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固く焼き締めたパンを湯で溶いて塩粥を作っていると、これまでとは少し違う顔でエレオノーレが語り始めた。
昨日よりも少し近くにいるエレオノーレの顔を、オレンジの焚き火が照らし出している。
旅立ったあの日から欠け始めた月は、辺りを照らす力はもう大分弱い。明け方が近いとはいえ、夜空には月よりも星が目立つようになり始めていた。
「処刑部隊?」
出てきた知らない単語に首を傾げると、エレオノーレに驚いた顔をされた。
「知らないのか?」
「ああ」
「……本当に?」
疑うような目を向けられたのが気に障る。なんだかバカにされてるみたいじゃないか。無知は誇れることじゃない。それに、この女に教えを乞うことは、どこか屈辱的に感じてしまう。
……なんでだろうな?
「この国は、完全な縦社会なんだ。少年隊に伝えられる情報は少ない」
努めて感情を表さずに言ったつもりだったが、どこか俺らしくない声になった。
ただ、エレオノーレはそれに気付かなかったようで、焚き火を挟んで正面に座ったまま、延ばしていた足を屈め、膝に腕を乗せてから話し始めた。
「赤の外套に、殺した人間の頭骨をひとつだけ飾っている。反乱の兆候ありとみなした村の人間を皆殺しにする部隊だ」
フン、と、鼻を鳴らし矛盾を指摘してやる。
「皆殺しにされるのに、どうしてそんな話が奴隷連中に伝われるんだ?」
「言葉のあやだ。……ほぼ皆殺し。時々は生き残りもいる」
まだちょっと余裕がある時の声だ、と、思い――そんな些細なことに気付いてしまう自分に苦笑いした。いつからこの女の感情が分かるようになったんだっけな。
ああ、でも、声の調子に実感が混じり、言葉が重いことに気付けたんだから、まったく無駄な変化でもなかったのか。
「お前がそうなのか?」
半分は鎌をかけるつもりで訊いてやると、一拍後でエレオノーレは頷いた。
「……そうだ」
エレオノーレの表情が歪んでいた。
多分、それがこの女を強くした原点なんだろうな、と、あくまで料理の片手間の思考として推理する。身を入れて聴くつもりは無い。忘れがたい過去なんてものは、生きてれば勝手に増えていく。僅かばかりの不幸をひけらかす連中は嫌いだった。
「最初にいた村は、畜産ではなくて麦を育てていた。ある夜に村に火を掛けられた。バカな私は、月が無い夜だからと星を見に丘の上にいて、その一部始終をただ見ていたんだ」
そんな日に、外をうろちょろしてよく命があったものだと思う。村を襲う場合、道程で出会った味方以外は殺すのが基本だ。事前に知られたら、逃げられるにしろ抵抗されるにしろ、事態がややこしくなる。
「豊作が続いていたから。穀物に余裕があって――、少しずつ人が増えていた。ただ、それだけだったのに……」
抱きかかえた自分の膝に、エレオノーレが顔をうずめた。表情が見えなくなった。泣いてるわけじゃなさそうだが、話す声がくぐもる。
「私は、助けてもらう引き換えに、たった一人でその村の農作物を全て収穫し――献上し、それが全部終わった後、あの村に棄てられた」
悲劇のヒロインにでもなったつもりなのか、悲痛な声でゆっくりと話したエレオノーレは、しばし沈黙した後、最後にぽつりと付け加えるように言った。
「収穫も加工も運搬も重労働だった。死んでもおかしくなかった」
顔を上げて真っ直ぐに俺を見ている。
ハン、慰めの言葉でも欲しいのか?
生憎と、俺は弱い人間に同情を示すのは好きじゃない。それに、ボロボロの状態で棄てられた、というなら、俺が少年隊に入る時だってそうだったのだ。自分だけが特別不幸だと思っている人間は大嫌いだった。
「負けて命があるだけありがたいだろ?」
「そうだ。私は――、生き延びるんだ」
目の強いが暗い光に、ふと、この女を拾ってきた村の事が頭を過ぎった。おそらく、あの村はもう消えているだろう。奴隷を脱走させた罪、少年隊を殺した罪、青年隊を殺した罪、まあ、理由なんて強者がかってに後付するものだが、そうした制裁として皆殺しにされたはずだ。
全部分かった上で、自分で自分自身のためにそれを選んだ。
そこまで考えが至ると、ふ、と、自然に口角が緩んだ。そういう強かさは嫌いではない。
沢で洗ったアルテミシア――どこででも見られるヨモギ族の草、食用になる――を、茎ごと適当に手でちぎり、煮えた粥に香り出しとして入れる。
ほら、と、椀に粥をよそえば、エレオノーレはさっきまでの深刻そうな顔はどこへやら、随分と砕けた顔になった。
フン、と、鼻を鳴らして俺は残りの全部を自分の椀によそった。




