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藍髪の式神

作者: 千助

粉薬とか本当にあるのかわかりません。すみません。圧倒的情報不足です。

それでも良いという優しい方は、どうぞ。

病弱萌えの方にオススメかもです。

まだ寒い北風の吹く庭には薄紅色の花が陽の光を浴びてお澄まし顔で咲いている。花弁の分かれた、簡単な曲線を描く花だ。同じく伸びてきている青い草に負けじと一際長く伸びている。

「ねえ」

「はい」

「あの花、すごく伸びたね」

「そうですね」

二人の間で至極単調で一見退屈そうな他愛もない会話がなされる。

「あんなに黄色く照らされているのに、まだ寒いんだよね。夜、すごく冷えるよ。」

「きちんとお布団を掛けていらっしゃいますか」

「掛けているさ。重さで押し潰されない程度にね。」

冗談めかして言う表情は今ひとつ、面白みに欠けていて聞く側に冗談に聞こえなくさせる真実味がある。

「重たいんですか」

「正直ね。でも減らすと恐らくは風邪を引くから、我慢して埋もれているよ。」

聞く側もあくまで真面目な顔で、さも業務的に聞き返す。

その時ひゅううと音を立てて冷たい風が吹きつけて、げヒュンげヒュン、と風と同じような音をさせて咳をした。病み上がりなせいでこれがなかなかすぐに止まってはくれない。もともとそういう質であることにも起因する。

「ぼっちゃん」

今だ咳をしている布の余りがちな背中に部屋から声がかけられる。

「まだまだ外は寒うございます。中へお入りください。熱が下がったばかりなのですから無理を強いると良くありませんよ。」

「うん」

ヒンヒン音のする咳をしつつ返事をして、座っていた縁側から立ちあがった。




部屋の戸を閉めて、声をかけた使用人はお茶を入れながらお菓子を用意して、縁側で何をしておいでだったのですか、と尋ねてみた。ことも無げに、

「サザナミと話していたんだよ。」

と言ったのを彼女ははっとして聞いた。

隣には誰もいなかったはずで、サザナミという人間もここには存在しないのだ。

しかし彼女は否定せずただ、そうですか、と言って微笑んだ。




また風邪を引き、少年はすこぶる調子が良くなかった。

持病の喘息が酷くなり、朝と言わず夜と言わず、ふとした時に咳が出る。それも可愛げのあるものではなく、鳩尾が潰れるような感覚のするゼヒュン、ゼヒュンという激しい咳である。

今はそれらが鳴りを潜め、穏やかな初春の昼下がりを過ごしていたが、またいつ襲ってくるか分からない咳を不安に思い、少しばかり沈んでいた。

するとそんな彼の元を、久方ぶりに人間が尋ねて来た。

「やあ」

縁側から気の抜けた挨拶をしたのは、常に笑っているように見える糸目が特徴的な、老人のような穏やかさを纏う若い男だった。

「久しぶりだね」

元気かは聞かないでおくよ、と言った男に、少年は声を高くした。

「久しぶり、あきひろ。元気にしていたかい。」

母親の弟、叔父にあたる男だ。

「今度は何処へ行ってきたの。」

「ちょっと雪と戯れに北に。」

「そうなんだ。楽しかった?」

「ああ。すごく良かった。おかげで軽い凍傷になった。」

「なんだって」

少年は思わず大きな声で叫んで、布団を跳ね上げて立つのももどかしく四つ足で這った。

すぐ側の縁側まで行くつもりだったのだがその拍子に唾がおかしなところに入ったらしい。布団と縁側の間の中ほどで胸を押さえてうずくまった。

ゼゴンッ、ゼゴンッ、ともはや咳とは言えないような、大太鼓を叩く音に似た狭窄音が薄い少年の胸から響いてくる。

男は笑ったような瞳のまま血相を変えて、乱暴に靴を脱ぎ捨て、常にない機敏な動きで駆け寄った。

少年は左に体を崩して丸まった。

「驚かせて悪かった。」

男は部屋の机から粉薬を取り、それを水に溶いて少年の口に流し込んだ。

多少、咳でこぼれてしまったがちゃんと飲めたらしい。ヒューヒューいいながらも咳は治った。

「ごめ…ん。」

「いや、俺こそ悪かったよ。調子悪いんだろ?」

あきひろの言葉にコクリと頷く。

少年を布団に寝かせると、挨拶してくると言ってまた庭に降り、手を振って部屋を後にした。

あきひろがいなくなると何処からともなくサザナミが現れて、少年の横になっている布団の傍らに侍った。




ヒュ…ゥゥ…ヒュ…ゥゥ

息苦しさに目を覚ますと、少年の傍らにひっそりとサザナミがいた。

名前を呼ぼうとしたが、声を出す前に咳が出て息が上がってしまったので呼べなかった。

熱で頭が朦朧とする。

気道が狭まって息がしづらい。

あまりの苦しさに体を横向きにして、ゼェゼェと必死に空気を吸った。

布団を握りしめる手の先が冷たくなって、次第に力が抜けて掴む手が緩む。

視界が霞む。

息をする音がくぐもってどこか少し遠い。

まぶたが勝手に下りてきて意識がぷつんと途切れた。

(もう勘弁してほしい…)

少年は、自分の虚弱な体にうんざりした。




【なりません】

サザナミが怖い顔で言う。

彼岸こちらにきてはなりません】

少年にはサザナミが何を言っているのかわからない。

「急にどうしたのさ」

【あなたはまだ生きなければなりません】

「生きているよ、まだね」

【ここは、あなたの来る場所ではない】

そう言われてあたりを見回して、おかしいことに気が付いた。

「ここは…どこなの?」

暗くはない。

しかし明るくない。

何もないようで、何かで満ちている。

見えるようで、何も見えない。

【ここははざま

「はざま?」

【生と死と、人と妖の境界】

サザナミがいつもよりも生気に溢れ、顔の表情も豊かになっている。

いつもの虚ろな眼ではなかった。

「でもどうやったらここを出れるの?」

【戻りたいと願うのです】

「どこに?」

【自分の体に】

「そんなの……願えるわけないじゃないか。苦しくて苦しくて、毎日を寝て過ごすなんてそんなのもう耐えられない。ここにいると苦しくないんだよ。だから、お願い。ここにいさせて」

【ここに長くいると人でいられなくなる。だからだめ】

「人でなくなったっていい。あそこには戻らない」

【……】

少年の顔がそうであるように、サザナミの顔も苦しげで、悲しそうだった。

【……あなたはおわかりでない。人でなくなることが、どんなに辛いか。】

「サザナミにはわかんないよ。僕がどんなに苦しいかなんて。」

【私の苦しみも、あなたにはおわかりにならない。私はあなたがうらやましい】

「僕も健康なサザナミがうらやましい。」

【あなたは誰かに心配して貰える】

「サザナミはどこへでも行ける」

【一人では、何にもならないのです。意味がない】

「僕がいる」

【すぐに死んでしまう】

「なら、僕も妖になればいいんだ」

【周りを悲しませ、輪廻から外れ、やがては狂い、それでもなお消えることを許されない。そんなものになって欲しくない。その気持ち、わかってほしい】

「サザナミ…なら、どうすればいい?僕には願えない。戻りたいと思えない。」

【よく耳を澄まして。きっと聴こえるはずです。あなたを呼ぶ人の声が––––––】

「サザナミ!」

サザナミは霞のように搔き消え、少年は一人取り残された。




サザナミは無表情のまま、眠り続ける少年の横に座っていた。

感情は、とうの昔に壊れている。

今いる彼女の体は、少年の横にいたい、ただそれだけが暗示のように染み付いた、空っぽの傀儡にんぎょうだった。

魂を抜かれた哀れな式神の末路である。

しかしその時、一つの変化が起きた。

にわかに瞳に輝きが戻り、無表情だった彼女の顔に優しさが宿ったのだ。

そして口を開いた。

雪雅ゆきまさ、と。

その瞬間、ぐんと引き戻された魂が体に入り、魂の持ち主が目を開いた。

「サザナミ」

サザナミの目と耳と、鼻と口と首と手首と足首に、細い糸が巻きついて全てが自分に集まっていた。

「これは、何?」

「私が名を呼んだからです、主様」

「主様って、やめてよ。」

「雪雅は私の主です。」

「何の話?」

「それぞれ、名を知った時、式神と人の間に契約が生まれるのです。」

「……やっぱり、名前を呼んだんだね?聞こえたよ。」

「…はい。よかった。私も主様のおかげで体を取り戻すことが出来ました。」

「僕は何もしていないけど」

「私を孤独から救ってくれました。昔に剥ぎ取られた感情が、また新しくできたおかげで願うことができたのです。戻りたい、と。」

サザナミは可愛らしく笑った。

と、

「ぼっちゃん!!お目覚めになったんですね!!」

部屋に入って来た女中が涙を浮かべて喜ぶ、

それを見て、雪雅も嬉しそうに笑顔になった。




同じく初春。

今年で十七になる彼は壁づたいに廊下を歩いていた。

高熱で頭が朦朧として、まっすぐ歩けないからだ。

みぞおちの辺りがガサガサするのも同じ。

「げほっ」

喘息の発作も治らない。

小さいときからほとんど変わらない生活。

ただ一つ、大きく変わったことがある。

それは、

「雪!何を出歩いているのです!」

駆け寄ってくる世話焼きな鬼の夜月やづき

「ユッキー平気?」

茶色い髪をお団子にした狐のくれない

「雪、苦しそう」

垂髪の物静かな狐、ぎん

「ゆーき、ゆーき、わぁーい」

喋るイタチ、焼餅やきもち

「雪さん〜、寝てなきゃだめですよ〜」

ろくろ首のまつ

「……」

柱の陰からこちらを見ている恥ずかしがりな一つ目小僧、しょう

部屋に入れば他にも小さな妖から大きな妖までたくさんいる。

咳が止まらない雪雅を夜月が脇に抱えて部屋の布団に寝かす。

「ごほっ、げふっ、ごほっ」

がすぐに上半身を起こしてしまう。

「薬飲むか?」

察した夜月が言うと雪雅は頷いた。

「サザナミ、使用人さんに伝えておいてくれるか」

つやつやと光る藍色の髪を背中に垂らしたサザナミは、

「わかった、少し待ってて旦那様・・・

白い歯を見せてそう言うのだった。

最後までお読みくださりありがとうございました。感想などお寄せくださると嬉しゅうございます。

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