14話 変異
「アイスが食べたい少年。アイスだアイス、少年」
「あーもう五月蝿いな! 昼に食べてたでしょ……僕これから久しぶりにバイトなんだけど……」
「アイスだけに冷たいな少年。どうだ少年」
「……全然面白くない。多分地球上で笑う人いないと思う。全くセンスが無い親父ギャグはマイブームなの?」
「酷い物言いだな少年。少年に判るようにしているのだぞ」
「レベルを合わせてくれてどーも」
「レベルだけにケサランパサランのケアレスミスだな少年」
「……ごめん僕じゃ理解できないからレベル合わせて……あっ、もう時間だ。――ラルカ、行ってくるね」
「逃走か少年」
◇ ◇
――逃走。二週間前あの大男が逃走した日。
名も無き子供と出会った日であり、冷子と再会した日であり、見殺しかけた日。
大男曰く。望の存在は怪しく、気配を殺しながら現場に戻ったのだ。望がまだ修繕工事ビル屋上に滞在しているのは嗅ぎ取っていた。そこに無防備で冷子(プロテクターを外していた)の隙だからけの姿に、ビルから修繕工事ビルに飛び移り、その勢いで脇腹を貫いたのである。だが、縷々の妨害。望と名も無き子供のカメレオン現象に困惑した。
「見えない敵なんかと戦いたくねえ」
聞こえ良く言えば情報収集の戦略的撤退。悪く言えば逃走である。
その逃走へ導いた立役者は縷々であった。縷々は冷子の酷い外傷を見て憤怒。望や名も無き子供の行動は認識していなかった。だが、縷々は望に疑念を今も尚抱いている。親友の冷子が大怪我をした事由すべてが、望とは推測していない。何らかの接点が引き起こした事件だと考察していた。
「青年、今日はもういいから帰宅しなさい。明日に詳しく事情聴取します」
と縷々は云い、望を帰宅するよう促した。泳がしだと知らない望に、尾行者が付くのであった。当の望は、意気阻喪である。――また自分が起因で……見殺しかけたと。修繕工事ビルを後にした望はふらふらと覚束ない足取りで近辺の路地裏に居た。
「やっと……やっと……仲直りできたのに……また同じ繰り返しだ……そうだよ……今、蟲目を獲ればいいんだ……いらないこんなのいらないいい!!」
望の右手をがっしり掴む者がいた。
「止めろ少年。蟲目を抉っても解決しないぞ少年」
「!? なんだ君か……もういいよ……ほっといてくれよ……」
「尾行している者がいるぞ少年。自宅に戻るまで黙るんだ。それとな少年――蟲目の七割は知見したぞ」
思慮できないほど精神的にも肉体的にも疲労困憊であった。望は云われるがまま帰宅した。望の右手には名も無き子供の左手でそっと手がつながれていた。姿が見えるなら兄弟で帰宅するように。
名も無き子供の慈愛めいたものではない。蟲目を抉る行為を止めに入った後、自然と手をつなぐ形になり、望は無意識でつないでいたに過ぎないのだ。蟲目になって成長していない童心部分が救いを求めてたのかもしれない。それを蔑ろにする名も無き子供でもなかった。
両親の旅行中が幸いし、家族に憔悴した姿を見られず、名も無き子供と自室に入る。
「……少し落ち着いたよ……さっきはごめん……」
「気にするな少年」
「なんか謝ってばかりだなぁ……いつも謝ってる……」
すべてを受け入れる望には『謝罪』が日常化されていた。反発や反対や反抗せず
ただ受け入れる。だが今日は違った。その事象に気づいていない。
「だったら感謝の言葉を使えばいいぞ少年」
「ははは……そうだね」
理屈でなく、そらそうかもと受け入れ軽く笑う。ハッと、ここである記憶を思い出す。――名も無き子供が、冷子の治療を施したのを。
「冷ちゃんを助けてくれて、本当にありがとう」
「気にするな少年。ボクと同じ能力、少年の絶消を観れた御礼だ」
名も無き子供は説明を省いて答えた。絶消とは「いない存在」になる現象で、名も無き子供と同じ状態である。望は聞き返す事なく、それとなく理解した。理解していないのは――御礼の方だった。
名も無き子供は絶消を観れただけで御礼しているのではない。名も無き子供も、望は見えていなかったのだ。名も無き子供の持つ能力の一つが絶消であるが、望のそれは、もう一段上の能力であった。厳密には蟲の能力だ。それを確証させる為に冷子を治療し、絶命にならない場合に、望の姿が現れるのか試した。その御礼である。一種の実験であった。
「蟲目だがな少年。少年が絶消して想い出した蟲がいた。それができる蟲は『絶光蟲』という外物だ」
「絶光蟲? 外物?」
名も無き子供は望に理解できる様に説明し直した。それは『世界』からの説明であった。
――『世界』とは、人間社会の世界である。名も無き子供は云う。
「この地球上を支配しているのは人間だ少年。圧倒的数量と科学力でな」
他に世界など一切存在しない。世界から外れた者が外者であり、外物である。言い換えるなら人間でない人間が外者。人間以外の生物でない生物が外物。遥か過去、突然変異で生まれた生物が干渉し、更に突然変異をしたのが外者と外物だがこれらを一緒くたで呼ぶ名が、
――アウトクリーチャー。
姿は様々で、外見だけなら名も無き子供や大男みたいに人間と誤認する外者もいれば、誰が見ても明らかに人間でない姿の外者もいる。外者も外物も数は把握できないが稀少。だが、人間や生物にない常軌を逸した能力があり、身体能力も人間より遥かに勝る。それらが強力故、時には神や悪魔など呼ばれていた。
時代が進むにつれ、科学が発達した人間が何時しか――アウトクリーチャーと名を付け――主に外者を世界から弾いた。