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森の夜道を僅かな月明かりを頼りに歩く。確かに昼と比べれば格段に手間だとは思うものの、それは、めんどくさいや時間が掛かるという意味であって、この程度の道程ならきちんと注意さえ払えば危険でもなんでもない。
節くれ立った木の根や、小石、それに固い木の実を避けながら進み続ける。俺達に靴は支給されない。しかも、履ける靴を売っている所もない。
奴隷が使っている木靴は、音が目立つので履くべきじゃない。鋲付きの革のサンダルが欲しいところだが、あれは軍需物資なので製造や保管がかなり厳しい。革鎧も同様。ったく、アレもコレも制限ばっかでなにが支配階級なんだか。贅沢のひとつも出来ない生き方なんてクソ喰らえだ。
ガン、と、やつあたり気味に蹴り飛ばした木の幹から、勢い良く鳥が飛び立つ。ギェーとか、ガーみたいな、上手く表現出来ない耳障りな鳴き声が夜空に響く。
いや、そもそも、それ以外にも、春の終わりの森は様々な動物の音が不気味に木霊していた。
ついでとばかりに軽く周囲を窺ってみるが、クルトとエーリヒが大分遅れていた。獣ごときにビビッてどうすんだ? 出てきたら殺せば良いだけだろうに。
「あまり深く入ると、他の少年隊の縄張りに迷い込むんじゃないか?」
二人を無視して進む俺の背中に、クルトの声が掛けられた。
「別に、誰を殺しても問題ないだろ」
歩みを緩めず、振り返りもせずに俺は無造作に答える。
「い、いや……同族同士なら、拳闘で決着をつけないと……」
声が弱いのは、法でそう決められていてもほとんど守られないのを知っているからだろう。事実、俺等も数は多くないが、何度か同族とかち合ったことがあり、特に青年隊――少年隊での選別を終えた準市民階級――は、少年隊と鉢合わせると、調子付いて斬りかかってくる。
切り抜ける手段は二つ。
這い蹲って命乞いするか、返り討ちにするか、だ。
もっとも、殺すのは簡単だが後始末は少々面倒だった。死体を完全に隠すか、正当防衛を監督官に主張しなければいけない。
まあ、それでも大半は殺される程度の弱さが悪いことになるので、勝てばなにも問題は無いとも言えるが。
――と、そんな無駄話をしているうちに、村の領域に入ったようだ。村境を示す緑色の杭がある。ちなみに、奴隷以外の村は青の杭で、首都であるアクロポリスは赤の杭になっている。
緑色の杭は、襲って問題ない村という証。
遠目に目を凝らすと、灯りがちらほらと見えた。畜産の村だからか、村の周囲の柵から随分と家々が遠くにある。放牧を名目に、見通しが利くように広い草地で村を囲っている。小賢しい防衛策だが、身を隠す障害物が少ないのは確かに少し手間だと思う。こっちに気付いて抵抗するような手合いなら歓迎だが、こっそり逃げ出すような意気地なしだと、物は盗れても鬱憤がつのる。
右手を上から下に振り、後ろの二人にも匍匐前進を指示する。それと同時に、俺自身も地べたを這うように、一番明るい灯りに向かって進み始めた。