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仮眠を終え、軽食を取り、最初と比べれば格段に深くなった藪に挑み始めると、背後で俺よりは気楽に歩むエレオノーレが、また今日も話し掛けてきた。
「なあ」
どうやら、考え込むのは、寝て起きたら飽きたらしい。
「なんだ?」
キク科の植物の鋭い葉を叩き落しながら返事する。この葉は、下手な擦り方をすると皮膚が切れる。夏が近付き始めているからか、草の勢いは一日毎に強くなってきている気がした。
「なにか話さないか?」
……一瞬、コイツの舌も叩き落そうかと悩んだ。会話したいなら、せめて話題を探してから喋り始めろ!
「話題が無いのに、無理に喋ってどうする」
ちょっと先に行け、と、顎をしゃくり、エレオノーレが前に出たのを確認してから、目の前の伸びた草の茎の何本かを踏んで潰し、繊維状にして、寄り合わせて結び、簡単な足掛けの罠を三つほど作る。
「木の枝を差したり、いつもなにをしてるんだ?」
「追手への嫌がらせだ。本当は、転んだ頭の位置に尖った石も置いておいたら面白いんだがな」
「アーベルは、そういうことだけは達者だよな」
感心しつつも呆れたように言ったエレオノーレの鼻を強めに摘まんで折れない程度に捻り上げる。
「ふ!? ふぐぅ……」
「だけは、じゃなく、そういうこと『も』達者なんだ」
身の程を理解したのか、俺の脇腹を軽く左手で叩いてきたので、フン、と、鼻を鳴らして開放する。
膝を折って蹲るエレオノーレ。
思ったよりも痛かったらしい。成程、今後、拷問の参考にしよう。
「あ、で、その……話し」
立ち上がったエレオノーレは、ちょっと鼻にかかった声で、それでもめげずにそんなことを言い出した。
「だから、なにをどんな理由で喋りたいのか言え」
叱り飛ばすと、渋々といった調子ではあったが、理由を話し始めた。
「その、私も、アーベルの事を誤解していたと思うことが、多々あるんだ。その、だから、知りたいと言うか」
しおらしい、どこか女みたいな――いや、エレオノーレは元々女だが、俺はどちらかと言えば性別ではなく、戦士として分類していた――口調のエレオノーレ。
「はァ?」
これまでとは打って変った調子の台詞に、息が変なとこに入って咳き込みかけた。
「お前、俺をなんだと思ってんだ?」
驚いて、身体ごと振り返って問い詰めた俺。
エレオノーレは、不貞腐れたような顔でそっぽ向いている。
あ――、と、頭をガシガシ掻きながら、本格的になんだか面倒臭え女になりあがったエレオノーレを見据える。
「成程、確かに、俺は一度微妙な賭けで負けたが、実力はお前と比較にならないぐらい上なのは分かってるよな?」
頷くエレオノーレに、更に質問を重ねる。
「あの時、約束を反故したらどうなった?」
「ど、どう?」
どもりながら復唱したエレオノーレから答えが返ってこないので、自分で話し始める。
「俺が殺したい気分になってお前を斬れれば話は簡単だったが、興が削がれてた。お前をあの場に放置すれば、ごちゃごちゃした法を適用され、監督官あたりにお前は殺される」
う、と、言葉を詰まらせたエレオノーレ。
は――、と、長く息を吐き肩を竦めから続けた俺。
「戦利品に手を出されるのは良い気分じゃない」
「せ、戦利品!?」
驚いたような声に、違うのか? と、小首を傾げて見せると不満そうな顔を返された。
「そもそも奴隷だろ、お前は?」
根本的な理由を言ってやると、納得はしたのか、一瞬合点がいった顔になり――次の瞬間、目を細く引き絞って低い声で訊き返してきた。
「どうやったら奴隷ではなくなる?」
「力を示せ」
いつもの空気に戻ったのが分かったから、俺はエレオノーレに背中を向けて歩き始めながら素っ気無く言った。
「足りないのか?」
「俺と対等になりたいのならな。しかし、二人は殺したんだし、国外で自由になる程度の褒美はあっても良いんじゃないか?」
背後は、ようやく静かになった。
が、伝わってくる必死で何事かを考えている気配に、俺は苦笑いを浮べていた。