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移動しながら、捕虜から聞き取った情報について報告させた。
が、あれだけ脅しつけたってのに、大した情報は得られなかったようだった。分散して動いている小隊同士では、あまり密には連絡を取っていないらしい。こちらが小勢だから、侮っているのかもしれないが……。
しかし、収穫が全くないというわけでもなかった。
アルゴリダへと派遣されているラケルデモン軍は、五百をやや下回る程度であり、指揮はエーリポン家の本家の若い男で、アギオス二世を名乗っているということ。
「他家の始祖の名を騙るとはね」
最近のラケルデモンの中央の連中はなにを考えてるのか分からん、と、皮肉を口の端に乗せて言えば、レオが難しい顔で入ってきた。
「本来は、こちらのアーベル様の異母弟君の御名前でした。御父上が、両家の融和の象徴として――」
「だから、融和したら困るんだろ。ウチの国体は、権力の相互監視なんだからよぉ。女の醜聞を変な美談にすんな」
レオが話している最中ではあったが、俺はそれを遮って短く言い捨てた。
真面目なことぐらいしか特徴の無かった親父が他所の女に生ませたガキを誇られては、正妻腹としては複雑な心境ではある。
つか、それなら、今回追跡してる指揮官は、どういう生まれって事になってんだろうか?
レオに訪ねてもよかったが、さっき最後まで言い切らせなかったことで拗ねたのか、そっぽ向いてたし止めた。俺だって、一応は正式に王太子ではあるのに、レオが他のガキを持ち上げてる件に関して、心情的にはまだ納得してねーし。
まあ、なんか、上手い話をエーリポン家がでっち上げてるんだろ。あわよくば、今のアギオス家の傍流さえも排除しようとして、な。
そこでふと、報告した兵士がいつまでも俺の横を離れないっていうか、探るような目で俺を見ていることに気付いた。
「なんだ?」
率直に訊ねてみると、ソイツは、話しかけて欲しそうにしてた癖に、なぜか挙動不審になった。
「覚えてるか? その……アクロポリスで、城壁北西の廃棄された哨所に良く集まってた」
「悪いが、印象に残っていない」
重要な話ではなさそうだったので、短く返す俺。
なんとなく、場所そのものの輪郭はうっすらと記憶にあったが、遊んだ人間が誰で、どんな身分で、顔がどうだったかなんて覚えていなかった。
って、そもそも、当時の俺の背丈なんて今の半分か、それより少し上ぐらいだった頃だろ? 容貌が変わってない方が変だと思うんだが……。
ただ、ソイツは、俺を覚えているからか、どこか気まずそうに答えた。
「あ、そうだよな……」
態度はおどおどしているんだが、俺の横から離れる気がなさそうだったので、盛大に嘆息して見せ、こちらから続きを促してやることにした。
「言いたいことは、さっさと言え。久闊を叙したいってわけではないんだろ?」
俺が不機嫌になったことは理解したのか、レオの方を気にしながらではあったが、その気弱そうなヤツは俺に耳打ちするようにして訊ねてきた。
「本当に、あの人の腕を斬ったのか? その、色々あったんだとは思うけど、師弟の仲が悪かったようには見えなくて……」
「俺の技量を疑ってんのか、情の無さを非難してんのか微妙なとこだが――」
なんつーか、あんまり他人に入ってきてほしくない部分だったので盛大に顔を顰めてしまった。ので、更にソイツが萎縮してしまった。
――ッチ。
めんどくせえなぁ。
「お前、戦闘はさっきのが初めてか?」
こくりと素直に頷いた兵士。
「普段は、アクロポリスに詰めていて、訓練は――」
「人を、殺したことはあるのか?」
訊いてないことを口走られたので――中央に居るだけの事を誇られても、苛立つだけだ――、話を遮って鋭く問い掛けた。
ソイツは、息を飲み……短くない間が空いたが、小さな声で「ない」と、答え項垂れた。
多分、さっきの追撃戦でも殺せなかったってことなんだろう。コイツのそれは、人殺しのまとうような空気じゃない。普通人を殺せば、もっと、冴え冴えとした冷たさが気配や視線に現れる。
「なぜ武器を取るのか、なぜ戦うのか、なぜ殺し合うのか。目的と行動。動機を探るのは悪くないことだ。自分の人生を他人に流されずに自分で選ぶためには、哲学が必要だからな」
エレオノーレとの二人旅の時の経験から、溜息ではなく、俺は言葉で返事をしたんだが、どうもソイツは上手く理解出来ていない様子だった。
ので、仕方が無いが、もう少し解説することにした。
「俺も、レオも戦士として生きる道を選んでいた。あの時、あの瞬間、俺とレオは敵味方に“振り分けられていた”。俺達自身の意志よりも、もっと高く深い場所にある因果で」
「ラケルデモン上層部の決定?」
「違う」
「運命?」
思いがけず意外な言葉を聞いてしまったので、つい軽く噴出してしまった。
「いや、そんな安っぽい演劇の、都合の良い言葉でもなく……」
俺が噴出したことで気を悪くしたのか、兜の隙間から覗く顔が赤くなっていたので、次の回答を待たずに俺は口を開いた。
「俺を殺さずに少年隊の訓練所へと捨てたのがレオの情だったとしても、……いや、それさえも感情論だけでなく、もっと色々な要因を加味した結果なのかもしれないが。ただ、レオが中央監督官としての立場を選び、俺が復讐と再起を誓った以上、その人生が交わった場合、戦うのは必然だった」
「手加減しようとは思わなかったのか?」
それを訊くのは幼いな、とは思ったんだが、一応、歳は同じはずだし、そんなからかいを言えるような間柄でもなかったので、真面目に答えることにした。
「結果は、終わった後からしか見れない。お前が戦ったわけでもないのに、とやかく言うなよ。行動不能にするだけ、なんて器用な真似が出来る程、技量差が無かった。だから、手加減は出来なかった……し、するつもりもなかった。きっとそれはレオも同じだろう。一応、言っとくが、これは好悪の問題じゃないからな」
「…………」
あの時の俺に、憎しみがなかったとは言えないが、それは戦い始めた最初の地点に置き去りにしていたと思う。
うん。剣を抜くための動機として、お互いの立場や過去の怨恨も確かにあったが、抜いた後は本当に、なにも考えていなかったと思う。
あの瞬間を思い起こせば、なにもない、まっさらな空白の部屋で、音もなにもかも捨て、お互いの戦う力のみで対話していたような、そんな気さえする。手加減とか、そういう次元の話ではなく、お互いの生死さえも意識せず、純粋に力をぶつけあった。
レオが腕と片目をなくしたのは、あくまで結果に過ぎず、狙って行ったことではない。そしてそれは、後から他人が口を出すような話ではない。
「殺すつもりで戦った。が、どす黒い殺意は無かった。純粋に、その一戦にお互いの全てを賭けただけなんだ」
……そうだな、あの場面では、もっと純粋にアイツを守りたくて、戦っていたのかもしれない。口が裂けても本人には言えない言葉だが、前よりは素直に、その気持ちを受け入れられている気がした。
ただ、ここまで話しても、やはり真剣勝負の経験が無いから実感は出来ないのか、ソイツはしかめっ面で必死で考えていたので――。
「分からなくても無理も無い。ただ、そういう人間がいる事を知った上で――己の命題を探せ」
死にたくないならな、と、意味ありげな視線で笑いかけると、ソイツは難しい顔をしたまま、俺とレオと異母弟の後ろにつき、下を向いたまま黙ってついてきた。