143死は等しく平等に
ブラックアビス・変異種(第1形態)そしてその第2形態がアキラを爆破出来たため厄介な存在は片付いたと思い次に移る。
「覚悟決めろよ……」
「イヤだよ」
「うっせぇ」
ルパとリッジが次は自分達だとわかっていて軽口を交わす。ノートリアスモンスター2種がこちらを向き、無いはずの目が合う。
「っち……」
「……」
『ラ~ラ~ラ~ララ――』
リッジは黙ってしまい、ルパは自身が抱いた恐怖心に舌打ちする。そして聞き覚えのある歌声が始まった時だった。
『ドカァン!』
轟音が聞こえたのは戦う覚悟を強いられたそんな時だった。フェノメノンで突如生まれたブラックアビスの頭部が吹き飛びそうな折れ曲がり方をする。そしてワンテンポ遅れて第1形態に襲いかかる人影、周囲に自身の血を振り撒くアキラだった。その瞳は赤と緑の輝きを放ち、無表情にも関わらず滲み出る怒気は見る者を自然と引かせる物がある。
可変が完了したシヴァは通常の弾丸は全てインパクトドライブになるため、一撃一撃が必殺の威力を持っている。そこらに居る下位のクラスモンスターなら急所に一発当てるだけで葬れるだろう。
「フッ!」
飛びかかると自身の手より大きい顔面を無理矢理アイアンクローの要領で掴む。
ミシィ!
『アァアァアァ!』
折れ曲がった首がぶら下がり、その顔面から木材を万力で締めているような音を立てると同時に叫び声にも似た歌声が聞こえる。指型の穴だけでは留まらず更に深く指がめり込む程の力を込め、アキラの手でも安定して掴んでいる状態を無理矢理造り出した。目の前で叫ばれても淀まないアキラはシヴァを折れ曲がった首筋に押し当て引き金を絞る。
『ドカァン!』
インパクトドライブから発する大砲のような轟音が首筋を抉る。その一撃で千切れそうな程か細い首だが、その状態からブラックアビス(第1形態)は反撃に転じていた。
(……いっけ!)
それは蔓の鞭であり、既に振りかぶった状態。即座に予定を変更し、アキラはわざわざ蔓の真下を通り抜けるように避ける。左手は離さず無理矢理首を引っ張っていく。その所為でギリギリ左手に蔓が当たる所だったが、何とか通り抜けることが出来た。そして振り下ろす先にあるのはブラックアビスの千切れかけた首だ。
(セルフギロチンでもしてろっ!)
振り下ろした蔓はもう止まらない。弱っていた首が自身の蔓によって引き千切られる。
『ィヤァッ――』
途中で途切れる断末魔、そして吹き出る花粉――これは翠火達がブラックアビス・変異種を第2形態へとさせてしまった時と同じ物であり、これを吸うか皮膚に付着させてしまえば偽りの達成感を強制的に与え、対象を油断させる代物だ。これによって翠火達は倒したと思い込んだ時に違和感を覚えられなかった。
【ブラックユーモア:アレン――】
そして花粉が出てから本命の攻撃であるブラックアビス・変異種の第2形態がスキルを発動しようとしていた。だがアキラは花粉を浴びる前から既に動きを想定し、行動選択を終えている。引き千切った首は花粉を浴びる前から第2形態へと投げているのが何よりの証拠だろう。
(おしっ!)
弱っている第2形態に頭部が直撃し、スキルが中断された。健常の状態であればなんの問題も無くスキルを発動したであろう。しかし今は瀕死の状態故、使用するスキルを中断させることが出来た。そして一泊遅れてアキラへと花粉が降り注ぐ。当然効果はアキラにも適用されてしまう。
(よし! これで終わ――)
『アキラ』
花粉を浴びて何もかも終わったと錯覚し、偽りの達成感に浸り……きる前に浴びせかけられるヴィシュの声、冷静であり冷めたような自分を呼ぶ思い、それと同時に左手が異様に訴えかけ脈動。
(――ってなんかいないだろ!)
オルターが自身を呼ぶ声、もしただの便利な武器程度にしか扱えていなかったのなら決してアキラにその声は刹那の間で届かなかっただろう。だが動作は止まらず自分の終わった感情を即座に否定出来る猶予も貰えた為動作を続けるには十分だった。
途切れた思考ではあったが、次に何をするつもりだったのかは身体が覚えている。それが自然と行動に現れた。首を千切られても未だ死んではいないブラックアビスの首があった首部分の根元に手を伸ばす。
「っらぁ!」
――そして気合い一閃。
第2形態の変異種とは反対方向へと首の千切れたブラックアビス、その自身より大きな相手を無理矢理投げ飛ばした。
そして感じる攻撃の予兆。
【ブラックユーモア:ドレイン】
「っ!?」
その瞬間魂を揺さぶるような警笛が胸の中で響く。自身の本能に従い、アキラは飛び上がる。そしてその選択は間違っていなかった。ブラックアビス・変異種、その第2形態を中心に地面から根を広げ対象を探す。地面範囲内に誰も居ないため、スキルを解かずに着地するアキラをこのノートリアスモンスターは待っていた。
そう、待っていると言うことはアキラが飛び上がった位置は回避するには遠い場所なのだ。もしもこのスキルを初見で躱したリョウとトリトスがこの場に居れば叫んでいたはずである。「どうして距離を取らず、わざわざ敵に向かって飛び上がっているんだ! 」と。
(最初の手応えでいけると思ってた)
アキラは避けて等いない。ブラックアビスの第2形態へと一息で飛びかかっていた。
(でも今見てみればこの様だ)
巨大だが線が細く、ボロボロに崩れそうな肩に左手で全身全霊の手刀を放つ。
『――ァガガ!』
頭上から聞こえる叫び、そしてヴィシュを使った手刀が右胸の辺りで止まる。
(これじゃ……こんなんじゃあいつには届かない!)
左手を傷口に埋めたまま外れないようしっかり内部を握り締める。
「これで最後にしてやる! 【エグゾースト――」
【ブラックユーモア:ドレインチューブ】
このスキルを使ったのは第2形態ではない。頭の無いブラックアビスだ。不可避のタイミングでアキラの足を貫き、その蔓は脈動を開始する。
「――ブレ……!?」
『アー! ダメダヨ!!』
アキラの言葉は途切れ、シヴァが驚きの否定を発する。その原因は突き刺さった蔓から“何か”をドレインされたことにより、アキラのエゴが解除されてしまったからだ。自身はエゴで無ければその真価が発揮出来ないことを知っているが故の驚愕。そしてまだデメリットは存在する。本能やイドのまま可変状態でいれば本来の力、それ所かインパクトドライブも発動出来ない。
(こんな……タイミングで!)
終わりが漸く見えた状態での勝負所、その仕掛けをアキラは間違えてしまった。その代償は大きい。シヴァは力を失い、ヴィシュはガントレットから銃に戻るという物だった。ヴィシュはシヴァと違って可変式では無く、銃からガントレットへとその姿を変質させた物のため、銃に戻っている。アキラの手はその握り込まれたグリップから容易に状況を理解出来た。
『ラララ~♪』
ただでさえ少ないHPが更に半分になり現在2割も無い。そして同時に聞こえる上機嫌な声は、アキラにとっては絶望の旋律にも感じられる。
(……まだ、だ)
どうしても詰んだこの状況、1秒が引き延ばされ思考が加速する。何が出来るのか? 何か出来ることが無いのか? まだ生きているなら自分は絶対に終わらない。その意思だけは死ぬまで絶対に折ってはいけない不変の物だ。
だがこれまでと決定的に違うのは力を出し尽くした状況だった。それがどういうことか?
(打つ手が無い――)
所詮は格が違う相手。少し攻撃をもらえばこんな物。ここまで頑張ったんだからもう楽になろう。そもそも無理してここに来た。帰っても居場所が無い。人には偉そうだったが自分だって似たような物。とっとと諦め――
『モドル!』
「っ! 待て!」
シヴァが少しでも自分の威力を上げようと可変状態から元に“戻ろう”としていた。その声にアキラは反応して咄嗟に待ったを掛ける。色んな言い訳が頭の中を駆け巡ったが、それは本当の意味で言い訳を考えたわけでは無い。
(自分の負けを想定するな!)
戦闘中に先を読み、それを自分の行動へと反映させ、更にその次の展開を予想し身体をその通りに動かせるようにしたアキラの今のスタイル。戦いの素人が辿り着いた限界。そこから生まれた後遺症とでも言うべきデメリット、それは打つ手が無くなった時に負けることさえも想定してしまうことだった。
(でも、どうして俺はシヴァを止めた?)
咄嗟にシヴァの可変を維持しようと声が出た理由、そしてその答え合わせはすぐ始まる。
『アキラ、ノコリノ魂ハ、ダンガン、ニ』
「!」
ヴィシュの声、それだけで自分がやるべきことを理解する。同時に過ぎる様々な疑問。それでも出来ることがそれしか無いのならやるしかない。
――例えそれがどういう結果を生み出そうとも。
(ぶっつけ本番だ!)
もし出来てもそれは一度限り。それはシヴァとヴィシュのエゴが定着していたからこそ残った可能性であり、未だ瀕死の第2形態を倒すタイミングがここを置いて他に無いためだ。
「ヴィシュ!」
ドレインを終了したためか蔓が抜ける。アキラは即座に第2形態の胸にめり込んでいた左手を支えに第2形態の首へ左の膝裏を相手の後頭部に絡ませ、今度は絡ませた足に重心を置いて腕を抜く。途中全快した第1形態の鞭が振り下ろされるが第2形態と同位置に居るため当てないように振るわれた攻撃は簡単に避けられる。そしてアキラは即ヴィシュをシヴァへと突き付けた。
『ボク?』
「ああ、お前だ!」
『激化』
『ガァア゛ン!』
それは非常に歪な音だった。聞こえたのは金属の筒が中の圧力によって割れながら何かを押し出すよう。そんな聞くだけで身震いしそうな代物だった。
「ぅぐっ!? ぁああ!」
ヴィシュに残った魂激成法を使った最後の弾丸、そのお陰でシヴァに眩く赤い輝きが宿る。それはエゴへと変わった証。だが即再使用出来ないエゴを無理矢理使っているような物で、シヴァの強すぎる魂がアキラを浸食したせいでアキラはヴィシュを撃った時より更に激しい魂の痛みに苛まれた。
(こ、これしかないん……だぁあああ!)
どうしてシヴァに魂激成法やったのか、これは殆どアキラの勘による物だ。自分に使ってもシヴァをエゴには出来ない。それを魂で感じ取っていた。そして正真正銘、最後の一撃。
「【エグ……ゾースト――
無理矢理身体を動かしてブラックアビス・変異種(第2形態)に銃口を押しつけ、唱え始める。それだけで身体の中から何かが引き裂かれる実感が湧く。それは初めて経験した痛み【器の崩壊】に匹敵する、いやそれ以上の物。それでもスキルの発動は止めない。
――ブレイカー!】」
『カチィ――』
アキラの主観では、発動中に銃声すら消える。だからなのか、耳が音を聞き取れないことが感じ取れた。
(静か……だな)
感慨深く思うのとは裏腹に目の前で爆発が始まっている。だと言うのに相変わらずアキラの耳にその音は届かない。身体がエグゾーストブレイカーの余波で吹き飛んでいるにも関わらず、ブレる視界は音量を消したFPSゲームの映像を見ているように他人事だ。五感も視覚のみ機能している。動く景色は早いのに妙にゆっくり感じられ、遂に地面へと落ちても衝撃を感じず、激しく白黒の景色が動くだけ。次に瞬きしたらゲームや映画のスキップみたいに場面が飛んでいる。景色は動かなくなり、若干見える草木から倒れていることわかりそうなことだがそんなことすら理解出来ていない。
(………………)
そこに最早自分の意思も介在せず、それどころか思考する力も失われているかのように静かだと感じることも出来なくなっている。
(深緑……………………)
思考することも出来ないのに心の中で自然と漏れた言葉は1人きりになっているであろう妹の名前だった。
(ごめん……な)
考えることも出来ていない筈だった。だが最後の最後で思いを綴ったその謝罪にはあらゆる意味が内包されているようにも感じられる。
カラ~ン♪ カラ~ン♪
『ノートリアスモンスターが討伐されました!』
『大規模クエストのクリアが確認されました!』
『30分が経過しましたら強制的に退去していただきます!』
【プレイヤーアキラが死亡しました。】
次回もよろしくお願いします。
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