147遊戯の世界
《それじゃ終わろっか、ただの一般人より質のいい魂は沢山来てるからね》
そう言ってアキラの魂に触れるかどうかの距離に手を翳した。アキラという個を破壊し、約束通りどんな形であれ元の場所へと戻すために。
《ちゃんと君を壊した後に代償はもらっていくから、まぁ覚えていられないから悲しむことは無いと思うよ。それじゃぁね! フェノメノン――》
同時にそんな現実を座して待つことを由としない存在も、アキラの中にはまだ居る。
《これは――》
『ヤラセナ、イ』
《――どうやったんだい?》
【ムニキス】が発動する直前、それは確かにアキラの魂から現れた。エメラルドに輝く光が真っ直ぐ伸び、黒い染みの腕を掴むように纏わり付いている。ギリギリの所でそのスキルの発動を止めているそれの変化はすぐに現れた。魂があった場所には緑に輝く淡い光と赤く輝く淡い光が、太陰対極図に近い合わさり方をして漂っている。
『ダメ!』
《おぉ!》
その声と同時に感じる衝撃に、デフテロスはこの時初めて驚いた。それも赤い光は緑の輝きと違い、形を成せずに蠢くだけだが確かに自分へと衝撃を放ち攻勢を仕掛けているからだ。
《え? そういうこと? なんだそうだったの!? フフフ、このゲームを作らせたお爺さんはこれを想定していたんだね! 確かに確かに! これが人の成長のもう一つの形か! あははははははは! ……全く、英雄とか偉人がちっぽけに感じるよ》
『シヴァ モット マトメ、ル』
『ンン!』
《はははコレは凄い! 人の魂から生まれたオルターにこんなことが出来るのか! そうだよね、オルターは自分の分身だ。君達はアキラの魂と同一に存在しているから魂だけのアキラと一緒に居られるんだね! そしてその力は純粋な上強力だ!》
自身に降りかかる衝撃、全身に大砲の弾がぶつかる程の圧力を身に受けてもデフテロスは笑うだけで朗らかに喋る。
『タリナ、イ』
『モウムリ!』
《なるほどねぇ、でもだからって僕は手を抜かないからね。折角だから君達も壊させてもらうよ》
『ヤラセナ、イ』
腕を掴んでいた緑の光がその手を握りつぶす。
《君は器用だね。仮の身体とは言え僕の腕を潰すなん――》
『コウダ!』
赤い光が自身の身体を貫くのをデフテロスは感じ取った。
《はは、凄いね。確かにこれ程高純度の魂をぶつけられたのは初めての経験だよ。でも惜しいね。この緑の子みたいにしないと僕に影響は無いよ》
『ヴィー! デキタ!』
『ソレジャ タリナ、イ ツギ』
《ほぉまだ何かあるのかい?》
何をしてくるのか楽しみになったデフテロスは、自身の潰れた腕を気にせず待機し始める。何が出来るのかを眺め、生まれる可能性を楽しんでいた。
『ヴィーズルイ! ボクモ!』
ヴィーと呼ばれるのはアキラのオルター、緑の銃であるヴィシュだ。赤い光は赤い銃のシヴァ。エゴへと成長した彼等はアキラを自発的に守ろうと、漸く魂のみで意識が覚醒出来た。
『……ナンダソ、レ』
『ヘヘ!』
『ゼンブヤ、ル』
ヴィシュは光の腕だけでなく、人の身体を半分程度構築し始める。シヴァも真似ていたが、出来たのは歪な輪っかだった。シヴァはヴィシュほど器用に出来ないのか、形を作る場合これが限界なのだろう。すぐにヴィシュは残りの半分の形を作った。それはデフテロスのように黒い人型より整った物で、アキラに近いエメラルドに輝く綺麗な人型だ。
《生まれたばかりだって言うのに随分と上手く魂を扱えるんだね。もしかしてオルター自体がそういう設計なのかな? 彼は本当に上手くやったもんだよ》
『アキラハ マモ、ル』
そう言いながらシヴァの歪な輪っかが腕に絡まった腕をデフテロスに向けて翳す。
『シヴァ ゼンリョクダ、セ』
『ウン!』
シヴァの赤く歪な輪が高速で回転を始め、赤い光が溢れる。それをヴィシュがコントロールし、光を収束させデフテロスへと放つ。
《ん? なんだろう、この光……!?》
驚愕するも、取り敢えず受けると決めたデフテロスはその光に射貫かれ膝を屈するように崩れる。
《そ、そうか……今のは僕と同じ“破壊の概念”が込められた光だ、ね。緑の子は赤の子の力を器用に使ったってわけか、僕としては満点をあげたい位だ》
黒い染みには潰れた腕と空いた穴以外に外傷は無い。だが、デフテロスの輪郭は崩れ始める。
《ダメ、じゃ無いか。その力を適当に振り回しちゃ……流石にそんなことが出来るなんて想定外だよ。そのせいでこの空間も壊れ始めてる》
『タリナ、イ』
『ゥゥン……』
ヴィシュは身体の形を保っているのに相手同様片膝を突く形で動けなくなり、シヴァは歪な輪が更に崩れてただの赤い光になる。限界を迎えたらしい。白い空間には罅が音も無く奔る。
《流石に今のはきつかったよ。この空間の崩壊を止めるなら僕も少しは力を解放しないといけないけど、この世界自体崩壊しちゃうから意味ないし……まぁ終わりにしようか。フェノメ――》
立ち上がりながら破壊の奇跡を唱える途中、デフテロスの身体がくの字に折れ曲がる。その原因は動けないと思われてたヴィシュの腕だった。
《ノぐっ!?》
『オマエハ ツヨクナ、イ』
デフテロスの胴体に突き込まれたヴィシュの右手が赤い光を帯び、その一突きで詠唱が止まる。
《ぼ、僕は壊す、だけだからね。でもまさか、生まれて間もないのに、そ、そんな演技が出来るだなん――ぐっ》
引き抜かれた手が顎に向けて放たれ、言葉を止めさせられた。
《ちょっ――》
『オワ、レ』
『ンンン!』
アッパーで打ち抜いた右手を翳したヴィシュ、そして最後の力を振り絞ったシヴァが赤い光を放つ。
『モウ ホントウ、ニ』
『ゲンカイ!』
黒い人型のデフテロスは消滅し、その場にはエメラルドの輝きを放つ身体が崩れるヴィシュ、寄り添うように光る小さくなったシヴァの赤い揺らめきだけが残った。
『アキラ イナクナル?』
『タブン ダイジョウ、ブ……』
《ははは、ダメだよ。例え身体が無くなっても僕は消えない。まさか適当でも用意した身体が消されたのは驚いた、でもやっぱり君達の敗北は決まっているんだ。全てを失い、何も無い所から這い上がる。そうすることで手に入る新たな力を得る土壌が完成するんだ。一度壊さなければ、新たな物は生まれないんだから! でも君達が居るなら彼はきっと立ち上がれる! だから終わろう!》
理不尽を撥ね除けるには、これだけの奇跡を起こしてもまだ足りない。相手は破壊の概念、消えた程度では終わらない相手だった。結局は決められた結果。不測の事態が起ころうともそれは変わらない。
《アキラという個は壊さない! でも君達も最初まで壊れて貰うよ! フェノメノン――【ムニキス】》
『マモ、ル』
『マケナイ!』
抵抗という抵抗も意識のみ、空間も崩れていく中、オルターも自我を失い元の本能の状態へと壊れていく。全てが、アキラが築き上げてきた世界が壊される。シヴァとヴィシュの魂が崩れ、その色が消えていく。オルターが消えていき、再びアキラの魂が見え始めた。
《もういいだろう》
その時だった。崩壊するはずだった空間が巻き戻したかのように元に戻る。
《……どういうつもりさ、プロトス》
《君が勝手に付けた名前で呼ぶな。どうもこうもない。君が課した試練は君の負けだ》
そう言うと壊れかかったアキラの魂、シヴァとヴィシュの魂も色と形が綺麗に創造られた。
《あれれ、ちょっとちょっと! 折角壊したのにどうしてっ》
《何度も言わせないでくれ。君は負けたんだ。これ以上は壊させない》
《え、結構本気? どうしたのさ》
ボロボロになったアキラの魂をプロトスは新しく創造り直す。
《あらら》
壊した物全てが元通りに造り直され、デフテロスは気が抜けたような声を出す。
《もぉー理由を教えてよ! 僕が負けたってどう言う意味さ!》
《言わなければわからないか? これが現実の世界であれば私も手は出さなかった》
《うん、それで?》
《ここは君が作らせた仮想世界だ。そしてこの世界は現実とは違うルールが存在している》
《まぁね》
《ああ、それが君の敗因だ》
《え?》
《この世界に干渉するために君は自分の変わりを用意した。そしてこうも言っている。「僕を倒せ」と》
《うん、言ったよ……でも僕はピンピンしてるよ?》
《いや、君は倒されたんだ》
創造の概念プロトスが介入し、何を言っているか理解出来ないデフテロスが続きを聞くために先を促す。
《用意した世界で、用意した敵を倒し、用意した条件をクリアした。それを勝ったとは言わないのか?》
《それは……》
《なのに君はまるで癇癪を起こしたみたいにその事実から目を背け、自分は絶対だと言わんばかりに自身が勝った場合の条件を行使しようとした。負けた筈なのに》
《うぅ……》
《この者が条件を達したのは君の落ち度だ》
《え》
《現実世界なら肉体が滅びるようなことは無かっただろう。だがこの世界は現実世界より可能性に満ちている。現にこのオルターという存在に君は身体を消滅させられた訳だろう?》
《た、確かに》
《この世界は存在の無い者は居ない者と同じだ。私達の声すら普通は聞かせることも出来ない。ならば、唯一この世界の存在を失った君はこの世界で言う死亡と同じ判定でなければならない》
《でも僕等は死なないし力は使えるよ?》
《使える使えないではない。君の創らせたこの遊戯の世界、そのルールでは君は死亡した者として扱わなければならず、君の課した条件を達成した者を敗北と同じ扱いにするのが問題だと言っているんだ》
《確かに適当でも造った身体を消されたのは初めての経験だったけどさ……》
ふて腐れるようにデフテロスは何か言葉が無いか探す。
《私の創った現実の世界ならばやりたいようにすれば良い。だが自身が創った世界ならば責任を持て。無法が過ぎるのならこの世界は私が壊してやる》
《ぼ、僕は創らせただけであって――》
《それでもだ》
《……わかったよ》
《それに……私はこのオルターという存在に惹かれる。この者達は君の破壊を目の当たりにしてきた。だというのに生きること、人を守ること、君を倒すこと、破壊されながらもその“全て”をあの状況でも諦めなかった。そのオルターの分身である彼はどんな人間なのか、その行く末を見てみたくもなったんだ》
《なるほどね~でも結局はただの人、今回のだって自身の分身とは言え彼自身は崩壊したんだよ? あ、後、君の壊し方は滅茶苦茶だからやめてよね》
《それでもやはり彼自身の創ってきた力だろう。それに私は以前言ったろう? 君の課す試練、そこから与えられる確定した敗北を乗り越えて得られる力、その程度で得られる力では足りない、と》
後半の言葉を無視してプロトスは続ける。
《ん~でもさ、他に方法が無いじゃないか》
《本当にそうか? 私は常々実感した。一度見放した種がこのような……君がやらせたとしてもこの世界を創造した時は、所詮は失敗の延長でしかないと。だがそれは間違いだとわかった》
《え?》
《育てるだけではダメなのだ。時には手を掛けず、失敗を受け入れ、それを乗り越える。現に私が少し見守ることを止めてからこれ程の世界を創れるまでになっているではないか》
《確かに、ゲームという世界を作るよう頼んだけどここまでの物になるとは想定もしていなかったよ》
《そう、壊すだけでは足りない、創るだけでは足りない。創った後でも壊した後でも、それを託せる存在が居なければ、結局は私達のやること全てが永遠に変わらないままだ》
《……》
《だからこの者に関わるのはここまでにするんだ。ただの人がこの世界の偶然の組み合わせに巻き込まれた結果、仮とは言え確定していた敗北を覆したんだ。ならばこの生まれた人の可能性は我々が干渉してはいけないんだ。これも言ったことだが、お前はただ生まれる可能性を摘み取っているだけなのかもしれないことを自覚するべきだ》
デフテロスもプロトスと同じ気持ちを理解する。
《確かに、ね。壊して新たに生まれた力はいつも限界があった。僕はまた同じことをしてたのかもしれないね。種の限界を僕が作っていたのかも》
《それに彼等にとって理外の存在である我々に勝った彼を見て気づいたんだ》
《何を?》
《負けられない状況で味わう敗北という経験は確かに必要だろう。だがそれで得られた力は結局、敗北有りきの物でありこの世界の強者に属する者の大半は持っている。しかし逆に考えてみろ、もし勝ち続けた先にしか存在しない、そんな誰しもが経験したことのない経験があるとすれば、それこそが君や私が求めている可能性なのではないか?》
《それこそ有り得ないでしょ……》
《かもしれない。だが我々が何かをするとすれば、それは君のように敗北を与えることではない》
《……じゃぁ?》
《簡単だ。ただ切っ掛けを与えればいい。そこからどちらに転ぶのかまでは我々は干渉してはいけない。例えそれで滅びようとも》
《プロトスの言ってることは僕にも少しわかった気がするよ。僕も今回から考え方を変えるよ…………それじゃぁ彼を元に戻して終わりかい?》
《いや、切っ掛けは与えると言ったろ? 君の試練をあろうことか達成したのなら、相応の“切っ掛け”は与えよう》
《ぁあ! ならさ、丁度いいのがあるよ!》
《なんだ?》
《アキラに干渉したら同じことの繰り替えしだよ。だけど、そのオルターなら?》
《なるほど、それなら確かに切っ掛け程度だな。それを引き出せるとは限らないが》
《でもそれは僕等が関与することじゃない、でしょ?》
《ああ、そうとも。私も今後は彼には関わらない。どんな結末があるにせよ、もし私と君が今後彼に出会うとすれば、全てが終わった後だ》
《全てが終われば出会うことも無いかもしれないけど》
《違いない》
互いに嬉しそうに言葉を交わすと、気を取り直してアキラのオルターに目を向ける。
《僕はこの赤い子に破壊の可能性を感じているんだ。元はと言えば仮の身体を消滅させたのもこの子の力だしね》
《ならば私はこの器用な者にしよう》
《え? 君もかい?》
《片方だけに肩入れするのはバランスが悪いだろう?》
《それもそうだね!》
特に何かが起きたわけではないが、プロトスとデフテロスの声はそれ以来聞こえなくなった。そしてその後、すぐにアキラの意識は一瞬だけ浮かび上がる。
(……俺はどうなったんだ…………誰か――)
アキラの魂が綺麗に元通りに造り直された。だがパニックのまますぐに意識が遠のく。
「どういうことだトリトス?」
『彼は今、罪都に居ます』
「ざい、と?」
『一定の罪を犯した者が収監される……所謂刑務所と同等の場所です。勿論それだけではありませんが』
「なんでそれを、トリトスって言うのかな、君が知ってるのさ? さっぱりわからない」
「そ、そうだよ……どうして表に出られなかったお前がそれを知ってるんだ?」
リッジがお手上げというように尋ね、リョウが同調する。
『説明してもいいのですが、少々長くなりますので今は割愛させてください。あまり猶予が無いので先に決めましょう』
「決めるって、何をですか?」
『私はまだ生きていると言いました』
「……おい女、お前の言い方だともうあいつが死ぬって聞こえるが?」
『はい、このまま何もせずにいれば――』
トリトスの言葉に全員が注目する。状況を整理し、これからどうするかという時に示される指針が、彼等彼女らに降りかかる。
『――彼が処刑されるからです』
次回もよろしくお願いします。
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