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昼前に起きた時、エレオノーレが居なくなっているのに気付いた。
結局、俺を信用せずに逃げたんだろう。いや、むしろ、昨日の遣り取りが気に食わなかったのか? かなり感情の起伏がおかしかったしな。そういうこともあるだろう。
まあ、いい、それならそれで。どうしようが、どうなろうがアイツの自己責任だ。
くだらない、締まらない結末だなと思うが、帰る以外にすることもなくなったので、顔を洗って出発するか、と、昨日のうちに見つけておいた小川へ行くことにした。
そこでは、なぜかエレオノーレが素っ裸で水浴びをしていた。
バカか、コイツは?
追われてるんだぞ、俺達は。そんな無防備になるなら一声掛ければいいものを。
「あ、あ? ああ、あ、アーベル!」
見下した目を向けると、露骨に動揺したエレオノーレが近くにあった服で前を隠し、非難する目を向けてきた。
「無用心だぞ」
そういって顔を洗い、口を漱ぐ。
水袋の水を入れ替え、岩場から離れようとすると、背中でごちゃごちゃ騒がれた。
「あ、貴方が、そ、っそそっそ、そういうことをする人だとは。わ、私は――少しぐらいは、その、信用を!」
肩越しに振り返ってみると、真っ赤になって肩をわななかせているエレオノーレがいた。
「朝っぱらから、なにをはしゃいでいるんだ、お前は?」
呆れた目を向けると、ようやく落ち着いたのか、肩を落とし――。ただ、今度はモジモジしだした。
「アーベルは、私を見て、その。……分からないのか?」
分からない……とは、なんだ?
改めてエレオノーレを見てみる。痩せ過ぎな身体だと思っていたが、手足が長いからそう感じるだけで、それなりに筋肉がついているし、まあ、胸や腰の曲線なんかは女らしいと言えなくもない身体だとは思った。
「ん? なにがだ? ああ、まあ、適度に鍛えてある良い身体なんじゃないか?」
率直な感想を述べてやったら、物凄く変な顔をされた。なにがおかしい?
怪訝な顔を向ける俺に、恐る恐ると言った様子でエレオノーレが尋ねてきた。
「貴方は……その、異性に興味が無いのか?」
「は!?」
予想だにしていなかったことを訊かれ、思わず叫んでしまった。いや、どの都市国家でも同性愛はそれほど珍しいものではないのは分かるが……なんでそうなった? 俺は異性愛……だというのもなにか意味合いが違う気がするが、ううむ。今はあまりそういう興味は無いが、惚れるなら、多分、同性ではなく異性だと思う。
「いや、だって……その……」
「なんだか、わけが分からないが……。ん? ああ、そういうことか。いや、しかし、寝る相手は国が決めるんだろ?」
おおよその意味が分かったものの、一般常識で反論した俺に対して、今度はエレオノーレが素っ頓狂な声を上げた。
「は!?」
お互いに見詰め合い――、目を瞬かせる。
なんだこの流れは?
「子供を作る相手は、勝手に監督官の会議で決められる。お前に手を出してどうする?」
嘆息してありのままの事実を教えてやると、エレオノーレは呆気にとられたように目を白黒させていた。
「貴方達には、愛情は無いのか?」
「気持ち――好意と、行動は別のモノだと教わっている」
それに連れ添ってるうちに情も湧くだろう。もし情が湧かなかったとしても、義務を果たすのは市民として生きるなら当然の事だ。
「……あ。……そ、そうなのか」
ようやくお互いの文化の違いを理解したのか、どこか気まずい顔で視線を逸らしたエレオノーレは、直前の会話を忘れるぐらいに、たっぷりと間を空けてからもう一度叫びあがった。
「えっ!?」
「今度はなんだ?」
もういい加減めんどくさくなっていたが、嘆息して訊いてやる。
「い、いや、その、好意? あの、アーベルの好意は」
唇を動かすのは忙しないが、意味の無い言葉や、声にならない声を出すばかりで埒が明かない。
「はっきりとモノを言え」
睨み付けると、なぜか最後にしょんぼりした顔になった。
「……いいんだ。気にしないでくれ」
盛大な溜息を吐き、現実的なこれからするべきことを伝える俺。
朝っぱらからなにを疲れることをやっているんだ、俺達は。
「見張っている、終わったら呼べ。食事にする」
「あ、ああ」
戸惑った返事を寄越したエレオノーレは、俺の忍耐力を試すつもりなのか、相当長い時間戻ってはこなかった。