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Don't Forget Me<約束>

 ヒロインの一人であるユウの幼少期のお話です。

 彼女の特殊な生い立ちや、バックボーンの一部を描いています。


 それは可能性のひとつ。

 とある惑星上の物語。


 1999年、アリゾナ。


 夢を見ることも無く、いつもの時間にスイッチが入ったように目覚める。


 まどろむ間もなく体が覚えた動作で、洗顔と歯磨きを手早く行う。

 窓の外はまだ真っ暗で、朝日が昇るにはまだかなり時間があるだろう。


 夜の間に回っていた洗濯物を乾燥機から出して、折り畳みキャビネットに収納する。

 同時に炊飯器に電源を入れ、冷蔵保存してあった一番出汁を使って味噌汁を作る。

 味噌は父のナガノの実家で作った自家製で、インボイスが無いので何度か通関でもめた経験がある逸品だ。


 納豆製造機から出来上がり分を取り出し仕上がりを確認したら、タッパに小分けにして用意してあった菌のナンバリングを貼り付けておく。

 良い納豆を作るには、日頃の地道な管理が何よりも重要だ。


 最後に野菜の浅漬けと、常備菜を組み合わせて朝食の準備が完了。

 ここでパーコレーターでドリップしてあったコーヒーを口にして、やっと目が覚めて来た感じがする。


 朝食を取る前に、地下室で母親とのCQCトレーニング。

 体力の限界まで体を動かしてみっちりと汗をかいた後、シャワーをして着替える。

 相変わらず母親には敵わないが、以前のように青痣が出来たり瞬殺される事は無くなったので少しは進歩していると思いたい。

 ちなみに自分の母親がなぜこんなに強いのか、父親や親戚の叔父さんですら口止めされているらしく教えてくれない。

 単純なマーシャルアーツでは無いその実践的な動きは、軍隊格闘技や複数の武術がミックスされたものであると私は睨んでいる。


 母親との朝食後、自転車で市街地へと向かう。


 途中で乗客が疎らなスクールバスとすれ違うが、私の居場所はそこには無い。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 数分後、アルバイトしているニホン料理店の裏口に到着。

 厨房には勿論誰も居ないが、作務衣に着替えて届いている材料と本日分の仕込みの指示書を確認し作業に入る。


 一番出汁を取り、米を洗い、魚を捌き、煮物を炊き時間に追われるように作業に没頭する。

 ランチ前に何とか仕込みは完了し、昼食の繁忙時にはキッチンでひたすら調理をする。

 基本的に厨房から顔を出す事は無いが、馴染みのお客さんが満足そうに自分の料理を平らげている姿をバックヤードから見るのは本当に嬉しい。


 昼営業が終了すると、オーナー夫妻と一緒に遅めのまかないの昼食を取る。

 私が知らないままに、来週一週間は休暇だと私の勤務は母親によってスケジューリングされているらしい。

 事前通告無しに振り回されるのは慣れているので、オーナー夫妻には無難に話を合わせておく。


 オーナーの親父さんはニホン料理の師匠と呼ぶべき存在で、子供が居ないこともあって私を実の娘のように可愛がってくれている。

 ここのアルバイトは州の最低賃金からスタートして、現在ではアルバイトとは思えない職人としての高額な給料をいただけるようになった。

 おかげで私は年齢に不相応な趣味に、お金を費やす事が出来るようになったのである。


 ⁎⁎⁎⁎⁎⁎


 午後は聴講生登録している大学まで自転車で移動し、自分で選択した講義に出席する。

 ジュニアハイスクールの最初の一週間以来、私はハイスクールに通っていない。

 母親から受けていた教育レヴェルが高く、あまりのギャップに私が耐えられなかったのだ。


 同世代の中での集団生活には憧れもあったが、航空物理学の専門書を読んでいる私が同級生と一緒にアルファベットを習うというのは如何なものだろうか。

 GEDにはハイスクール入学前に合格しているし、SATも米帝の超一流大学に入学出来るレヴェルの点数を既に取得している。

 州の教育担当者は私との面談の後に不本意ながらハイスクールへの登校を免除してくれたが、折に触れて飛び級での正式な大学入学を勧めてくる。

 以前はパトロール中のポリスに日中出歩いていると止められる事もあったが、最近は地元警察の知り合いも増えたので不審がられる事も無くなった。


 近所のフライトスクールへは、週に2回は顔を出している。離れて暮らしている父がパイロットという事もあって、初めて操縦席に座ったのは何歳の頃だったろうか。

 今ではラダーペダルにも足が届くようになってソロフライトどころか高度なアクロバット飛行も楽々できる腕前になっているが、残念ながら16歳の免許取得制限があるのでそれは適わない。

 既に空軍士官学校からは入学のお誘いが来ているが、さすがに今の私の年齢で入学した例は過去にも無いらしい。



                 ☆



「彼女の衣食住全ての面倒を見なさい。期間は私が出張から帰ってくる迄の一週間。

 その間は仕込みのバイトは休むと、オーナーは既に了承済みだから」

 いつも通りの簡潔な物言いで母が私に言う。


 母親の命令口調は周囲から見ると違和感があるようだが、幼少時から慣れてしまっている私は不快感はおろか圧迫感もまったく感じない。

 それに深い愛情を受けて育てられている自覚がある私にとっては、自分を信頼して任せて貰えるのは不快では無い。


「了解です」


 母に寄り添っている女の子は、地味な容姿の私とは正反対の眩く輝くような容姿をしている。

 ちょっと濃い目のプラチナブロンドのショートカットと、人形のようにくっきりと大きい瞳。

 幼いながらも、女性を強く感じさせるプロポーション。


「キャスパー、この子が私の娘のユウ。

 貴方の面倒は彼女が全て見てくれるから、遠慮せずに何でも言って頂戴」


 初対面の筈のピートが彼女の足許にまとわりつき甘えている光景を見て、私は驚いた表情を隠せなかった。

 警戒心が強く私と母親以外には決して他人には懐かないピートが、初対面の少女に喉を鳴らしているのだ。

 少女は慣れた手つきでピートを抱き上げると、額をくっつけて何か小声で話しかけている。


「それじゃ、まず客間に案内するからついてきて」


「私、ユウと一緒の部屋がいい」


「でも私の部屋は、小さいベットが一つしかないよ」


「一緒に寝ちゃだめ?」


「わかった。

 じゃぁ寝るときは、私も客間のベットを使うからそれでいい?」


「うん」

 彼女の米帝語の発音は綺麗で、特徴的な訛りは感じられない。


「キャスパーは何処から来たの?」


「う〜ん、すごく遠くから」


「夕食を作るけど、なにか食べれないものはある?」


 ちょっと首をかしげた仕草の後、彼女は首を振った。

 好き嫌いが無いというのは、調理する側からはとても助かる。


「それじゃぁ、好物は何?」


「チョコミントアイス!」


「それでどこか行きたい所はあるの?」


「まず美術館。あと景色が綺麗な所と……やっぱり映画館!」


「一週間あるから、じゃぁ食後に大雑把なスケジュールを作ろうか?」


「うん!」


 雑談の後、研いだ米が入っている炊飯器に電源を入れて私は調理を始める。

 暫くはバイトに行く必要も無いし手の込んだ料理を作るのも可能だが、先ずは彼女の好みをしっかりと把握しないと意味が無い。

 リビングでテレビでも見ていてと彼女には言ってあったが、キッチンの入り口で彼女は私が調理している様子をじっと見ている。



                 ☆



「これがお米……ああ、独特の香りがする」

 ニホン食を食べたことが無い彼女のために平皿に盛り付けたライスと、馴染みがあるだろう食材で用意したおかずを、彼女は美味しそうに口にしている。

 いきなり箸を使わせるのはハードルが高すぎるので大きめのスプーンとフォークを出してあるが、特に不自由は無さそうだ。


「今日はキャスパーの好みを知るために、少しずつ沢山の種類の食材を用意したから。

 特に気に入ったモノや苦手な味があったら、遠慮せずに言ってね」


 大量に用意した小鉢には海の幸から山の珍味まで数多くの食材が並んでいるが、幸いな事に自己申告通り食べれないモノは無い様だ。

 マグロの漬けや乳製品も美味しそうに口にしているのを見ると、作る側からしてもメニューの自由度が高くなるのでとても助かる。


「このお米はニホンのニイガタという所で作られたものなんだ。

 お米は食べ慣れると甘みが解るようになるけど、最初の内は味の濃いおかずと一緒に食べると良いよ」


「美味しい!」

 旺盛な食欲で食べている様子は、調理した側としても気分が良い。


 モチ粉で揚げたクリスピーなチキンは特に気に入ったようで、早々と食べ終えてお代わりを欲しがった程だ。

 小鉢を含めて綺麗に食べ終えた食後には、彼女が好物だというチョコミントアイスを大きめなアイスクープに入れて配膳する。


「このチョコミントアイス、色が白い!」


「ああ、店で食べるとブルーの色が付いてるよね。これは母さんの手作りだから着色料とか余計なものは入っていないんだ。

 チョコレートはニホン製の板チョコを使ってるから、苦味も少ないと思うよ」


「アイスってお家でも作れるんだぁ……ユウのお母さんって凄いんだね」


「うん、すごい料理研究家だからね。大抵のモノは作れるかな」


「ユウの料理もすっごい美味しかったよ」


 ……


 夜半、シングルベットが二つ並んだ客間で寝ていると、物音を立てずに彼女が私のベットに潜り込んで来た。

 抱き枕のように私に抱きつくと、彼女は安らかな表情で静かに寝息を立て始めた。

 寝ぼけた状態で薄目を開けて様子を見ていた私は、暗闇に彼女の眼が黄金色に光っているのを目にする。

 ああ、猫みたいで綺麗だなとボンヤリと思ったが、私はそれ以上考える事ができずに再び深い眠りに落ちていった。



                 ☆



 翌朝から日常生活の世話役と、ガイドとしてのユウの一週間が始まった。

 ちょっと離れた美術館や観光地を巡るには徒歩では無理だが、知り合いのポリスに頼んで現地まで載せてもらったり生活全般の全てのお世話を行う。


 キャスパーと呼ばれる少女は、ユウの同年代としては理解力がとても高く聡明だった。

 一般常識には疎い部分があったが、ちょっと口頭で説明するだけで殆どの事項はすぐに理解してしまう。

 多分IQが尋常では無いレヴェルで高いのだろう。

 雑談をしていても物理学からコンピュータ理論まで、彼女が理解できない分野は全く無いように思える。


 ユウは自分をあまり口数が多くないタイプの人間だと思っていたが、彼女と居ると信じられないほど饒舌になっている自分に気が付く。

 他人との会話が楽しいと思えるのは、人生で初めての経験かも知れない。

 そう、ユウは人生で初めて同年代の友人を得たのだった。



 一週間後、スケジュール通りに州立美術館を訪問した帰り、ユウは一人でトイレに居た。


「ユウ!」


 自分の名前を呼ぶ微かな声にユウはピクリと反応する。

 この一週間で聞き慣れた、ロビーで待っている筈のキャスパーの声だ。


 トイレからはじけるような勢いのダッシュでロビーへ向かうと、彼女が4人の東洋系の男達に拉致されて入り口へ引きずられているのが見える。

 ロビーの隅にはシューティングレンジで顔馴染みになった、ここに勤務している警備員さんが頭から血を流して昏倒している姿が目に入る。


「Bullshit! Abduction!」


 怒りでアドレナリンが全身に駆け巡るのを感じながら、ユウは警備員の足許に転がっていたハンドガンを拾い上げる。

 ダブルカラムのグリップに廻りきらない小さな(てのひら)で、同年代の少女には到底不可能な腕力でスライドを引き絞る。

 新品のプライマーが収まった弾丸をチャンバーに確認したユウは、両手を使ってグリップをしっかりと保持し入り口に向かって走り出した。


(許さない!絶対に逃がさないぞ!)

 

 怒りで冷静さを失っているが、日頃の厳しい訓練の所為か体はしっかりとコントロールされている。

 一瞬の躊躇も無くフル・ロードされたハンドガンのトリガーを、視野に入った4人組みに向けて引き絞る。

 ダブルタップの4連射はマスプロのハンドガンでは難しいが、警備員が日頃から自慢していたチェコ製のオートマティックはユウのパフォーマンスに答えて滑らかに動作する。


 数秒後、ユウの狙撃に全く反撃できず、東洋系の顔立ちの男達は全員が大理石の床に倒れこんでいた。


「キャスパー、大丈夫?」

 銃声と共に床を這いずって逃げていたキャスパーに、ユウは心配そうに声を掛ける。

 両耳を手で押さえて床で丸くなっていた彼女は、思ったよりも元気そうに立ち上がり笑顔でサムアップしてくる。


 ユウはハンドガンを右手に持ったまま、倒れている男達の腰に挿したハンドガンやナイフを大理石の床に放り投げ冷静に武装解除していく。

 頭部以外を撃ち抜かれた男達は全員が瀕死の状態だが、そんな事はユウが知ったことでは無い。


 遠くにサイレンの音が聞こえるので、銃声を聞いた地元のポリスようやく到着した様だ。

 サイレンの音に紛れてカツンと小さな足音が聞こえた瞬間、ユウは振り返りハンドガンを音の方へポイントする。

 両手を挙げた黒いスーツ姿の女性が、キャスパーに向かって駆け寄ってくるのが目に入る。


「ユウ、この人は知り合いだから大丈夫」


「いきなり凄いことをやってのけるな。さすが血は争えないか」


「???」


 陰ながら警護していたという黒服の女性の車に乗り込み、漸く(ようやく)クールダウンしたユウとキャスパーは彼女が地元警察の警部相手に状況説明をしているのを眺めていた。

 ユウも顔見知りのヴェテラン警部は、車で待機しているユウに向かって大きくウインクすると踵を返して現場へ戻っていく。

 黒服の女性は無言で車の運転席に乗り込むと、車を発進させた。


 ……


 自宅のリビングに戻ったユウは、キャスパーを交えて黒服の女性と話をしていた。

 彼女は懐から太い銀色のペンのようなものを取り出し、数字が書いてあるダイヤルを操作している。


「嫌です。一週間分の記憶を消されるなんて、絶対に嫌です!」


「アイには既に連絡して許可を貰ってるから。

 それに消去措置をしないと、かなり厄介な事になるよ」

 真っ黒な遮光サングラスを掛けながら、黒服の女性はユウに説得を繰り返す。


「母をご存知なんですか?」


「ああ、古い知り合いでね。

 ここにキャスパーを連れてきたのも、彼女のアイデアなんだ」


「ねぇ、ユウ。

 また何時か会えるから……その時は必ず思い出して」


「キャスパー?」


「ねぇ、絶対の絶対の約束だよ」


「うん、必ず思い出すよ。何時何処で合っても必ず!」


「それじゃあ、この先端部分を見て」

 黒服の女性の一言と共に、フラッシュライトのような強い発光がユウの目に捉えられる。


 ユウの掛け替えのない一週間の記憶は、ここで消え去ったのであった。



                 ☆



「一週間どうだった?」

 帰宅した母が珍しくユウに尋ねてくる。


「特に何も……」

 ユウはいつもの様に口数も少なく答えるが、珍しく一言を付け加えた。


「だけど、約束をしたんだ」


「どんな約束?」

 記憶の消去について事情を説明されていた彼女は、怪訝な顔をしてユウに聞き返す。


「う〜ん解らない。だけどとても大切な約束だから、きっとその時になれば思い出すよ」


「そう?」


「うん、大丈夫」


 記憶を失いながらも混乱した様子も無い自分の娘を見て、彼女はユウに見えないようにそっと微笑を浮かべた。

(本当に強い想いは、やっぱりニューラライザーじゃ消せないのかも知れないわね)


 ユウがキャスパーと再会するにはかなり長い年月が必要となったのだが、それはまた別の話なのであった。

 お読みいただきありがとうございます。

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