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Celestial sphere  作者: 一条 灯夜
【Hercules】 ~Ras Algethi~
242/424

11

 午前の勧誘を終え――どうしようもないと判断した五名は捨てたが、二十名弱は確保できたし、滑り出しとしては悪くないだろう――昼食を挟み、午後の業務――今日明日は、丸々兵の勧誘だ。調練の開始は明後日から――へと移ろうとした時、詰め所の扉が控えめにノックされた。

 顔を出したのは、……まあ、予感が無いわけではなかったが、朝、俺の世話をしに来た少年で――。その口から語られる内容も、これまた聞き慣れた――むしろ、聞き飽きた――内容だった。



 俺の少年従者本人が、直接、辞意を伝えに来たので、俺とプトレマイオスだけでなく、成り行きでアンティゴノスにも話を聞かれることになってしまった。

 珍しくきょとんとした顔になったアンティゴノスに、少年が部屋を出るまではいつも通りの穏やかな顔をしていたプトレマイオス。

 俺は……。

 まあ、怒られるのが分かってはいるが、だからといってしょげるような性質でもないし、かといって逆に胸を張れば小言が増すので、いつも通りだ。若干面倒だ、と、頬を引き攣らせて思っただけで。


 足音が聞こえないほど離れたところで、プトレマイオスが口を開いた。

「何人目だったかな」

 声は、まだ冷静だと感じた。

 嵐の前の静けさなのか、他所行きの表情のまま、こめかみをぴくつかせながら、答えの分かりきってる質問をぶつけてきたプトレマイオス。

 俺は、しれっとした顔で返事した。

「今月は三人だ」

 ダン、と、机をプトレマイオスが叩くのと合わせたように、アンティゴノスが苦笑いで訊ねてきた。

「累計では幾つなんだ?」

 予想外の横槍で、俺に向けた小言を飲み込んだからか、苦々しく顔を顰め――しかし、俺を睨むのは止めずにアンティゴノスに向かってプトレマイオスは答えた。

「両手どころの話じゃない。百にもうじき届くんじゃないか?」

 大袈裟なプトレマイオスの申告に、若干呆れながら言い返す俺。

「そんなにいくか、まだここに来て一年は経っていないんだぞ」

「あのな、そんな何度も少年従者が変わることは無いんだ。本来は! 何人も少年従者を囲っておいて、扱いに差が出たことで辞められるならわかる。いや、それも大きな問題だが。お前は自分の下を去っていくということを、もう少し重く受け止めろ! きちんと教育が出来ていないと評価されるんだぞ!?」

「そこまで悪評にもなっていないと思うが」

 熱くなってしまったプトレマイオスの頭を、少なくとも平時程度までは冷まそうと、務めて冷静に反論したんだが、どうにも火に油だったらしく……。

「お前の言動のせいだ! まったく、なにが『戦場では、指揮官の将器や戦友を見定めるのも必要な資質だ。辞めるなら引き留める気は無い。判断は自ら行え』だ! それらしいことばかり言うようになって! 大体、最初にお前の下に居た子だって、辞めると言い出したのは、いつまでも踏み込まないお前の態度を改めさせようとしてだな」


 また、そこに話が戻っていくのかよ。

 何度目だっての。

 ああ、まあ、後になって知ったことなのでアレだが、最初の少年従者はプトレマイオスの遠縁の者だったらしく、俺のところを辞めた後、領地の方――プトレマイオスは生粋のマケドニコーバシオ貴族なので、一族の封土を持っている――と多少はぎすぎすしたらしいので、俺としても反省してるし……だから、言い返したりはしないんだけど、さ。


「分かった。以後気をつける」

 いつまでもこんな調子で、午後の兵隊集めに支障をきたしては仕方ない。素直に俺は頭を下げ、話を終わらせにかかったんだが……。

「気をつけるという話では既に無い! 今すぐに、追って連れ帰ってくるんだ!」

 戸口を指差したプトレマイオス。


 正気かよ。

 今のさっきで辞めたヤツを連れ戻せってか……。無理だろ。なんて言うんだよ。口説き方の授業なんて、俺は受けてないぞ?

 顔を引き攣らせたのと同時に、ははは、と、心底おかしそうな笑い声が聞こえた。

「ムダだよ」

 意外な助け舟ではあったが――アンティゴノスは、いつもはヘタイロイ同士の諍いは、手を出さないように監視はするものの、基本的には当人達が解決するまで干渉しない――、渡りに船と、足を止める理由に使わせてもらい、身体ごとアンティゴノスに向き直る俺。

「アーベルは、今は目が内向きについてるんだ。……興味が無いんだろ?」

 ヘタイロイ最年長者からの助言に、多少は溜飲が下がったのか、プトレマイオスは呼吸を落ち着け――しかしそれでも、おそらく、体面的な部分もあるので、引き下がらずに妥協案を口にした。

「同性愛は嫌いか? なら、例外中の例外ではあるが、女子の志願者が一人――」

 誰だよソイツは。

 ……ッチ。まさか、アイツじゃないだろうな。そういうバカをやりそうなのは、俺はひとりしか知らないぞ。

 しかし、俺がその志願者がエレオノーレなのかどうかを尋ねる前に、アンティゴノスが話し始めてしまったので、必然的にその質問は飲み込まざるを得なくなってしまった。

「いや、そうじゃない。他人に興味が無い顔なんだ。意識が自分の中にしかむいていない」

 両手で自分自身の目を塞いで見せたアンティゴノス。

 俺への挑発なのかもしれないが、それに構う余裕は無かった。それに、別に変にむきになるのも、それはそれで違う気がした。図星を衝かれて激昂するほど子供でもない。


 適当に人をやって、エレオノーレに釘を刺しておくしかないな。……いや、志願者がエレオノーレじゃなかった場合、そういう手もあったか、とか考えそうだし、探りを入れた後が無難か。

 くそ、やらなきゃいけないことだけがどんどん増えてくな。


「どうすればいい?」

 プトレマイオスの、真剣な眼差しを受けたアンティゴノスは――。

「普通は、手頃なのに寝込みを襲ってやれとでもけしかけるんだが」

 アンティゴノスは俺をまじまじと見詰め、ふむ、と、自分の顎に手を当てて続けた。

「顔も身体も悪くないしな」

 褒められてるってか、馬鹿にされてるように思えてしまうのは、アンティゴノスののらくらした言動のせいもあるかもしれないが……いや、どうなんだ? 俺が、人の口上に上がるような色男では間違いなく無いのは、分かってる。

 つか、プトレマイオスは、目が大きく鼻筋も通っているので美男としての評判があるんだし、色男が目の前にいる段階で悪くないとか言われても、当て付けにしか聞こえないんだがな。

「……ソイツが、生きて帰れると思うのか?」

 プトレマイオスが重い溜息を吐きながら、アンティゴノスに訊き返している。

 別に、そういう状況になったからといって、ぶん殴って気絶させる程度で、殺すまではしないんだが、それを言えばまたややこしいことになりそうなので黙っていることにした。

「まあ、そういうことだ。だからムダだと――」

 アンティゴノスが、いつも通りのニヤニヤ笑いを浮べてようやく話が――。

「アーベルの少年従者の希望者だ」

 ……終わらなかった。

 執務机の下から、紐で閉じた紙の束を取り出したプトレマイオス。

「減ったか?」

 さすがにそろそろ志願者も学習しているだろうと判断したんだが、怒鳴り返されてしまった。

「増えてるんだよ! 見て分かれ! 『長剣を振り抜く様に憧れました』『兵士の訓練において、素手で六人の小隊の稽古をつけている姿は、まるで軍神の……』『力強く響く声が、今日も朝の訓練の始まりを……』とか、とかとか!」

 はぁっはは、と、アンティゴノスが高笑いをしている。

 いつもと違う笑い方だが、これは、機嫌が良い時の笑い方、だと思う。多分。声に怒気は無いし。

「俺は、充分大人しくしてるつもりなんだがな」

 俺の声がでかいとはよく言われているが、朝の訓練なんざ俺以外にも声を張ってるんだし、区別なんかつかないだろうに。適当な嘆願書を送って寄越しあがって。

 稽古内容にしたって、別に普通だと思うんだがな。骨は折らないように加減してやってるんだし。

「大人しいの言葉を勉強しなおさせる必要があるな。お前、その長剣と併せて充分過ぎるくらいに目立ってるんだよ。聞いてるか? 三年後――いや、もう数ヵ月後にはお前は十六だったな。なら二年少し後だが、マケドニコーバシオの貴族との縁談の話も王太子の方にいくつかは届いているとか。そっちも、顔合わせ程度は覚悟しておけよ」

 ぞっとしない話だ。

 結婚は……、まあ、一人前の男なら、しなきゃならないものなので、相手もなにも任せるが、なんつーか、家庭とか、妻とか、まったく想像できないんだよな。

 上手くいくとは思えない。

 まあ、向こうもどうせ政略的な意味合いでおれとくっつくんだろうし、少年従者と違って、すぐに離縁したりはしないだろうが……。

 と、そこで、もっと根本的な問題に気付いた。

「いや、俺より先に、プトレマイオスが結婚するべきだろう」

 先にお手本を見せてくれないとな、と、われながらうまい言い逃れだと思っていたんだが、胸を張ったプトレマイオスに、見事に言い返されてしまった。

「私だって直に結婚する。お前の教育が一区切りつき、今回の作戦が終わればな」

 想像以上に間近すぎて吐き気がする。

 だって、プトレマイオスが結婚すれば、俺の教師をやっているこの男は、たとえ、その時には俺が自立して軍の一角を担っていた所で――いや、むしろ、一人前だと認められれば余計に――必然的に、次の作戦として俺の結婚に際し、前向きに話を進め始めるだろうから。

 ……プトレマイオスが、真面目で、かつ、筋を通せるだけの実力があると信頼している。が、その力量を俺の少年従者や婚約者の――社交的な基盤作りの面でも、発揮しないで欲しい。


 完璧に逃げ道をふさがれ――なにか言えば、きっと、結婚に備えるためにも次の少年従者を選べと迫られる――、俺は沈黙するしかなかった。が、黙ったままでは、貴重な時間が浪費されていくだけで、軍の編成が……。

 正直、打つ手無しで脂汗を掻いているまさにその時、再びアンティゴノスが口を開いた。

「書類を借りるぞ」

「どうするんだ?」

 訝しげにアンティゴノスを見たプトレマイオス。

 アンティゴノスは、横目でちらと俺を見た後、プトレマイオスに向かって首を横に振り、どうせ今付けたところで、辞める人数が今月四名になるだけだと告げた上で、ペシン、と、書類の束で俺の額を叩いて告げた。

「ひとまず、重要任務のために保留と伝達しておいてやる。貸しだからな。ちゃんと返せよ」

 随分と取立てと利子の両方が怖い借りになってしまったが、他に場を収める方法が思いつかなかったので、俺は素直に頷き……プトレマイオスも、不承不承と言った感じで納得してくれた。


 まったく、やれやれだ。

 俺は、本当は、戦い以外の事なんてしたくないんだがな。

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