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Celestial sphere  作者: 一条 灯夜
【Gemini】 ~Propus~
16/424

3

 どれくらい寝たのかは定かではない。

 微かな足音に耳が反応して、反射的に指先が剣の柄を這った。仮眠中とはいえ、人の気配に反応するのは戦士として当然の反射だ。

 あの女だと、目覚めた思考が判断した頃には、身体は闘争の準備を終えていた。腱も筋も骨も起きている。いつでも飛び掛かれる。

 瞼の向こうが明るい。が、起きようとしていた正午ほどでもなさそうだ。朝と昼の中間ぐらいの時間といったところか。完全に寝ていると確信出来るまで待っていたのか? フン。機会を計るのは大したものだが――。

 バカな女だ。寝込みなら勝てるとでも思ったのか?

 一瞬の薄目で周囲の状況を頭に刻み付ける。あの女は、昨日の得物とは別の真っ直ぐな短剣を手に、足音を殺して大胆にも真正面から近寄ってきていた。

 俺は寝たふりを続けた。女を試す意味も込めて。身の程を弁えないで死ぬなら、それがこの女の限界だ。

 俺の刃圏、あの女を即座に殺せる間合いまで、後三歩。

 二歩。

 ……一歩。

 しかし、斬り上げる機会は訪れなかった。

「起きてるよな?」

 確認する口振りではない。分かった上で訊いている問い口だ。

「それ以上刃物を構えて近付けば殺す」

 目を薄くしか開けずに俺は答えた。目的地が遠く今後の見通しに不透明な部分がある以上、無駄な体力を使わないに限る。

 造作も無く殺せる相手にわざわざ構えてやるのは、もったいない。

「殺せば良いだろう?」

 昨日とは打って変った投げ遣りな台詞に、疑問ではなく腹立たしさが生じた。

「アァン?」

 目を見開いて睨みつける。

 死んだようなグリーンの瞳が、俺を映した。

「貴方達は殺すのになんの躊躇いもないんだろう? どうしてそんな風になれる?」

 耳障りだと思った。

 女とガキの声は高くて耳障りだ。特に、泣きそうな鼻に掛かった声が一番嫌いだった。

「最初からそういう風に出来ている」

「あの家の人は――」

 俺の答えを待つ気があったのか無かったのか、食い気味に語り始めた女。

「次男が、新しく出来る開拓のための村へと行くことを命じられ、その最後の別れをお祝いを名目に惜しんでいたのに」

 同情を引こうとするその言葉を、俺は一言で切って捨てた。

「油断だな」

 女が息を飲む音を聞いてから、更に続ける。

「そういう時なら、尚の事警戒して然るべきだった。無防備に外で火なんて焚かずにな」

 抑えきれなかったのか、女の目尻から一筋だけ涙がこぼれた。

「なんで私を殺さないんだ?」

「約束したからな」

「死人に口無しだろう?」

 嘆息し、呆れた顔を向ける。死にたければ殺してやる、と、表情で告げてから声を掛けた。

「お前の技術、強かに機会を待つ姿勢に感服した。それに――」

 言いかけて、ふと浮かんだ光景を、頭を振って追い出す。

 なんでもない、と、手を振り会話を打ち切る。

 しかし、女は話を終えず、俺の目の前からも動かなかった。

「それに?」

 焦れたような声で、訊き返してくる。

 変な所だけは聡い嫌な女だ。

「大したことじゃない、気にするな」

「大したことじゃないなら言ってくれ」

 我の強い子供みたいな顔をされ、延ばしても喧しいだけか、と、諦めついでに言ったやった。

「戦いに挑むお前の目を美しいと思った」

 聞き終えた最初こそ表情を変えなかった女は、意味が頭に達した瞬間に驚きに目を見開き……口を開けるが声にならず、最後は絶句していた。

「――以上だ」

 改めて会話を打ち切った俺。

 俺も、女も、もうなにも喋らなかった。

 女は離れる素振りを見せなかったが、戦う気配はもう感じなかった。

 俺はゆっくりと目を瞑り、周囲の物音に耳をそばだてていた。

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