表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰宅途中の異世界遊戯  作者: おいも
異世界編
160/175

151第一の処刑人

ペース遅いですが、見守ってくれればと・・・


 初めて踏み入れたコロセウムのような牢獄、そしてドエルから聞かされた魔物との戦い。この形状の意味とやけに汚れが浮く中央の空いたスペース、両方の意味が実際に立つことで何が起こったか漸く理解出来た。今アキラを含む6人は上から見て二重丸の中側だけをくり抜いた状態のステージ(・・・・)に居る。


『それじゃぁここから動かないで待っててね!』


 スピーカーのように拡散した声だけが聞こえる。


「ここマジのコロシアムかよ」

「へぇ~アキラはコロシアム(ここ)を知ってるのか?」

「知識だけは、実物を……それも自身がその出場者になるなんて夢にも思わなかったけどな」


 上を見上げながら返す。自分達の今居るくり抜かれたステージは光が届いていないため暗く、その遙か上にある空は円筒状に僅かだが見える程度でしかないため光量も多くない。イヤでも自身が牢より地下へとステージ丸ごと降り立ったのがわかる。


「後にも先にもこんな質の悪い見世物に出る予定はなかったんだけどな……それにこの騒音もストレスにしかならない」


 呟きながら更に回りを見渡すとステージの縁から先には床も何も無い空間、そこを跨いで観客席が存在していた。所狭しと様々な種族の人々が盛り上がりながら座っていてざわめいている。ステージが未だ暗いため未だ見えぬアキラ達を興奮して待っているようだ。


「そんな仮面付けてる奴がよく言う」

「これ便利だぞ、目にゴミは入らないし。防具にもなるし……いるか?」

「はは、便利そうだけどいらん」

「ま、外せないからあげられないんだけどな」

「……呪いの品を相手に勧めるなって、それに最悪なのはこの後だよ」

「ん? 後は戦うだけじゃ――」


 突如暗かった自分達の居たステージ同様観客席も真っ暗になり、中央に細いスポットライトが差す。誰もがその光の柱に注目するが、ドエルは腕を組んでさっきとは違う機嫌の悪そうな雰囲気を出して寡黙に振る舞い始めた。


『さぁさぁご来場の皆様! お待たせ致しましたぁ~! 本日のメインエベントわぁ~またまた新顔ニュービーを加えフルメンバーとなって帰ってきたこいつらだぁあ!』


 スピーカーから流れるような音が響く。その声と同時にステージ上に光が灯ると周囲から指笛らしき甲高い音が鳴り、盛り上がりが一段階増したのが感じ取れる。だがすぐにステージの光量が下がり、アキラとつい先程まで話していた金髪碧眼のヒューマンに的を絞ってスポットライトが集中した。


『それでは本日の主役達の紹介だ! 一番の古参! 情報収集ならお手の物ッ! その技量はマキナにだって侵入可能!? 国家情報漏洩の罪で死刑を待つその名はご存知、ドエル! 持つ情報が多岐に渡りすぎて中々処刑されない魅力ある男です! 刑期と実力共に折り紙付きのスパイ死刑囚だー!』


 紹介を終えると若干声量を落として内緒話のように語る。盛り上がりが先程の比ではなく、やたらと「まだまだ死ぬんじゃないぞ!」「お前が死ねば終わりだぁ!」「頼むから早く死んでくれぇ!」等の鬼気迫る必死な物ばかりだ。


『因みに、どこかのお偉いさんは未だに生きる彼が早くくたばらないかとテラ様にお祈りする日々を送っているそうです。ではお次ぃ!』


 ドッと観客が沸く。どちらかと言えば歓迎されている雰囲気だが、ドエル自身は面白く無さそうに先程から全く動かない。


『そしてその相棒と言っても過言じゃないコイツの紹介だ~!』


 ドエルから若干離れた所で座っているチーターのワービーストにスポットライトが当たる。先程とは違って意味で黄色い声援が増えた。


『数多の戦場を駆け回り! 義理欠く上官討ち取ったり! 戦場では敵無し無双のワービースト! 彼のファンも多いでしょう! 処刑まではあまり猶予がない筈ですが、この余裕はどこから来るのでしょう! 寡黙で義理に熱い男ぉ! ワッセェエ!』


 更に増す黄色い声に、当のワッセはその方へと睨みつけるだけで留めるが、結果は更に増す黄色い歓声だけだった。


『私の妻もこの男の寡黙さを見習えと良く言われます。私ほど寡黙で静かな男は片手で数える程しかいないと自負していますが、いつの世も女性の方が声はでかいし厳しいですよ。いやホント……』


 黄色い声を抑えて野太い笑いが一瞬だけ広がるが、すぐに収まり静かになってしまう。


『えぇ……気を取り直して! 見た目だけは最年長、赤ら顔が似合うこのおっさんの紹介だ!』


 スポットライトが映し出したのは一本の酒瓶だった。


『おっと、本日はもう酔いつぶれているみたいですね! では次に――』

「こっちだこっち!」

『おや! これは失礼致しました! 照明さん! もう少しだけ引いて引いて!』


 酒瓶と共に映った中年のヒューマンだった。その顔は赤ら顔にはなっておらず、酒瓶にスポットライトを絞ったことに立腹した顔をしている。


『さぁ唯一このコロセウムに酒瓶を持ち込む異常アホな男、全くいつもどこから持ち込むのか?』

「勝ったら勝利の美酒を味わうんだよ!」


 どこからともなく「流石グリットのアニキだ!」や「いいぞぉ! グリットー!」と軽い声やドスの利いた声援が聞こえた。


『今度は暑苦しい歓声が聞こえてきますが、今時珍しいこの魔人の男はマフィアの特攻隊長、未だ慕う者が多く居るそうですね。因みに彼はベロベロに酔っぱらって偶々一緒に居た要人をつい殺ってしまったそうな。あ、名前はグリットです。では次ぃ!』

「なんだ! そのいい加減な――」

『それでは救われた方も多い神父の登場です!』


 スポットライトは1人のエルフを映し出す。


『その落ち着いた物腰は、見た目通りの聖職者! こんな所に来てまで罪人達の犯した罪と向き合う手助けをしております』


 若い見た目だが、その静かな動作と表情からは落ち着いた雰囲気が滲み出ている。軽く目礼をするだけでそれ以降リアクションはない。辺りは静かなざわめきと一カ所に似たエルフの集団が立ち上がって祈る姿が見られる。


『大変穏健で評判のいい那庭治兌なばちた教の神父をしていて子供が大好き! なんと孤児院まで経営する程の子供好き! ですがその裏の顔は知る人ぞ知るペドフィリア! 教会を利用して行ったその悪行三昧の数々! 死刑以外に道は無し! ロビタリア~』


 あまりの罪状に引いたような悲鳴が上がる。それでもエルフは目を瞑ってノーリアクションだった。


『あ、ここだけの話なぜか被害者が見当たらないのですが、本当にそんな目に遭った子達は居たんですかね? おっと、これ以上は私も危ないので次行きましょう次』


 もみあげから顎に掛けてもっさりしたサンタクロース髭を生やし、不快にならないようきっちり揃えたドワーフにスポットライトが当たる。明かりが当たればその肌の張りから雰囲気は若いことがわかるだろう。


『さて! お次は注目の若手です! 入ったばかりですが、それなりに生き残っております。彼も中々に期待させてくれますよ!』


 やたら自然体に立ったままだが、髭を触る手は止めない。


『若干17歳にして天才の名を欲しいままにした彫金細工職人! とある国の皇族に寄贈するアクセサリーを作製する栄誉を賜りました。ですがあまりにも最先端を行き過ぎた天才の造った品は、その腕とは正反対にとんでもなく平凡で飾り気のない凡作でした! その責任を取って皇族侮辱罪が適応、一切言い訳をしない男らしい生き様を今日も見られるのか!? 戦闘能力が低くともその腕で生き延びた男! ラシ~アーン!!』


 今までと比べて若干声援は落ちるが、大半は囃し立てる声で統一されている。また一部の席から「お前は絶対死んじゃならねぇぞぉ!」「飲まずにいられん!」「ラシアン! 死ぬなー!」とドワーフの集団が叫んでいるのが印象的だ。


 そして最後にアキラにスポットライトが当たり、天を見上げて明かりの出所を探ろうとするが、やはり目を細めて眩しそうにしてから聞こえるであろう姿無き声に耳を傾ける。


『この仮面のヒューマンが今回の新人ニュービーだ! マスクに覆われた謎の素顔、ですがあれは世を忍ぶわけでも仮の姿でもありません!』


 聞こえる声はどれもアキラの付ける仮面に興味がいくばかりだ。そんな中でも自己紹介は続く。


『実はあの仮面、無理に剥がすことも出来ない呪いの仮面なのです! 驚いたでしょう? ですがその驚きはまだ取っておいてください。なんとなんと、驚愕なのはこれから! 処刑まで残り1週間なのです! あ、1日経過しているので後6日ですね』


 突如「うぉおお!」と至る所から聞こえる歓喜とも絶望とも捉えられる声やただ盛り上がるだけの声が周囲から浴びせかけられる。アキラはあまりの盛り上がりに当たりを見回すが、同じ死刑囚からドエル以外から驚愕の目を向けられる。後半の1日経過しているの声は恐らく誰も聞いていないだろう。


「ん?」


 その盛り上がりに乗じてどこかから感じる違和感、それは明確に意思を持って自分を見る。そうだと感じる程の視線を確かにその身で感じ取った。


(誰だったんだ?)


 位置的に全員が視界に収まるため視線の主は不明だが、アキラが見た頃には誰にもその兆候はみられない。


『静かに! お静かに願います! そうです、そうなのです! これから毎日、このコロセウムは死刑囚6人一丸となって処刑までそれはもぅの凄く強くなる魔物と戦い続けるのです!!』


 盛り上がりがここ一番最高潮に達する。それ程に人が死ぬ所が見たいのかと苛つく心を抱えて見渡す。


『はい! はいはい! 皆様方お静まりください! 我々にとって幸運のイベントを運んでくださった哀れで残忍な罪人は、先日記憶にも新しい大規模クエストで起こった特種出現時にやらかしてくれたのです! なんと避難の妨害を、それも大規模にしたとか!? これは度しがたい行いだ! でもそのお陰で後6日で処刑らしいんで私達は感謝と共に、被害者の冥福をお祈り致しましょう……はい! そしてそんな大事件を起こした者の名前は……あ、まだ手元に資料が届いてない? じゃ番号で呼びましょうか! Zー2036の36から取ってサブローと呼びましょう!』


 所々から聞こえる嘲笑とも言うべき笑い。自分達は安全な所で死刑囚を笑いものにすることが出来る……いや、許されていると思っている者達。相手は犯罪者なのだから何をしても許されると、この場に居る者の殆どが思い込んでいる。例えそれが無実の罪だろうと関係が無い、知ることもしない。考えもしない。どれだけその判断を下す者が腐っていようが、下された判断に間違いがあるはずがないと、だからこれらの行動は許されるんだと。


(久しぶりだな《・・・・・・》こんな胸くそ悪い思いをするのは)


 自然とアキラは拳を固めていた。指が白くなる程力を込め、両親が死んだ後に起こった親戚との集まりでのとある出来事が全くと言っていい程似ていた。だから目を閉じてその激情を押さえ込む。冷静でなくちゃこの場は切り抜けられない。


(今は大丈夫、俺は俺だ。だから昨日みたいに簡単にキレるな。気づいた。ドエルの説明は致命的・・・に足りていない。ドエルはこう言ってた)


 チームに不和を招く奴はいらない。


(逆を返せば、5人でチームを組んでたドエル達にとって俺はどういう存在だ?)


 突如現れ、もっと先にある筈だった刑期が急激に短くなった。言うなればアキラこそチームに不和を招く奴に他ならない。


(もし、だ。もし処刑予定の奴が処刑日前に死ねばどうなる?)


 単純に考えれば処刑予定日が消え、これから毎日戦う筈だった予定も何かしら狂いが生じるだろう。


(仮に戦い続けるにしても処刑するために用意する強い魔物ってのは必要なくなる筈だ。処刑される者が消えるんだから……例え違ってもそれに近い処置はあるんじゃないか? だとしたらさっき受けたあの感覚……)


『さぁ! 皆様方! 興奮が冷めないのはわかりましたが、それでは持ちませんよ? おっとと、私への罵声はご遠慮ください! 開始を遅らせますよ!? ――あぁ、物を投げないで! 後で私が怒られるじゃないですか! ステージはゴミ箱ではありませんよ!』


 なにやら小競り合いが始まっているため、アキラはドエルに視線を向ける。


「なぁドエル」

「どうした?」


 優しげな顔、それが元工作員ということを知らなければ最早優しげな風を装った万人受けする甘いマスクにしか見えない。ポーカーフェイスならアキラも負けないが、そもそも仮面を付けたままなので比べることも出来なかった。


「……この周囲に空いてる溝ってなんだ?」


 ここで彼がアキラに接触した理由が“自分達には害意が無い”と思わせることで本来の目的を達するためのミスリードに思えてしまう。だが決めつけるにはまだ早いしそれどころでは無い。


「教えてやりたいのは山々だが、そろそろ来るから身構えておいた方が良いぞ」

「?」


『おぉっと! もう待ちきれないとばかりに最初の魔物が現れます! 始まります世皆さん! 賭けもここまでだぁああああああああ!』


 すると、突如ステージ中央から黒い点が現れるがそれを知覚する前にその黒は染みのように広がる。ステージは照らされているため、それが上から降ってくる“何か”だと気づいたアキラは反射的に避難した。


 大質量が落ちてきた時の小さな地を揺らす振動、それは腰蓑を巻いて片方の肩に何かの毛皮を掛けた人の形をした大型の魔物だった。


(最初のパイオニアで会ったゴブリンのボスよりは小さい……)


『ヴァアアアアア!』


「うぉっ! 初っ端からサイクロプスか!?」


 ドエルが咄嗟に身体を伏せ、声だけで生まれた衝撃を流す。他の死刑囚も姿勢を下げていた。その中で唯一アキラだけが出遅れる。


『ヴァシャアアアッ!』


 更に大きな奇声を上げ、天を仰ぐのは単眼に一本角を生やし、体中から溢れんばかりの筋骨隆々の肉体を膨らましている。その動きは心臓の鼓動のように脈打ち、隆起する筋肉は触れることすら恐れを抱く生理的嫌悪感を催す。


 だからこそ、その場で伏せ、固まるドエル達を尻目に彼は飛び出した。


(もしこれまでの予想が現実になるなら――動くのは俺でなくちゃいけない!)


 予言師のアドバイスは行動すること、それなら例えこんなシチュエーションでも出来ることはしなければならない。


「なっ――」


 ドエルではない別の声、驚愕の声と同時に声だけで生まれるこの衝撃を物ともせずに動くアキラを、衝撃波に対応も出来ないだけの奴だと思ったアキラを見つめ、驚いていたのは特攻隊長のグリット。裏世界の人間として自分より早く戦場に向かえるその胆力に固まってしまった。


『ヴァアアアア――ェアッ!?』


 丁度死角に居たアキラはサイクロプスの弁慶の泣き所、要は脛を横殴りに殴り付けていた。堪らず脛を押さえて蹲り、床を転げ回る。


(……どんな“ハンデ”があっても俺は絶対に負けない。オルターが出せない(・・・・)からってコイツに負ける理由なんてあっちゃいけないんだ)


 アキラは自身の拳から赤い滴が滴り落ちることも構わず、更に強く拳を握り締める。能力が制限され、オルターが出せないと知ってもすぐに拳に切り替え攻撃を敢行したアキラだった。オルターが使えないと言うプレイヤーにとっての絶望的なこの状況、しかし彼は今更その程度の危機で止まるほど繊細な神経を持ってはいない。動けるだけマシなのだから。







【Zフロア2の3番牢】

6人全員処刑まで――

・第一の処刑人サイクロプス

        ――残り6日

次回もよろしくお願いします。

評価、ブクマしてくれると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ