130歯痒い思い
週に一度って言いましたけど目安にしてください。進行が進むときと進まない時の差が激しくてペースを守れる自信がなくて……
こんな自分ですけどこれからも宜しくお願いします。
粉物特有の香ばしさとその焼かれた生地の上に乗った甘辛いソースの匂いが、たまらなく鼻を通して食欲を刺激する食楽街の道中、それが癪に障るのか翠火達を前から尾行していた男が舌打ちをする。
「チッ!」
帰ると聞いていたはずが、突如クレープ屋に寄りだしたからだ。
(あいつら飯食ったばっかりだろ!)
思った以上に足取りが遅い集団のため、歩幅を調整して近づいている途中だったこの男はいきなり予定が狂わされた格好だ。流石に寄り道をするにも食事を終えてすぐのクレープ屋に行くとは予測が立たなかった。尾行をしている手前現れたり消えたりを繰り返せば気づかれかねないため、急遽近場のたこ焼きを注文して時間を潰さざるを得なくなる。
その頃、クレープ屋にトリトスが真っ先に到着していた。誰よりも早く注文するため、尾行のことなど二の次になっている可能性は否定出来ない。
「おーい! お前クレープ初めてだろ? 注文はだいじょ――」
『カスタード生クリームにイチゴとチョコレートにバニラをトッピングした物をダブルでください』
「え……わ、わかりました! 少々お待ちを!」
あまりの注文に店員が若干驚きながら準備する。とても初めてとは思えない注文内容に閉口してしまったリョウはつい呟いてしまった。
「オレはお前の食費でどれだけ出費しなくちゃいけないんだよ」
『これも維持費だと思ってください』
「自分以外でオルターの食費に悩んでる人なんて聞いたこと無いぞ」
『なるほど』
「……おう」
「私はイチゴアイスをカップで」
「あ、オレバニラで」
「そちらもカップでよろしいですか? はい、ありがとうございます!」
そんなリョウとトリトスに追いついた翠火に乗っかる形で注文を済ますと、次いで来た夢衣と華が注文した。
「あたしはツナサラダクレープにタマゴトッピングで~!」
「あ、あんたさっき食べたばかりなのに食事系のクレープ? 前より食欲増えてない?」
「サラダだから実質カロリーオフだよぉ!」
「……何言ってんの? あ、私はカスタードクリームで」
「ありがとうございます!」
各々が注文した品が出来上がるのを待っている間、リョウ達を今尾行している者が最近起こっている不可思議なトラブルに関連があることを告げる。
「トリトス?」
「カスタード生クリームにイチゴとチョコレートにバニラをトッピングのお客様~もう一つお作り致しますので少々お待ちください」
『今は前方のたこ焼き店で待機していまムグムグ』
「え? でも前から尾行してるって尾行って言うの? 私達の帰る方向知らないんじゃ後なんてつけられないし」
「行き先についてはある程度予測が立っているのでしょう。そうでないと成り立ちませんからね」
「どんな人なの? 危なくない?」
『この世界のヒューマンです。それ以上でも以下でもありません』
危険は無いか尋ねる華に、にべもなくどうでもいい存在とトリトスが告げる。
「理由はわからないけど、重要視してるのはこっちの会話なんじゃないか? 店の中にも居たみたいだし、オレ達が帰る方向を知るなら会話を聞かれてない限りないと思うんだ。だから歩きながら重要な会話をする可能性を逃さないために、少しでも情報を集めようとしてるんじゃないかと思う」
「じゃ、じゃあ今してるこの会話も聞かれちゃってるのかなぁ」
『あんむっ……それは大丈夫です』
「もう食ったのかよ!? お前味わってんの?」
『無論です』
キリッとした返答に、自分が咎められたような錯覚を覚えたリョウを無視してトリトスが引き継ぐ。
『こちらに近づこうとしている段階で私達がいきなりクレープ屋に行くとは思っていなかったのでしょう。尾行者も上手く接近出来なかったようです。お粗末な尾行です』
「お待たせ致しました~もう一つのクレープと、お後こちらアイスのイチゴとバニラになります!」
『……』
「えっと、それだけじゃなくて今この会話をしている時点で動きが無いのと逃げないことが証拠になるって……自分で言え!」
『ほえらげじゃなく』
「口の中に物を入れて喋るな!」
(現時点で会話を)
「お前わざとか? わざとやってるのか?」
『んぐっリョウが言えと……』
「オレだけに聞こえても仕方ないだろ! 大体お前は――」
「くっそ、こんなじっくり構えるんならあの女も呼べば……いやいや尾行に失敗すれば意味がない。にしてもとても重要な話をしてるようには見えねぇな」
彼から見れば美味しそうにクレープを頬張るトリトスと戯れているようにしか見えない。このやり取りでとても重要なことをしている風には見なくて当然だろう。自分の尾行は完璧だと思っているためその自分自身のことを話しているなどとは露ほども思っていない。彼は彼女達がクラスモンスターを少数で撃破する猛者だと知っていても、所詮は子供と考えているのだ。
「ま、これで怪しまれたりはしないだろ。トリトス、それ一口くれ」
『アイスを損失する覚悟があるなら一向に構いません』
「交換レート高過ぎるって」
確固たる覚悟で問うトリトスの態度、だがその反面困ったように笑いながらアイスを差し出す。クレープを分けてもらったリョウはそれだけでアイスも食べられなくなる程バラエティ豊かな口当たりに若干食べたことを後悔しつつ、両手にアイスとクレープを持つ無表情のトリトスを見るとなぜかはしゃいでいるような雰囲気に笑顔が零れる。
「あ、今のわざとだったの?」
「そりゃ普段あんなコトしてないし」
「えっ」
「えっ?」
「いつもあんな感じよ? まぁちょっとツッコミの度が過ぎてたけど」
「そ、そう」
「フフ、リョウさんもトリトスさんも仲がいいんですね。ですが、これからどうするか予定は決まってますか?」
「それなんだけどさ」
のんびりした雰囲気を壊さないように問いかける翠火に体勢を崩さないで応じるリョウがリラックスした状態を心掛けながら語る。
「捕まえやすいように誘導して全員で捕まえる……までは簡単だと思う。でもその後オレらに何が出来るって訳じゃ無いと思うんだ」
「それは……そうね?」
改めて華が捕まえた後のことを考えると対応に詰まってしまうのが予測出来た。
「捕まえて尋問して喋らなかったら、後は解放するしか無いしね。もし危害を加えて“罪都”送りになんてなったら目も当てられないし」
「間違いなく今回のイベントは参加出来なくなりますね」
「1人ってことは危害を加えることもないと思う。だから敢えて気にしないことにするのと、何か仕掛けてくることがあればすぐに対応するように神経を尖らせておく。トリトスが」
『……』
最後の一欠片を含んで咀嚼しながらトリトスはリョウを無表情に見る。第三者からすれば抗議しているようにも見えるが見られているリョウは一切視線を返さない。
「ある程度戦うことが出来ても神経尖らせて尾行に気遣うなんてできないし、気づかれて変な気を起こされても面白くないからさ。その点トリトスなら記録した相手の位置を把握出来るしね。じゃ頼んだ」
「このツナおいひぃ~」
夢衣とトリトスを除いた面々がリョウの言葉に頷く。
「ではホームに戻りましょう。少し休んでから詳しい話をしませんか?」
「そうね、なんだかんだ戦いと違って情報集めて疲れちゃったし」
各々が席を立ち、尾行者については気をつけることとなるべく固まって移動すること、そして動向についてはトリトスが常に見張ることで話がつけられた。
『……アイスの代金としては高くつきましたね』
オルターであるトリトスは金銭代わりのホームカードを持っていない。残りのアイスを口に含みながら無言の抗議をするもスルーされてしまう。為す術も無く今後の食糧事情を考慮した結果大人しくリョウの意見を受け入れたトリトスは、機械らしくも無機質な表情で静かにリョウに続いて席を立った。
翠火達が方針を決めてから数日が経過し、遂に大規模クエスト開始日となる。開始宣言のために剣と杖と矢が三方向に別れたシンボルのある場所、ギルドへと彼女達は集まっていた。
「結局あの後何もありませんでしたね」
食楽街の明るい喧噪とは違い様々な種族が建物の前で往来に並ぶ。若干緊張した空気が流れているせいで落ち着きの無いざわめきを生んでいた。そんな中それを口にしたのは翠火だ。彼女も口調はいつも通りでも口元が若干引きつっている。隣に居るリョウがそんな翠火の言葉を否定した。
「それがなんかはあったみたいなんだ」
「え?」
「でも教えてくれなくてさ、翠火さんにも関わりがあるみたいなんだけどトリトスはなぜか教えてくれないし」
『個人のプライベートに触れるので広めるのは得策では無いと判断しました』
「こんな調子さ」
リョウの隣に居るトリトスから呆れの視線を外して翠火を見てお手上げだとジェスチャーする。
「お前一応オレのオルターだろ?」
『それはそれ、これはこれです。命令するのなら従いますが』
「い、いやそんなことで命令するつもりもないんだけどさ……」
『そうですか』
「わかったわかった。お前も人の心配が出来るってことがわかっただけでもよかったと思うよ」
『ありがとうございます』
リョウ達が緊張をほぐすように軽いやり取りで会話を終えると、自然に華と夢衣の話し声が聞こえる。
「そうそう、それでねぇ。あたしがおにぎり握ると全部丸くなって食べづらくなるんだよねぇ」
「あれあんたの手作りだったの!?」
「ふっふっふ」
「通りで滅茶苦茶硬かったわけね」
「しっかり固めた方が形がよくなると思ったんだもん……たしかに硬かったけど! でもでも滅茶苦茶は言い過ぎだと思うの!」
「ご飯が硬くなる位握り固めたせいで中心に行くほど潰れて不味くなってるおにぎりを滅茶苦茶って言わずになんて言えばいいのよ」
「むぅ……おにぎりって味見出来ないんだもん」
「もうあんなの食べれないわよ」
やれやれと腰に手を当て首を振って呆れたように告げる。
「でも華ちゃんそんなこと言いつつもちゃんと全部食べてくれたよね」
「折角作ったんだし勿体ないからね。流石にそのまんまは食べれなかったからスープでふやかしたけど……それにしてもスープすら吸わないとは思わなかったわ」
「この世界に来てあたしもなんか力が強くなったみたい。ふんっ!」
「ぷにぷにね」
そう言って力こぶを出して腕を曲げる夢衣だが、触って確認した華の感想は残酷だ。力こぶどころか腕に力が入っているのかすら怪しい位柔らかな感触しかないようだ。
「えぇ~!」
「え~じゃないわよ。自分で触ってみなさいよ」
「んー……でも少しは入ってる感じがするよ?」
「こ、これで?」
「うん!」
「あ、あんたが満足してるなら私は何も言わないわよ」
自信満々に頷く夢衣とそれでいいのかと言いたげな華のやり取りを見ていたリョウが翠火に問う。
「あの2人はいつも通りだね」
「そうですね。見ているだけで緊張も解れてきます」
「だね、オレも気が抜け過ぎちゃうよ」
『私は何かが解れた感覚がありません』
「お前は緊張してないからだろ?」
『私も緊張した方がいいでしょうか?』
「もうすぐにもイベントが始まりますし、緊張しないならしないでよろしいんじゃないですか?」
『なるほど、緊張というのは学習する必要はなさそうですね』
「……ん~それは違う気がするけど上手く言えないな」
「私はトリトスさんについてはオルターということしか知りませんが、貴方は緊張しないのですか?」
『経験したことはないはずです』
即座に返事をするトリトスを見ながら、翠火は考えをぶつけた。
「クラスモンスターと戦っているときもですか?」
『状況は全て把握していました。私が負けることも理解していましたしリョウが到着する直前に感じた別の思いはありましたが、緊張ではありませんね』
「そうですか、羨ましいですね」
『羨ましい、ですか』
若干首を傾げて羨ましいと言う部分に疑問とも取れる言い方をする。
「トリトスさん?」
『……』
「ぁっと、あのね翠火さん。こいつってまだ生まれたてなようなもんでさ、人の感情が細かく理解出来ないんだ。今だって緊張しないことが羨ましいって言われて考え込んじゃったんだと思う」
問いかけても返事をしないトリトスにリョウがフォローを入れる。
「え? でも普段はリョウさんとのやり取りは……」
「それはもっともだけど、あいつには普段オレを考慮せず自分を中心に行動するよう言ってあるんだ。やり取りは確かに巫山戯たように聞こえるかもだけど、基本熱くなるのはオレだし、あいつは只単にオレの言ってることを守ってるに過ぎないんだ。そこに感情があるかどうかはオレにもわからない」
「なるほど」
「でもさ」
翠火が残念そうに相槌を打つが、リョウはそんな考えを否定するように気楽に続ける。
「あいつはあいつなりに感情ってのを――人ってのを理解しようと努力してるんだ。だからトリトスと話すと冷たく感じるかもしれないけど、あまり嫌わないでやってね」
「わかりました」
眉を寄せて遠慮がちに笑うリョウを見て、翠火も胸に感じるトリトスへの疑問を置いて頷く。
『そろそろ始まります』
ギルドが建つ方向を見ながらいつの間にか復帰していたトリトスが告げる。それだけでしんみりとしかけていた空気が一瞬で引き締まった。
「でねぇ~」
「ちょっとちょっと、そろそろ始まるってトリトスが言ってるわよ?」
「え!?」
「いいから静かにしてましょ?」
「はぁい」
そんな華と夢衣の気の抜けたやり取りで緊張感が霧散する。それは翠火達だけに作用し、相も変わらず他種族の人々は静まっていく喧噪とは裏腹にその神経を尖らせていった。
次回もよろしくお願いします。
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