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それから、草で隠れ始めた獣道を夜通し歩いた後、夜明け前に道から離れ森の中に深く入り込んだ。少し開けた――周囲の若木を遠ざけ、聳え立つ巨木の袂。その根元の薄く洞になっている部分で仮眠をとることにした。
昼間に動いて、このあたりの奴隷と鉢合わせても面倒だ。この女が、殺すなと煩いしな。
ラケルデモンの人間は昼間は訓練か学問の時間だ。夜にならない限り鉢合うことはないが、この辺りの道は襲撃路に使わない。遠回りになり過ぎるからだ。
奴隷も外へ出るのは朝から正午までが基本だ。午後になれば早飯を食って家にひっそりとこもっていないと、少年隊や青年隊に殺されるから。……まあ、家にいても押し入って殺さことも多いので、家の方がどちらかと言えば安全という程度の話だが。
近くの木の枝を縄で軽く結って引き降ろし、周囲の視界を遮る。寝床に決めた場所の下草や若木をナタで払い、草はその場に積み、小枝は近くの人が歩けそうな場所に両端を錐状に削って挿し、簡単な障害物にした。
「随分と手馴れているんだな」
女が感心したような、それでいて、どこか皮肉めいた口調で言った。
「野営の技術も戦場では重要だからな。……そう言うお前は、随分と不器用だな」
寄り添って寝る間柄じゃない。俺と反対側の木の根元に作られた女の寝床は、しかしながら、お世辞にも褒められた出来じゃなかった。理解もせずに見様見真似で形だけそれっぽくしたんだろう。
恥ずかしそうに俯いた顔を、わざわざ下から覗きこんで嘲笑し、床にして問題のない草だけを選りすぐり、残りは小枝と一緒にさっきと同じように簡単な障害物にした。
「……ありがとう」
蚊の鳴くような声。
鼻で笑い飛ばして言ってやる。
「起き抜けに腰が痛いと騒がれては堪らないからな」
反論しようというのか、女が顔を上げたから「軽く食って寝る。お前もそうしろ」と、言って、自分用の寝床に納まり、干し肉をハルパー――補助作業用の鎌状の短剣――で削って口にする。
ヤギの肉だな。癖がある。ただ、まあ、それも風味といえば風味だ。ついでに、焼き締められた大麦のパンも少しけずって水でふやかしながら流し込む。
――が。足りない。
一頻り、今日の必要分と決めたものを食ったが、そこまで腹は膨れなかった。煮炊きしたいところだが……。歩いた後で面倒だったし、起きてすぐに歩き出すのは非効率的なので、仮眠の後にきちんとしたものを作るつもりだったのが裏目に出たな。
ふう、と、短い溜息をついて木の幹に頭のすわりの良い場所を探す。
寝心地は良いとは言えないが、どこででも寝るというのもひとつの技術で、俺達少年隊はそれを基本として習得している。
寝ると決めた瞬間には、意識はゆっくりと霞んでいった。