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そのまま夜通し歩いた後、今度こそはと寝る前にきちんとした食事を作ることにした。
焼き締めたパンはまだあるが、単調な食事は飽きる。そもそも俺は贅沢が大好きだ。生鮮食料が調達出来るなら、料理をするのはやぶさかではない。
女は、邪魔はしなかったが手伝いもしなかった。
まあ、下手なヤツに手を出されても迷惑なだけなのでそれはいい。
その辺の石で適当に竈を造り、上に携帯に便利な小さな鉄鍋を乗せ、豆と水、それと塩を入れる。火加減を調整し、弱火でじっくりと豆を軟らかくなるまで煮ていく。
豆が軟らかくなったところで、その辺で摘んだスイスチャードの葉をどっさり入れた、最後にスイバ――タデ科の酸味のある植物――の茎で味を調整する。
スープにほのかにすっきりした酸味が出れば上々。最後に、近くの鳥の巣から失敬した卵を三つ割って、彩り舌触りと栄養を強化すれば完成だ。
椀を寄越せ、と、エレオノーレに手を向けると、少しバカにしたような笑顔で空の椀に余計な一言を添えて渡された。
「意外と器用なんだな」
「アァ!? 意外とだァ!?」
「す、すまない……。で、でも、言い方だけでそんなに怒らなくても良いじゃないか」
完全に萎縮したエレオノーレが、弱々しくどこかいじけたように謝った後で反論してきた。
ハン、と、唾を吐き捨てるように笑い、俺よりもかなり少なめな量をよそって渡す。
「お前が俺より強いならな」
そう、文句を言う権利は強い人間にある。弱いならなにをされてもどういう扱いを受けても、不満を言うな。事態を変えたいなら戦って勝て。
「アーベル、は、変わった人だな」
呆れているわけではなさそうだが、どこか年下の人間を見るような雰囲気――まあ、実際に俺は年下ではあるが――の顔をしているエレオノーレ。
「さっきからなんだ?」
爪か指の一本でも引き千切ってやろうかと睨みつけると、生真面目な顔でエレオノーレが答えた。
「貴方は、他のラケルデモン人とは違う気がする」
思い掛けない一言に軽く噴き出した後、ふ、と、口角を僅かに下げる。
「そう思うのは勝手だ。ただ、思い込みは判断を誤る最初の一歩だ」
俺は自分を模範的なラケルデモンの人間だと思っている。まあ、貴種という違いはあるかもしれないが……。今、この女が問題としているのはそこじゃないだろう。
他と違うと言ったということは、俺と戦わない理由を自分で勝手に作り始めているのかもしれない。
バカな女だ。仲間意識は害になる。信頼なんてものはこの世のどこにもない。
自分以外の誰も信用するな。少年隊に入ってすぐに悟ることだ。少年隊に入ったら、同じ隊の仲間でさえ気を抜けない。あの場所では、相互に監視しあい、密告しあう。幼い頃ほど、自力で奪えるものが少ないんだから、僅かばかりの褒賞目当てに同族を売る必要が出てくる。
人同士の関係なんて、その程度のことだ。
くだらない記憶を、美味いスープで腹の奥底まで流し込む。
エレオノーレは、焚き火の炎を映したオレンジの顔で悩んでんでいたが、最後に内緒話をするような小声で呟いた。
「……傲慢で、好きにはなれない男だが、筋は通すよな、貴方は」
うん?
おかしなことを言うエレオノーレに、道理という物を少し教えてやることにした。
「なんでもありなのは殺し合いの場だけだ。殺し殺されるのに卑怯もクソもないからな。理知を通した話し合いで決着がつかないから殺し合うんだろう?」
「でも、村に来た時には意味も無く殺した」
反論するエレオノーレの声には、どこか諦めたような調子で、でも、ぼやけた非難の色が混じっていた。
「あのな!」
はっきりしない態度に怒鳴りつけると、エレオノーレの肩が震えた。しかし、そんないじけたような反応が余計に気に障る。文句があるなら、はっきり言え。そして殺されろ。それが嫌なら犬みたいに従順に振舞え。
「俺たちが襲撃するのにもルールがあるんだ。分からないわけじゃねえんだろ? なにが言いたい?」
真っ直ぐに、どこか儚げな無防備な表情が向けられた。
あの反抗的な目を美しいと思ってはいたが、エレオノーレが二重瞼だったことには、今気付いた。意外と大きな瞳だった。
この視線は、よくないと思った。心の表面をざわつかせる。
「いつか――、私を殺すか?」
「気が向いたらな」
本心だったから、なんの迷いも無く言い放つ。
「……そうか」
声が弱いままだったから、手で払って自分の寝床へ追い払った。辛気臭い面を見てたら飯が不味くなる。
エレオノーレはなんの抵抗も反論もせずに、離れていった。