10話:桜の炎
案の定、男は、立ち上がった。しかし、その腹には、紅く炎に焼かれた痕がはっきり残っていた。おそらく、避けるために後ろに飛んだが、炎の範囲があまりにも広くて避け切れなかったのだろう。
「クッソ、エデンの生き残りを殺しに着たら、この様かよっ……!ハーツ、てめぇ、ただのハーツじゃあねぇな」
ケンタウルス(キリン)は、俺を狙っていたらしい。……助かった。
「私は、ハーツよ。ただの、ね」
いつになく強い口調でシリウスは言う。
「喰らいなさい」
シリウスの手の桜の炎が、舞う。火の粉があちらこちらに。その様は、まるで、桜の花びらが、散るかのように。
「桜の舞【円舞】」
桜の炎がケンタウルスを焼く。幻想的な光景。桜の炎が優しく包み、焼く。
「ぐぉ……。まさかっ、まさかとは思ったがな。お前、やはりあの、炎と光の姫御子か……」
炎と光の姫御子……?何だそれは。
「その名は、もう捨てたわ。消えなさい」
そして、男は、焼け、消え去った。それと同時に、躑躅色の空間も消滅した。
シリウスは、少し、俺の顔を見ると、その場を去ろうとした。
「待てよ。何だ、炎と光の姫御子って……」
「ごめんなさい、マイマスター。今は言えないの。いずれ、いずれ言える時が来ます。そのときまで、待ってください」
その顔が、雰囲気が、八雲と重なる。
「ああ、分かった。そのときまで、待つよ……」
「ありがとう、マイマスター」
そして、シリウスは、去っていった。
俺は、考えていた。八雲のこと、シリウスのこと。何故あの時、二人の顔がだぶって見えたのだろうか。
「八雲……」
お前は、一体、何を、何をやりたいんだよ。
目的も、やり方も、何もかもわからない。それが、不安だ。
あいつは、昔から無茶をする。自分のために、そして、他人のために。
「背負い込みやがって……」
俺のぼやきは、誰も聞いていなかった。いや、一人だけ偶然聞いていた。
ただ、そこを通った少女が、聞いていた。
「クスッ」
小さく笑いながら楽しそうに通った少女。
決して俺を馬鹿にして笑ったわけではないと思う。ただ、その少女は、俺の前に来ると、こういった。
「背負い込んでるのは、使命と言う名の枷。それはもう、外れた枷。彼女は、外れた枷をつけたまま彷徨う狂った娘」
俺は、驚き、目を擦る。
すると、そこに少女の姿はなく、ただ夕暮れの空で「カァ、カァ」と烏が鳴いていただけだった。
幻覚……。




