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マケドニコーバシオの港、テッサロニケーは、予想とは少し違った趣だった。
まあ、戦争当事国でもないし、交戦国との国交も特にあるわけでもなさそうなので、のんびりした雰囲気が漂っているのは予想の範囲ではあったが……。
アカイネメシスと切れていなかったのは、既に知ってはいたが、東方の人種や文化が流れ込んできているのか、町を構成する人種も多く、肌の色も髪の色も多種多様だった。また、建築物もヘレネス式の石造りの建物が中心ではあったが、屋根だけは薄い木の板で構成しているものや、煉瓦で構成された――初めて見る色味なので、日干し煉瓦なのか焼いてあるものなのかは一瞥しただけでは判断出来ない――ているものなど、やや一貫性がない。しかし、町を十字に区切る大路に、そこから蜘蛛の巣状に広がる小路など、道は整備されていたし、混沌とした中に充分な活気が感じられていた。
聞いていたよりも、経済状況はいいのかもしれないな。
通りに並ぶ商店の品物が豊富だ。アカイネメシス経由で入ってきた東方の品なのか、アテーナイヱでさえ見かけない陶器や家具、植物の種もちらほらと目に付くほどだ。
俺以外の面々も、噂とは異なった状況に目を丸くしていて、俺達と一緒にマケドニコーバシオに戻ってきたこの国のお抱え商人は、どこか得意そうにしていた。
「拠点をここに移すのは、どうだ?」
ドクシアディスは、サッと町を見ただけで気に入ったのか、町の上層部への挨拶や交渉もまだだって言うのに、そんな気の早いことを口にした。
俺の斜め後ろのエレオノーレもしきりに頷いている。
が、キルクスを筆頭としたアテーナイヱ人連中は、マケドニコーバシオとの諍いの事実もあってか、どこか居心地の悪そうな苦笑いを浮べていた。多分、実際に町を見てマケドニコーバシオを見直したって言う感想と、国同士としては敵対関係だという事実がせめぎあっているんだろうな。まあ、そこは、俺の配下になったからと言ってすぐに捨てきれる感慨ではないか。
フン、と、鼻で笑ってから俺は応じた。
「情報を集めた上で提案しろ」
俺の感覚としては、規模だけは港湾都市イコラオスとそう変わらないが、建物を見るに、大きな宿もないし、異邦人の滞在者数もかなり多そうに見える。冬で人の行き来が減り、宿に余裕のあった港湾都市イコラオスとは事情が違い、俺達全員を収容できる余裕があるとはとても思えなかった。
「川沿いにいくつも町がありますし、隣町も歩いて半日も掛かりませんぜ」
マケドニコーバシオの商人としては、金蔓を確保したいのか、そんな人の良さそうな台詞で誘ってきたが、俺は軽く肩を竦めて答えた。
「物資の流れや、商売の可能性なんかを加味して検討させてもらうよ」
中々に手厳しい、とでも言いたいのか、苦笑いで応じた商人は、脇道に逸れながらではあるが――まあ、それも貴重な情報ではあるが――、宿そして政庁舎への案内を再び始めた。
まあ、コイツ等の反応は別にして、仮に分散して滞在するにしたとしても、ここに拠点を移すメリットは少ないように俺には感じた。物価は安そうだが、その分質も悪そう――灯明油や食用油の質を見るに、不純物も多いし、この寒い季節だというのに劣化している気配もある。多分、貿易用の品と国内消費用の品では質を分けているんだろう――なので、商売の利鞘を取りにくい気がする。船での高速を使っても、傷みが始まったものは極端に日持ちしなくなるし、値も下がるからな。
なにより、俺達全員の目的というか、暗黙の了解として、ヘレネス内に自分達の国を持つという願いがある。この場所は、辺境で他国の動向にどうしても疎くなる。それに俺の配下の集団は、基本的にはアヱギーナ人とアテーナイヱ人の連合なんだ。アカイメネシスとの取り引きに嫌悪感を覚える連中も少なくないと俺は見ている。
全員で移るわけには行かない。この国が俺達専用の居住区というか、自治領のようなものを提供しない限りは、多分、余計なイザコザが増える。