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日が落ちた。月が山際に掛かっている。
ああ、今日は満月だったか。
屋根の無い石のテーブルだけの共同食事場に、鉄の鐘の音がカンカンととぼけたように鳴り響いた。クソ不味いメシの終わりだ。俺達少年隊は、寝床の同じ隊毎に順次この場所から出て行かなくてはならない。ジジイ共が、干し肉を肴に蜂蜜酒や葡萄酒をヤるために。
不満を口には出さずに、鼻を鳴らす。憂さを晴らしつつ腹を満たす術は与えられてるんだから、こんなとこで揉め事を起こす意味は無い。
しかし――。
おかしいな、と、最近少し感じ始めてもいた。以前は、少年隊用の飯であったとしても、ここまで量が少なくはなかったはずだ。
そういえば、最近、各拠点への食糧の配給が遅れていると、料理係がぼやいていた。そのしわ寄せが少年隊に来ている。上の連中の飯を減らせば、料理係は殺されるんだから、それも当然の帰結かも知れんが。
まあ、大麦や燕麦の収穫間近なこの時期に、穀物の備蓄に余裕が無いのはいつもの事なんだがな。
ハン……、いずれにしても、今の俺にはどうでもいいことだ。アイツ等が無能なのなんて、今に始まったことじゃねえんだし。
「おい、今日もヤるのか?」
「アーベルが行くなら、付き添うぜ」
誰何する前に声で分かったが、もし階級が上の青年隊に絡まれたら面倒なので、月明かりを頼りに歩調を緩めて顔を見る。案の定、毛織布の腰当だけを身に着けた同じ隊の二人が、いつもと同じように声を掛けてきたのだった。
ラケルデモンの少年隊は、上着を支給されない。強健な肉体を作るためだとかなんだとか監督官はほざいてるが……。つまるところ、金が無いだけだ。
隣の都市国家のメタセニアとの戦争で勝ったはいいが、国土と奴隷の数が増えすぎ、今じゃラケルデモンの市民の五倍も奴隷がいやがる。ソイツ等を抑えるために、あの凡夫の国王が国民皆兵を導入した途端、金回りが冷え込んだ。
それはそうだろう。
戦時に国民全てが兵隊になるって制度じゃない。更に突っ込んで、常時全ての国民が兵隊になるというバカげた法だ。商人も職人も兵隊にすりゃ儲けられなくなるのも当然だろうに。
ただ、その代わり――。
「クソ不味いシチューなんて腹に入るか。狩りにいくぞ」
口角を下げて笑い、いつも通りに言い放つ。
しかし、ツレの二人は、微笑みかけてやったっていうのに引き攣った顔になった。
ああ、そういえば、自分で意識したわけではないが、俺の笑みは酷薄らしい。つか、殺気もない相手にビビンなよ。
所詮は強者になびくだけの三下。それが俺のコイツ等に対する評価だった。
ただ、まあ、それも生き方のひとつではある。
少年隊への支給は『全てが不足するように』きちんと計算されている。奴隷のメタセニア人の間引きを兼ねた、略奪の訓練のため。生き延びるには、手前の腕で分捕るか、おこぼれに預かるか、だ。身の程を弁えているヤツなら、まあ、飼うのはやぶさかでもない。
友人ではない。対等じゃねえんだから。そもそも生まれが違う。向こうはどう思っているのか知らないが、俺にとってはペットみたいなもんだった。