10話 対面
「な、ぐっ……くぅ……」
望は足掻くより両手で首の気道を確保しようとする。
「このまま下の地面で一生寝てろ。じゃあなガキ」
――下の地面とは恐らく地上の地面。七階だか八階だかの高さから落とされる。それはもう即死だ。この馬鹿力ならフェンスを越して投げ捨て落とせるんだろう。絶体絶命。絶命……最後は自分を見殺すのか。否、自分は見れないか。
望はこの場面でも冷静だった。
「動くな!!」
それは一喝であった。意識が朦朧としている望には大男の声でなく、別人の声がしたくらいの認識である。
「チッ、日共センの均衡か……」
大男は小声で呟く。望は全く聞こえてない。息ができず、もうそれどころではなかった。
「ほらよ!」
望は二秒くらい宙を舞って、背中から地面に大きく叩き付けられる。
「ぐっ!」
地上でなく、屋上の中央付近に投げられていた。望は強い衝撃で数秒息ができないでいた。大男は望を投げたと同時にフェンスを飛び越え、そのまま地上に飛び降りた。
「民間人がいて逃げられた。私は民間人の生存確認する。やつの位置だけお願い」
無線連絡する女性。望は何が起きたのかわからず、息を整えるのがやっとだ。望の傍に女性は近づき片膝をついた。
「命に別状はないね。後で仲間が来るから何があったか説明してあげて」
「冷ちゃん?」
望は傍にいた女性にそう問いかけた。顔をはっきり見た訳でもなく、声で判断した訳でもない。雰囲気というのだろうか。本人でもなぜ冷子だと思ったかは自覚がない。
「え…………望なの……………?」
――その女性は渦中冷子であった。冷子自身もなぜ望と思ったかはわからない。
――あの起因の日から八年。
――八年ぶりの対面。
――お互いの事情ですれ違った二人。
――友達だったのに何一つ相手の事情を知らない二人。
一声を切ったのは望だった。
片膝をつく冷子の両肩を掴み、微かに震えながらしっかりと冷子の目を捉えた。
「見捨てたりしてごめんなさい」
それは大きくもなく小さくもない声量で冷子を見据え、誠心誠意の謝罪であった。
「切り捨てたりしてごめんなさい」
冷子も望と同じように誠心誠意込めて謝罪した。
八年ぶりの対話。
八年間想い続けていた躊躇いの無い本音。そこに立ちはだかる様々な感情など一点突破していた。二人共、もし偶然に会ったらすぐに謝罪しようという意識はなかった。無意識にでた謝罪であった。
しばし沈黙の時間が流れる。
「なんか……久しぶりすぎて……恥ずかしいね……」
望が冷子にはにかむ。
「……うん……久しぶりだもんね……」
冷子も望にはにかむ。
ピーっと電子音が鳴り、望は冷子の両肩に触れていた両手を放す。「ごめんね、ちょっと待ってて」と冷子は言い残し、屋上口の方へ歩いていく。
残された望は、ハッと気づき名も無き子供が居たフェンス隅を確認するもそこには誰もいなかった。周りを見渡しても姿は無かった。
冷子は屋上口の階段付近まで行き無線連絡をしていた。
「やつはもう無理や。逃げ足速すぎるわ。まだ屋上おるみたいやけど、何してるんや?」
「ごめん……屋上に向かってる情報班は返して。それから専用チャンネルにしてもいい?」
関西弁の女性が「ええよ」と少し呆れた感じで冷子と話はじめる。
二人だけの専用チャンネルで会話。関西弁の縷々(るる)は冷子の親友でもあり、渦中家の専属補佐係でもあった。彼女らは民間人の保護最優先だが、縷々は戦闘班である冷子に苛立ちがあった。
「何してん冷子! あいつに逃げられたからもういいけどやぁ……」
「ごめん縷々。実は民間人が……望だったんだ……」
「え? その子って初めての友達やった?」
「うん……偶然……なんだろうけど……やつの逃走が確定なら少し話がしたいんだけどいい?」
「…………貸しやで」
「ありがとう。回線は開けとくから何かあったらお願い」
「どう説明するかは任せるけど……その子、こっちの世界に関わってないやろな……」
「正直……わからない……それも含めて私にやらせて」
「なっ!? それも含めってあんた……こっちの仕事やでそれ……まあええから行っといで。貸し二つな」
「ありがと! 行ってくる」
縷々は冷子が公私混同するとは考えてない。望が偶然いたというシチュエーション。そこに必然性は無かったのか。情報班の勘というより縷々個人の勘が騒ぐ。
冷子はすぐに屋上中央にいる望の元へ駆け寄り、事情を説明しだす。
「お待たせ。仕事上確認しないといけない事あってごめんね……久しぶりなのにね……」
この間、望は名も無き子供を捜していたが発見できず。人間でない存在。人間では考えられない馬鹿力大男の存在。そこへ冷子の再会。彼もまたすべて偶然だとは思っておらず、どこかに接点があると考えていた。