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Celestial sphere  作者: 一条 灯夜
【Argo】 ~Canopus~
199/424

16

「キルクス。樽はどうする?」

 船倉から出ようとした時、そういえば、と、思い出してキルクスへと訊いてみたが、キルクスはうーんとか唸っているだけだった。

「なんだ?」

 俺が問い質している間も、毒という言葉に反応したドクシアディスは、船倉から逃げたそうに足踏みしている。それを知ってか知らずか、キルクスは思わせぶりな態度で答えた。

「僕の推測が正しければ、毒は毒なんですけど、適切に処理すると霊薬にもなるんですよね。樽の中身がなにか、ちょっと判断が難しいんです」

 そうきたか……。

 樽の運搬、ねえ。

 手間は手間だが、貴重な薬なら高値で売れるかもしれないな。

「取り合えず、ひとつでいいので、水樽らしきものも運んでおくか。なにかのヒントになるかもしれない。印をつけとけよ。普段使いのと区別しろ」

 キルクスの護衛に指示しながら、ガス、と、樽を蹴ったら「ヒッ!」と、声が上がった。

 反射的に飛び退いて剣を構える。

 ドクシアディスが投石器を取り出して回転させ始めた。キルクスの護衛が、俺を援護するように左右に展開を始める。

 まさか、こんなとこに隠れているとはな。油断……といえばそうなんだが、現実はトロイアの木馬のようにはならない。閉所に閉じこもって隠れているなんて、敵に袋叩きにしてくれと言っているようなものだ。

 おまけに、ここにはシノーンのように、自己犠牲精神に満ちた、口の上手い英雄もいないんだしな。


 其々の準備が整ったのを確認してから、俺は声を張り上げた。

「三つ数える。その内に出て来い。出なければ斬る。ひとつ!」

「ま、待って下さい」

 返ってきた返事は、若い女の声だった。

 戦災難民?

 まだ確定は出来ないな。敵を沈めるのに時間が掛かったのは事実だし、細工をする時間は充分にあった。敵の間諜かもしれない。ラケルデモンに女の兵士が居るなんて聞いたことは無い。が、エレオノーレも多少は戦えるんだし、女のラケルデモン兵が居ても一般的ではないが不思議ではないだろう。

 警戒を解かずに俺は命じた。

「出ろ! ふたつ!」

「出られないんです!」

 俺の殺気に気付いたのか、女の方の声も切羽詰ったものになってきている。しかし、頑なに樽から出ることを拒んでいる。なにか、敵に有利なモノが樽周辺にあるのか、それとも樽の内部になにかが仕込んであって、斬りつけるとこちらも手痛い反撃を受けるとか。

 斬るか、待つか……。

 斬りつけたいが、船の指導部に当たる人間がこの場に多いことを鑑みて、俺はもう一度命令した。

「出ろと言ってる!」


 沈黙そして――。埒が明かない状況に苛立ち、周囲を下がらせ、俺だけで突きかかろうとした時、情けない声が響いた。

「……はまって、抜けない」

 一気に緊張の意図が切れてしまった。

 いや、敵の狙いがそれなのかもしれないが、俺達の隙を衝いて攻撃してこなかったので、抵抗の意思は無さそうだ。

 嘆息した後、無造作に俺は樽の栓を抜き、上蓋を力任せに引っぺがしてみる。

「……おい」

 見事に樽の膨らんだ部分に胸と膝がつっかえている、二十代半ばぐらいの女の顔が出てきた。アテーナイヱ系かどうかは、パッと見ただけでは分からないが、緩くウェーブの掛かった長い金髪は、どことなくキルクス達と似ているようにも感じる。

 戦える人間では無さそうだな。腕に筋肉が少ない。膝周りも細く、剣や槍を日常的に使っていないことが一目で分かった。

 ただ――。

 第一印象としては、期待はずれとしか言いようがなかった。どんくさい感じが全身から滲み出ているし、ろくな情報も持っていなさそうだな、これは。もっと、こう、生き残ってくれるなら、指導部や兵隊が嬉しかった。

 それでなくても、奴隷の解放で金を消費した上に食い扶持も増えているのに、金を稼げそうに無いのを迎え入れたくは無い。

「面倒だし、ヤるぞ」

 ヒ、と、女が息を吸い込んで縮こまり、顔を下に向けた。

「姉御に怒られるだろ」

 分かってはいるんだが、どうも、なんだか面白くないな。最近は、期待外ればっかりだ。ツキが落ちて来たのは、衝角攻撃でもたついたキルクスよりも俺なのかもしれないな。

「最悪だ。金にならずに、食い扶持だけ増えあがった。キルクス、この船曳航出来そうか?」

 苦笑いを浮べたままのキルクスに無言で首を横に振られ、溜息で俺は応じた。

「まあ、やっぱりな」

 その時、船底も木材が割れる音がして、浸水量が増したのが分かった。船が横に傾いている。沈没までそう時間は無さそうだ。

「戻るぞ」

「これは?」

 ドクシアディスに『これ』呼ばわりされたのが不満なのか、樽から女が顔半分だけを出してコッチを見ている。――反射的に、剣を抜く真似をしたらすぐに首を引っ込めたが。

「転がしていいから運んどけ。ここには樽の繋ぎ目を外す器具が無いんだ。間違っても剣の切っ先突っ込んで止め具を外そうなんてするな! 剣が痛む。廃棄なら大損だし、修理するにしても幾ら掛かると思ってるんだ」


 樽はドクシアディスとその護衛に任せ、再び甲板に上がれば、味方の船は縦列に並んで出港準備を整えていた。

 ただ、横付けしているのは二番艦だし、キルクスと俺、あと樽女を一番艦に送る余裕は無さそうだった。輸送艦ほどではないにしても、二番艦にも水夫以外の人間が多いので、安易に変なのを乗せたくなかったんだが、どうにも逆方向に気を回されてしまったらしい。

 乗艦を変える猶予は無いので、俺は――渋々だがドクシアディスを手伝って女を樽ごと船に載せ、一番艦に向かい、やや東よりの航路で急いで半島まで戻るように指示した。

すみません。

PC及びネット環境の機械的トラブルもありまして、今週の更新は本日分で止まります。

来週には、次章~Miaplacidus~に入る予定です。

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