表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Celestial sphere  作者: 一条 灯夜
【Gemini】 ~Propus~
24/424

11

 固く焼き締めたパンを湯で溶いて塩粥を作っていると、これまでとは少し違う顔でエレオノーレが語り始めた。

 昨日よりも少し近くにいるエレオノーレの顔を、オレンジの焚き火が照らし出している。

 旅立ったあの日から欠け始めた月は、辺りを照らす力はもう大分弱い。明け方が近いとはいえ、夜空には月よりも星が目立つようになり始めていた。

「処刑部隊?」

 出てきた知らない単語に首を傾げると、エレオノーレに驚いた顔をされた。

「知らないのか?」

「ああ」

「……本当に?」

 疑うような目を向けられたのが気に障る。なんだかバカにされてるみたいじゃないか。無知は誇れることじゃない。それに、この女に教えを乞うことは、どこか屈辱的に感じてしまう。

 ……なんでだろうな?

「この国は、完全な縦社会なんだ。少年隊に伝えられる情報は少ない」

 努めて感情を表さずに言ったつもりだったが、どこか俺らしくない声になった。

 ただ、エレオノーレはそれに気付かなかったようで、焚き火を挟んで正面に座ったまま、延ばしていた足を屈め、膝に腕を乗せてから話し始めた。

「赤の外套に、殺した人間の頭骨をひとつだけ飾っている。反乱の兆候ありとみなした村の人間を皆殺しにする部隊だ」

 フン、と、鼻を鳴らし矛盾を指摘してやる。

「皆殺しにされるのに、どうしてそんな話が奴隷連中に伝われるんだ?」

「言葉のあやだ。……ほぼ皆殺し。時々は生き残りもいる」

 まだちょっと余裕がある時の声だ、と、思い――そんな些細なことに気付いてしまう自分に苦笑いした。いつからこの女の感情が分かるようになったんだっけな。

 ああ、でも、声の調子に実感が混じり、言葉が重いことに気付けたんだから、まったく無駄な変化でもなかったのか。

「お前がそうなのか?」

 半分は鎌をかけるつもりで訊いてやると、一拍後でエレオノーレは頷いた。

「……そうだ」

 エレオノーレの表情が歪んでいた。

 多分、それがこの女を強くした原点なんだろうな、と、あくまで料理の片手間の思考として推理する。身を入れて聴くつもりは無い。忘れがたい過去なんてものは、生きてれば勝手に増えていく。僅かばかりの不幸をひけらかす連中は嫌いだった。

「最初にいた村は、畜産ではなくて麦を育てていた。ある夜に村に火を掛けられた。バカな私は、月が無い夜だからと星を見に丘の上にいて、その一部始終をただ見ていたんだ」

 そんな日に、外をうろちょろしてよく命があったものだと思う。村を襲う場合、道程で出会った味方以外は殺すのが基本だ。事前に知られたら、逃げられるにしろ抵抗されるにしろ、事態がややこしくなる。

「豊作が続いていたから。穀物に余裕があって――、少しずつ人が増えていた。ただ、それだけだったのに……」

 抱きかかえた自分の膝に、エレオノーレが顔をうずめた。表情が見えなくなった。泣いてるわけじゃなさそうだが、話す声がくぐもる。

「私は、助けてもらう引き換えに、たった一人でその村の農作物を全て収穫し――献上し、それが全部終わった後、あの村に棄てられた」

 悲劇のヒロインにでもなったつもりなのか、悲痛な声でゆっくりと話したエレオノーレは、しばし沈黙した後、最後にぽつりと付け加えるように言った。

「収穫も加工も運搬も重労働だった。死んでもおかしくなかった」

 顔を上げて真っ直ぐに俺を見ている。

 ハン、慰めの言葉でも欲しいのか?

 生憎と、俺は弱い人間に同情を示すのは好きじゃない。それに、ボロボロの状態で棄てられた、というなら、俺が少年隊に入る時だってそうだったのだ。自分だけが特別不幸だと思っている人間は大嫌いだった。

「負けて命があるだけありがたいだろ?」

「そうだ。私は――、生き延びるんだ」

 目の強いが暗い光に、ふと、この女を拾ってきた村の事が頭を過ぎった。おそらく、あの村はもう消えているだろう。奴隷を脱走させた罪、少年隊を殺した罪、青年隊を殺した罪、まあ、理由なんて強者がかってに後付するものだが、そうした制裁として皆殺しにされたはずだ。

 全部分かった上で、自分で自分自身のためにそれを選んだ。

 そこまで考えが至ると、ふ、と、自然に口角が緩んだ。そういう強かさは嫌いではない。

 沢で洗ったアルテミシア――どこででも見られるヨモギ族の草、食用になる――を、茎ごと適当に手でちぎり、煮えた粥に香り出しとして入れる。

 ほら、と、椀に粥をよそえば、エレオノーレはさっきまでの深刻そうな顔はどこへやら、随分と砕けた顔になった。

 フン、と、鼻を鳴らして俺は残りの全部を自分の椀によそった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ