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半分の月が、空と海の両方に浮かんでいた。
「随分とゆっくりでしたね」
日はもうどっぷりと暮れている。だが、アテーナイヱの港――外港都市ペイライエウス――は、灯りに包まれ、港の外の近海にも陽気な音楽が響いている。
「お前からはなにも貰えないのが分かってるからな。金目の物をかき集めてたらこんな時間になった」
いつから港で待っていたのか、出迎えたキルクスに軽口を返す俺。
いや、待っていたのは、俺達じゃなくてあの将軍の方なのかもしれないな。
「村ひとつですよ? 安くはないでしょう? ……そういえば、本隊は?」
「夕刻になっても浜には戻ってなかったし、向こうで一泊するんじゃないのか?」
「そうですか」
キルクスの態度に、こちらを不審に思った様子はない。実態がよく分からなかったんだが、交渉の関係で帰国が遅れるって言うのはよくあることなのかもな。
まあ、今回はそういう理由じゃねーけど。
「あ、お前のとこの漕ぎ手は下ろすか?」
「いえ、船をお渡しする約束でしたし、希望者以外はそのままで構いませんよ。どうせ下層市民ですし」
「そか」
「今日はどうなさいます?」
「祭り見物して、明日には出るさ。長居すれば、お前に寝首を掛かれそうだ」
やはりそのつもりだったのか、ふふ、と、どちらかといえば優しく笑ったキルクスがこれまで見せた中でも一番の冷たい声で答えた。
「機を見るに敏感ですね」
ここで終わるつもりは無い、と、軽く手を払って会話を終わらせる。
「商売の予定があれば呼んでくれ。じゃあな」
「ええ」
それだけだった。
背中を見せたキルクスは、もう振り返らないだろう。
一緒に戦ったとは思えないほどあっけなく、俺達は袂を別った。