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Over My Head<小さな基地のピッツェリア>

 美人パイロットの巣窟、プロメテウス義勇軍カーメリ基地でのお話です。

 この基地の総責任者であるゾーイは、極端なニホンびいきなので今後も頻繁に登場する予定です。

 それは可能性のひとつ。

 とある惑星上の物語。


 プロメテウス義勇軍は、その規模の小ささにも関わらず『複雑な大人の事情』で多くの国から優遇措置を受けている。米帝の駐屯地があるオワフ島に拠点があったり、イタリアの空軍基地に間借りできているのはその所為である。

 

 ここはイタリア北西部カーメリ空軍基地。

 基地のゲート横には、綺麗なブルーに塗装されたCanadair CL-13がゲートガードとして飾られている。

 メイン滑走路が一本しかない小さな基地だが、飛行訓練や機種転換、新機種のテストにと頻繁に使われていて寂れた感じは無い。

 そんな基地の中に他国の軍隊が駐留しているのを知る者はあまり居ないが、基地の隊員食堂脇に立っているピッツェリアの事は誰でも知っている。


 週末だけ営業するその店は、ポピーナと呼ばれている。

 イタリア空軍特有の緩い雰囲気の中でも、周囲とは明らかにカテゴリーが違う?その建物は人で溢れかえっている。アールデコを思わせるガラスを多様したモダンな店構えは、ニューヨークの中心部にあっても違和感がないデザインだ。


 おまけに各テーブルにはニホンの回転寿司店で見られるようなタッチパネルと、お湯では無いドリンクサーバーが備え付けられている。

 勿論ドリンクサーバーにはお決まりの『SE BEVI NON VOLO(飲むなら飛ぶな)』という標語がしっかりと書かれているのであるが。


 スリムなジーンズにエプロン姿の女性が、テーブルにピッザの大皿2枚と霜が貼った空のグラスを運んで来た。焼きたての薄い生地のピッザは湯気を立てて、載せられた大量のルッコラが実に旨そうだ。


「おまたせ!グラスはここに置くね。

 ごゆっくりどうぞ!」

 2人の男性が掛けているテーブルにピッザと冷えたグラスを置くと、女性は踵を返してキッチンへ戻っていく。

 その匂い立つような後姿を羨望の表情で見ている男性客は沢山いるが、無作法に手を出そうとする命知らずはこの店には来ない。

 いや来れなくなる……というべきだろうか。


 フライトスーツ姿のヴェテラン・パイロットが、この基地に来たばかりの新人に話しかける。

「ほら後ろ姿を眺めるのはその位にして、ピッザが冷めるからさっさと食っちまおう」


「は、はいっ」

 

 ちょっと薄めの生地の生地をナイフで切り分け頬張ると、香ばしさとモッツァレッラ・チーズの旨みが口一杯に広がる。


「旨い……街のピッツェリアなんて比べ物にならないですね」


「だろう?繁盛するのも当然だよな。

 ビールも最初の一杯分のチャージで、このドリンクサーバーから飲み放題なんだぜ」

 冷えたグラスに注ぐ生ビールはイタリア人には無い習慣であるが、この店の常連は冷たい喉越しを楽しんでいるようである。


「でも、こんなにモダンで良い店が、基地の中にあるなんて不思議ですよね。

 週末だけと言わずに、毎日でもやって欲しいなぁ」


「ああ、この店の運営はカーメリ基地とは無関係だからな」

 ビールのグラスを傾けながら、上官らしきパイロットは呟く。


「えっ?無関係で基地の中で営業できるんですか?」


「治外法権なんだってさ。ここは厳密に言うと我々の国じゃないんだと。

 アルコールが出せるのも、イタリアの軍規に縛られないからだろ」


「はぁっ?」


「プロメテウスってちっちゃな隣国があるだろ?

 この店や滑走路、一部のハンガーは基地の創設以来その国の領土になってるんだってさ」


「……ああ、プロメテウスっててっきり部隊名かと思ってましたよ」

 驚いた表情を隠さずに、新人パイロットは呟いたのであった。



                 ☆



「ところであの『勝者は一年間食べ放題』ってプレートは何ですか?」


「ああ、異機種間空戦訓練(DACT)でここの店員に勝ったら、ご褒美を貰えるって事らしい」


「えっ、あの綺麗なウエイトレスさん達もパイロットなんですか?」


「ああ、彼女達は皆お前より階級は上だぞ」


「へぇ~っ、美女のお相手なら是非チャレンジしたいですね。相手の機種は何ですか?」

 フレッチェ・トリコローリから声が掛かったこともある彼は、空戦機動には自信を持っているらしい。

 もっとも機種転換中の現在は、まだ使いこなせていない新機種に四苦八苦しているようであるが。


「今はF-16の初期ブロックだろうな。まぁ……後学の為にやってみるのも良いかも知れないがお勧めはできんぞ。

 なにせこの店が出来てから、勝ったのはたった一人だけらしいし」


「そんな古い機体で無敗なんて、ここの人達ってすごい『腕っこき』なんですか?」


「ああ、外見に惑わされるがプロメテウス義勇軍というのは化け物の集団だぞ」


「誰が化け物だって?」

 フロアで姿が見なかった20代後半に見える女性が、上官の横の椅子に腰掛けながら唐突に言った。


「げっ、ゾーイ!」


「若い子にあんまりおかしな事を吹き込んじゃ駄目でしょ。

 あんたの若い頃の恥ずかしい話でもしてみる?」

 まだ20代後半にしか見えない美女が『若い頃の話』という台詞は違和感があるが、年配のパイロットは特に意を唱えずに沈黙している。


「あの……たった一人DACTで勝ったパイロットが居るって聞きましたけど?」

 ゾーイと呼ばれた美麗な女性を眩しげな表情で見ながら、若いパイロットは尋ねる。


「ああ、そこの額に写真があるだろ?ニホンの防衛隊のパイロットだよ」


「なんでニホンのパイロットがこんな所へ?」


「研修中で色んな機体に乗りに来てたらしいけどね。

 いやぁ、凄い機関砲の腕前だったな!」


「……」


「事故で亡くなったらしいけど、不思議な縁でその娘がうちの義勇軍に在籍してるんだ。

 彼女も腕っこきのパイロットで、そのうち研修に来る予定だから会えるかもね」


「娘さんもパイロットなんですか?そいつは凄いや」


「そういえば、その娘の同僚がニホンから研修に来てるけど挑戦してみるかい?

 おーいアン、お前とDACTがご希望だとさ」

 キッチンの奥で作業をしている小柄な女性に向けて、ゾーイが声を掛ける。


「モウシワケアリマセンガ、ゴエンリョサセテイタダキマス」

 フライトジャケットにエプロンという変った格好のアンは、何故か丁寧な日本語で答える。


「ここの従業員は、店長の業務命令を断れないんだ。

 それにDACTはれっきとした訓練の一環だよ」

 当たり前の様子で日本語を理解したゾーイは、いつもの調子でイタリア語で言い返す。


「君もパイロットなの?随分と可愛らしいけどホントに飛べるの?」

 アンに向けて若いパイロットは、子供に向けるような優しい口調で問いかける。


「あなたもパイロットなの?機種転換中みたいだけど、ヨチヨチしないでちゃんと飛べるの?」

 アンはニホン語ではなく流暢なイタリア語で、目線をそらさずに強い口調で言い返す。


(生意気なガキめ……)

 プライドの高い少尉の表情が、一瞬にして変わった。


「少尉!言動には注意しろ。彼女の階級章が眼に入らないか?」


「えっ、中尉?

 階級は兎も角、自分がこんなチビッ子に負ける訳がありません」


「じゃぁ、私が勝ったら何でも言うこと聞いてくれる?」

 小首をかしげたコケティッシュな表情で、アンは若いパイロットに言い返したのであった。



                 ☆



 勿論DACT(異機種間戦闘訓練)をパイロット個人の思いつきで出来る筈も無いが、イタリア空軍上層部とは既に話が付いているようで翌日には模擬空戦は訓練の一環としてフライトプランに組み込まれていた。


  若い少尉の乗機は機種転換中のEF-2000、アンは愛機であるF-16で、武装はサイドワインダーと機関砲のみという近接戦の設定だ。

 勿論双方の機体にはCongoh特製の空戦機動計測装置(ACMI)が取り付けられていて、対戦内容はすべてSIDによってモニターされている。


 管制タワーでは、年配のフライトディレクターとゾーイが並んで、2機が離陸していく様子を眺めている。設置されている大型モニターには、分割画面で各機のACMIからの映像が表示されている。


「あの娘のフライト時間は?」


「5千位じゃない?」


「5千?!道理で、あの若さで中尉になれる訳だ」


「あの娘の場合は、血筋もあるかなぁ。なんせあのAllmanの係累だしね」


「えっあの伝説の……。うちの若いのが再起不能にならなきゃ良いが……」



                 ☆



 空戦エリアでブレークした瞬間から、F-16のコックピットにはアンのハミングが響いている。

 対戦相手の若いパイロットも知っている、超有名なニホンのアニメの挿入歌だ。


 空戦機動には自身がある少尉は、易々とF−16の背後を取りアンを追いかけ回す。


「そんな低速でフラフラと……。その速度じゃ良い的だね!

 サイドワインダーでいただきっ」


 HUDのレクティルに入ったF-16を簡単にサイドワインダーモードでロックオンしトリガーを引こうとしたその瞬間、レティクルの中央から機影がフッと消えた!


「えっ??」


 ロックオン直前に機影が消えて捉えられない、これを数回繰り返した後、無線から聞こえる歌声と共にEF-2000のコックピットにロックオンされた警告音が響いた。


「DACT終了です。」

 SIDの判定アナウンスで、勝負は5分も経たずに早々に決着したのであった。



                 ☆



「ほらほら運転手、次の店に行くわよ」


「くそっ、人使いの荒い……」


「負け犬の癖に、吼え声だけは一丁前ね」


 DACTで無残に敗北した少尉は、アンに付き合って一日運転手をする羽目になった。

 ミラノでの買い物のついでという名目で、市中の有名なジェラート店を何軒も巡っている。


「なんでこんなにジェラート屋ばかり……そんなに好きなのか?」

 今日4つ目のキャンディー・コーンを受け取りながら、少尉はアンに言う。

 まだ若いと言って良い年齢の少尉はもちろんジェラートは大好物だが、さすがに一日に4軒の店を巡った経験は無いらしい。


「ううん、マーケットリサーチよ。

 普段はトーキョーで暮らしてるから、本場の店を訪問するチャンスが無いからね」

 アンは基地での厳しい物言いとは違う、柔らかい表情で静かに答えている。


 本日4軒目のジェラート屋を出て通りを優雅に歩いているアンが、市中銀行の前で突然立ち止まった。

 銀行の前に停車している車が、ドアを開けっ放しにして停車しているのを目撃したからだ。


「……あらやだ、折角の休みなのに」


「?」


「ねぇ、今ハンドガン持ってる?」


「いや、非番なんで当然丸腰だけど」


「そう、じゃぁちょっと離れて見ててくれる?」

 アンは自分の分のジェラートを彼に手渡すと、ジーンズのポケットから金属の棒のようなものを取り出し右手で握り締めた。


 アイドリング中の車のフロント側に回りこむと、怪訝な顔のドライバーシートの男性に向かって笑顔で棒をもった右手をひらひらさせる。

 男性が笑みを返した瞬間、アンは右手を鋭く振り下ろす。

 ダッシュボードから盛大に蒸気が噴出して、エンジンが異音とともにストップする。


 右手にはいつのまにか形成された黄金色のブレードが握られていて、ボンネットはエンジンごと真っ二つになっている。

 血相を変えて飛び出して来た男性に向けて、アンが右手を軽く一振りすると男性はバタリと道路に倒れる。血は流れていないが、どうやら強く打撃されて気を失ったようである。


「おいおい……」

 両手にジェラートと買い物の紙袋をぶら下げた少尉は、突然の出来事に呆然としている。


 その直後にけたたましい非常ベルと共に、銀行の正面ドアから覆面の男達が停車中の車に向けて飛び出してくる。

 良く映画で見かける、典型的な銀行強盗の逃走シーンである。


 アンは駆け寄ってくる銃を振り回している男達の間隙を縫って何度か腕を振り下ろすと、男達は全員歩道に音も無く倒れこむ。

 その様子はやはり血が一滴も流れる事も無く、銀行強盗のシーンから安い制作費のチャンバラ映画に一瞬にして場面が展開したようだ。


「ミネウチヨ、シヌコトハナイカラアンシンシテ」


 トーキョー暮らしで再放送のTV時代劇を見過ぎたのか、それともタ●ンティーノの映画の所為なのか、アンはおかしな影響を受けてしまった様である。



                 ☆



 警察が昏倒したマスク姿の男達を拘束するのを横目で見ながら、アンは溶けかけたジェラートをコーンごとパリパリと頬張っている。

 路上駐車していたカーメリ基地の連絡車に乗り込むと、少尉はジェラートを食べているアンに不満そうな口調で問いかける。


「なんであんな危ない真似を?正義の味方でも気取ってるのか?」


「ううん、そんな気は更々無いわ」


「じゃぁ、なんで先に警察を呼ばないんだ?」


「美味しいジェラート屋さんは、子供にとって大切な場所なのよ。

 そんな場所の近くで銃を振り回すなんて、放っておけないでしょ?」


「そんな理由で?」


「じゃぁ聞くけど、目の前で友達が死んだ経験はある?」


「あるわけないだろ!まだ実戦だって未経験だし」


「私はあるわ。ジェラートを一緒に食べていた友達が、目の前でテロリストの爆弾で吹っ飛ばされるその瞬間をはっきりと覚えてる」

 目を閉じて呟いていた彼女の瞳は、感情が高まったのか潤んでいるようにも見える。


「……良くそれで無事だったな?」


「運が良かったのよ。それに私には『自前のシールド』があるから。

 私は義勇軍所属でもあるし戦争が嫌いなんて綺麗ごとを言うつもりはないけど、無抵抗の相手に対するテロ行為は絶対に許せないわ。

 貴方はなんで軍隊に入ったの?自由に空を飛びたかったから?」


「ああ、子供の頃トリコロールのアクロバット飛行を見て憧れてたんだ」


「残念ながら今の貴方の腕前じゃ、EF-2000の性能を引き出す事は出来てないみたいね。

 アビオニクスが優秀すぎて、限界ギリギリの空戦機動が出来てないもの」


「それは……判ってるさ。今に見てろよ」


「ええ、頑張って頂戴。私より腕っこきのパイロットがあそこには沢山いるから、いつでもDACTに挑戦できるわよ。

 ほら、次に行くわよ」


「ええっ、まだジェラートを食べるのか?」


「ううん、シメはSPONTINIでピッザね。あそこのふかふかピッザは他では食べれないからね。

 次はいつ来れるか判らないから、目一杯食べるわよ」


「Si、Mamma」


 こうしてアンのミラノでの休日は、穏やかに?過ぎていくのであった。

 お読みいただきありがとうございます。

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