対して良い印象を吐くような言葉なら、借りを返してそれで終わりだったかも知れないとさえ考える。だからこそ心からの言葉に自然と責任感を感じた。
(絶対に届けるかんな)
「~♪」
鼻歌を続けながら思う。
(アキラとの出会いは最悪だったけんども、ちゃんと話てみれば余裕があって妹思いのいい奴だぁ……だからこそ惜しい、ここで処刑なんて……だどもオラに出来ることはここまでだかんな。もし、もしあいつとまた会うことがあれば、次は肩を並べて一緒に戦いたいかんな。――あぁ、一から鍛え直すのもありかもしんねぇな)
ガンダの長かった牢獄生活はこうして幕を閉じた。
時はガンダと再会した日に戻る。
別れた後も牢の中を見て回るが目立った箇所も無く、アルファベット順に牢獄の囚人達のテンションが下がることと、ここへの出入口とコロシアムの床位しか見る所が無かった。
調査するにも時間が中途半端になり、人の気配も疎らで牢に自主的に戻る人達が増えたためアキラも倣って探索を終了して自身の3階部分にあるZ牢へと戻る。
「よっお帰り」
「ああ」
戻ればスパイのドエルがいつもより砕けた様子で声を掛けてくれた。先程並んでステーキを食べた彫金細工職人でドワーフのラシアンが自身のベッドに腰を掛けて目を瞑っている。考え事でもしているのだろうかと思っていたが……。
「zzz」
「座ったまま寝てんのかよ」
初めて会った時はベテランの雰囲気を醸しだし、新入り呼ばわりしていた。しかし、アキラの2週間前に入ったばかりな上にコロシアムで紹介された時も静かに、と言うよりどうでもよさそうにしていただけらしい。そしてわざわざ寝転がらずに座ったまま寝ている。
(このラシアンってドワーフ、天才職人ってコロシアムで言われてたな……天才って言われる人は初めて見るけど、あれだよな。自由なんだな、色々と)
「よぉ~アキラ!」
自分のベッドに座って適当に納得していると、魔人のグリットが赤ら顔で酒瓶片手にテーブルからアキラに大手を振りながら声を掛けた。それに片手を上げて返しながらグリットの方へと近づく。
「あんたまだ飲んでたのかよ」
「戦いの後にはこれがねぇとよぉ~ングッグッ」
何本も床とテーブルに空き瓶が転がり、最早酒場より自由に飲んでる姿に若干の呆れを含んだ声音で話す。
酒の楽しみ方は人それぞれだと思っているアキラだったが、今目の前の赤ら顔のおっさん魔人の飲み方は決して褒められた飲み方ではないことだけは確信を持って言えた。
「これから毎日戦うんだろ? 今日は俺が皆を抑えつけるように一人で戦っちゃったけど明日は同じようにはしないから頼むぞ」
「わぁってるわぁってる! あっはっは!! 酒なんていくら飲んでも一晩寝ちまえば抜けるってもんだ!」
「へぇ~そんなもんか」
「そんなもんだ!」
微塵もそんなもんと思っていないアキラの適当な返しに、気分良く酔っ払うグリットは思い出したように音を立てて酒瓶を置く。
「おっと、そろそろ晩飯が配られる感じか? 今日はいいつまみが来りゃいいけどなぁ……おぉ、噂をすればだな」
外では青い制服を着た執行者が白い包みを牢屋の前に置いていく。手慣れたもので、一度も止まること無く流れるように置いていき最後のZフロアに居るアキラ達の牢にも置かれた。
「なんか声も掛けずに行っちまったけど取りに行って良いのか?」
「ああ、早く回収しねぇと持ってかれちまうからな」
「そういえば牢に鍵なんてされてないもんな」
「飯だ飯だ」
眠っていたラシアンが走って取りに行き、持てるだけ弁当を抱える。流石に全部持てないようなのでアキラが残りの包みを抱えてテーブルに持ってきた。
「ありがとうございます」
服装は皆と同じ袖と首が空いていて纏うだけの貫頭衣だが彼は那庭治兌教の神父、エルフのロビタリアだ。もしドエルが言うように謂われ無き罪だったとしたら、彼は本当に子供が好きなただの神父ということになる。
そんなことを考えていると、グリットが酒盛りしているテーブルに皆集まってそれぞれ席に着き、それぞれが食べ始める。
それじゃ自分も、とアキラがいただきますをすると、ふとまだ手を付けていないロビタリアが気になって見てる。両手を合わせて食事前に祈っているようなので、それが終わるタイミングでアキラは声をかけた。
「神父さんは食事の前にいつもそのお祈り的なことをしてるんですか?」
「ええ、神が唯一認められた殺生は食べる時のみ。ですから、その恵みに感謝とこれから糧とする罪を許して貰うために祈りを捧げるのです」
「皆は気にしてなさそうですけど、皆が皆那庭治兌教? に入ってる訳じゃないんですね」
「はは、宗派は人それぞれですからね。心の寄る辺は事情によって様々ですよ」
「へ~神父さんが他の神を認めるような言い方しちゃっても大丈夫なんですか?」
「人の信じる者を否定するのは宗教家のすることではありません」
「そうなんですか?」
頭ごなしに自分の信じる神が絶対だ! と言われることも覚悟していたが、かなり人が出来ていると感じる。
「信じる心を持っている限り、例え偽物でも本物でも己自身が信じていればそれで良いの
です。外野の言葉も所詮は言葉、否定されても信じたいと思う気持ちがあれば何を言い、言われようとも問題ではありません。第三者の意見で自身が否定してしまうことこそが真に否である行いなのです」
「えぇっと……要は自分の信じたいことを信じればいいってこと?」
「いいえ、自分が信じたことを考えもせず否定してはならないということです」
「那庭治兌教ってなんか懐が深そうな宗教ですね」
アキラは違いがよくわからないため適当に濁したが、言いたいことはなんとなく伝わったため信仰は自由なんだなと大まかに納得した。
「さぁ冷めてしまいます。いただきましょう」
「あ、はい」
丁寧な相手には自然と敬語になってしまうアキラも続いて包みを広げる。入っているのはまだほんのりと温かいおにぎり2つ、沢庵の味がする見た目がピクルスの漬け物が少し、パサパサとした鳥のささみを使った唐揚げが少しだ。
(こんな料理でも美味そうに見えるな……量は兎も角)
量に不満はある夕食だが、流石におかわりなんてもらえないのは理解出来る。どれだけ自由でもここは鳥かごの中でしかない。
「早く出なくちゃな」
誰も聞いていないかのようなアキラの呟きだが、全員手だけは残り少ない晩ご飯に向かって動かし続ける。
「後は寝るだけか?」
周囲は灰色だが、夜ほどではなくとも暗くなる。アキラはベッドに一番近いドエルに聞いてみた。
「いや、寝る前に作戦会議だ」
「でもこんな時間にこそこそ話してたら疑われるんじゃないか?」
「そんなことはない、明日も俺達は命懸けの戦いを強いられるんだ。当然作戦会議は必要だろ?」
「ああ……確かに必要だな」
ドエルの言いたいことを察したアキラは食休みから少しして全員を再びテーブルに集める。
「グリット……酒はもう止めろ」
「はいはい、ワッセは固いな~っと」
「んで、どこから話すんだ」
普段のラシアンでは考えられない真剣さをこの時アキラは初めて感じた。
(いつもそのままでいろよ)
ふざけたり、居眠りしたり、無視するよりはマシなので勿論何も言わない。
「ロビタリアもだ」
「私は神に仕える身、神が作りし牢を破るつもりはございません。ですが、他言しないことは神に誓いましょう」
ロビタリアは脱獄には反対らしいが、それには神父らしい理由があった。堪らずアキラが尋ねる。
「罪都って神が作ったのか?」
「創造神テラ様が作り出した街の一つがこの罪都です。【人の罪は我の罪】テラ様のそのお言葉で生みだされたこの街は、ここで人を裁くことでテラ様ご自身の罪を贖う意味を持つのです」
「なるほど、ありがとうございます神父さん」
「いえいえ」
今聞いた話について言いたいことは色々あるが、それは今ではない。アキラはその一言で取り敢えずは話題を終える。
「おいおい、随分ロビタリアと距離があるじゃねぇか! どしたどした~!」
「相手は神父さんなんだから気軽に接する訳にはいかないだろ」
「は? んーよくわかんねぇがそうだな! ハッハッハ!」
「ドエル、始めてくれ」
「そうだな、酔っ払ってるグリットは置いておくか」
中座してしまったが、気を取り直したドエルは懐から丸められた羊皮紙を取り出す。
「聞いてくれ、アキラが無事俺らの計画に乗ることが決まった」
「おぉ! よかったよかった!」
「お前がそう言うなら構わん」
「時間も無いんだから続けてくれ」
脱獄に参加するグリット、ワッセ、ラシアンが順に反応する。
「それじゃ聞いてくれ、これから行う脱獄計画を」
そう言って普通より少し大きめの羊皮紙をテーブルの上に広げた。
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