11群れとの戦い
「8チュートリアル戦闘2」と「9逃走」の間に未投稿の物がありました。申し訳ありませんが、今から投稿します。
詳しくは活動報告にて
アキラの右手にあったシヴァは、猛然と突っ込んで来るウルフから回り込むような突進によって、シヴァはアキラの後方へと弾かれてしまった。
右手からシヴァが離れる感触だけを、ただ漠然と感じていることしか出来なかった。
アキラは、締め出されたショックで未だに今の状況を理解したくなかったのだ。理解すれば、最早待っているのは困難では無くどうしようも無い死の未来だけと思っていたのだから。
その逃避のせいか、目の前とは違うことを少し考える。先程シヴァが強く脈打って自分を急かしていた理由についてだ。
あれは背後から敵が迫ってきていることを知らせてくれていたのだと、今やっと理解したのだ。
ウルフの森から平原へ、平原から街に向かって逃げている時もやっていた自然と出来上がっていたコンビネーションだが、付け焼き刃のこの方法では咄嗟の状況に対応出来ないため最悪なタイミングでボロが出てしまった。
(シ、シヴァが…と、取りに行かなきゃ)
ここまでの道のりはこの世界にやってきたばかりのアキラにはあまりにも過酷だった。それでもアキラは自分なりに必死に抗い、漸く逃げ切れる。
そんな思いで繋いできた道のりだったが、最後の最後でこの仕打である。アキラの心はどうしようない程に疲れきっており、肉体的にも精神的にも既にピークだった。
朦朧とした頭では目の前の脅威を取り払うために、唯一の武器であるシヴァを、ただただ求めるだけだった。
ピンチの連続を逃げることで切り抜け、ゴールが目の前まで迫りいざ入ろうとしたらそのゴールテープは無残にも目の前で閉ざされる。
最初から門が閉じているなら絶望しか感じなかったはずだ。だが目の前でもう少しで助かると言う希望を奪われる。その絶望は最初から街に入れない時の比ではない。
そして、後ろを振り返れば目視で一瞬で判断しても10匹以上は居るであろうウルフ、そして上位個体と思しきウルフには【ウルフ・リーダー】と表示されている。
他のウルフよりも大きいその体躯を見た時に、逃走で熱くなった身体とは裏腹に、その心は冷えていくのをアキラ自身感じていた。
アキラの体が自然と荒い呼吸を鎮めようと無意識に肩で息をしているが、次第に静かになっていく自分の呼吸を感じる。
それは本当に自分から聞こえているのかと思うほど遠くにその呼吸音が耳に残る。
「もう、頑張った」「ここまでこれただけ十分じゃないか」だから安全な所に行かせてくれと考えてしまう。
だが無情にもまだ増えているウルフが「ここで必ず仕留める」とでも言わんばかりに集まる。
既に狩りではなく、食料のためでもなく、生きるためでもない。誇りの問題なのだ。そう告げるように最終的に集まったのはウルフ20匹とウルフ・リーダー1匹が怒気を孕んだ瞳でこちらを睨む姿だった。
ウルフ種と呼ばれる狼のようなモンスターは、優秀と言いないが数が集まればとんでもない脅威になるタイプのモンスターだ。賢く、同族の感情はある程度は読み取れる。
その影響かフォレスト・ウルフから続いている遠吠えは森を越え、いつしかウルフ・リーダーに対する仇敵を討ってくれと懇願に近い無念を孕んだ咆哮が伝わった。
最初に吠えたフォレスト・ウルフの無念の遠吠え、それがウルフ・リーダーへと伝わり現在の状況に陥っている。
しかし、通常のウルフ種は狩りに失敗して自分が殺されようとも、助けを懇願するどころかそのまま息絶えることを選ぶ。が、何事にも例外がある。
それは、獲物を横取りされた場合や、子供や仲間に自然界にそぐわない危害を加える、誇りを汚される等がある。
今回の原因でもあるフォレスト・ウルフだが、自身が無理やり連れてこられて傷めつけるように危害を加えられたのが原因だ。
勿論アキラやチュートリアルと言うシステムにそんな悪意は存在しないのだが、フォレスト・ウルフからしてみれば何がなんだかわからない内に拉致され、何をするでもなく放置された挙句の果てに、攻撃を受けるまで動くことが出来なかった。
フォレスト・ウルフは今回の出来事をその例外なケースとしか思えず、遠吠えで己が受けた屈辱を感情にして伝えたのだ。
そんなことを知る由もないアキラではあるが、こちら側にも拉致られたせいで現状で出来る判断を下し、命を掛けている理由があるのだがウルフ側も勿論そんなのはお構い無しだ。
なのでこの現状、20匹のウルフと1匹のウルフ・リーダーに囲まれる状況というのは、なるべくしてなったと言わざるを得ないだろう。
双方ともに理不尽な現実は、ウルフ側は敵意を、アキラはその敵意に心が押し潰されそうな現状も双方に原因が無いのだから「仕方が無い」の一言に尽きる。
極めつけが、このソウルオルターの世界にそんな仕様が存在していなかった事と、未だソウルオルターをプレイして、ヒューマンを選択しているのがアキラしか居ない現状が突き刺さる。
挫けそうな心は目に涙を滲ませ、終わりたく無いと願う。まだ死にたく無い! だが、そのためには戦わなければならない。
アキラが滲ませた涙は瞼を強く閉じることで弾き、視界を確保する。そしてウルフ全てを殺して生き残ってやると決めたアキラは、目の前の集団を湿らせた瞳で精一杯睨みつける。
どんな強さを持とうが個は集団には勝てない。と言う言葉がアキラの脳裏を過ぎるが、ゲームの世界なら個でも集団に勝つ場面はいくらでもある。
ここは現実感はあるが、同時にオルターを始め、様々なゲームのシステムが存在する。そのゲームの要素をうまく活用できればやってやれないことは無いのではないか? とアキラは自分のやる気を上げるために自論を展開する。
そして、今出来る限りの覚悟を決めてアキラが気合を入れてウルフの群れへ仕掛けようと足を踏み出す。
筈だった。
自分の意思に反して身体が前へ行こうとしても何故かその一歩が踏み出せない。アキラはウルフの群れの前に恐怖で腰が引けてしまい、足がうまく前に出て行かないのだ。
要はビビってしまっている。
例え一撃で倒せる相手でも見た目は狼であり、チュートリアルでの狼の噛みつきは恐怖でしか無かった。
その恐怖がいざことをなそうとすると心を伝い身体にブレーキを掛ける。この事実にアキラの反骨精神が泣け無しだった闘志に火を灯す。
(何ビビってんだ!ここでビビってたら生き残る可能性すら放棄することになるんだぞ!それにシヴァをふっ飛ばされて後手に回ってるんだ。しっかりしろ!)
全てを終わらせないためにも、未だこの状況でさえ諦めないアキラは己を鼓舞し、自身の寿命さえも見える程度に危機感を感じる。
そんな思いを原動力にしたアキラは、漸く覚悟を決めて足を踏み出そうとした。が、まるで身体は溶けた鉛の中を動いているような気分だ。
その感触を足から感じるが、それでも一歩を踏み出せた。その重い一歩が覚悟の完了を表している。
そして一歩を踏み出した後、身体をなんとか前へ前へ持っていくことに全力を出す。全身に力を入れると共に声を大にして勢いをつける。
「いくぞおおおオォォォ!」
アキラは恐怖に引き攣る自分を誤魔化し、奮い立たせるように叫ぶと同時にウルフの群れへ駆け出す。
それを合図にしてか、ウルフの群れが一斉にアキラに駆け寄ってくる。
一匹がアキラの右腕に喰らいつくが、逆に強く腕を突き込む。突き込んだ勢いでそのまま地面に叩きつけるように殴りつけ、ウルフが悲鳴を上げるも多少のダメージを負っただけで体力を表すゲージは半分より少し多く残しており、ウルフはまだ生きている。
アキラは、素手だがレベルが上がっているおかげなのか、多少なりとも腕力が上がっている。
一撃では倒せないが、口に入れた腕を再度振りかぶるようにして地面に体重を乗せながら叩きつけると、ウルフは光の粒子になってアイテムボックスを残す。
この調子で「次だ!」と思うがアキラの快進撃はあまりにも早くその勢いは失速する。シヴァによってもたらされていたステータスの補正が無いのだ。当然この数相手に、それも1匹だけに複数回攻撃しただけで致命的な隙になってしまうのは当然だろう。
アキラの左肩にウルフが一匹噛み付いてくる。そして、右の大腿部や左腕、右足と次々に噛みつかれる。
ウルフはアキラの攻撃で光の粒子となって消え、自由になった右手で左肩に噛み付いたウルフを引き剥がそうとするが、力が足りなのか、それともウルフが必死だからか、毛皮を掴んでも引き剥がせない。
右腕にもウルフが噛み付いていき、更に力が出なくなる。右腕に噛み付いたウルフを地面に叩きつける。2回3回と叩きつけるが、唸るだけで一向に離れる気配がない。
そんな足掻きを続けているが、すぐに限界が来る。気がつけばアキラの視界が外側から周囲を覆うように白く霞んでくる。
急所に当たったのか思った以上に血が流れていて、時間がそれなりに経過している。そのせいだけが原因ではないが、頭が心とは裏腹に働きが鈍くなっている。
心は諦めずに現実に喰らいつこうとしているが、体は付いてきてくれない。
そんなアキラの思いを嘲笑うかのように、体が強制的に意識を落とそうとしている。
まるで人形劇で動いていた人形が、糸を失い突然力を無くしたかの様に力が抜ける。それと同時にもはや自分の目の前の狼すら霞んで見える。
その狼を最後の力を振り絞り、地面に叩きつける。と、同時に頭の中でレベルアップのアナウンスが響く。
【レベルが1上がりました。】
既定レベルに到達、ソウルが共鳴した。
アニマが一定の強度を獲得、想定オルターが発げn……。
そのアナウンスは声は聞こえても、アキラの朦朧とした意識には途中までしか届かない。
そして、アキラの意識は途絶えてしまう。