139切り札
ちょっと長くなったので4000位で切ってます。
これが終わるまではなるべく早く終わらせたいと考えてる感じを漂わせてる気がします。
「そんな……あぁ、どうして今頃……」
土埃で視界が覆われた中、翠火は漸く自身の魂がエゴの使用出来る状態になったことを認識する。そのタイミングはあまりにも間が悪く、嘆くことしか出来ない。彼女の視界にはエゴを使ったリョウがブラックアビスの蔓に腹部を貫かれ、そのまま宙に吊された状態が最後だった。束ねられた大質量の蔓に押し潰されと言う見るに堪えない場面だったが、土埃でその最後が見えなかったのは幸いだ。
(もっと早く回復出来ていれば!)
もし数秒早ければと思わずにはいられない。エゴさえ使えていればと自身を呪わずにはいられない。
(次は私が……)
例えリョウと同じように時間稼ぎにしかならないとしても、次に死ぬのが自分だとしても翠火は濡れた瞳を閉じずに見開き、より凶悪になったブラックアビス・変異種を睨みつける。
(オ……レは)
『諦めるのですか?』
(もう、前がよく見えない。身体も、動かない……オレ、は本当に……生きてるのかな? ごめん、ね……トリトス)
トリトスの声が届いていないかのような返答だったが、変わりに出てきた言葉は謝罪だった。
『リョウ? ……貴方と過ごした今日は幸福、と言える物でした。もう二度と会えないかもしれませんが私も最後まで足掻きます。例え1秒でも長く生きながらえられるのならその可能性に命さえも賭けましょう。貴方は私が今からすることを許さないかもしれません。だからお願いです。必ず私をもう一度――叱ってください』
「フゥ、フゥ」
緊張をほぐすように聞こえる大きな呼吸、それが土煙が落ち着き始めた空間に響く。そしてトリトスが第2形態と称していたブラックアビス・変異種も獲物を仕留めた余韻なのか、自身の5指から伸びた蔓の塊を叩きつけたまま動かず沈黙していた。
(あの時トリトスさんの意見をちゃんと聞いていれば……)
後悔ばかりが立つ。翠火が心からトリトスを信じられなかったのもあるが、焦りが合わさり強引に強攻策を取ってしまったことも後悔に拍車をかけていた。
(――え?)
巻き上がる土埃から歪な黒い影が見える。何か蠢いていると意識していた次の瞬間。
「リョウさん!?」
土埃から吹き飛んできた黒い影は、意識を失ってエゴが解けたリョウだった。慌てて翠火は受け止め、抱きかかえる。
「生きていたんですね! トリトスさんは!?」
「……」
この時初めて気絶していると理解した翠火は再びリョウが吹き飛んできた方向を見ると同時に声が上がった。
『翠火さん、リョウのことをよろしく頼みます』
蠢く人影はトリトスである。主人も居ない状態では同格の相手が精一杯、格上どころか次元が違う相手に何をするつもりなのか? その疑問が沸くと同時に沈黙していたブラックアビスが動き出す。
「トリトスさん!」
人形のように作られた精巧なオルターであるトリトスを見下ろしていたブラックアビスの動きはシンプルだ。ただ持ち上げた蔓を再び振り下ろすだけ。
『既にそれは視ています』
最後に視た未来予測で確認した動きの候補の1つ、そして振り下ろしてから避けるのでは間に合わない。しかしシビアなタイミングだが振り下ろす直前に避ければ間に合うこともわかっていた。
ドンッ!
シンプルだが強力な一撃、そして地面を走れば横薙ぎは来ないことを知っているトリトスは更に加速した。
『リョウと共に1秒でも長く生き残ってください』
彼女は両腕を振るう。
『最後ま――』
言い切る前に地面から突き出た枝の槍がトリトスの胸部を貫く。サイフォンシールドを展開しつつも壁にすらならず時間稼ぎにもならない。そんな彼女をブラックアビスはしなりを加え、ぞんざいに放り投げた。穿った胸から溢れる白い液体が音を立てて吹き出ている。人であれば即死だろう。
『――遺言までは言わせてもらえなさそうですね』
重傷を負っているトリトスだがそんなことを気にもかけず両腕を引く。先程両腕を振ってブラックアビスに巻き付けた糸を手繰り吹き飛ばされた反動を使って飛び出した時以上の速度で再び近づく。
(これが私に出来る最後の抵抗)
彼女はブラックアビスとの距離をゼロにした。そのトリトスを打ち落とすように蔓を一瞬で縮め、人を模した腕に変化させて振るう。そして彼女にはそれを避ける術は無く、避ける必要も無かった。なぜなら視ていた予測はここから先意味を為さない。
(リョウ、必ず生きてまた呼んでくださ――)
「まっ――」
翠火の呼び止める声も虚しく打ち落とされる次の瞬間、空間から音だけが消える。間近で見ていた翠火は時が止まったかのように感じていたが、強大な衝撃波が自分を襲うことで漸く爆発が起きたのだと理解出来た。
「っ!」
絶対にリョウを離さないようにと腕に込めた力を更に強める。横に転がされて衝撃に耐え、勢いが止まると機械の部品らしき物が遅れて落ちてきて翠火に当たったがそれどころじゃない。
(ば、爆発? ……もしかして!?)
翠火はこの時初めてトリトスの自爆機能を察する。自身の命を犠牲にした一撃【自爆】は初めて有効なダメージを与えた。その証拠に木が軋む音を立てて身体を震わすブラックアビス、だがそのリアクションとは裏腹に削れたHPは1割にも満たない。見方を変えればエゴの状態でもないトリトスがこれ程のダメージを与えられたという事実は驚愕でもある。たった一度きりの切り札であることを除けば。
「トリトスさん!?」
そして翠火は知らない。トリトスがオルターではあってもその命に限りが無いと。
そしてこうも思ってしまった。二度と会えなくなってしまったのだと。
そして真に思い知らされた。これは自分が引き起こした結果、その末路であると。
呆然としている翠火だが現実は止まってくれない。ブラックアビスが次の狙いは翠火とリョウであると認識している。自身の範囲外へと飛んでいった彼女達を追って自身が展開している範囲ごと近づく。その動きは根の上を伝う程の異常速度ではないが、決して遅いわけではない。
(トリトスさんの最後の頼み、絶対に守ります)
「ほいほいっと」
「……リッジさん、リョウさんをお願いします」
「翠火~無理は……する場面か、引き摺るけど勘弁ね」
リッジは忠告を気絶したリョウにしつつ翠火から距離を取る。彼女がこれからすることはリョウと同様の時間稼ぎに他ならない。援軍が来る可能性も不明なら彼女がこれからやることは無茶以外の何物でも無いからだ。
(リョウさんとトリトスさんがあそこまで無茶を通したんです。私に残された最後の可能性、この“種族スキル”で私も無理を押し通します!)
気合いを新たに駆け出す。エゴは使用可能だが彼女にそれを行使する素振りは見られない。迫るブラックアビスが広げる根っこの円形範囲に侵入した翠火はオルターを出現させて立ち向かう。
『イドにしないのかー?』
「【煉魔招請】を使い――っ!」
翠火のオルターである焔が言及するも使わず本能のままブラックアビスの振り下ろす蔓を避けようとステップする。だがその軌道から避けるにはあまりにも遅かったが、それを予期していた翠火はオルターを合わせて受け流す。
「っぁ!? ――ぅぐっ!」
バフを一切使わずに受け流すが回避中のため踏ん張りも利かず吹き飛ぶ。そのあまりの衝撃に上げるつもりのない呼気が漏れる。そして吹っ飛んだ先にぶつかった大木に全身を打ち付けてしまう。強化もせずただ通常の状態で挑むにはあまりにもある力の差に翠火は動揺を隠せない。
(な、これ程、差があるなんて……)
急激にHPが減ったせいで状態異常にかかるが、ブラックアビスは急いで止めを刺そうとしない。そのお陰と言っていいのか、動けるように回復する。だが一瞬でHPが全損しdying状態になって間もないため痺れる手足を懸命に無理矢理動かしてゆっくり立ち上がる。
「はぁ、うっ……ぁっはぁ」
全身を打ち付けたせいか、呼吸機能にも障害が出ていた。それでも彼女の瞳に絶望の色はない。計算通りにdying状態になった翠火は覚悟を持ち、本来であれば使うつもりのなかった魔人専用のスキルを使う準備に入る。
「……エゴ!」
使うにはあまりにも遅いタイミング、それでもエゴは正常に発動した。魔人特有の真っ白な肌に広がっていた自身の血の跡は、隠れすように紋様が現れ見えなくなる。オルターを仕舞い、続けてお面に隠れたその口は準備の出来たスキル発動の文言を紡ぐ。
【魔人は死の住人、生の旅人。現下を彷徨うその魂は煉魔を降臨するための器。現下に顕現せしその魄は煉魔を顕現するための贄】
(このスキルを使えば私自身どうなるか……それでも止めるわけには)
【身に刻まれし証を煉獄の住人の道標とす】
(うぁっ!?)
身に刻まれたのは感じたことのない苦痛、人生でただ一度も、この世界で味わった痛みすらも凌駕する魂の痛みを翠火はその身に初めて味わう。
(これはっ――今は関係ない!)
【※魂魄の許容を越えたスキルを使用した場合、生命の保証は出来ません。】
痛みに身を震わせるが注意書きすら一瞥しただけだった。そしてギリギリで声を堪えていた翠火は確かな意思を持って唱える。
「【煉魔招請!】」
その瞬間、翠火の全身に広がっていた燃えさかるような紋様がその姿を消す。それは紋様という形から全身に広がったせいでただの黒となったからだ。
(あっ――)
瞬間理解する。自分は今意識を手放しかけていると。
(しっか……ダ…メ)
手を伸ばそうとするが身体は動かない。倒れたくも無いのに身体は後ろに傾く感覚が押し寄せる。例えるなら春の陽気に当てられ、うとうとしている時にやって来る落ちる感覚、それに酷似していた。問題なのはその瞬間意識がハッキリして起きるはずが、更に落ちて行く。もう二度と目覚めない、自分の身体はそう言っているかのように。
『……………………』
そんな翠火を無言で見つめつつ静かに蔓を持ち上げるブラックアビス、ノートリアスモンスターとして誕生し、ただ歌うことだけが災厄をもたらす存在。それがなんの因果か変異種として生まれ変わり、ただの災厄装置となった怪物は無感動に立ったまま意識を失った翠火に戸惑いも躊躇も無く振り下ろした。
「翠火!」
遠くで翠火を呼ぶリッジの声が虚しく広がる。そして無慈悲な静寂が降り注ぐ。奇しくも状況はリョウと似ている物の、一つだけ違うのは土埃が晴れてくると見えてくるのは蔓。そしてその周りには人の影も形も無く植物の塊の位置に確かに居たであろう翠火が動くこともできず逃げることができなかった。それだけは静寂の中の確かな事実だった。
『……これはあれか? 攻撃されたってことか?』
その声が広がるまでは。
次回もよろしくお願いします。
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