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Archetyp―アーキタイプ―  作者: 王道楽土
一章 出会い ―希望―
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1話 始動

蟲目の青年、最善望さいぜんのぞむ

見殺す才能の持ち主。

この夏休みに境に人の道でない世界へ……

 最善望は高校二年の夏休みに入り、アルバイト生活初日を迎えようとしていた。大型複合施設スーパーのレジ担当である。志望動機は至ってシンプルで仕事中は常に人がいる。客が並びそれを淡々と一人でこなす。客がいなくとも他のレジに最低でも二、三人はいる。長時間二人きりになる機会が少なく、見殺す状況にならない。文句のつけようがない選択であった。彼には自宅より落ち着く空間である。


「それじゃ、行ってくるわね」


 望の母親が嬉しそうに笑顔で云った。両親が二泊三日の旅行にでかけるのであった。子育ても一段落したという理由で、父親から母親へ提案した。夫婦水入らずの旅行。玄関のたたきで父親が少し不安げに云う。


「二人共、なにかあったら連絡するんだぞ?」


「はーい! 楽しんできてねパパ! ママ!」


 妹の愛利あいりが片手を上げて元気よく答える。続いて望は普段通りに答えた。


「気をつけてね」


 ありがとうな、行ってきますと両親が旅行にでかけた。ドアが閉まると、愛利が鍵を掛ける。


 望は憂鬱であった。妹と二人きりの時に、何かあれば助けられず見殺してしまう。望はどう乗り切ろうなどと考え突っ立っていた。


「……おい、そこどけよ……」


 愛利の口調と表情が険しく急変。


「ごめん」


 望は素直に謝り、身体を壁へ寄り添い道を譲る。


「はぁあ……なんでこんなやつと二人きりになるんだよ……ったく」


 わざと聞こえるように吐き捨てると、愛利は自室に戻って行く。全くその通り、なんで二人きりになるんだと望は心の中で同調した。


 愛利の文鳥「ぴーちゃん」を見殺した日から、愛利は兄に不信感を抱いていた。いや、最初は土筆を亡くし、蟲で騒いでいた兄を隠れて見た日からかもしれない。文鳥事件の翌日から望は、愛利と二人きりになるのを避け、両親がいなければ自室に篭るという行為を繰り返していた。兄妹の会話と言えるのをお互い忘れているくらいであった。


 愛利は中学二年生。母親がいなければ家事をこなし、しっかり者で明るく責任感の強い子。兄に対してだけは別人であった。望はこれを受け入れている。自分が蒔いた種だと。そんな愛利の部屋の前に行き、望は伝える。


「今日バイトで、帰るの二十二時すぎるからご飯いらないよ」


「…………」


 今はこれが二人の日常なのであった。「いってきます」と聞こえるか聞こえないかの声量でアルバイトへ出かけたのだった。


        ◇                ◇


 大型複合施設のスーパーとだけあって、人混みがすごく賑やかである。車用品店、家具量販店、ファストフード店、ゲームセンターなど様々な店舗がある。望は、これだけ人がいるなら集中してレジをうてると一般人とずれた喜び。理由は集中していると蟲目が騒がないからというもの。スーパー店内に入り店長と軽く挨拶をし、仕事場の説明を受ける。


「ここのロッカー使って。あとこれ制服と名札ね。はじめにレジのDVD観てもらうから、着替え終わったら隣の部屋で待ってて」


 そう伝えると店長は、忙しそうに更衣室からでていく。着替えおわり、更衣室の隣にある部屋で待っていると、扉が開き二人入ってきた。


「ごめんってー、このDVDと実機研修ね。終わったら休憩していいから、頼んだよ。最善くん、俺のかわりに彼女が指導してくれるからよろしく」


 と、店長は片手で謝る仕草をしてドアを閉め、そそくさと退室した。同世代らしき女性ひとりを残して。紹介くらいして欲しいものだと二人はいだく。女性は呆れ顔で望に振り返った。


「もう……また私に押しつけて……あ、ごめんごめん、本日指導させてもらう――虚心涼加きょしんりょうかです。よろしくね」


「最善望です。よろしくお願いします」


 望は立ち上がりお辞儀をして彼女と向き合う。同い年くらいだろうか。黒髪のセミロング。清楚で落ち着いた印象を受けた。望は些か不安を抱いていた。短時間といえ二人きりだ。


「まず新人研修のDVDから観てもらうから、私はその間にレジの精算してくるね」


 望は「わかりました」と安心する。だがDVDは十分かそこらで終わり、すぐに涼加も戻ってくる。普通の人ならなんら問題もないシチュエーションの数々。望には日常がオセロゲームみたく不安、安心を繰り返す。


「わからないことあった?」


「いいえ、ないです」


「それじゃ実機で教えるね」


 不安の中、単調な会話で一通り教育が終了した。休憩しようと休憩室に案内する彼女の後ろについて行く。彼女は先に休憩しててと言い残しどこかへ小走り。一分もしないうちに「ただいまー」と両手にはジュースを持参していた。「おかえりー」と気軽に返せる望ではなく会釈のみ。


「はい、先輩からのおごり」


 涼加が望にスポーツドリンク缶を手渡した。


「ありがとうございます」


「最善くんは高校生だよね? 何年生なの?」


「二年生です。虚心さんは?」


 望は他人と接せずとも、これくらい空気が読める返答をする。


「私も二年生だよ。同い年なんだねー。なんか落ち着いてるよね最善くんって」


 あなたも十分落ち着いてるじゃないですか、と思うが黙るのであった。


「あなたも落ち着いてるじゃないですか! って顔してるね」


 ドキッとし、望は条件反射で驚いた表情が現れる。


「え? なんで?」


「ははっ、反応が素直なんだね。そう感じただけだよぉ」


 涼加は缶コーヒー片手に楽しげな表情を浮かべる。


「はあ。なるほど」


――親しくしてくる人に、こういった返事は良くないのは理解している。申し訳ない気持ちになる。僕は友達なんかに絶対ならないし、こちらから親しくすることもない。


 だが、それは望の事情であり、涼加には関係のない事情である。その涼加がズバりと一言放った。


「隠し事してるでしょ」

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