5話 指導
「あ、ごめん……」
恥ずかしくなり望は椅子に座る。
「こないだもえらく興奮してたけど……ビクってなるからやめてよ……」
眉をひそめ頬をぷくっとさせる。涼加は超常現象などの類は好物だが、ビックリさせる手法のものは苦手であった。
「驚かせてごめんね。わざとじゃないんだ……」
「それはわかってるけど。まあ何か閃いたみたいでよかったけど」
涼加はにこやかな顔で答えた。それがなんなのか探りはいれない。望がなにか掴んだのであれば、それはそれで喜ばしい。救いになるのであれば。
「…………うん。虚心さんは凄いな……そんな才能欲しいよ」
閃きの事は語らない。望に読心術の才能があれば、現状を良くできていたかはわからない。見殺す才能よりマシなのはあきらかだが、たらればだ。
その後、他人の才能を羨ましがっても意味ないだの、自分の可能性をよく自覚してだの、こんこんと親が子を叱るように対話が続く。――仕切りなおし、まだ聞きたいことがあったと望は切り出すと、涼加はどうぞどうぞと両手を差し出す。
望が試みた蟲への読心術――なぜ見えないのかという疑問に対するヒントを得たが、もう一つの疑問――集中しているとなぜ蟲が騒がないのか。
「集中してると周りが見えなくなったり聞こえなくなるでしょ?」
「それは個人差あるんじゃない? キミは物凄い集中力あるほうだと感じたけど」
「そうなんだ……僕の場合ね、集中すると周りがみえないし、音も聞こえないんだけどそれ以外の理由ってあるかな?」
涼加は「この人は何を言ってるんだ」という顔で見つめる。自分で例えて、自分はどうなのという不思議な質問。自分自身のことでしょで終わるが、涼加はそれを読む。
「キミが昨日、レジで集中している姿で思ったことは……周りもみえてるし、音も聞こえてることじゃない」
「え? どうゆう意味?」
涼加は詳しく説明し直す。周りがみえないなら商品は持てないし、金銭のやりとりもできない。音もバーコードが通ったか最初は耳で確認してるはずである。レジ袋やお箸の確認なども受け答えしているだろう。これに望は納得し、「そうか、だからか」と心で呟く。
「それって無意識なんじゃないの? 私が読心術してるって言われるように」
「かもしれない」
「実際はみえてるし、聞こえてる。それは無意識で記憶にあまりないってことじゃない? あとは……よく――他人を寄せつけないオーラって言うじゃない?」
「うん、怒ってたりしてる人とか、独特な人とかそうだね」
独特な人はキミだよと心でつっこむだけの涼加は、「集中してる人もそうだ」と伝える。だが、望にはそれが全く感じられず、それが逆に違和感があったと涼加は気遣って言った。
「そうなんだ。それは自分ではわからないからなあ……」
これにはピンとこなかった。涼加が気をつかった言い回しをしたからであった。本心はこうである。
――存在感がなかった。そこにいるのにいない感覚。
「それにしてもキミは昨日と今日じゃ雰囲気違うよね」
「そうかな? それも自分じゃわからないや」
「敬語ばかりで、近づいてほしくない感じだったのに。今日はグイグイくる感じだよ?」
「指導のおかげです」
涼加の――雰囲気が違うと言うのは確かであった。自ら進んで蟲と向き合っている。受身から攻撃に転換したように。
そのまま昼食をとり、悟られないようフェイクの疑問、質問も交え対話する。二時間くらいでファミリーレストランを後にした。当然、望の奢りであり、何度もお礼を伝え別れた。
別れ際に涼加は「うまくやろうとか思わないでね」と脈絡なく伝えていた。
◇ ◇
本日の収獲である――蟲がなぜ他人に見えず、自分では鏡ごしで見えるのか。望が導き出した(正確には涼加の手助けで)可能性。
――知らないものは見えないという涼加の言葉。
毎日、蟲を見る場所がある。それは――洗面台で歯磨きや顔を洗う時だ。その場面を思い返すと、蟲がいたのか記憶にない。『蟲を知っているし、見えてもいる』のに。いや、勿論ずっといる。少年時代は意識すれど慣れてくると無意識になってくる。それが当たり前になっていた。
意識をするという行為をしていない。意識すれば見える。そこから導いたのは――外の世界に意識を向けてみたら?
もしかすると同じ種類の蟲が視認できるのではという可能性。生態を知ることで見えないことも見えてくるかもという可能性。
――映画の例え話。
サングラスをかけると人間に変身してる宇宙人達がみえる。この場合、宇宙人は自分だろうなと望は思った。
――宇宙人達? 複数形であった。
同じ境遇の人がいるかもしれない。そうゆう目で意識して、他人を見たことなんて無かった事実に気づく。境遇者がいるかもしれない可能性。
涼加の対話遊びから始まったこの一連の連想ゲーム。望を大きく突き動かしていた。