153ドエルの覚悟
処刑と言う名のショーが終われば、その生存者に対して普段の食事とは別に特別な配給が与えられる。特別と言っても希望した食事が次の処刑までに食べれると言う物。しかし酒等の嗜好品の類いは禁止されている。
「俺様はこのラビオリが大好物でな! これと一緒に酒で一杯やるために生きてると言っても過言じゃねぇ!」
だがそれを当然のように無視するグリットが嬉々として酒を準備していた。そのZフロアの自分達が収監される檻で酒を片手にアキラへと朗らかな笑みで告げる。
「お前も一杯やるか? 俺の奢りだ」
「気持ちだけ」
ラビオリはミンチにした肉や野菜、チーズ等を練った小麦粉を一口サイズに包んでオーブンで焼いた物だ。それをグリットはアキラの前に摘まんで見せるが、その持ち方に遠慮がない。当然生地は圧力で破れてしまうため中から肉や野菜の汁が溢れ出るがそんなラビオリにも酒にも目もくれずにアキラは適当に流した。
「ったく……若い奴はんな脂っぽい肉ばっか食いやがる! 野菜も食え野菜も! 酒も飲めってんだ」
そんなアキラの前には熱された鉄板の上に肉の焼ける音と共にステーキが並んでいた。そして隣には仏頂面で老けた顔に見えるドワーフであるラシアンも居る。
「おっさん、肉は美味いぞ」
「野菜も食えっつってんだ! ってラシアン! おめぇはこの俺様をおっさんって言う資格はねぇぞ!」
「俺っち、まだ17だ」
「ドワーフは皆見た目が一緒だからわかりゃしねぇ! ったく」
ラシアンがステーキを頼み、アキラもそれに乗っかる形で注文したが年長で特攻隊長のグリットはその肉限定のメニューに苦言を呈した。ある程度告げて一頻り落ち着くと、自身のラビオリと酒に取り掛かって自分の世界に入る。
「はぁ~たまらねぇぜ」
ステーキを頼んだ2人も食事に取り掛かる。
「うっわ、すっげぇ肉汁」
「ん、んまい」
一切れ切っただけで脂身が焼けた鉄板の上で踊る。肉特有の焼ける音と香ばしい香り、そして跳ねた脂が肌に当たり、チクチクとした感覚を味わいつつも2人ともそれを無視して肉を次々に口に運ぶ。ラシアンに至っては17とは思えない立派なサンタクロースを彷彿とさせる髭が、飛んだ脂で大変なことになっている。
(ホント脂も肉汁も凄いけど、このおろしポン酢みたいなタレで食ったら気にならないな。まぁ食事量が増えた今ならこの脂は有りか……いつもなら脂っこすぎて気持ち悪くなるんだけど、なんて言うか本当に美味い肉の脂はこんなにも味が出るもんなのか? この脂ならご飯と一緒にいけそうだ)
夢中で貪り、一緒に頼んだてんこ盛りのご飯をあっと言う間に完食した。
「ふぅ~こんないい肉初めて食ったかもしれない」
「肉は、良い」
「あぁ~ラビオリと酒が止まらねぇなぁ~」
とても処刑を待つ身とは思えない気楽さに、ドエルは遠くでそれを見つめつついつも通りの配給を片付けて溜息を吐きつつ自身のベッドへと戻る。檻に個別の部屋は当然無いが、一定間隔のベッドと食卓用のテーブルは用意されていた。警備の理由上、隠すことは許されないため敷居等は勿論無い。だからこそ誰と誰が話しているかなど丸わかりである。
「なぁ、ドエル」
「どうしたワッセ?」
「お前はどうするつもりなんだ?」
「……」
同じく通常配給を手早く片付けたチーターのワービースト、ワッセが近づいて尋ねる。
「お前との付き合いも長い。大体は何を考えているのかはわかっているつもりだ」
「……だろうな」
「だがお前の口から聞きたい。俺の考えは合っているのかを、確認したい」
「最初は……多少腕の立つガキだと思っていた」
ぽつりとドエルはワッセに語り出す。同じく特別配給でわざわざ質素な食事を注文し、片付けたロビタリアがそのエルフ特有の長さを誇った耳で離れながらも聞き耳を立てる。
「少し特別扱いをすれば簡単に扱えるだろうとも思っていた。正直、舐めていた」
「素手でサイクロプスを殺すだなんて、どう考えても多少所ではないな」
「あぁ……マジな話し適当な所であいつを切り離せば俺達の刑期はまたうやむやになると考えていたんだが、な」
「やはり、やるつもりか?」
「グリットのおっさんがもうそのつもりだし、俺はそれより前にもう心は決めていた」
「ん? それより前とはどう言うことだ?」
「ショーが始まる直前、あいつと話した時に気づいたんだが」
「?」
「不思議なことにここに来た時とはまるで別人のように目の色が違って見えたんだ。話し方も態度も同じだったのに、コロシアムで話した時のあいつ……俺を“敵”の様子を窺うかのような視線をはっきりと感じ取った」
これはスパイとしての技能を持つドエルだからこそ気づけた物であり、この場に居る誰もが同じ状況なら気づくことすら出来なかった程度の変化。
「そこであのサイクロプスに1人で突っ込む度胸……驚きや恐怖を観客だけじゃない、回りにも伝わったようだが、俺には一種の警告のようにも見えた」
「警告?」
「わからないか? “敵に容赦はしない”例え差し違えてでも相手を必ずヤルって俺には言外に告げているように感じたんだ。拳は使い物にならないってのにそれでも構わずぶん殴ってたんだからな」
「……」
行動することがアキラにとってプラスに働くのなら、間違いなく今回のサイクロプス単独撃破は見る物の感性や立場によって訴えてくる物があった。ドエルのように感じることもあれば観客のようにただただ恐怖に苛まれ者も居るしグリットのように称賛する者も居る。もしただ開始を待つような消極的な行動を取っていれば、間違いなく舐められていた筈だ。そう言う観点から考えればアキラの行動は間違っていなかった。
「だから俺も覚悟を決める」
「なるほど、お前がそう決めたのなら付き合おう」
「頼んだぜ、相棒」
「フッ」
ワッセはその答えに満足したのか、背中を向けて外へ向かって歩き出すと同時に手を上げて答える。それと同時に入れ替わるようにアキラがドエルの元へ腹をさすりながらやって来た。
「ぅう……やっべ、胃がもたれる気配が……」
「これでも飲め」
ドエルがアキラに小瓶を投げ渡す。
「ん? 何これ」
「中に胃薬が入っている。一粒口の中で溶かして呑み込め」
「へぇ~ありがとう」
アキラはなんの躊躇もせず言われた通りにした。
「……じゃ、話をしようか」
「あぁ、頼……ぉ? なんかすーっとしてきた! メッチャ効きそうな感じ」
「はぁ、なんか気を張るのが馬鹿らしくなるな」
「なんだかわかんないけど、薬は助かった。もっかい言うけどありがと」
「どういたしまして……にしても俺から渡された薬なんてよく飲めるな」
これには主にドエルが感じた物が含まれている。
「まぁスパイって聞いたけど、流石に毒なんか渡さないだろ?」
「ぁ、ああ……そりゃ、な」
そういう解釈をされるのか、と敵意を感じた相手からそう言われて調子を狂わされっぱなしなドエルは取り敢えずとばかりに今後についてアキラとの話し合いに望む。
「話したいことって?」
「そうだな、どう話せば良いのか……」
「ならさっきの続きを聞かせてくれないか?」
「さっき?」
「サイクロプスと戦う前に言いかけてやめたろ? 俺ら6人は後6日以内に全員うんたらって」
「あぁ……わかった。その続きから話そう」
アキラは切り出しを思案するグリットの言葉より気になることを先に聞く。咳払いしながら先程とは違った優男の風ではなく真剣な表情で語り始めた。
「話したいことはそれにも関連してるんだが、6人全員間違いなくここの処刑人、と言っていいのかわからんが罪都の魔物に殺される」
「俺が殺したサイクロプスみたいな奴がまた出てくるってことだな」
「そうだ。それとそのことを言う前にショーが始まったから言いそびれたんだが、ここの処刑ってのは表向きには公表されていないが、死刑囚を見世物にしている」
アキラは頭を振って嫌悪感を隠そうともせず大きな溜息を吐き出す。その言葉に偽りがないことは、その身をもって経験しているからだ。
「続けるぞ? 本来なら敵の強さはあのサイクロプス以下だ。死のうが死ぬまいが構わない連中からすれば見世物として十分だからな。だが今回の魔物は俺達をガチで殺しにきてる」
毒づくグリットに対してアキラは想像する。自身の命をその手の平で玩ばれる毎日は他人事では無いと。そしてここに来た時に聞こえた死刑囚達の怯えた声の原因にも察する物がある。その立場も自分達にいつ回ってきてもおかしくない。
「あのショーは本当ならローテションを組んで開催されるんだが、処刑の日程が決まった囚人が居れば連帯責任としてその執行日まで毎日戦わなければならない。より、強くなった魔物とな」
「大体はあの実況で予想が付いたよ……それもこれも俺のせいか」
相手は死刑囚としてもアキラ的には巻き込んだ形が生来の性格からして罪悪感を覚えてしまう。
「あぁ、それなら心配はしなくていい。処刑の日程が短いお前がここにぶち込まれてるってことは、近々俺らも処刑されるってだけの話だ。ショーが始まる前にも言ったろ? 2人も使える奴が来た時点でおかしいってよ」
「…………あ」
「察しが付いたか?」
「なんとなくだけど、刑期? って言っていいのか、それが短い奴らが集められてるってことか?」
「そういうことだ。だからお前は気に病まなくても良い」
静かに息を吐き出してドエルは一息吐いた。
(それに集められた理由はそれだけじゃないが、言っても仕方ないことだしな)
アキラも一息吐くためバッグから森のミルクを取り出してお裾分けする。
「……お前、それどこから出した?」
「え、あぁ、バッグ?」
「なんで疑問系なんだ? まぁ貰おぅっ! 冷てぇ~! これはいいな」
そう言うと美味そうにドエルが一気に飲み干した。自然と空き瓶をアキラは回収する。
「あぁすまん」
「俺はちびちび飲みたい気分だから落ち着いたら続けてくれ、後バッグについては俺も原理は知らないから聞いても答えられないから」
「わかったよ、にしてもこう暑いとミルクもひと味違うな」
「そうだな」
特に意識せず簡単に同意してドエルが落ち着く間、腹もこなれ始めたアキラは思考する。
(ってかバッグは使えたな……最初に拘束された時は使えなかったのに、能力の制限は今んとこオルターだけってことか?)
もし今後魔物の強さが上がるとすれば間違いなくオルターは必要になる。だが、防具も取り上げられた今となっては打つ手も無い。
「ふぅ、にしても暑いなぁったく」
「そうか? そんな暑……」
ドエルの言葉に手拍子で同意したアキラだったが暑さなど微塵も感じていない。それどころか快適ですらあった。
(待てよ? 暑い? …………まさか)
徐にアキラは首元に手をやり、思考する。
(見えていないから取り上げられなかった? でもどうして首輪を付けられる時に気づかれなかったんだ……)
「このままだと緩んで話したくなくなるから続けるぞ?」
「あ、ああ。頼む」
アキラはきっと何かの役に立つと信じ、取り敢えずはドエルの話しに耳を傾ける。
「ここまでは死刑までの大まかな流れだ」
「でも俺は死ぬつもりなんかないぞ」
「それはあの戦いっぷりを見てればわかるって、俺が話したいことは単純だ」
「単純?」
「ああ、処刑の日程が決まったんだ。だったら最後の悪足掻き、させてもらおうぜ?」
「悪足掻き……素直に処刑を待つわけないって感じだな?」
「当然! 俺は、俺達はここを脱獄つもりだ。お前はどうする?」
それはアキラにとってある種当たり前で、願っていたことで、それでも1人じゃ実現出来るかどうかもわからない、そんな言葉だった。
「華ちゃん! これでおつかいも終わりだね!」
「おつかい? ま、まぁ思ったより早く終わったから長めに練習出来るわね」
「任せてよ! あたし、運転は得意だから!」
「えぇ……でもそれマリ○ーの話よね?」
華は優勝カップを片手にはしゃぐ夢衣を見てトリトスの言葉を思い出す。
『救出役は以上の手順で進めます。そして誘導役はとあるビークルを入手していただきたいのです』
「今のビークルじゃダメなのかなぁ?」
『個々でビークルを準備するにはあまりにも不確かで非効率です。現在のストーリー進行度なら多人数が乗れるビークルを手に入れることが出来るので、最優先でそっちのサブクエストを進めて入手してください』
そう華と夢衣に告げるトリトスは入手方法を纏めたデータをリョウを通して華と夢衣に送る。
「わかったわ。でもビークルって……外でしか操作出来ない1人用の乗り物よね?」
『はい、その通りです』
「多人数のビークルなんて話題にも聞かなかったわ」
『現在毎日開催されているレースに参加すれば参加賞として多人数型ビークルを入手出来ますが、その参加が非常に手間であるため、未だ情報が出回っていないのでしょう』
「ふぅん、でも任せて! あたし乗り物だけは得意なの!」
『では適任ですね。かなりきついスケジュールですが、よろしくお願いします』
「待って待って! 夢衣はちょっと落ち着きなさい」
「えぇ! やっとあたしが活躍出来るのに華ちゃんはあたしの前に立ち塞がるのぉ!?」
華は興奮した夢衣の大きな胸の横をペチっと叩く。
「あいた!」
「落ち着きなさいって! トリトス、ビークルって街中じゃ使えなかったんじゃないかしら?」
『はい、その通りです』
「でもそれっておかしくない? 計画だとアキラ君を罪都のホームに連れて行けばいいのよね?」
『そうです。ですが、それも確実とはいかないかもしれないのです』
「ん~? それってどゆことぉ?」
『この作戦は脱出も重要ですがその後、追っ手を振り切って逃げれるかどうかに掛かっています』
「そうね」
『ホームに行けたのなら良いのです。ですが、もしホームに行けなかった場合はどうしますか?』
その問いによって華はなるほどと頷き、夢衣は「どど、どうするの!?」と慌てながらトリトスに聞く。
『はい、その場合は都市外に逃げる他ありません。言わば華さんと夢衣さんには保険としての役割をお願いしたいのです』
「なるほどぉ!」
『アキラを助けた後、そこが最重要ポイントとなります。ですので、ホームがダメになった場合の逃走手段が無ければ非常に厳しい戦いになると言わざるを得ません。いえ、はっきり言えばこの作戦は失敗となります』
「納得したわ」
『それではよろしくお願いします。では最後に陽動の――』
作戦会議を思い出しながら華は夢衣を眺めて苦笑しながら息を吐く。
「見てみてぇ~あたし優勝しちゃったぁ!」
(あんたは練習、要らなそうだけどね……)
「それじゃぁ時間も無いし! 向こうの地形とか把握しときたいから行こぉよ~」
「わかったわよ。でもその前に、優勝ビークルじゃ目立ってしょうがないから使うのは参加賞のビークルにしなさいよ?」
「はぁ~い」
「私はあんた程上手じゃないんだから練習がてら罪都を目指すわよ」
「ナビは任せて!」
「ついでに運転のやり方もナビしてもらおうかしら? 王様?」
優勝したためにキングの称号と呼ばれるようになった夢衣に、華はニヤニヤと意地悪そうに呼びかける。
「や、やめてぇ~! 全然可愛くない! あたし女の子だからプリンセスなのにぃ!」
「はいはい、そこはクイーンじゃないのね……早く行くわよキング! 乗った乗った」
「華ちゃんのばかぁ!」
華と夢衣はレースの参加賞で手に入れたビークルを使って罪都を目指す。
(私は直接の役には立てない。けど、この娘のためにも腐ってなんかいられない! まずは出来ることを出来るようにしなきゃね)
そう言って楽しそうに助手席ではしゃぐ夢衣に、華も楽しそうにビークルを走らせる。
1ヶ月があっという間に過ぎて戸惑う。
次回もよろしくお願いします。
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