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荷造りして来いと女を追いたて、俺は近くの家の玄関先にあった死体を除けた。
「……うん? なにをしている?」
村の暗がりの方へと歩き出し掛けた女が、肩越しに振り返って問いかけてきた。
「俺等は、私物というモノが無い。コイツ等――」
剣で最初に俺が殺した一家を指し。
「の家から、旅に必要なものを頂くんだよ」
なにを今更といった調子で教えてやると、瞬間的に女の気配が変わって、俺に正面から向き合った。
ああ、そうだ、この恨みのこもった目が、真っ直ぐに見据えるこの目を、……美しいと思ったんだ。
「――ッ!」
奥歯をきつくかみ締めた女。表情にはっきりと怒気が出ている。しかし、女は剣は抜いていない。だから、俺も抜かない。ただ、抜けばその瞬間に殺す。武器を手に取るとはそういうことだ。武力で言うことをきかせるなら、口約束などなんの意味も無い。
しかし……、抜くなら抜けと思うのだが、女は物凄い顔で葛藤していた。
こうして睨み合っているのも悪くは無いが、展開が動かないのはつまらない。時間も無駄になる。
ッチ。しかたねぇなぁ。
「死人に物が要るのか? コイツ等に、他に家族はいるのか?」
妥協しやすいように、逃げ道というか助け舟というか、まあ、ありのままの事実を分からせてやる。
「いない!」
「ここの国是は、盗られるのが悪い、殺られるのが悪い、弱けりゃなにをされても文句を言うな、だ。勝ち取ったものをどうしようが俺の自由だ。違うか?」
どうしようもないこと――死人を生き返らせる術は無い――を理解し、ようやく落ち着いたのか、女は暗い顔で呟いた。
「……間違ってる」
怒気は消えている。熱くなった心が冷めたのか、諦念に似たような面だった。
「甘いな。二人殺してそんなクソ野郎の仲間入りしてるのに」
女は、言い返してこなかった。
多分、自覚があるせいだ。殺すのを、奪うのを悪というなら、この女は既に悪人の側にいる。正当防衛? そんなのは言い訳だ。殺した感覚は、身の全てに滲み込む。皮の抵抗も、肉を裂く感触も、骨を絶つ手応えも。そして、当人に分からせてしまうものだ。
他人を殺すな他人の物を奪うなと聖人君子が説くのは、ヒトという種には同じ種を殺し奪おうとする要求が、本能に備わっているからだ。他人の不幸よりも、手前の欲望が大事なのだ。
とはいえ……。
「まあ、それが気に入らないならそれでいい」
肩を竦めて見せると、女は呆然とした顔をした。
「だから逃げるんだろ?」
そう言ってやれば、目に光が戻った。
俺は、戦わない人間に用はない。戦士ではなくて家畜だからだ。ただ、技量には感服したので褒美を出してやる。そんな気まぐれ。
「国境にある公共市場都市まで行って、それから貴様に合う国でも探せばいいさ」
女の背中が視界から消えるまで、家探しは待ってやった。そんな台詞を闇に向かって語りかけながら。