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空は晴れていたので、竈のある小屋の方で露天で思い思いに食事を取ることになった。もっとも、最低限の見張りは櫓に乗せているが、部隊を展開して攻勢に出るというのは意外と時間が掛かるものなので、比較的のんびりとした空気が辺りには漂っている。
まあ、俺としてはリラックスしきれない部分はあるが……。
調理小屋の前で、大鍋の横に立っているエレオノーレが視界に入る。向こうも俺に気付いた顔になり――。
「あの、ごはん……」
昨日の一件を引き摺っているのか、エレオノーレの態度は随分としおらしかった。
てっきり、態度を非難してくると思っていたんだが……。いや、俺が殴ったから、裏切られたと感じて警戒してる――もしくはその後の展開のショックが抜けきれていないんだろうな。
「ああ」
変に取り繕う必要性も感じなかったし、自分の頭であの状況を考えて理解しない限りは俺の取った行動を納得出来ないと思うので、言い訳もせずに椀を受け取り――。やっぱり、中を見て溜息を吐いた。
小麦のパンが一番高い食事で中々口に出来ない。ヘレネスの土地で小麦の栽培に適しているのがごく一部で、輸入にあたって高い関税が掛けられるためだ。一般的な食事は大麦の粥。貧乏人は燕麦の粥に野草を入れる。戦場では、保存用に固く焼き締めた雑穀入りのパンに豆なんかを入れて調理する。それが、ヘレネスの基本的な主食だ。だがこれは――。
一口目を啜った兵士達は、皆一様に視線を地面に向けてしまった。
吐いたヤツはいないが……いや、吐くまでも無いか、これは。
「な?」
したり顔でキルクスに同意を求める俺。
キルクスは、……相当に無理した苦笑いで、返事そのものは飲み込んだようだった。ドクシアディスは、露骨に萎えた顔をしている。
「え?」
エレオノーレが戸惑ったような顔で周囲を見渡し始めたが……流石に面と向かって指摘し難いのか――まあ、立ち位置が独特だからな、コイツ――、視線を向けた先の兵士に、顔を逸らされてしまっている。
「うっすいだろ?」
ニヤニヤしながら俺が指摘すると、曖昧な同意の声や、頷く顔がちらほら続く。
「え、だって、船じゃ海水で戻した焼き締めたパンをしょっぱ過ぎるって……」
「いや、味付けもそうだが、なんかよく分からんものをお湯にちょっと溶かしただけだろ、これ。病人の食事じゃねえんだぞ?」
椀の中身を噛まずに一気に飲み干し、肩を竦めてみせる。
勿論、食った気にならない。空腹だが、一応はなにかが腹の中に居るっていうか……、でも、満たされないっていうか。
「で、でも、糧秣は節約しないと……」
おろおろして言い訳するエレオノーレを、ハン、と鼻で笑ってきっぱりと言い返す。
「そんなのは、一年後も生きてる確率が高い時だけだ。どっちにしても、今日でここからおさらばするんだから、しっかり腹にモノを詰めさせろ」
完全に意気消沈したのを見計らって、ふ、と少しだけ笑ってから、俺は小屋の方に居る雑務兵に大声で命じた。
「おい、輜重班! 敵の攻勢次第だが、昼は早めで、残りの食材の良いのは全部使っちまえ」
「ご、ごめんなさい」
四方に向かって頭を下げているエレオノーレ。
エレオノーレが女だからか、それほど不満の声は上がっていないようだった。