11話 変化
望は冷子の姿をまじまじと観察する。服装が映画にでてくる特殊部隊のミリタリー調をアレンジした感じだ。日が落ち暗くて気づかなかったが、拳銃やナイフも携帯している。
「冷ちゃん……警察か自衛隊なの?」
「ううん……ちょっと違うかな。その中間かな。守秘義務あるからごめんね」
中間。そういった機関があるのだろと望は疑いも持たず理解した。それよりあの大男が一目散に逃走したのが気がかりだった。冷子が古武道道場の娘なのは知っており、かなり強いという噂もあった。だが、あの大男が殺気らしきものもなく、お手上げで逃走した疑問に望は深け込む。
「望? 大丈夫?」
「え、あ、うん。ごめん……」
「先に仕事終わらせたいから……勝手で悪いけど質問いいかな?」
先にという意味を理解し望は「うん」と答えた。
「何故この場所に来て、さっきの男とああなってたか答えて」
「ここに来たのは、ビルに進入した子供を見たような気がしたから」
「子供?? こんな時間にこんな場所へ?」
「でもそれは子供ではなかった。勘違いだった」
解釈の仕方では嘘かもしれないが事実を伝える。蟲目に関わることは冷子と同じく守秘する。お互い安易に語れない事情があった。
「そっか。あの大男とは知り合い?」
「全然知らないよ……いきなり怒鳴られて……不法侵入しちゃってるからね……」
「そう。不法侵入し、あの男に吊るし上げられてた訳ね。何か他に言われた?」
「言われた。子供はいなかったかと聞かれたから『いない』と答えたらさっきの状況に……」
子供。今回、冷子が所属する組織『日本共存センター』略して日共センのターゲットは大男であり、子供に関しては関与していない。だが望の証言により大男が子供を捜している事実を掴む事になった。
「なにか他にない? なんでもいいの気づいたら教えて」
「んー……ないかな」
「協力ありがとう」
冷子はホッとし、表情が緩む。白という判定を下したのだ。だが無線越しに聞いてた縷々は違った。グレーと判定を下した。縷々は子供というのが腑に落ちない。正義感の強い人なら心配と親切心で、子供を捜しに行くだろうが、望という青年が果たしてそこまでの人物なのかという疑念。過去に冷子から望の話を少し聞かされていたのだ。手を打った方が賢明と即座に行動に移すのであった。
冷子は望に気づかれないよう、耳元のイヤホンをピッと押すと微笑んで、
「ふーっ、これで仕事はおしまい!」
冷子はプロテクターを外しながらフェンスを指差した。
「あっつーい。あっちのフェンスのとこに行こっか」
フェンスに背をあずけ二人で座りこむ。
「お疲れ様。冷ちゃん大きくなったね。というか綺麗になった」
望は冷静な顔で褒めた。それは逆に取られてもおかしくない発言であった。
「にぁっ! な、何言ってんの!? やめてそうゆうの……」
そうでもなかった。
「? だって綺麗だよ? 素敵な大人だなぁって感じる」
淡々と冷静顔で褒め続ける。
「ま、ま、ませた事言って、からかわないで! そうゆうのいいからっ……!」
「どうしたの顔真っ赤だよ」
八年間他人とあまり接してない望には、男女関係など皆無。冷子は顔を赤らめ目線を下に逸らしキョロキョロ左右に振る。
「もういいからっ! ありがとう! はい、この話は終わりっ!」
望はどの話かわかず首を傾げた。
「望も大きくなったね……なんかすごく落ち着いてる。昔は活発のイメージだったかな」
――そう、昔は活発で明るく毎日が楽しかった。蟲目になるまでは……。
望はその想いを表情に出さなかった。
「昨日も同じ事言われたなあ……そんな落ち着いてるのかな」
「うん。私が言うのおかしいんだけど冷静って感じ。まあ、私なんて冷徹って言われてるから」
冷子は苦笑いしながら目線を外した。冷子でも望は冷静という印象に写った。なぜなら大男に有り得ない投げ方をされ、息が整った辺りでいきなり謝罪の言葉を切り出したからであった。
「冷ちゃんには話してないから言いたいんだけど……」
「ん? なにいきなり?」
「……あの日……あの日ね……土筆が亡くなったんだ」
冷子も土筆は知っている。何度か最善家に遊びに行き、妹の愛利や土筆と一緒に遊んだのである。望が土筆に最善尽くしていたのも傍から見て察していた。
「そう……だからあの」
望は冷子の言葉を遮って続けた。
「違う! 逃げたのは僕が悪い! 土筆とは関係ないよ……そんな言い訳を伝えたいんじゃないんだ……」
珍しく強めに否定する望だが、冷子はそれが珍しいのか今は知らなかった。
「土筆が亡くなった日から……僕は何かに憑依されたかの様に変わってしまったんだ……さっき活発って言ってたでしょ?」
「うん……」
冷子は申し訳なさそうに囁いた。
「ごめん……それを責めてる訳じゃなく……僕が変わっちゃったって事」
望は起因の日以来、はじめて自分の事を語る。蟲目以外、伝えられる事柄も。それはやっぱり友達だからなのだろう。
「ありがとうね」
冷子が望に微笑んだ。土筆同様、私に最善を尽くしてくれているのだろうと察したからだ。